待っていてください!
「ではお願いしますクロシュさん」
「しっかり掴まっていていてくださいね」
「我の準備は万全です、師匠」
魔法陣の中に入っていれば掴まる必要はないけど、そのほうが密着できるし安全なのである。
というわけで俺は右手をミリアちゃんの肩に添え、左腕をヴァイスに抱え込まれた状態で転移の魔法陣を起動し、村へと移動した。
目的のひとつはレギンレイヴの起動実験だ。
遺跡から戻って以来、ミリアちゃんはあれこれ調べていたみたいだけど、実際に動かしてみないと限界がある。
しかし四メートル近い機体は置いておくだけでも非常に目立ってしまう。今までは屋敷の庭に三角座りの姿勢にさせて隠していたけど、動かすとなると帝都中が大騒ぎになるのは想像に難くない。
そこで土地が広く、壁で覆われている村を実験場に選んだワケだ。
実験と言っても危険もないし、ちょっとした試乗みたいなものである。
「この辺りでいいですかミリア?」
「はい、ありがとうございます。しばらく時間がかかるので、クロシュさんはご自由にしていてください」
「ここなら危険もありませんからね。なにかあれば呼んでください。行きましょうかヴァイス」
「はい師匠」
ここに来た、もうひとつの理由。
それは俺が不在の間をルーゲインとゲンブたちに頼むことだ。
ヴァイスには先に話してあるけど、どうせだからインテリジェンス・アイテムで集まって打ち合わせておこうと考えたのである。
「というワケですので、転移の魔法陣は残しておきますから一日に二、三回ほど影から様子を見てあげてください」
「ま、まあ僕は構いませんが……」
「でもクロシュはいいのか?」
金色に輝くガントレットを両腕に嵌めた金髪美少年が苦笑し、黄色の全身鎧が腕を組みながら首を傾げていた。
「どういう意味ですかゲンブ?」
「いや、俺たちがそんな頻繁に帝都へ行ってもいいのかなって」
「言われてみれば問題がありますね」
この二人がうっかりミリアちゃんの魅力にやられて、狼藉を働かないとも限らないからな。その気になれば着替えを覗くなんて、息を吸うようにできてしまう能力の持ち主たちだ。
「やはり普段はヴァイスに任せます。いざという時になったらヴァイスが助力を頼むので力を貸してください。ヴァイスもそれでいいですか?」
「無論です師匠」
「そういう話なら僕も問題ありません」
「俺もそっちのほうがわかりやすくていいな」
あっさり満場一致した。話が早くて助かる。
「ところでクロシュさんは勇王国へ行くとのことですが、あの国の情勢はご存じでしょうか?」
「軽く聞いていますけど詳しくはありませんね」
こうしてルーゲインが確認するのなら、なにか厄介事の種があるのだろう。
聞いて欲しそうな気配も感じるし、護衛として情報収集しておこう。
「勇王国になにかあるのですか?」
「ええ、実は――」
「たしか王家が揉めているんだったな」
ルーゲインが話し始めようとしたタイミングで、ゲンブが被せた。
わざとではないだろうけど、興味深い内容だったので俺はそのまま続けるようゲンブに促す。
「揉めているとは?」
「具体的には王家六勇者のバランスが崩れてるって話だけど……」
「すみません。まず王家六勇者とはなんでしょう」
どうやら基礎知識から始めないとダメなようだ。
「それならクロシュさんには、勇王国の成り立ちから説明したほうが理解が早いでしょう。皇帝国とも無関係とは言い切れませんからね」
今度こそとルーゲインが語り始めた。どこか得意気だ。
事の始まりは三百年前の勇者召喚からだという。
召喚された勇者たちは多くの偉業を成し遂げ、現在にまで残る文化の基礎を築いたとされている。
もちろん、その子孫たちにも才能は受け継がれ、一部を除いて勇者と遜色のない目覚ましい活躍を遂げていた。
そして二百年前。
魔王の出現によって大陸南部の『聖王国』は国家存亡の危機に立たされた。
一時は滅亡まで瀕していたが、勇者の子孫たちの尽力によって窮地を脱し、ついには魔王の軍勢から守り切ったのだ。
だが国を再建するには、魔王の蹂躙を許してしまった当時の聖王では力不足だった。新たな旗印となる何かが必要だったのである。
こうして聖王国は勇者の血を王家に取り入れ、その名を『勇王国』と改めることで歴史に新たな一ページを刻む。
「その魔王とは、やはり【怠惰】の魔王でしょうか?」
「時期的に同じなので、そう考えて間違いないですね。皇帝国でも魔王による侵攻があったようですが詳しい記録は残されていません。ただ何者かによって魔王は討伐されたとされているので、恐らく勇者の子孫が関わっているかと」
勇者の多くは消息が掴めない最後が多いらしい。
勇王国や武王国のように一部その子孫の存在が確認されているけど、召喚された全体からすれば極少数なのだとか。
「ちなみにルーゲインとゲンブはその頃なにを?」
「いえ、僕はまだこの世界にいませんでした」
「俺も同じだな。そもそも、最初はもっと西にいたから魔王を知ったのはだいぶ後になってからだったよ」
「魔王が暴れていた時代を知る者はいないのでしょうか?」
「少なくとも庭園では見かけませんね」
隣で黙っているヴァイスも反応しない。
彼女が自我を得て【人化】を習得したのは大昔ではあるけど、その当時から帝国で冒険者として活動していたから、もし知っていたら即座に答えただろう。
寿命がないっぽいインテリジェンス・アイテムでも、ここ二百年以内に誕生した者ばかりで、それ以前となると現存するのは……俺くらいか?
暗黒つらぬき丸が生き残っていたら同年代だったが、やつは確実に消滅したはずなので考えるだけ無駄か。
「話の腰を折ってしまいましたね。ルーゲイン、続きをお願いします」
「わかりました。たしか勇王国が誕生した経緯まででしたね」
勇者の血を取り入れた王家は、やがて時代が下るに連れて多くの分家に分かれて行った。わかりやすく言えば王の親戚だ。
国によって扱いは変わるようだが、帝国なら公爵という最大級の爵位を与えられている。ただし原則として帝位継承権は存在しない。
これは後々になって争わないよう初代皇帝が決めたそうだ。
そのマネをしたワケではないだろうが、勇王国でも扱いに困った王の親戚たちを要職に就かせる策を練った。
「それが王家六勇者ですか」
「皇帝国の主門と支門に似ていますが、こちらは勇者の血を最大限に活用しようという意図がありますね」
つまり王家六勇者とは、勇者の血筋が一丸となって国家を運営するためのシステムで、六つの家から選出された六人の勇者を勇王が率いる形になるワケだ。
時には勇王の名代として陣頭指揮を執るなど役割は大きく、勇者が地方にまで赴けば民からの評判も良くなり、王家の名声も高まる。
これまでは、そうして上手く回っていたようだが……。
「数年前に崩御してから、勇王が不在になっているんです」
「次の王が決まっていないと?」
「いるにはいるのですが、とても王が務まる年齢ではないことから一時的に王家六勇者がすべての政務を取り仕切っている状況です。これは一般にも布告されているので誰でも知っていますが……」
どうやら次期勇王が、未だに民の前に姿を見せないらしい。
さらに、王家六勇者の内部でもなんらかの諍いが起きていると噂されており、国民の間からは不安の声が聞こえるそうだ。
「ずいぶん詳しいですね」
「現地にいる友人から聞きましたから」
なるほど。あの庭園なら世界のどこからでも参加して、情報のやり取りができるからな。
「結論を聞きましょう。ルーゲインは今後どうなると予想していますか?」
「まだ憶測の範囲ですが、王家六勇者から勇王を選出する動きになるかと。もちろん反発がある……もしくは、すでに反発されているので、それを抑えようとしている最中ではないでしょうか」
となると皇帝国との貿易開始と、それに伴う式典は誰に都合が良いのか。
だんだんと、なんらかの策謀に巻き込まれている感が漂い始めたな。
「情報ありがとうございます。ひとまず警戒は最大限にしておきます」
「それが賢明でしょう。酷なようですが僕らにとって勇王国の問題は他人事ですから深入りするべきではありません」
「……珍しいですね。もっと肩入れするかと思いましたが」
「僕はすでに、この村と庭園の二つも背負っていますからね。欲をかいて身を滅ぼすどころか大切な物まで失う怖さは知っているつもりですよ」
ルーゲインなりに成長したということか。
こいつの過去は決して許されないが、心から反省しているのは伝わった。
「僕よりもクロシュさんが心配ですね」
「ああ、たしかに」
「私ですか?」
なぜかルーゲインとゲンブが揃って頷いている。
「いえ、これが単なる他国の王位を巡った争いなら気にならないのですが、クロシュさんが関わると、それで終わらない気がしまして」
「私も関わるつもりはありませんよ」
「でも、次の勇王は年齢が問題視されているんだよね? それって勇王はまだ幼い子供って意味だと思うんだけど……」
「い、むぐっ……」
一理ありますね、と言いかけて自分の口を押さえる。
ゲンブの言う通り、もし次期勇王が幼女であったなら俺は自分から首を突っ込むだろう……でも、それを認めるのは動きを読まれたみたいでシャクだ。
「まだ決まったわけではありませんよ。さて、ミリアの様子を見に行きます」
「ご一緒します師匠」
ヴァイスを連れ立って会議の場を後にする俺は、その背中に二人分の視線を感じていた。疑いの目ってやつだ。まったく失礼なやつらめ。
「ミリア、問題はありませんか?」
「クロシュさん……」
鎮座するレギンレイヴの前で項垂れて座り込んでいる様子から、難航しているのは一目瞭然だったが敢えて尋ねる。
俺では技術的な問題は解決できない。せめてグチを聞いて慰めてあげよう。
「ついさっき起動してみたんですけど……」
「え、もう動かしたんですか?」
あの凄まじい機動力を発揮したのなら気付かないワケがないのだが、いったいどうしたことだろう。
それにミリアちゃんの顔色が本気で悪い。まさか体調に問題が……!?
「実は……」
「先に失礼します」
「え、クロシュさん?」
ひとまず【人化】を解除してミリアちゃんに羽織る形で装備される。
同時に【聖域】をフル稼働しながら【鑑定】でステータスを確認したら……特に異常は見当たらなかった。
もう顔色も良くなっているし、もう治してしまったのか。
〈ミリア、体調はどうですか?〉
「あ、そういえば……もう大丈夫ですね。ありがとうございますクロシュさん」
言いながらミリアちゃんは立ち上がった。本当に回復したみたいだ。
そうなると、さっきまでの顔色はいったいなんだったんだろう?
〈なにがあったのですか?〉
「実は……酔ってしまいまして」
〈酔った?〉
なんとレギンレイヴに乗って軽く歩かせただけで、搭乗していたミリアちゃんは顔が青くなるほど酔ったというのだ。
ふと思い出したが、巨大ロボットは現実に乗ると揺れが激しくて、まともに動かせないという身もフタも夢もない話があった気がする。
なんとなくステータスのおかげで大丈夫だと思い込んでいたが、これで空中をくるくる回転しながら飛行なんてしたら操縦者は意識を保てないのでは?
〈それは、乗れるのでしょうか?〉
「操縦は難しくないんですけど……わかりません。クロシュさんだったら平気かもしれませんけど、このままだと私では耐えられそうにないです」
〈私を装備したまま試してみましょう〉
常に【聖域】を展開していれば酔いも治り続けて無効化できるはずだ。
その計算通り、たしかにミリアちゃんは酔わなかったが……。
〈こ、これは厳しい、ですね〉
「はっ、はいぃ」
歩くごとに振動がコックピットを襲い、軽く走らせようとしたらトランポリンに乗ってしまったのかと疑うほどぐわんぐわんだ。
視界に頼っていたら、今どこを走っているのかも把握できなくなってしまう。
〈み、ミリア、飛んで、みましょう〉
走るよりはマシかと提案すると、返事もなくレギンレイヴは飛翔した。
すると一瞬の強い重力を受けたあと、急にミリアちゃんの体が浮くような軽さを感じた……かと思えば前、右、左と次々に揺さぶられる。
ここまで俺を装備しているミリアちゃんに一切ダメージはないはずだが、まるで操縦が覚束ないようだ……。
「く、クロシュさ……」
〈【融合】!〉
そろそろ限界そうだったので【融合】で俺はミリアちゃんと一体化する。
すると酷い重力はまるで気にならないほど軽くなり、落ち着いて操縦に専念できるようになった。
「どうやら、この機体は操縦者にかなりのステータスを要求するようですね」
プラチナは知っていたのか知らなかったのか。
もしこの乗り心地を知っていたら、あんなに渋らなかっただろうな。
「とりあえず降りますね」
ミリアちゃんの言う通り操縦は簡単で、俺でも無事に着陸させられた。
コックピットを降りて【融合】を解除し、再び【人化】する。スキルの切り替えが忙しい。
「ミリア、その、これは予想外で少し残念な結果でしたが……」
「大丈夫ですよクロシュさん」
「ミリア?」
落ち込んでいるかと思えば、ミリアちゃんはむしろ笑っていた。
「クロシュさんのおかげで方向性は見えました。あとは私が頑張ってみます。クロシュさんが帰って来る前には、ちゃんと乗れるようにしてみせますよ!」
なんと、まともに乗れないレギンレイヴの性能が、逆にミリアちゃんの魔導技師魂に火を付けてしまったようだ。
俺なんて、なにをどうすれば改善されるかも想像できないし、半ば諦めかけていたというのに……。
「では期待して待っていますね」
「はい! 待っていてください!」
もしかしたらミリアちゃんなら本当にできるのかも知れない。
そう予感させる明るい返事と笑顔だった。




