あれー?
今回は思ったより短くなりました。
「先に確認したいのですが、それはフォルティナの護衛として勇王国へ行って欲しいという意味ですよね?」
「ええ、ただ表向きは参加者として振る舞って欲しいのです。騎士では常に傍で控えられない場面もありますが、皇帝国の聖女であるクロシュ殿なら多少の無理を言っても断られませんからね」
式典とか参加したことないから知らないけど、護衛が傍にいられない状況なんてあっていいのか?
しかし専門家である皇子が言うのなら間違いないのだろう。
となると、俺が敵だったら当然そこを狙う。
「そもそもの話ですが、危険があるとわかっているなら、フォルティナではなくジルが行けばいいのでは? 初めはあなたが行く予定だったのでしょう?」
「ご存じでしたか。ですが僕も皇帝国を離れなければならないので……」
「それは初耳ですね」
「実は、武王国との会談がありまして……」
武王国といえば、魔獣事変を引き起こそうとしてミリアちゃん暗殺を企み、ルーゲインを騙していた国だ。
トップの武王とやらは未だに【支配】状態だから、帝国に対して二度と侵攻しないどころか、なにか要望すれば二つ返事でオッケーしてくれるはずだ。
そんな状態での会談なら心配なんて無用だろう。
「そちらをフォルティナに任せるワケにはいかないのでしょうか」
「交渉事ですから、妹にはまだ早いかと。最近はあちらも融和の雰囲気が強いのですが、相手も外交のプロが何人も控えていますからね。油断すると引っ繰り返される恐れがあります。その点、勇王国での式典は作法さえ覚えていれば問題ありませんから本来なら気楽なものなんです」
「なるほど」
それを聞いて俺も少し安心した。
もし参加するとなっても、恥をかく事態は避けられそうだ。
「クロシュ殿なら妹も懐いているようですし……」
「懐いて……私にですか?」
「ええ、あの子はどうも他人に気を許さない性格でしたが、ミーヤリアさんとクロシュ殿だけには、ずいぶんと素を見せていますからね」
そういえばフォルティナちゃんには【心理眼】という、相手との心の距離を測るというスキルがあったはずだ。
ただでさえ立場が立場だし、なにか良くないものを見ているのだろうか。
「それと、これも未確認ですが勇王国の上層部にも不穏な噂があります。どこまで信憑性があるか不明ですが、僕も陛下もクロシュ殿が引き受けてくれたら安心できるんです」
「……そうですね」
ジルは最初に依頼だと言っていた。
つまり強制ではなく断ってもいいという意味だ。
もし勇王国へ行くのがジルだったら俺は悩まず、ジルの今後のご健闘をお祈りしていたところだったが、フォルティナちゃんとなれば話はまったく別である。
「ちなみに勇王国までは船ですよね? どのくらいかかるのでしょうか」
「片道で一週間ほどですね」
「滞在は?」
「余裕を持って早めに向かうので一週間です」
「合計で三週間……多く見積もって一か月……」
「なにかご予定が?」
急ぎでもないが、まったくないワケじゃない。
例えばカードの生産所の視察に訪れて欲しいとグラスから頼まれているし、カードシリーズ第三弾をどうするかミルフィちゃんから相談されている。
その他にも色々とあるけど……なにより。
「ひとまず返事は待って貰えませんか」
「もちろんです。急な話でしたからね。十日後に出発するので、五日前には教えて頂けると助かります」
「わかりました」
俺はこの場での返答を避けた。
たしかに俺自身はフォルティナちゃんの力になってあげたいけど、その間ずっとミリアちゃんから離れてしまうのだ。
それをひとりで勝手に決めてしまうのは、なにか違うと思った。
もっと慎重に吟味して、相談してから判断しよう!
「ぜひフォルティナに付いて行ってあげてください!」
あれー?
屋敷に戻ってミリアちゃんに相談したら即断即決だった。
いや、友達の危機なんだから当たり前の反応かも知れないけど、もうちょっと引き止めてくれても……いいんだぜ?
「実はフォルティナが勇王国へ向かうと聞いてから、ずっと考えていたんです。クロシュさんが一緒に行ってくれたらって……」
「そうだったんですか?」
「でもクロシュさんは厚意で私を守ってくれているのに、そんなワガママを言うなんて……」
そういえば旅行前にミリアちゃんは、なにか言いたげだった。
今思うとフォルティナちゃんの勇王国行きが決定した時だから、その頃から悩んでいたのだろう。
こうなったら行かないという選択肢は、もはや存在しない。
「私が不在の間はヴァイスを屋敷に残しますから、なにか困ったことがあったら頼ってください」
「い、いいんですか?」
「ミリアの頼みなら断れませんし、私もフォルティナが心配でしたからね」
「ありがとうございますクロシュさん! あ、それと……」
「どうしました?」
「その服、とてもお似合いです」
「あ……これは、友人からの頂き物でして……」
忘れてたけど、まだ着物のままだ。
出かける前にミリアちゃんは留守だったから、後でお披露目するつもりではあったのに、なんか少し気恥ずかしい。
心の準備ができていないというか、不意打ちというか。
「そ、その、あまり長く見ないで頂けると……」
「……クロシュさん、かわいい」
「えっ!?」
い、いや、そうか、大天使ミラちゃんは美しさと同時に愛らしさと知性と気品と優雅さとかわいさも兼ね備えているからな。うっかり着物姿でミリアちゃんを魅了してしまっても仕方ない。うん。
「わ、私のことは置いておいて、実はミリアやみんなの分も頼んであるので、届いたら着て見せてくださいね」
「本当ですか!? はい! ぜひクロシュさんとお揃いにしたいです!」
柄は違うけど、お揃いと言われたらお揃いか。同じ着物だし。
なるほど。そう思うとミリアちゃんたちみんなでお揃いというのは、なかなか見応えがありそうだ。
まあ数が数だし、アルメシアもスキル頼りじゃなくて手作りみたいだから、そのイベントは勇王国から戻ってからになるかな。
それまで俺は、しっかり自分の役目を果たそう。
屋敷とミリアちゃんの守りはヴァイスにコワタ、居候中のラエちゃんもいるから心配はいらないし、今回はフォルティナちゃんの護衛に集中するぞ。
後日、俺はジルに了承の返事をした。
念のためフォルティナちゃんが嫌がらないか先に確認したところ、まずミリアちゃんから心配されてのことと知って喜び、その後で……。
「うむ、いざという時は頼りにする。よろしく頼むぞ聖女殿」
屈託のない笑顔で言い切られた。
心から信頼している……そんな表情だ。
懐いている、なんてジルは言っていたけど、これがそういうことなのか。
俺の場合、ミリアちゃん関連だからだと思うけどね。




