そういうのもアリだと思います
「来たぞ」
「本当に来ましたね」
どこに誰がと言えば、帝都にあるエルドハート家の屋敷に、【幻狼】ことアルメシアが尋ねて来たのである。
宣言通りだけど、まさか遺跡旅行から帰った翌日とは思わなかった。
早めに来客があるかもと門番に伝えておいたのは正解だったな。
おかげで問題も起きずに、アルメシアは応接室へと通されている。
それに実はこの後、第一皇子のジノグラフと会う約束になっていたからタイミングも良かった。もう少し遅ければ、だいぶ待たせていただろう。皇子を。
「早速だが、謝罪をしよう」
「あの時も言ってましたけど、なにについての謝罪なんですか?」
「うむ、あの馬鹿についてだ」
あの馬鹿って、どこの馬鹿だろう?
俺が疑問符を浮かべていると、アルメシアは滔々と続ける。
「名前はジン。普段は【嵐帝】などと大層な呼び名だが、中身はまさしく風のようにあちこち飛んでばかりの阿呆のことだ」
「ずいぶん辛辣ですね」
【嵐帝】ジンと言えば、管理者のひとりだ。
粗雑な口調で飄々とした態度の男だが、アルメシアより会話が成り立つという意味ではまともな部類だった。
二人の関係性は知らないけど、前に管理者が集まった会議では二人の上下関係が垣間見えたのを思い出す。
アルメシアを姐さんと呼び、頭が上がらない様子のジンは、まるで姉と弟のようだったな。もしくは舎弟。
「辛辣にもなる。あやつは私が育てたようなものだからな」
「貴女が育てた……? インテリジェンス・アイテムですよね?」
「無論だ。言っておくが子育てではないぞ? 近いのは弟子か」
「ですよね」
一児の母かと思ってつい凝視してしまった。
そういうのもアリだと思います。
「それで結局、なぜ謝罪なのでしょう?」
「うむ、お主は前にリヴァイアとかいう若造と抗争したと聞く」
商家連合が村を襲った時のことか。
しかし、なぜ急にそんな話に飛んだんだ?
「あれにジンが関わっていた」
「……なるほど。詳しくお聞きしましょう」
軽く面倒だったアルメシアの対応だが、一気に俺の意識が切り替わる。
あの村を襲う計画に関わっていたのなら見逃せない。
「そう殺気立つな。あの阿呆は知らずに利用されていただけに過ぎなかった。やつ自身も後々リヴァイアに謝罪されたと吐いたのでな。間違いはない」
「吐いた?」
「なにやらモジモジと気色悪い動きをしていたのだが、軽くシメてやったら勝手に話し出したのだ。始めから素直に言えばいいものを……」
眉間に指を当てて溜息をひとつ。
どうやらアルメシアは本気で呆れているようだ。
その言葉に誤魔化すような雰囲気も感じられないし、少なくとも彼女の説明を疑う必要はないだろう。
「ともあれ、馬鹿で阿呆の風小僧だが、やつには悪気も悪意もなかった。なにかしら制裁するのは構わんが、手心を加えてくれると助かる」
「……まあ、もう二度としないよう誓ってくれれば構いませんよ」
つい身構えてしまったが、前にジンと会った時の印象も悪くなかったし、そもそもルーゲインのスキルで極悪人は管理者に選ばれない。
知らずに協力してしまった……つまり商家連合とは無関係というのは嘘ではないのだろう。現に改心したリヴァイアも、ジンについては一切話さなかった。まったく関係ないと判断していた証拠だ。
であれば、これから注意してくれれば一度目は許すのもやぶさかではない。
「うむ、その辺は私に任せて欲しい。二度目はないと私からも通告している。もしあやつが馬鹿でも阿呆でもなく佞悪醜穢の痴れ者であれば、その時は容赦せん」
「あっ、はい」
ねいあくしゅうわいのしれもの。
言葉の意味はわからんが、とにかくなんだかすごい迫力だ。
これなら本当に任せても大丈夫そうだな。
「話はわかりました。謝罪については受け入れましょう」
「感謝しよう。次は私的な要件だな」
「そういえば、そんなことも言ってましたね」
「うむ、むしろこれこそ私が来た目的と言える」
さっきの話はついでなのか。
一応マジメな話題だったから抑えられていたけど、なんだかんだで彼女も我が強いというか、マイペースというか。
「それで、それほど大事な要件とはなんでしょうか?」
「クロシュよ。お主の服装は誰がデザインした?」
「えっと、急ですね」
デザインというか、基本的にミリアちゃんの屋敷でお世話になっているから、着る物はすべて用意されている。
「さすがにデザイナーまでは調べないと……」
「違う。そっちの話だ」
「そっちというと……ああ、【魔導布】ですか」
俺の本体をデザインしたのが誰か?
進化した時は勝手に変わっていたけど、その後は【変形】で割と自由自在だったから、最終的にデザインしたのは俺だと言える。
「これは私になりますね」
「そうか。では、なにかを参考にしなかったか?」
「参考……と言えるかはわかりませんが、店で見かけた服を取り入れています」
「やはりか。クロシュよ、それはワルキュリアの羽衣という店ではないか?」
「な、なぜそれを?」
ワルキュリアの羽衣は冒険者専用の防具を販売している店だ。
俺は以前、城塞都市の支店にミリアちゃんたちと訪れて、そのオシャレなデザインから着想を得ていたりするのだが……。
「そんなにすぐ気付くほど似ていましたか?」
「私のデザインだからな」
「……はい?」
「ワルキュリアの羽衣は、私の店だ」
「ち、ちょっと待ってください! それは冒険者用の防具を売っている店で間違いありませんよね?」
「間違いないぞ。お主が私のデザインを模倣していたのに気付いたのは、例のパレードだがな」
例のパレードって、あれか! 凱旋パレードか!
「遠目に見ていた大衆では気付かなかっただろうが、私の目までは欺けんぞ。あれのデザインは細部こそアレンジされていたが、源流は同じだとな」
「その、それはですね……」
まさか、この場でパクリ疑惑を追及されるとは思わなかった。
どう答えたものか悩み、つい冷や汗を流しながら目を泳がせるという、わかりやすいリアクションを取ってしまう。
気付いたら無意識に人差し指をつんつんと突き合わせている有様だ。
これ俺じゃなくて、ミラちゃんの癖ではないだろうか。
「まあ落ち着け。別に糾弾するために来たわけではない」
「え、ではいったい」
「私が言いたいのは、だ……」
そこで対面に座っていたアルメシアは立ち上がり、なぜか俺の隣にやって来る。
何事かと様子を窺っていると、美術品のように整ったアルメシアの顔が、吐息がかかる距離までゆっくりと近付く。
「あの、なにを……」
「やはり黒はいい」
なんですと?
「ふふっ、この艶のある黒髪……なぜ、この世界には黒髪が少ないのだろうな」
言いながら俺の髪を一房、愛でるように手に取った。
氷の如くクールだった顔には、妖艶な笑みすら浮かんでいる。
「私は、美しいものが好きだ」
その言葉は誰かに向けられたものというより、独り言にも聞こえた。
「この世界で新たな生を得られ、自由に動ける体を手に入れた時から、私は美を探求していた。元より氷の彫刻に魅入られていた私は、この世界でも極めるべく掘り続けたが、それも五十年ほどで満たされた」
語る間、アルメシアは黒髪から目を離さない。ちょっと怖くなってきた。
「次に興味を抱いたのが服飾だ。自らの手で織りなした衣装で、美しい者をより美しく飾る。彫刻になかったその感覚は、まさしく新しい世界への扉を開けた気分だったよ。ワルキュリアの羽衣も、その一環で始めた店だ。気付けば名前ばかりが売れすぎたようだがな」
最後、僅かに沈んだ声色になったが、すぐに持ち直した。
彼女にとってお金や名声は求めていない、余計なものなのだろう。
「やがて煩わしくなった私は人の寄り付かない場所に拠点を移し、新しい衣装の作成に集中した。それを着せるに相応しい相手を見つけるため、時には街へ戻ったりしてな。だが……」
そこで一拍置き、アルメシアは背を向ける。
「どうしても黒髪を持つ者が見つからなかった。この世界の黒髪は、死滅してしまったのかと絶望し、一度は……諦めたほどだ」
ここで俺は気付いた。
常に冷静だったアルメシアの声に、熱が宿り始めていることに。
「だが、ようやくだ。お主の写真を見かけた時、私の胸が高鳴った。あの庭園に現れた時などは柄にもなく動揺してしまったよ」
あれって動揺してたのか。
めちゃくちゃ冷たい態度だったから機嫌が悪いのかと。
「あれから私は、ひたすらお主に再会する時を夢見て、ついに完成させた!」
「あの、いったいなんの話で……」
「これだ!」
くるりと振り返ったアルメシアの手には、いつの間にか布が抱えられていた。
それも赤や白、桜といった多様な色で彩られた大量の布だ。
「これとは?」
「和服だ! これが最も似合うのは黒髪しかない!」
なるほど。言われてみれば着物だ。
成人式などで見かける派手なタイプから、大正ロマン感のあるレトロなタイプまで、様々な着物がアルメシアの手にある。
「えー、つまり貴女は……」
「クロシュよ、頼みがある。この着物たちを着て見せてくれないか!」
「やっぱり」
せっせと着物をソファとテーブルの上に並べ始めるアルメシア。
よくよく見れば正統派な着物の他にも、ちょっとイロモノ感あるデザインも紛れているようだ。
和洋折衷着物とか、ミニスカ着物とか。そういうのも彼女の美なのか?
「どうだクロシュ? 私のデザインを模倣したお主なら、ひとつや二つくらい気に入る物があるのではないか?」
「そ、そうですね……というかアルメシアは、私が黒髪だから着物を着せたかったというだけで来たんですか?」
「黒髪はもちろん重要だが、お主のような美しい者であれば、遠からず訪ねていただろうな。かつてはクレハと白……今はヴァイスと名乗っていたか、あやつらにも頼んでみたが、どうも警戒されているようでな。断られてしまった」
まさか、こんな裏があったとは誰も予想してないだろうからね。
いきなり言われても戸惑うよ。かくいう俺も戸惑っているよ。
でも、ミラちゃんの美貌に着目した点は素直に称賛できる。この着物でミラちゃんの魅力を、さらに引き出せるなら断る理由はない。
「わかりました。そういう事情なら……どれか選べばいいんですね?」
「おお、どれかと言わず、すべて選んでくれて構わないぞ。ここにある物はお主に着せる想定で作ったのだからな。もちろんお主に譲るつもりだ」
「それは……ちょっと申し訳なくなりますね」
「代わりと言ってはなんだが、今後も試着を頼まれてくれないだろうか? 言わばファッションモデルだ」
「まあ、それくらいなら……」
「お主なら引き受けてくれると信じていたぞ」
まっすぐ俺に柔らかい笑みを向けるアルメシアは、当初の冷たい印象とはだいぶ異なる姿を見せていた。
近寄りがたい雰囲気も感じられないし、ひょっとしたら彼女は勘違いされるタイプなのかも知れないな。
しかし黒髪ならミリアちゃんもそうだ。
美しいというよりかわいい系だけど、せっかくだからミリアちゃんの分も頼んでみようかな。
ミリアちゃんならきっと似合うだろうし、そして二人でお揃いの着物姿というのも、いいかもしれない。
そっとミニスカ着物を遠ざけつつ、俺は空想に浸るのだった。
この時の判断が、まさか後にファッション雑誌の表紙を飾るきっかけになるなどとは予想もできなかった……。
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