まさかそんないやいや
「私の作品たちを破壊するのは誰かと思って来てみたが……」
突如として現れたオオカミの氷像と、その上に腰掛ける美女。
まさかと目を疑ったが、やはり間違いではない。
ルーゲインやヴァイスと同じ、庭園を管理する七人のひとり【幻狼】だ。
「【魔導布】よ、なぜ私のテリトリーを荒らす?」
感情の込められていない冷徹な声で、紫髪の美女は突き刺すような視線を俺たちに向けながら問い質した。
それは怒っているというよりは、ただ純粋に疑問という感じだ。
「少し誤解があるようですが、私たちは黒い煙が上がっていたので、ここまで調べに来たところ氷のオオカミに襲われただけです」
「あのオオカミたちは私のテリトリーへ侵入した者を追い返すガードマンの役目を与えていたのだ。素直に引き返すなら攻撃されないが、なんらかの敵意を示せば即座に反応し、凍らせて捕縛する手はずとなっている。つまり……」
「違いますよ」
嫌な予感がしたので俺は先手を打って説明する。
「私たちは巻き込まれただけで、先にオオカミたちと戦っていたのは別です」
「……たしかに、魔力の痕跡はもうひとつあるか」
辺りを見回して納得したように頷く。
どうやら問答無用で攻撃されたりはしないようだ。
思ったより話が通じるらしいので、俺は今までの経緯と戦車少女について一通り説明する。
「ふむ……その者も気になるが、今はお主たちだ」
「この辺りがあなたのテリトリーだったなんて知りませんでした。壊してしまったオオカミは申し訳ありませんが、襲われたのはこちらなので不可抗力です。引き返せと言うのなら、すぐにでも戻りますよ」
弁償しろと言われても困るから、こちらに責任はないと一気にまくし立てる。
できれば管理者とは敵対したくないが、かといって下手に出るのも違う。あくまで対等な立場で接するのがちょうどいいと思うんだよね。
「別に気にしてはいない。材料はただの氷。いくらでも作れることだしな」
「そうですか……」
あれ、なんだか優しいというか穏やかというか。こんな性格だったっけ?
これでは逆に、俺がケチなやつみたいじゃないか。
「しかし、ここで会ったのは都合がいいと言うべきか。近い内、お前のところへ出向こうと考えていたところだ」
「はい? それは【幻狼】が私に会いに来るという意味ですか?」
「そうだ。なに、そう身構える必要はない。私的な要件と、もうひとつ謝罪をしておきたかったのだ」
「よくわかりませんが、とりあえず場所を移しませんか?」
こんな雪原のど真ん中で長話することもないだろう。
それに、そろそろ日も暮れそうだ。真っ暗になる前に、せめて明かりのあるところへ行きたい。
「いや、今日こうして出会ったのは予期せぬものだった。話は次の機会にしよう」
「そちらがそう言うのでしたら構いませんが……」
「うむ、それと私はアルメシアという。今後は名前で呼ぶといい」
さっき倒した氷のオオカミを鑑定した時に、そんな名前が出ていたな。
あの時は誰かと思ったけど、間接的に彼女の名前を先に知ってしまっていたようだ。せっかく名乗ってくれたから黙っておこう。
……そういえば戦車にも誰かの名前っぽいのが出てたな。
たしかプレイスなんとか……あれが戦車少女の名前だったのだろうか。
「わかりましたアルメシア。では私のこともクロシュでお願いします」
「そうか。では、またなクロシュ」
もう用はないと言わんばかりにアルメシアは再びオオカミだけの姿に戻ると、颯爽と去って行ってしまう。
淡々とした話し方は最後まで変わらず、結局なにが目的なのか、まるで意図が読めなかった。
なんとなく悪い感情は持っていないどころか、これまで伏せていた名前まで教えてくれた辺りから、むしろ親し気だったとすら感じられるけど、なぜなのかは予想もできない。
話は次の機会と言っていたし、その時に教えてくれるのを期待しよう。
「お、やっと終わったか? ではミリアのところに帰るぞ」
「そういえばラエは大人しく待っていてくれたんですね」
「なにかおかしいのか?」
「てっきりオオカミたちの親玉だから攻撃するのではと」
「お前、ワタシをただの戦闘バカだと思ってないか?」
ドキリとしたが無表情を貫く俺。
「まさかそんないやいや」
「むぅ……まあいい。あれは初めから戦う気がなかった。そんな相手を倒してもミリアに自慢できないだろう」
「そこが基準でしたか」
つまり戦闘バカではなく、友達バカというべきか。
まあ俺もミリアちゃんバカなので似たようなものだろう。
「では戻りましょうか」
その前に戦車少女を追うべきか俺は少し迷った。
彼女に関しても目的がわかっていないし、幼女神様からは敵と言われているものの悪人なのかすら俺は知らない。
できれば一度でも話がしたいところだったが……暗くなって心配させる前にミリアちゃんたちのところへ戻りたいので、今回は大人しく諦めた。
あれだけ目立つ性格と能力なら、いずれどこかで会えるだろう。
その時、また敵対するのかは状況次第だ。
「ちくしょう! あのクソ狼どもめぇ!」
クロシュとアルメシアの一件から数日後。
戦車少女ことプレイスは、皇帝国の隣にある武王国を訪れていた。それも都市部から離れた郊外にある、人家の少ない廃屋だ。
もしも密会をするなら、実にうってつけの場所である。
ただし、プレイスの機嫌は荒れていた。
それは謎の飛行機体のみならず、氷のオオカミたちによって自慢の戦車隊のほとんどが破壊されてしまったからだ。
例え全滅しようとも復活するスキルだが、それには代償が伴う。
プレイスのスキル【鋼鉄蛞蝓】の場合、一両につき三日の時間と魔力、そして一定額の金銭が要求される。
つまり破壊された二十二両の戦車を完全復活させるには六十六日と、莫大な魔力とお金がかかるのだ。
なぜこんなにも厳しい条件なのかといえば、それは彼女のスキル自体が特殊な構成をしているため、ある意味では自業自得である。
だが彼女にそんな殊勝な考えはない。
悪いのは戦車を破壊したやつらだと、憤るのがプレイスという少女だ。
「せっかくボロ儲けできるチャンスだってのによぉ」
ぶつくさと文句を言いながら、プレイスは金属製の宝珠を片手で軽く放り投げてはキャッチする。
それは永年凍土にいくつか存在する遺跡のひとつより発掘した、とある魔導機関の重要なパーツであった。
そんな物をプレイスが求めた理由は、ずばり金である。
なにかと金のかかるスキルを所有するプレイスにとって、金は自身の戦力を増強するために必要不可欠なのだ。
だからこそ、こうして面倒な依頼であっても、金額次第では動く。
「よお、やっと来たな」
廃屋にプレイスとは別の人影が現れた。
まったく素顔を隠そうとしないプレイスとは異なり、その人物は頭から足の先まで覆い隠すように外套を纏っている。
ただし体格までは誤魔化せず、およそ成人男性であることはプレイスから見ても明らかだった。
「約束の物は用意できているのかね?」
プレイスの予想していた通り、男の声が聞こえた。
だが、そんなことは彼女にとってどうでもいい。
「先に金を見せろ」
「……ふん、まあいい。これだ」
男は手にしていた革袋をプレイスへと投げて渡す。その中には金貨ではなく、小さいながらも輝きを放つ宝石がいくつも収まっていた。
そう、プレイスにとって肝心なのは、きちんと報酬が支払われるかどうかだ。
それを確認しない限り、依頼された物は渡さない。
「換金するのが面倒だが、契約通りの額で間違いないようだな」
正しい金銭的な価値を計るスキル【査定】により、プレイスには宝石を換金した時のおおよその金額が見えていた。
これだけで戦車の修理代を賄えるどころか、換金の方法によっては補って余りある額になると判断し、僅かながら機嫌を直す。
「んじゃあ、こいつだ。たしかに渡したぜ」
プレイスは手にしていた宝珠と、さらに廃屋の木箱に隠していた同様のパーツ合計で七つを薄汚れたテーブルに並べる。
すると表情を伺わせない男は傍目にわかるほど狂喜した。
「これだっ……! これさえあれば私はぁ……!」
尋常ではない様子だったがプレイスには関係ない。
その男がどこの誰であって、これからどのような災厄を招こうとも、彼女には関係ないのだから。
「まあ、また依頼があれば連絡しな。金さえ出せば考えてやるよ」
それだけ言い残して廃屋からプレイスの姿は風のように消えた。
一方で男は聞いていたのかいないのか、まったく意に介さない様子で遠い景色を眺めるように呟く。
「ク、ククッ、待っていろ皇帝国よ。私は必ず返り咲いてやる……あの商会も、エルドハート家も、聖女も、なにもかも踏みにじってくれる! 私はすべてを失ったのだ! お前たちもすべてを失うがいい!」
恨み言を口にする男は、やがて荒い息を吐きながら廃屋を後にする。
向かう先は皇帝国……ではない。
彼は以前、ある事件から指名手配されており、まだ皇帝国には戻れなかった。
男の名はドルゴー。とある有力な商会の商会長だった男である。
今では犯罪人として追われ、身銭を切って他国へと逃れる日々だ。
それも、もう少しの辛抱だとドルゴーは確信する。
持ち出した財貨の大半を使って手に入れた七つの宝珠は、彼にとってそれだけの価値あるものだった。
向かうは勇王国。
そこで地位を確立し、皇帝国へと舞い戻る。
七つの宝珠は、その足掛かりとなる秘策であり、やがて訪れる災厄の種であるとは……まだ誰も知らない。




