またいつの日にか
プラチナの悪足掻きを丁重にお断りすると、さすがに諦めたのか、そのあとは素直にレギンレイヴを引き渡してくれるようになった。
むしろ壊されたら困ると考えたのか、俺が預けようとしているミリアちゃんに対して懇切丁寧に説明してくれる変わりっぷりである。
おかげで扱い方や、簡単な整備方法が判明したようで、ミリアちゃんも大いに喜んでいた。
最初こそ遠慮がちだったけど、今では早く持ち帰って研究したい意欲が溢れているのか、ちょっとそわそわしているのが実にかわいい。
そんなミリアちゃんが受けるプラチナの講義は、まだ時間がかかりそうだ。
今のうちに、さっきの戦車少女について確認しておこう。
「ヴァイス、さっきの少女に見覚えはありませんか?」
「我の記憶にはありませんが……師匠には心当たりがあるのですか?」
「心当たりと言いますか、もしかしたらインテリジェンス・アイテムではと疑っているんですよね」
戦車を創り出すなんて突拍子もないスキルを持っているのは、俺が知る限りではインテリジェンス・アイテムくらいなものだ。
謎の技術力で量産された物をどこからか持ち出した可能性もあるけど、破壊された戦車は跡形もなく消失しているから、その線は消えたと見ていいだろう。
だが本当にインテリジェンス・アイテムだとしたら、あれが【人化】なのか、それともリヴァイアのように【擬体】なのかで話は変わってしまう。
もしも【人化】だとしたら、俺を入れて八人しかいないはずだったインテリジェンス・アイテムの【人化】スキル持ちが他にも現れたワケで……。
あの戦車以外にも、幼女神様が遠距離戦をオススメしたように、なにか危険なスキルを所持している恐れがある。
だからこそヴァイスに庭園か、どこかで見た覚えはないか聞きたかったのだ。
もし庭園に来ていれば、少なくとも話題になっていたはずだからね。
残念ながら空振りだったが……。
「帰ったらルーゲインにも確認しましょう。あの少女の目的は不明ですが、あの暴れっぷりからすると敵対してもおかしくありませんからね」
「御意。我も情報を集めてみます」
警戒し過ぎる、ということもないはずだ。
幼女神様が言うにはお子様らしいし、レギンレイヴを操縦していたのがミリアちゃんだとバレたら、確実に怒りに任せて報復するタイプだろう。
ミリアちゃんにも、あまり人目に晒さないように言っておかないと。
しばらくしてプラチナの講義も終わり、レギンレイヴを【格納】に入れたところで遺跡に用がなくなった俺たちは、夕暮れも近いので帰ることにした。
護衛と案内人を迎えに行くと、レストアルームは快適だったようで完全にリフレッシュできたようだ。どんな設備なのか、ちょっと気になるところだ。
最後に俺が、これからどうするのかプラチナに尋ねると……。
「今までも、これからも、わたくしは使命をまっとうするだけです」
その声には微塵も寂しいとか、辛いなんて感情はなくて、ただ誇らしげにすら聞こえるほど堂々とした答えだった。
彼女にとって遺跡を管理し続けることが幸福なのだろう。
「そうですか……では、また会いましょう」
それ以上、俺から声をかける必要もないと感じて、いつか再会することを約束するだけに留めておく。
ちょっと腹黒いところもあるけど、俺は彼女が嫌いではなかった。
「また……ええ、またいつの日にか」
プラチナもまんざらではない様子だったのが、ちょっとだけ嬉しい。
耀気動車に乗り込み、少しずつ遠くなっていく遺跡を眺めながら、今回の遺跡旅行は無事に幕を閉じるのだった。
……とは、ならないのが現実だ。
遺跡を離れ、永年凍土の大地を抜けるまで、もう半分といったところで奇妙な気配を感知したのである。
俺の【察知】に反応しているため敵意ではあるが、それは俺たちに向けられたものというより、別の誰かに向けられているようだ。その余波がこちらに流れているように感じられる。
これが街中であったり、どこか大自然の中なら気にならないが、こんな雪と氷しかない場所でいったい誰がなにをしているのか。
興味を抑えきれず外を眺めてみると、遠くの空に黒煙が上がっていた。
もう一度だけ言うが、ここは雪と氷に閉ざされた大地だ。燃える物なんて存在するわけがない。明らかにおかしい。
あるとすれば遺跡へ向かう冒険者の物資が燃えているとかだけど、フォルティナちゃんによると今の時期に永年凍土の大地へ入るのは自分たちだけらしい。
これは防犯上の観点から、他の誰かとばったり出会わないよう事前に調べたそうだから間違いない。
「このまま無視するべきか、確認だけでもするべきか……」
対処に悩んでいると、俺の視線に気付いたのかミリアちゃんが微笑む。
「クロシュさん、こちらのことは気にしないでください」
「ミリア……」
俺の懸念はミリアちゃんたちの護衛だったが、この場にはヴァイスがいる。
彼女が付いていれば俺も安心して任せられる。
「それに、もしかしたら困っている人がいるかも知れません。クロシュさんなら助けてあげられると思いますから」
「……わかりました。ヴァイス、後は頼みましたよ」
「必ずや使命をまっとうしてみせます」
恭しく頷いたヴァイスを信じて耀気動車の外へ飛び出す。
ひとりなら【黒翼】で空を飛び、素早く偵察に行って帰れるだろう。上空の気温は地上よりも低く凍てつきそうだが、俺には【聖域】があるので影響はない。
「おー、本当に近くいると寒くないな」
「……どうしてラエがいるのでしょうか?」
いつの間にか、ぴったり後ろから付いてくるようにラエちゃんが飛んでいた。
悪魔だから飛べるのは驚かないが、ミリアちゃんの傍を離れるのは予想外で戸惑ってしまう。
「ふふふ、ミリアが見事な戦いをしてみせたのだから、次はワタシの番に決まっているではないか。お前に獲物を独り占めさせんぞ!」
「いえ、戦うかどうかは決まっていませんが……」
「そうなのか? だが、あれは敵だろう?」
小さい指で差された先を注意深く見れば、そこには見覚えのある物体が沈黙しているのが確認できる。
「あれは戦車? しかし、なぜ氷漬けに……?」
遠くからでは雪の塊としか映らなかったが、近付くに連れて確信する。
ただ形こそ戦車少女が率いていたものと同型に思えるが、撤退した彼女の戦車がこんなところで車体を真っ白に染め上げているのは不自然だ。
まさかエンストを起こし、凍って動けなくなったワケでもないだろう。
そのまま飛び続けると、次々に似たような状態の戦車が発見できる。ひとまず黒煙が伸びている方向と同じだから、やはり無関係ではなさそうだ。
「おいお前、あそこだ!」
ついに黒煙の発生源が判明した。
なんとなく予想はしていたが、そこでは装甲を破損した戦車が激しく火を吹いていた。スキルで生み出した戦車なのに燃料タンクなんてあるのかは疑問だが、細かいことはどうでもいい。
重要なのは、なぜ戦車が燃えていて、あの少女はどこに行ったのかだ。
――――ドォ……ン。
「今の聞こえましたか?」
「とーぜんだ!」
砲撃の音がした方角へ急ぐと、断続的に轟音が届く。
どうやら戦車少女は戦闘中のようだ。
また塔のような瓦礫を相手にしているとは考えづらいが、こんなところで誰と争えるのかは気になる。
そしてその答えは、すぐに姿を現した。
「ラエには、あれがどう見えますか?」
「氷の塊だな」
「そうですね……オオカミの形をした氷ですね」
しかも動いている。
まるで本物のオオカミが群れで獲物を狩るように、残り八両ほどとなった戦車を追いかけ回していた。
もちろん戦車も応戦しており、何度も砲身を震わせて雪の大地を吹き飛ばしているものの、さっと俊敏に避けるオオカミたちには当たらない。
絶えず機銃からも弾幕を展開していたが、威力不足なのか、オオカミを形成する氷の強度が異常に高いのか、こちらは命中しても弾かれてしまう。
反対にオオカミたちの鋭い牙や爪は、確実に戦車の装甲を削り取っていた。
今もまた一両が走行不能に陥り、完全に停止した戦車の周りで円を描くように囲んだオオカミたちは、一斉に吠え始める。
すると戦車の表面がみるみる凍り始めていくではないか。
やはり、ただのオオカミではなさそうだ。
【氷狼像】(Bランク)
スキル【眷属化】によってアルメシアに使役されるオオカミの氷像。
オオカミの基本能力に加え、主に付与されたスキルを使用できる。
これがオオカミの【鑑定】結果で、さらに……。
【鋼鉄蛞蝓の戦車】(Cランク)
プレイス・T‐44が召喚した戦車。
被弾箇所に関わらず一定ダメージを受けると大破する。
こっちが戦車の【鑑定】結果だ。
一定ダメージで大破というのは妙な性能だが、オオカミの攻撃を受けて動かなくなった戦車を見る限りでは間違いないだろう。
どうやら思ったよりも防御に難があるスキルらしい。
数と機動力で勝るオオカミ相手に、一方的なまでにボコボコにされているのも納得できる話だ。
問題は、これを放っておいていいものかどうか……。
「そもそも、あのオオカミがなぜ戦車を襲っているのでしょうか」
「考えているヒマはないぞ。ワタシたちに気付いた」
「見境なく攻撃して来るなら、ここで倒したほうが良さそうですね」
氷のオオカミが俺たちへ向かって吠え始めたので、大きく旋回して回避する。
恐らく、さっき戦車を凍らせていたスキルを使ったのだろう。先ほどまで俺とラエちゃんが浮かんでいた空間に氷の粒が発生して、ぱらぱらと落ちて行った。
「その程度の冷気で、このワタシがやれるものか!」
一気に戦闘態勢へ入ったラエちゃんは、全身に紅の炎を纏ってオオカミの群れに向かって急降下し、そのまま突進する勢いで蹴散らしていく。
相性が良かったのか、炎を受けたオオカミは次々に形を保てなくなり、どろどろと溶けたあと原型を留めていない氷の塊に成り下がった。
「姿形が大きく変わると【眷属化】が解除されるようですね。なら……」
負けじと俺も布槍を伸ばしてオオカミを滅多刺しにする。
首と四本の足を切断した時点で、完全に沈黙した。
「思ったより楽勝ですね。あの戦車は相性が悪かっただけなのか……あれ?」
向かって来るオオカミを全滅させた頃、気付けば無事だった戦車の姿が見当たらない。それどころか凍っていた戦車すら消失している。
もう逃げたか。
「話くらい聞いておきたかったのに……」
「おい、新手がきたぞ」
「新手?」
警戒するラエちゃんに倣って俺も周囲を見渡すが、敵意も感じられないし、オオカミの姿もない。
……いや、いる。
たしかに敵意こそ向けられていないが、そこにオオカミはいた。
先ほどまでと違い、ガラスのように透き通った美しいオオカミの氷像が、じっとこちらを見つめている。
咄嗟に【鑑定】しようとして、すぐに抑えた。
俺は以前、あのオオカミを見たことがあるのを思い出したからだ。
その証拠として、俺とラエちゃんの前でオオカミの氷像は光を放つと、その上に腰掛ける人影が姿を見せる。
それは庭園の管理者のひとり……【幻狼】と呼ばれる美女だった。




