魔法少女かー
ダンジョン『天の宝物庫』について俺が知っていることをまとめよう。
まず、発見されたのはおよそ一年前。
未開拓地の調査中、偶然にも岩山の中腹にある洞窟がダンジョンであると気が付いたという。
細かい事情は聞き流していたので知らんが、場所は素人目に見ても開拓するのは難しいと思う樹海の真っただ中だった。元々そんなところの開拓は消極的であまり力を入れていなかったらしい。
それがダンジョンの発見によって作業が一気に進んだという辺り、ダンジョンがどれだけ魅力的なのかが察せるが、さらに勢いを加速させる出来事が起きた。
ふらりと現れた一人の冒険者が、あっという間に制覇したことだ。
だが、その冒険者はダンジョン内の情報をまったくと言っていいほど開示せず、そのまま立ち去ってしまったそうだ。
目的も正体も不明な奴だけど、唯一残した言葉から『最深部の鏡からなんでもひとつだけ教えて貰える』ことだけが判明していた。
真偽の程は次の制覇者が現れるまで確認できないわけだが、信じる者は多かったようだな。
というのも、その冒険者は魔剣の在処を聞きだして、後に手にしていたという噂が流れたからだとか。
あくまで噂という辺りなんというか……それもまた信憑性に欠ける話だ。
とにかく信じた奴が続出したわけで、このダンジョンに挑む冒険者は爆発的に増加し、必然的に近くに拠点となる町ができたって話だ。
ちなみに今さらだが町の名前は『ザメリ』という。
由来は知らんし、特に興味もないかな。
それくらいどうでもいい情報だった。
話を戻そう。
ダンジョンのおかげで発展した町だが、別に鏡の一件だけが要因となったわけではない。一番の理由はモンスターが大量に沸く……より有り体に言えば、多くの魔石が採れると見込まれていたからだ。
他にも『天の宝物庫』と命名されている通り、宝箱から入手できる希少なアイテムの存在も大きいようだが、今は関係ないので置いておこう。
この魔石というのはギルドで買い取ってくれるのだが、これがなかなか良い収入になる。
なぜなら大きく、そして美しい魔石であるほど価格も跳ね上がるからだ。
例えば、平均的な冒険者が一回のダンジョン攻略による魔石で得られる金額は、この世界における一般人の月収に匹敵することもある、と言えばわかりやすいだろうか。
一定以上の腕を持った冒険者がこぞってダンジョンに潜るのも納得できる。
その分、良い魔石を得るには凶暴で危険なモンスターを相手にしなければならないし、その為には高価な装備で身を包み、戦闘技術を学ぶ必要があり、そこまでやってもダンジョン自体が罠や遭難などと命の危険も高い……っと、まあハイリスク、ハイリターンってやつか。
一攫千金を夢見る者ほど、儚く散るようだけどな。
何事も堅実が一番ってことだ。
さて魔石がどれだけ儲かるのかが、よくわかったところで……。
「フィル、鑑定を頼む」
開口一番にノットがそう言えば、ディアナは魔石が詰まった袋をドサッとカウンターに乗せた。その拍子に袋の口が開き、僅かに中身が露出する。
それを目撃できた周囲の冒険者たちがざわつくのを尻目に、ギルドの受付のお姉さんことフィルに袋の中身をひとつ取り出して見せる。
「こ、これ、全部、そうなの?」
「ああ。アサライムの魔石が6個だ」
聞き耳を立てていた者たちが、さらに騒がしくなった。
実際に魔石を目の当たりにしたフィルも口を半開きにぽかんとしている。
驚くのも無理はないだろうな。
魔石の大きさは拳ほどの物だが、形は綺麗な球状で色も透き通った水色だ。ひとつでも結構な額となるだろうに、それが6個もあるというのだから。
極めつけは、暗殺スライムの魔石であること。
誰もが出現すると聞けばダンジョンへ潜るのを躊躇う存在のようだな。
冒険者本人の身体能力と反射神経、あとは運に任せるといった対処しかなく、効果的な対抗策は確立されていない現状から、こいつが出現するダンジョンでは出会わないだけでも強運と見なされる極悪モンスターだとか。
ほんたいは、よわい、けどねー。
あいつは最初の奇襲だけが強みだったからな。
最低位の風魔法1発で絶命するとは、あまり知られていないらしい。
知っていても出来るかどうかは別の話だろうけど。
なにせ一度だけ迎撃せず、ミラちゃんに避けさせてみたら、着地と同時に床へ染み込んで逃げられたからな。あの引き際はまさに暗殺者そのものだった。
だが奇襲の段階でどうにかすれば、あとはサックリと魔石を回収できる。俺たち取っては実に美味しい獲物でしかなかったよ。哀れ。
そんなわけで6匹も倒したものだから魔石の数も同じく6個だ。
たまにギルドに持ち込まれると事前に聞いていたので、俺はこのくらい誤差の範囲で大した数じゃないと考えてたんだけど、ノットの話では一年に1個、2個くらいで、一度に6個はギルド史上初じゃないかと言われてしまった。
さすがにちょっとやり過ぎたかもと反省している。
もちろん後悔はしていない。
「……たしかに全部アサライムの魔石みたいね」
ギルドに公認されたことでさらに周囲の冒険者が……っていつの間にかギャラリーの数が増えてるな。
まあ注目されるのは予定通りなので気にしないでおこう。
「はぁ……前の1個だけでも驚いたのに、今度は6個……」
フィルはもう驚きを通り越して呆れているようだった。
言われてみれば、暗殺スライムは前にも一度倒しているからひとつは前回も持ち込んでいたんだよな。
あまり驚いていたように見えなかったけど、俺の方が目立ってしまったようだから霞んでいたのだろうか。
「というか、あなたたちダンジョンに潜ったのね。この結果だとなにか切り札があったんだろうけど、あまり心配させないで欲しいわ」
なにか、と言いつつも彼女の視線は俺に向いていた。
「ああ悪かったよ。だが察しの通り、これはインテリジェンス・アイテムのおかげだからな」
おおっ、と冒険者たちがどよめいた。
ここからが本番だ。
「このインテリジェンス・アイテムの『クロシュ』はな、防具としても優秀だが、敵意を察知する能力も持っているんだ。例えばの話だが……もしこの場に、私たちにちょっかいを出そうだなんて考えてる奴がいれば、すぐに教えてくれるだろうなぁ。それがわかったら……私たちは容赦しないつもりだ」
ノットの口から言い放たれた言葉にギルド内はしんと静まり返り、ごくりという音が聞こえた気がした。
特に最後の一言はなかなかの凄味があってゾクリと来る。スキルの【気配操作】を使ったのかな?
やたら脅すようなセリフだが、実はギルドを訪れる前に打ち合わせて、実際に脅していたりする。
魔石のことで絶対に目立つし、それが俺のおかげであると誰もが想像するだろうから、いっそのこと俺の能力を宣伝して威嚇しようってな。
少なくともバカども相手なら牽制になるだろうとはノット談だ。
「ま、そんな奴がいればの話だけどな」
にやりと笑うノットに何人かが苦笑いを見せたり、顔を歪ませて外へ出て行ったりした。
あいつらは少し注意しておくか。
ざっと鑑定しておいた感じでは、別に脅威になりそうではなかったけどな。
この場にいるのは今のダンジョンに深く潜れない程度の冒険者たち、言ってしまえば下級から中級の者たちだけだ。もっとレベルが高い奴らがいるとすれば、しばらくはダンジョンに潜っているだろう。
「ところで、早めに換金してくれると助かるんだが」
「え、ええ……ごめんなさい。これが今回の報酬よ」
フィルはいつものように袋に入れて渡そうとして来たのだが、ここでもノットが隠す必要はもうないだろうと、あえてその場で袋から金貨6枚と数十枚はある銀貨を取り出す。
わざわざ注目が集まっている中で見せたのも牽制の一環か。
「それじゃ、私たちは他に用があるんでな」
言いながらノットは手にした物を懐へしまうと他の3人に軽く目配せをする。
周囲の冒険者たちは未だに呆然としていたようだが、俺たちがギルドから去ると、すぐに湧き立つような声が耳に届いた。
なにを騒いでるのかは知らないけど気にするほどではないだろう。
こうして俺たちは悠々とギルドを後にした。
ギルドを出た俺たちは、その足で高級武具店へと向かっていた。
装備を新調することは先の打ち合わせで決まっていたので、だったら今日中に済ませてしまうことにしたんだ。
まだ日が暮れるのにも時間があるし、ゆっくり見て回れるだろう。
そして、せっかくだから良い武器が欲しいというディアナの要望により、町で最も値が張る店へと訪れたのだが。
「ちょっと、さっきのやり過ぎじゃなかった?」
ふいに、そのディアナの言葉に誰もが首を傾げた。
思い当たるとすればギルドでの一幕か。たぶんノットが金貨を見せびらかした行為についてだろう。
同じくノットが気付いたようで苦笑混じりに答えた。
「ああ、たしかに必要はなかっただろうな」
まさかの肯定。
「じゃあなんで、あんなこと言ったのさ?」
「必要ではなかったが、上手く行けば、より楽が出来ると思ってな」
なるほど。
必要か不要かで答えれば必ずやらなければいけないことでもなかったが、やっておけば良いと判断したと。
彼女が判断を誤るとは思えないので俺以外の三人、疑問を呈したディアナですら理由がわからないながらも納得していた。
「で、楽ってなんなのさ? もったいぶらずに教えてよー」
「別にもったいぶっているつもりはないが……まあそうなるか。詳しくは宿で話すから、今は武器を選ぶぞ」
まだ口を尖らせてぶーぶーと不満そうに言うディアナをなだめて、それぞれ目当ての物が置かれている場所へと別れる。
俺とミラちゃんは魔法使い用の杖が置かれているコーナーへと移動した。
先端には美しい石が嵌め込まれ、彫刻や装飾が施された見た目も高そうな杖が、一つ一つ丁寧に陳列されている。
ひょっとして、この先端の石が魔石だったりするのかな?
それはねー、ただの、ほうせきー。
違ったようだ。
結局、魔石の使い道ってなんなんだろうな。あとで誰かに聞いておくか。
わたしには、きかないのー?
話が長くなりそうなので。
今はミラちゃんの新しい杖を見繕わなければならないからな。
パーティの中で、最も能力が不足しているのはミラちゃんだ。防御の面では俺がいるし、他にも色々とサポートできるのだが、彼女の役割である魔法はなかなか難しい部分がある。
というのも魔法を使うには術者のMPと魔法力、そして制御する技術が必要になって来るからだ。わざわざ知識の書庫で確認したので間違いない。
MPと魔法力は俺を装備していれば補正を受けられるので、これに関しては水準を大きく上回るから問題ないだろう。
肝心なのは技術面だ。
どれだけ強い魔法を、どれだけ放てようとも、使いこなせなければ意味がない。
そこで魔力の制御を補助してくれる杖を手にすることで、ミラちゃんは一流の魔法使い、いや『魔法少女ミラ』へと変身することが可能なのだ!
……違う、そうじゃない。
俺はバトルコスチューム兼マスコット役かなぁとか変な妄想が働いてしまったが、ともかく杖が必要なのは確実だろう。
「クロシュさんは、どの杖が良いと思いますか?」
おっとミラちゃんも俺に意見を求めているようだ。
頼りにされているようだから、ちょっと良いところ見せないとね。
鑑定!
【ハイフォースロッド】
装備者の魔法力を大きく高める一般的な杖の上位版。
【クリスタルロッド】
紫氷の加護が付与された杖。氷属性の術が強化される。
【クレセントロッド】
銀月の加護が付与された杖。月属性の術が強化される。
【精霊樹の杖】
希少な精霊樹の枝から削られた杖。風、地属性の術が強化される。
【バトルウォーメイス】
近接戦闘用の重い鉄杖。魔力的な補正はない。
【ブレイズワンド】
炎魔法が籠められた宝玉が付けられている。魔力を流すと火炎が吹き出す。
【ヒーリングワンド】
回復魔法が籠められた宝玉が付けられている。魔力を流すと傷を癒せる。
ざっと見たところ、こんな感じだった。
さすがに高級店だけあって色々と面白い杖が並んでいるが、どれも目当ての物とは程遠いな。
他にもないだろうかと周囲を見渡しつつ鑑定をひたすら飛ばし続けると……。
【ホワイトレイピア】
細い刀身の刺突剣。魔力制御を補助する。
杖ではなかったが、まさにうってつけと言える物があった。
切っ先から柄頭に至るまで純白の細剣。鍔の辺りはいくつもの線が流れるように湾曲して絡み合い、持ち手を保護する球状になっている。装飾としての意味合いも強いけど実用的だ。
でも剣か……。
レイピアなら軽いし邪魔にはならないだろうけど、これはどうだろう。
たしか貴族の決闘用や護身用に使われる剣で、あまり実戦向きではないんじゃなかったかな。特にモンスター相手だと、ちょっとやそっと突き刺したところで大したダメージは与えられないだろうし。殺るならディアナみたいにバッサリ行かないとね。
……よく考えたら魔法を使うんだから剣としての機能はどうでもいいのか。
(ミラ、あちらのレイピアが良いと思います)
「レイピアって……でも剣ですよね?」
杖を選んで貰うはずが、いきなり剣を勧められて困惑するミラちゃんに俺は今のミラちゃんに必要もの、それが杖にはなく、この剣にあったこと。そして杖として扱うだけだから前に出て剣を振る必要はないなど丁寧に解説した。
刃物を持つこと自体にも抵抗はあったようだが、実際に持たせてみると。
「あ、これ軽いんですね。杖と同じくらい……もっと軽いかもです!」
ヒュッと手首の動きだけで切っ先を煌めかせる。
どうやら重量を気にしていただけみたいだ。この様子なら心配ないだろう。
あと、周りに誰もいないとはいえ素人が振るのは危ないからやめなさい。
その後も調子に乗ってしまったミラちゃんは店員に注意されるまで振り続け、顔を赤くしてみんなより一足先に店を出たのだった。
ああ、もちろんレイピアを買ってからね。
スキルについてですがノットの【察知】を【索敵】に変更しました。
クロシュくんと同じスキルを持ってるのに暗殺スライムを感知できないのはおかしいと思いまして。
話自体に変更はありません。




