お断りします
モニタに映るのは撤退する戦車たちと、それを追撃する謎の飛行機体。
魔導機兵ドスコイとは似ても似つかないシュッとしたシルエットに、見た目通りの機動力の上、なんと空まで自由自在だ。
極めつけは遠距離からのエネルギー放射による攻撃と防御。
あの砲弾の雨を受けても平然としていた辺りから察するに、その性能はドスコイなんて量産機よりも遥かに上位だ。
『あれらを殲滅するに相応しい機体があります』
プラチナから発せられた、その平坦な声に乗せられた確かな怒りの色。
いったい、どんな切り札を出すのかと思えば、あんなのが飛び出したんだから驚きだ。想像以上に魔王の軍勢は、とんでもない戦力を持っていたらしい。
もっとも、その主導権も今では……。
「やったなミリア! 見事に追い返したぞ!」
「わははー! 当然に決まっている! ワタシのミリアだからなー!」
「いえ、私ではなく、あの子が頑張ってくれただけですよ」
いくつもあるオペレーター席のひとつにミリアちゃんが座っていた。
左右から喝采を浴びせるのは、おなじみフォルティナちゃんとラエちゃんだ。
彼女たちがはしゃぐのも無理はない。なぜなら、あの戦車たちを撃退したのはミリアちゃんが操縦するロボットに他ならないのだから。
「あれほどの戦力ならば、師匠に頼らずとも撃退できたのでは?」
「わたくしに出撃許可は出せません。権限レベル五を持つ方の協力が必要不可欠だったのです」
「私は本当に許可しただけですけどね」
管理人であるプラチナより、外部の者である俺のほうが高い権限を持つっていうのもおかしな話だったが、そこは役割の違いみたいなものらしい。
とにかく言われるままにコンソールに表示されたパネルに触れると、それで許可を出した扱いになったようで、例のロボットがどこからか出撃したのである。
最初は操縦も任されたけど、管制室から遠隔操作できるので例え撃墜されても危険は一切ないと知った俺は、操縦をミリアちゃんに頼んだのだ。
もちろん、他にも理由があったんだけど、期待以上にミリアちゃんは機体の扱いが上手く、あっという間に乗りこなしてしまった。
それでも、もし戦車の中に操縦者がいたら攻撃をためらっていただろう。
だが幸いにも戦車を指揮をする少女の他に生命反応が感知できなかった。
そんな機能もあったというのは恐ろしいが、おかげで遠慮なくミリアちゃんが攻撃できたので今は喜んでおこう。
「たしか【魔導機鋼士レギンレイヴ】でしたか」
プラチナによると、魔導機兵とはまったく異なる機体だという。
まず最大の違いは誰かが操縦しなければならない点か。
無人機のほうが優れているように感じるが、実際は有人機の性能が上回っているそうで、簡単に言えば量産型の魔導機兵、専用機の魔導機鋼士だ。
気になる性能差の理由だが、この世界の装備品を思い出せば納得できる。
魔法的な加護だとか法則によって、武器や防具を身に着けるとステータスを向上させられる。だからインテリジェンス・アイテムの価値が高いワケだが……。
実は、この魔導機鋼士は『武器』であり『防具』なのだ。
そのため搭乗者のステータスが機体性能にも関わり、結果的に無人機の魔導機兵よりも高性能になるという。
まあ今回は遺跡の管制室から遠隔操作だったから、あれでも本来の性能より劣っているそうだけどね。
詳しくはプラチナも把握してないそうだけど、重要なのはドスコイなんかよりも遥かに強くて、ビジュアル面も良いところなので細かいことは気にしない。
改めてモニタに映るレギンレイヴへ視線を移す。
全体的なデザインこそ黒くてトゲトゲしていて悪魔っぽい禍々しさだが、顔の部分に当たる個所を見れば別の印象を抱かせた。
それは騎士の甲冑だ。斜めに入ったスリットが二対あり、まるで兜のようにも見えるその内部から、排気の代わりとばかりに蒼い光の粒子が漏れている。
控えめに言ってかっこいい。
「プラチナにひとつ頼みがあるのですが……」
「お聞きします」
「遺跡を直した報酬の件ですが魔導機兵ではなく、あれを借りられませんか?」
「構いません」
ダメ元だった要望に、まるでプラチナは予想していたように即座に答えた。
初めて目にした時からドスコイより良いと思って、借りる前提でミリアちゃんに操縦させてみたんだけど……あっさり過ぎて違和感がある。
嬉しいけど、あのドスコイですら渋々だったのに、なぜだ?
「では当施設の修復活動を終えた時、あの機体を預けると誓いましょう」
謎は深まるばかりだが、ひとまず戦車たちは退けられた。
ひとまず遺跡を直してから考えよう。
それから俺は塔の残骸を無事に【格納】で回収し、なんとか遺跡は本来の姿を取り戻すことができた。
あれだけの砲撃を受けて、大したダメージを受けてなかったのが幸いだ。
修復されて天を貫かんばかりにそびえ立つ塔は、ただ沈黙を保っている。いったいなんの目的で建造されたのかは知らないが、例えなんらかの兵器だったとしても使用されない限り心配はいらないだろう。
そしてプラチナは創造主である【怠惰】の魔王が復活するか、防衛目的でなければ、この遺跡を動かせないと言っていた。
幼女神様の言葉によると【怠惰】の魔王は気にしなくていいらしく、今後は遺跡調査も禁止にするよう動くとフォルティナちゃんが約束してくれたので、あとはそっと静かにしてあげるべきだと思う。
それはそれとして報酬は受け取ろう。正当な対価だからね。
早速プラチナに頼み、俺たちはレギンレイヴのドックへ案内される。
ドスコイが複数体も格納されていた大きなドックと違い、ここには一機だけしかない。小さいが専用ドックのようだ。
ここで初めて俺はレギンレイヴを前にする。
大きさは四メートルほどで、背面部には折りたたまれた翼に似た部分が確認できる。これを展開すると、後光のように背負っていたパーツになるのだろう。
すでに機能を停止しているからか蒼い光は失われて、今はただ真っ黒な金属の塊が鎮座しているだけだ。
試しに【鑑定】すると……。
【魔導機鋼士レギンレイヴ】(Aランク)
人による操縦を想定して設計された魔導機兵の進化形。
胸部内と両手に組み込まれた攻防一体の武装マグナスフィアが特徴。
莫大なエネルギーを消費する欠点を持ち、継続的な魔力補充を必要とする。
なにやら気になる一文が見える。
「プラチナ、これを動かすには魔力が必要なんですか?」
「動力はその通りです。当施設であれば補充できますが、先ほどの戦闘によって内部に組み込まれた使い捨ての魔力タンクが尽きました。こちらは新たに調達しなければなりません」
「……どこで手に入るのでしょう?」
「不明です」
しれっと言うプラチナだけど、それってつまりレギンレイヴはもう起動できないって意味じゃないか。
そこでようやく俺はプラチナの意図に気付いた。
「……もしかして最初から私が欲しがるのを予想していたのですか?」
「なんの話でしょう。それより約束ですので、こちらはお預けします。どうぞ」
「一本取られたワケですか……」
遺跡は修理したい。だけど管理している魔導機兵を貸したくないプラチナは、敢えて上位機体であるレギンレイヴをお披露目することで、俺の狙いをドスコイから逸らしたのだ。
そして実際に手に入れても、まともに起動すらできないとなれば調査もそこそこに返却するしかないだろう。
澄ました顔をしながら、なかなか腹黒いやつだ。
「まあせっかくですから借りますけど……」
ミリアちゃんなら調べればどうにかできるかも知れないし、なにより幼女神様のお言葉に従うなら、ここで機体を入手しない選択肢はありえない。
ただ遠隔操作できるのは管制室あってこそで、この遺跡から離れて動かすなら実際に乗るしかないワケで、それには危険が伴うワケで……。
考えるほどメリットが薄くなってしまう。
やっぱりドスコイのほうが良かったのでは?
「所有権を一時的に移譲します。そちらの魔導キーをお借りします」
「え、あ、これですか?」
「はい」
俺が悩んでいる隙に、プラチナから差し出された手にミリアちゃんは確認しながら螺旋刻印杖を渡していた。素早い。
「こちらの魔導キーが所有者の証となります。決して失わないよう細心の注意を払うようお願いします」
「わ、わかりました……」
杖をコンソールに突き刺して、なにか操作をしたかと思えば、すぐに返却されてミリアちゃんは戸惑いながら受け取る。
あれだけで所有権とやらが移ったらしい。
「これで約束は果たしました」
「……やっぱり狙っていましたよね?」
すでにミリアちゃんがレギンレイヴを受け取ってしまった形になるので、今さらドスコイに変更させないつもりだろう。
こうなったら、なんとしてもレギンレイヴを起動する方法を探すしかないか。
「先ほど、使い捨ての魔力タンクを調達しなければと言っていましたが、それは具体的にどういう物なのでしょう?」
「文字通り、魔力を貯蔵できる物です。一般的には魔石と呼ばれていますが、この機体を動かすには並み程度の魔石では容量不足です」
「なるほど……例えば、これくらいだったら?」
「これは魔宝石珠ですね。この純度であれば……?」
俺が【格納】から出した魔石に、プラチナは瞬きをぱちぱちと繰り返した。
これならラエちゃんの件の報酬でヘルから大量に受け取ったので、ついでに十個ほど出してみる。
「はい? え? あの? えー、その、これは……」
とても人間らしい反応をするプラチナは、やがて目をゆっくりと閉じて心を落ち着かせるように一拍置くと、平静さを取り戻した声で呟く。
「……やはり魔導機兵にしませんか?」
「そうですね、お断りします」
俺は笑顔で言い切るのだった。




