相応しい機体があります
「塔のパーツが、何者かに攻撃を受けています」
そんなプラチナの言葉を今一つ理解できない俺だったが、モニタに映し出された光景を前にすれば嫌でも信じさせられる。
こんな寒い土地までやって来て、わざわざ遺跡ではなく残骸である折れた塔の先端部を、破壊しようとするやつが本当にいるとは……。
しかも『あんな物』まで、なぜあるんだ?
まったく理解はできないが、放ってもおけない。現実逃避はやめよう。
モニタに映っているのは、一言で表現すれば戦車だ。
灰色の無骨な金属装甲を纏い、左右のキャタピラを波打たせ、正面から突き出された主砲は継続的に火を吹いている。数秒遅れて砲弾が塔の残骸へと着弾し、派手な爆炎を散らしていた。
その数は、ざっと数えて三十両。
戦車大隊が氷の大地を難なく侵攻し、真っ白な雪に足跡を残す様は、まるで無慈悲に蹂躙しているかのようだ。
「誰がなんの目的でやっているかは知りませんが、止めないとマズいですね」
「少なくとも、あれが皇帝国のものではないことは確かだ。聖女殿、やるなら思い切りやってくれ」
フォルティナちゃんのお墨付きなので、破壊しても構わないだろう。
問題は、どうやってあれだけの数と戦うかだ。
まともな武器は螺旋刻印杖くらいだし、あれの装甲を突破できるか疑問だ。手っ取り早いのは【極光】だけど被害が大きくなるから避けたい。いつもの布槍で持ち上げたりできれば引っ繰り返せるかもだけど、重いと難しい気がする。
ここはヴァイスとラエちゃんにも協力を……。
「敵対勢力に動きがあります」
対処法を検討しているとプラチナから新しい報告が入った。
全員がモニタに注目すると、戦車大隊の先頭の一両、その上部ハッチが開いているのが見える。
そして、そこから現れたのは……女の子だ。
「まさか、あの子が指揮していたのでしょうか?」
咄嗟に【鑑定】を試したが、残念ながらモニタ越しでは意味がなかった。
しかし、その女の子の他に人影も確認できない。ここで顔を出したのが彼女ひとりなら、戦車を指揮しているのは間違いないだろう。
改めて少女を観察する。
服装は白っぽくてツルツルした素材のスーツだ。四角や三角、円形といった記号のカラフルなアクセサリーを服にひとつずつ付けている。
どことなく見覚えのある形状だ。
そんな記号少女はなにかを叫んでいるように見えた。
ここまで音声は伝わらないが、どうもイライラしているような感じだ。塔を壊せないことに怒っているのか?
大きく腕をブンブン振り回すと、再び戦車の一斉砲撃が始まる。
よくわからないが、ムキになって塔を破壊したがっているのは感じ取れた。
「なんだか見た目通り子供っぽいというか、いえ子供なんでしょうけど……」
――――おこさまが、せめてきたぞー。
――――からだはこども、ずのうはおとなー。
――――このさき、えんきょりこうげきが、ゆうこうだー。
不意に幼女神様の言葉を思い出した。
この状況から推測すると……もしかしてインテリジェンス・アイテムか?
だとしたら戦車を創り出せるスキルを持っていても不思議じゃないし、頭脳は大人というのも納得できる話だ。転生者なのだから。
そして助言に従うなら、あまり近付くのはよくないらしい。
危ないスキルを持っているとか……?
「プラチナに確認ですが、この遺跡に武器はないのですか?」
近付けないなら、こちらも遠距離から兵器で対抗できればと考えたのだ。
あれだけのロボットを保有しているのだから、ビーム砲の一門や二門くらい動かせないだろうか。せっかく直したんだし。
「当施設に被害が及ぶまで、わたくしに迎撃する権限はありません」
「……あるにはあるんですね」
だが塔が完全に破壊されてしまってからでは遅い。
パーツを失っている状態だと直せないのは判明したのだ。あとから直せるとは限らないだろう。
「あのロボ……魔導機兵も動かせないのですか?」
「わたくしに権限がありません。ですが代わりにひとつだけ」
そこでプラチナは悲し気に見つめていたモニタから目を離した。
俺に向けられた視線に感じられるのは決意と……怒りだ。
「あれらを殲滅するに相応しい機体があります」
戦車群が幾度目かの砲撃を繰り返していた。
だが一向に崩れるどころか、欠片すら落ちる気配もない塔の残骸。
その結果を前に、憤慨する少女がいた。
「クソがぁ! どーして塔一本くらい壊せねーんだよ!」
彼女の名はプレイス・T‐44。
ある目的のために永年凍土の大地まで遥々やって来たのだが、行く手を阻むように突き刺さった塔の残骸を破壊しようと攻撃を始めて数十分。
自慢の戦車たちは、未だに目的を果たせていなかった。
「ちくしょう……やっぱり遠回りするか? いや、わたしがクリアできないゲームなんてない! 絶対に壊してやる! やれ!」
熱くなったプレイスは本来の目的も忘れて、再攻撃を命じる。
彼女の操る戦車たちは、すべてスキル【鋼鉄蛞蝓】によって召喚されたもので無人だ。
細かく操作せずとも、ただ言葉で指示を出せば忠実に動いてくれるゴーレムのようなものである。
その性能は特殊そのもので、雪原だろうと砂漠だろうと海上だろうと問題なく走破し、岩山ですら戦車にあるまじき跳躍によって易々と越えてしまう。
さらに主砲から放たれる砲弾は魔力によって生成されるため、プレイスの魔力が尽きない限り撃ち続けられる。
唯一、鋼の装甲だけは問題を抱えているが、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない防御力を持つ。
プレイスが過剰なまでに自信を持つのも当然と言える性能だ。本来ならば……。
キィィィィィィィィィ――――。
「ん? なんだこの音は?」
どこからか鋭く甲高い音が響いていた。
それも段々と近くなっていく。
「いったいどこから……空か!?」
発生源に気付いたと同時、一両の戦車が吹き飛んだ。
大地が弾けたように宙に投げ出された戦車は、衝撃からごろんごろんと勢いよく転がり、ようやく止まった頃には主砲がひしゃげるほど車体は歪んでいた。
考えるまでもなく攻撃を受けたのだとプレイスは悟る。
「くっ、いきなり……どこの誰だぁ!?」
正体不明の攻撃を掴もうと注意深く空を見上げ、そして凄まじい速さで動く影
を発見する。
その姿はプレイスの目に、なんらかの飛行機体として映った。
キィィィィィィィィィ――――。
再び甲高い飛行音が近付く。
大空を上下に分けるように、真横に軌跡を描いていた飛行機体は急旋回し、プレイスたち戦車大隊に影を落として過ぎ去っていく。
「チィッ!」
すれ違いざまにチカチカッと放たれた閃光に気付いたプレイスは咄嗟に戦車の内部へ滑り込んだ。
次の瞬間、プレイスのすぐ近くにあった戦車が今度は二両まとめて吹き飛ぶ。
「舐めたマネしやがって……てめぇら目標変更だ! 撃てぇ!」
号令に従いすべての戦車が飛行機体に主砲を向けるべく動いたが、その狙いを定めるより先に三度目の攻撃を受けてしまう。
あまりにも機動力に差があった。
「クソっ! 速すぎる! なんなんだよあれは!?」
戦車内のモニタから観測機器を手動で操作し、どうにか飛行機体を捕捉したプレイスは、ついにその正体を暴いた。
漆黒に塗られた流線形のボディに、関節部から漏れる蒼の冷光。人の形をしているが頭部や各部位より伸びる尖角はさながら悪魔のようである。
なにより特筆すべきは後光のように背負う飛行ユニットらしきパーツだ。何枚ものプレートが放射状に浮遊しており、本体を飛行させる翼の役割を担っている。
「こいつは……人型のロボット? まさかこいつも【怠惰】の……」
唖然とモニタを眺めていたプレイスだったが、飛行機体の左右の手、より厳密には手の甲に埋め込まれたスフィアから放たれた眩い輝きに目を背ける。
続けて車体を揺るがす振動から、また二両ほどダメになったと顔を歪ませた。
「……クッソがぁ!! ざけてんじゃねえぇぞッ!!」
完全に激昂したプレイスは自動操縦では間に合わない照準を自ら操作し、それに他の戦車を同期させて主砲を放つ。
怒りに我を忘れながらも、その狙いは目標の移動速度と行動パターンを見越した偏差射撃という上級技術によるものであった。
加えて回避を予測して僅かにずらした砲撃を混ぜてあるため、例え多数の砲弾を避けても一発は必中だと確信するプレイス。
「っしゃあ! ざまぁみやがれ!」
結果はプレイスの予想以上であった。
次々に飛行機体へ命中し、その姿は爆炎と黒煙に巻かれて消えてゆく。
完全破壊に至らずとも大ダメージは確実。そうなれば移動速度の大幅なダウンは必至であり、次からは容易く砲撃を当てられるだろう。
勝利を確信するプレイス……だったが。
「……はぁ!?」
黒煙の晴れた先にあったのは、まるで無傷の飛行機体であった。
よく見れば片手のスフィアを突き出すように腕を伸ばしており、それを中心として障壁となる力場が発生している。
遠距離から一撃で戦車を走行不能にする武装に、戦車からの砲撃の一切を防ぐ障壁発生装置、そして圧倒的な機動力。
「……あー、こりゃムリゲーだわ。はいてっしゅー」
途端にやる気を投げ出したプレイスは、それまで破壊に拘っていた塔の残骸すら無視して引き返していく。
途中でさらに戦車を数両ほど吹き飛ばされても、まるで意に介さずの退却っぷりに飛行機体も見送るしかない。
「もうちょい近ければなー。つか、わたしが本気出せばあんなチート機体なんか瞬殺なんだけどなー。ま、目的のモンはもう回収してっから、とっくにクリア済みなんだよバーカ! バーカ! ばぁぁーーーかっ!!」
そんな負け惜しみが誰に聞こえるわけもなく、ただひとり高笑いを残して去って行くプレイスであった。




