はじめまして。こんにちは。こんばんは。
ゲートの奥から姿を現した、ロボットとしか言いようのない物体。
その黒い金属のボディをした全長五メートル以上はある人形を、俺は認識した瞬間から【鑑定】を使っていた。
危険な物だったらミリアちゃんたちの安全を最優先に考えたのだが……。
【魔導機兵ドスコイ:型式番号D‐10674】(Bランク)
かつて【怠惰】の魔王が保有していた軍勢がひとつ、魔導機兵。
その重量級近接戦特化型として開発された通称ドスコイシリーズの一体。
両腕から放たれる攻防一体の兵器『波動掌』を唯一の武装とする。
なんだろう、これ。
危険……ではなさそうだ。たぶん。きっと。
というか【怠惰】の魔王ってこれ転生者でしょ。
ドスコイって本気なのか、ふざけてるのか判断に悩む。
「クロシュさん、これは……いったいなんなのでしょうか」
「そうですね……」
魔王なんて気軽に教えてもいいのかな?
どこまで話すべきか迷っていると、ラエちゃんがドスコイロボに近寄る。
そして誰もが注目する中、指を差して言い放った。
「思い出したぞ! 少し前に暴れてた魔王のゴーレムにそっくりだ!」
「いえ、そっくりというか同一ロボだと思いますよ」
堂々とラエちゃんが宣言してしまったので、俺も【鑑定】結果をみんなに話すことに決めた。
まあドスコイという人型兵器ってくらいしか判明してないけど。
「魔導機兵ドスコイ……!」
「これが、あの魔王の軍勢だと!?」
「な、なぜこんなところに……!」
「ドスコイ……なんて恐ろしい響きなんだ!」
ミリアちゃん、フォルティナちゃんに続いて護衛の騎士たちまでも次々に恐怖したような言葉を口にする。
なるほど、知らないとそういう反応になるのか。
一方、俺の脳内では『どすこーい! どすこーい!』とロボ二体が張り手して土俵から突き出そうとしている光景が浮かんでいた。あまり怖くないな。
これは上手く説明できないので、なんとか安心させよう。
「みなさん大丈夫です。動かないようですから。あと、とりあえず他のゲートも開けてみましょうか」
俺が気になっていたのは、いくつも存在するゲートだ。
もしかしたらと、すべてのコンソールを操作して開いていくと、予想していた通りにドスコイが何体も発見できた。
おそらく、ここは格納庫のような場所なのだろう。
「ミリア、フォルティナ、これらの扱いはどうなるのでしょうか?」
偶然とはいえ、そして名前こそふざけているが魔王の軍勢を発見したのだ。
これを破壊するならいいけど、もし誰かが権利を主張して独占し、ロボに使われている技術でも解析されたら大変なことになるかも知れない。
半ば放心していたミリアちゃんは、ハッと気付いて答えてくれる。
「えっと、遺跡で発見された物の所有権は発見者にありますけど、今回のように複数の人がいる場合だと、そのグループのリーダーに一任されるはずです」
「リーダーとは?」
「まあ私になるな。これでも皇女だからな。面倒なことにな」
本当に面倒臭そうにフォルティナちゃんはドスコイを見上げていた。
「見つけてしまった以上は放置もできんが、かといって持ち帰るのも難しい。はっきり言って困るだけだな……もう少し小さければミリアにあげたのだが」
「え、頂けるんですか?」
「ミリアが欲しいのなら構わないが、こいつの所有権を得るとなると下手に扱えなくなるから管理が大変だぞ?」
「では私の【格納】で……」
「――それは困ります」
スキルを使えばロボが十体でも百体でも持ち帰れる……そう思い付いて言いかけた時だった。
誰かが格納庫に入って来た。奥にまだ扉があったのか?
まったく敵意は感じられず【察知】に反応はないが、俺たちがやって来る以前から遺跡にいたとなれば普通ではない。
俺は数歩ほど前へ出て、警戒しつつ問いかける。
「誰ですか?」
「わたくしは、当施設の管理を任されたものです」
コツコツと金属の床を鳴らしながら、こちらへ近寄って来る気配。
やがて暗闇から姿を見せたのは……女の子?
「はじめまして。こんにちは。こんばんは。わたくしは管理用魔導機巧人――」
白銀の髪と、黄金色の瞳をした人形めいた少女がゆっくりと一礼する。
「――プラチナムシリーズ認識番号α‐13です」
微動だにしない表情、まるで生気を感じない瞳、抑揚のない声色。
彼女を目にして最初に抱いたイメージは、アンドロイドやホムンクルスだ。
機械的だが無機質なそれには決してない肉感、かといって人間の暖かみを持たない人の姿をした、人ではない者。
ある意味、ヴァイスと似たような存在だろう。
【管理用魔導機巧人プラチナム:認識番号α‐13】(Aランク)
かつて【怠惰】の魔王が造り出した人の姿をした魔導仕掛けの人形。
高度な思考、計算能力を持ち、永い年月を稼働し続ける。
戦闘能力は皆無。
ちなみに【鑑定】結果はこんな感じだ。
この説明文からすると、生き物ではなくアイテムの扱いになるらしい。
インテリジェンス・アイテムに成ったヴァイスとの違いは、なんだろう?
今はひとまず挨拶をされたので挨拶を返さねば。
「私はクロシュと言います。プラチナムとお呼びすればいいでしょうか?」
「プラチナムはわたくしたちの総称です。わたくしに個体名は付けられていませんので、ご自由にお呼びください」
「では……プラチナで」
安易だけど俺の名付けセンスなんてヴァイスの時点で自覚している。
「それでプラチナに聞きたいのですが……」
「この施設のすべては、我がマスターの所有物です。勝手に持ち出されるのは困ります」
こちらの意図を汲んでか、先んじてプラチナは答えてくれる。
マスターとは、やはり【怠惰】の魔王のことだな。
「あなたは今も、ここの管理をしているワケですか」
「それが未来であっても、わたくしの使命は変わりません」
冷たく無感情に言い放つプラチナ。
うーん、取り付く島もないとはこのことだろうか。
「ど、どうしましょうクロシュさん」
「あちらに争うつもりもないようです。彼女が管理しているのであれば、それでいのではないでしょうか」
「魔王の軍勢を見つけておいてそれはどうなんだ聖女殿……」
「その魔王がいないのであれば、問題ないのでは?」
プラチナは管理しか命令されていないようだし、魔王が蘇りでもしなければ危険はないはずだ。そして前に幼女神様から聞いた話では、その恐れはまずない。
あったとしても遠い未来だろう。
「せっかくの発見だが、ミリアはそれでいいのか?」
「発見できただけでも楽しかったですし……ちょっと心残りですけど」
「なんだー? あれ壊さないのかミリアー?」
なぜかラエちゃんが壊す気満々だったのは置いておくとして、一応これだけは確認しておかないと。
少しラエちゃんを見る目が鋭くなったプラチナに、俺はひとつ尋ねる。
「ここの魔導機兵をプラチナが動かすことはできますか?」
「いいえ。わたくしの使命は管理ですので、特定の事態に陥らない限りは起動できません」
「特定の事態とは?」
「当施設への敵対行動を感知すれば、迎撃に打って出ます」
つまり防衛のためなら動かせるのか。
「私たちが侵入しているのは大丈夫なんですか?」
「本来であれば、ここまで入れません。入るにはゲートを破壊するか、正当な手続きを経てゲートを開けるかです。あなた方は客人と認識しています」
「正当な手続きというと、この杖でコンソールを操作ですか」
「杖……?」
こてんと首を傾げるプラチナ。
「その魔導キーは、あくまで鍵です。正面ゲート前の四角い石に触れませんでしたか? あれは人間で言うところの門番ですので、入場許可を出しています」
「ああ……」
あの躓いた石板か!
ということは、あの時に俺が入場許可を得ていたからゲートを開けてもプラチナに襲われなかった、というワケか。危ないところだった……。
あと、やっぱり杖じゃなくて鍵だったようだ。
でも前に鑑定した時はミリアちゃんが名付けた螺旋刻印杖だったはずだが……試しに見てみると。
【螺旋刻印杖】(Cランク)
使用者の魔力を溜めて発射する魔道具。
本来は【魔導キー】という名で、特殊な認証システムの鍵だった。
今は魔改造されており、本来の用途とは別物の道具となっている。
なんか説明が追加されてるな。
すでに別物扱いだったから前の【鑑定】ではわからなかったのか。
じゃあなんで今回は補足説明されたのかが謎だが、なにかで精度でも上がったのか、解放条件でも満たしたのか。あるいは両方か。
「それで、つまりは敵がいなければプラチナは大人しく、この施設で管理し続けているってことですね?」
「そうなります。もっとも、大部分が破損しているため稼働しませんが」
ここでプラチナは初めて悲しそうな表情を見せた。
彼女にとって、この施設を護ることがどれだけ大事なのかが窺い知れる。
「壊れているんですか?」
「わたくしが管理を命じられるより以前から、戦闘行動により破損していたようです。この施設には修復するための資材も人員も不足しているので、今はただ現状維持するだけで精一杯です」
それはきっとプラチナにとって、とても歯痒く辛い日々だったのだろう。
少なくとも俺には、そう思えた……だからだろうか。
「よろしければ私が直しましょうか?」
気付いたら、そんな言葉が口から出ていた。
まったく打算抜きってワケじゃないけど、どうにも放っておけない。
なにより俺には……俺のスキルなら直す手段がある。
【修雷】(Bランク)
道具を正常な状態へと直す電気を放つ。ランクにより効果が増減する。
今まで一度も使ってないし、このままだと宝の持ち腐れだ。
どうせなら派手に使ってみるとしよう。
ずっと前に修得したスキルがようやく日の目を見ます。




