――ようこそ――
遺跡までの道程は順調なものだった。
特に警戒していた襲撃や、天災による事故なんてイベントも発生せず、ついに一面の雪と氷に閉ざされた『永年凍土の大地』へやって来た。
ここからは予め手配されていた専用の耀気動車へ乗り換える。
その耀気動車は、正式には氷上走行型特殊耀気動車というらしく、簡単に言ってしまえば滑りにくい車輪と、冷たい外気を遮断する装甲に加え、内部を暖かい空気で満たす魔導技術が搭載された乗り物だ。
便利な物があるんだなと思ったが、便利である分その運用には相応の費用が嵩むようで、普段はまったく使われないのだとか。
まあ今回は皇女であるフォルティナちゃん、侯爵令嬢のミリアちゃん、ドラゴン級冒険者のヴァイス、そして聖女さまというラインナップのため、ここで使わないなら、いつ使うんだといった感じであっさり用意されたそうだ。
おかげで俺たちは車内でのんびりぬくぬく過ごさせて貰っている。
万が一、暖房が途絶えてしまった場合でも俺のスキル【聖域】で車内を包むように展開すれば、例え宇宙空間だっとしても春の陽気が差し込む庭園にも等しい快適空間へと様変わりする。
この【聖域】は新しいスキルなので使い勝手がわからなかったが、どうやら思った以上に使いやすいようだ。
もし遭難したとしても、歩いて帰ることすら可能である。
さすがに、そうなったら転移陣を使うけどね。
しかし耀気動車の利点は、なにも性能だけではない。
悪路を踏破する関係上、この耀気動車はかなりの大型である。だからこそ俺たちは同じ車内に収まっているし、最低限のメイドさん方も同乗している。
残りのメイドさんと騎士たちは、もう一台の耀気動車で随行しており、それでも乗り切れなかった従者は拠点で帰りを待つことになっていた。
そう、いくら車体が大きく座席が広いとはいえ、余分なスペースはない。
するとどうだろう、必然的に俺たちは身を寄せ合う形で座るのだ。
「あっ、すみませんクロシュさん。痛くありませんか?」
「いえいえ、まったく問題ありませんよ。それに仕方ないことです」
「そうだな聖女殿。これは仕方がないのだ」
「フォルティナは少し近すぎる気がしますけど」
「なに、この人数だからな。多少は仕方ない。仕方ないんだ」
「あ、あまり押さないでくださいフォルティナ……すみませんクロシュさん」
「いえいえいえいえ、構いませんとも」
横一列の座席に、俺たち五人は座っている。
俺の右隣にはミリアちゃん。そのさらに右隣にフォルティナちゃんという配置なのだが、どうやら先ほどからフォルティナちゃん側から押されているようで、ミリアちゃんがぎゅうぎゅうと俺の右腕に寄りかかっていた。
しかもだ、そんな体勢が苦しかったのかミリアちゃんは俺の腕を抱きかかえるようにして、なおも体を押し付けて来るではないか。
まあフォルティナちゃんから押されているせいだけど、狭い耀気動車内だからこその嬉し恥ずかし奇跡のカーニバル開幕である。
というか、そんなに右側は狭いのだろうか?
フォルティナちゃんの右隣……つまり右端にはラエちゃんがいる。先ほどまでミリアちゃんに話しかけていたり、フォルティナちゃんと席順で揉めたりしていたのだが、今ではすやすやとお昼寝中だ。
そういえばフォルティナちゃんから次々とお菓子を与えられていたから、お腹がいっぱいになったのかな?
どう見ても圧迫されている様子はないので、まあフォルティナちゃんは通常運転ということか。
「すー、すー、すー」
妙に左隣にいるヴァイスの呼吸音が大きく聞こえる。
これだけ近いのだから当然だが、どこか圧迫されて苦しいのだろうか。
ちょっと心配になって聞いてみる。
「ヴァイス、そちらは大丈夫ですか? 狭くありませんか?」
「すー、問題ありません。すー、このままがいいです。すー」
顔が近すぎて表情は伺えないが、きっといつもの無表情なのだろう。
「なんだか呼吸が少し苦しそうですが……」
「まったく、すー、異常は、すー、ありません、すー」
首筋に吐息がかかって少しくすぐったいが、この状況ならやはり仕方ないか。
なんだかヴァイスにまで抱き着かれている形で、ちょっと落ち着かないが、伝わってくる体温と柔らかさは心地良い。
遺跡到着まで、あと一時間ほどのはず。
それまでは、この幸福サンドを楽しむとしよう。
なお、俺とヴァイスが【人化】を解けばスペースに余裕ができる、なんて無粋な提案は俺にはできなかった。
そういえばヴァイスは……忘れていたのかな?
気付いていたら絶対に進言しただろうし、きっとそうに違いない。
おかげで俺も幸せな時間を過ごせたので不満があるワケもなく、今回は誰も気付かなかったことにしよう。うん、それがいい。
「あれが遺跡ですか」
蒼天の下を行く俺たちの前に、それらしき建造物が姿を見せた。
すでに耀気動車からは降りている。この先は徒歩でなければ通れないほど足場が悪いからだ。遺跡まで一キロほどありそうだが仕方ない。
天気がいいのは幸いだった。
とはいっても一年を通して吹雪に閉ざされた土地で、今の時期だけ雲一つない晴れた空を見せるからこそ、こうして観光に訪れたワケだが。
遺跡の外観は、思ったよりも近未来的だ。
もっと古ぼけた石造りの建物だとかをイメージしていたが、黒っぽい鋼鉄のような壁に、半ばで折れている倒れかかった巨大な斜塔、その周囲にある半壊したいくつもの塔群……明らかに、この世界に存在しないはずの文明レベルだ。
ひょっとしたら、古代の科学力が優れていた可能性もあるけど……。
「どうしましたクロシュさん?」
「いえ、なんでもありません。行きましょうかミリア」
考え事に集中していたせいか、気付けば白いもこもこ防寒着を身に着けたミリアちゃんが不思議そうにして隣に立っていた。
気温は凍てつくほど低いが【聖域】によって俺の周囲だけ緩和されている。
完全に暖かくしてしまうと防寒着を着ていられなくなり、薄着で【聖域】から出てしまうと一瞬で凍えてしまうのだ。
これがミリアちゃんだけなら、ずっと近くに付いていれば問題ないけど、他のみんなを考えるとこれが最善だろう。
さて、ここで遺跡を眺めていても答えは出ない。
それなら近付いて調べたほうが早いだろう。
案内人の先導に従い、ゆっくりと移動を始める。急ぐと滑って危ないからね。
途中、飛んで行くべきか悩んだけど、これは観光だから自重した。
みんなを抱えて飛行するのは簡単でも、あまりに情緒がないだろう。
それに誰も疲れたと言っていないし、辛そうな様子も見られないのだから、しばらく歩きながら景色を楽しもう。
そうして二十分。
目の前にそびえ立つ黒壁に、行く手を阻まれた。
そこは遺跡の扉と思しき溝がうっすらと入った壁で、これまで誰にも開けることはできなかったという。
まあ、すぐ隣の壁が崩れて大穴が空いているから、誰も開けようとしなかったとも言えるが。
「ふむ……ここがミリアが見たかった遺跡なのか?」
「そうですよ。ずっと昔からあるんですけど、誰もなんの目的で建てられて、どうして放棄されたのかわからないんです」
「うむむぅ」
ピンク色の幼児用もこもこ防寒着を着込んだラエちゃんが首を傾げる。
「どこかで……いや、気のせいか」
「そろそろ中に入りましょう。ラエさん、行きますよ?」
「おぉっ、すぐ行くぞ!」
もしかして見覚えがあったのかな?
そう思ってたけど、結局なにも言わずにラエちゃんは嬉しそうにミリアちゃんを追いかけて行った。雪をずぼずぼかき分ける姿は子犬のようだ。
おっと、俺も急がないと……あっ。
「んぶっ!」
「く、クロシュさん!? 大丈夫ですか!?」
「師匠!」
雪に埋もれたなにかに躓いて、思い切り顔からコケてしまった。
慌ててミリアちゃんとヴァイスが駆け寄ってくれるけど、ちょっと恥ずかしい。
「大丈夫です。問題ありません。少し油断しただけです」
ヴァイスが差し出す手を取って起き上がりつつ、つい言い訳をしてしまう。
いやでも、なにかが埋まっていたのは本当だ。
「これは……岩? いえ、石板でしょうか?」
なぜか黒い石板のような物体が雪に隠れていたのだ。
雪を払ってみると、表面はつるつるしていて人工的に作られた物だとわかる。
他には特におかしな点もないし、単なる装飾のひとつだろうか?
現代の日本庭園に設置された石灯篭みたいな。
「お怪我はないみたいですね……良かったです」
「ミリア……そろそろいいですか?」
「あ、はい、すみません。クロシュさんが心配でつい……」
さっきからミリアちゃんが顔にぺたぺた触って傷がないか確認してくれていたのだが、これは役目が逆な気がするんだ。
いやまあ、不注意だった俺が全面的に悪いんだけど。
「心配をかけてすみません。行きましょうか」
しかし情けない姿をミリアちゃんに晒してしまったな。
ここからは、しっかり頼りになるところを見せなければ……!
『――不明な生命体の接触を確認――認証中――【強欲】を検出――【怠惰】によりアクセス権限レベル五を付与――承認――『魔導式マスドライバー基地』の開放要求――承認――ようこそ――』
車内の様子
zzz
→〇〇〇〇← 〇




