だれかなー?
「というわけで勇王国に向かうことが決まってしまった」
屋敷に訪れるなりそう切り出したフォルティナちゃん。
前に言っていた、例の外交のことだろう。
いよいよ明後日には遺跡旅行に出発するという時になって、なにか色々な議論が積み重なった結果、そう決定したらしい。
詳しくはフォルティナちゃんも知らないようだけど、気になるのは今後の予定がどうなってしまうのかだ。
「旅行は延期になってしまうんですか?」
「いや、幸い戻ってからでも十分に間に合う。可能性として事前に聞かされていたとはいえ急に決まったことだからな。それなりに猶予はあるさ」
それを聞いてミリアちゃんもほっと安心していた。
もうすでに遠足に行く前夜みたいな心持ちでいるのに、今さら延期なんて考えられないのだろう。
とりあえず予定に変更はないとのことで俺も肩の力を抜く。
そして話題は勇王国とやらに移った。
「前から耳にしてはいましたが、勇王国とはどのような国なのです?」
「そうだな……私も聖女殿に教えられるほど詳しくはない。たぶんミリアと同じ程度の知識だと思うが」
「構いません。私の知識は、恐らくお二人以下ですので」
俺が知っているのは過去に召喚された勇者が関わっているのと、商家連合を介して帝国との貿易をしていた国で、今はリヴァイアが直で行き来できるように新しい海路を開拓したくらいか。
ちなみにフォルティナちゃんが勇王国へ向かうのも、新しい貿易に際して同盟を結ぶ祭典への参加が目的らしい。
間接的に俺がきっかけとなっていて、ちょっとだけ申し訳ない。
「まず勇王国は大陸の南端に位置している。皇帝国とは地続きだが、魔の森を迂回しなければならず、その道中は武王国を初めとするいくつもの国々を経由しなければならない面倒なものだ」
「ああ、それは前に聞いた覚えがありますね。だから海を渡ったほうが近いと」
「今までは不可能だったそうだが……私も詳しくは知らない。とにかく可能になったということだ」
どうやらフォルティナちゃんはリヴァイアについて知らされてないようだ。
別に知らなくてもいいことだが。皇帝も、そう判断したのだろう。
ひとりで納得していると、ミリアちゃんが説明を引き継いでくれる。
「本で読んだ話では、勇王国は常に暖かい空気に包まれていて、大地の実りが豊かな場所だと書かれていましたよ」
「暖かい空気ですか。こちらとは真逆ですね」
「そうなんですクロシュさん! 実は勇王国では魔導技術が発達していなくて、今も耀気動車ではなく馬車を使っているそうです。ちょっとびっくりですね」
「そもそも耀気動車は皇帝国が開発したものだからな。遅れていても当然だが、代わりに豊富な食材を得ているのが勇王国だ」
「あちらは食べ物、こちらは魔導技術……というワケですね」
勇者が関わっていると聞けば地球の技術が使われていそうな印象だが、実際は帝国と比べて自然豊かな、田舎国といった感じらしい。
馬鹿にする意図はないけど、帝国の暮らしを知っていると少し不便そうだ。
「使節団として向かうのなら杞憂だと思いますが、そんな国へ行くフォルティナが少し心配になりますね」
「案じてくれるのは嬉しいが聖女殿、別に治安が悪いわけでもない。両国の同盟を阻止したい悪党が暗躍でもしていない限り、なにも起きないだろう」
急に不安になって来たな。
「……クロシュさん」
「はい、どうしましたミリア?」
「……いえ、すみません。やっぱりなんでもありません」
「そうですか?」
ちょっとミリアちゃんの様子が気がかりだけど、体調は悪くなさそうだ。
もし悩みがあるなら、本人から打ち明けてくれるのを待つしかないな。
待っていたら遺跡旅行へ出発する日がやって来た。
あれからミリアちゃんは特におかしなところもなく、いつも通りだったので俺からは触れずにおいた。
俺が心配し過ぎなだけかも知れないし、本当に困っているなら俺を頼ってくれると信じている。
きっと今はまだ、その時ではないのだろう。
なので気持ちを切り替えて、この旅行を楽しむことにする。
目的地の遺跡までは、まず耀気機関車で北へ向かい、途中から耀気自動車へ乗り換える。そして永年凍土の大地に入る前に、また雪原や凍った道を進める専用の車両に乗り換える行程になっている。
この内、耀気機関車での移動中は外部からの襲撃は難しく、護衛側は車内にだけ集中できる。言わばひと時の安息所だ。
「ではクロシュさん、私たちは食堂車へ行きますね」
「ええ、お構いなくどうぞ、ゆっくりして来てください」
前回、耀気機関車に乗った時は楽しめなかった食堂車へ行きたいとミリアちゃんが言い出し、フォルティナちゃん、ラエちゃんが同意した。
そこで俺は少し用があったので個室に残らせて貰い、念のためヴァイスには一緒に行くように頼んだ。
つまり、今この場にいるのは俺と……。
だれかなー?
誰でしょうね。
だれかなー、だれかなー、だれかなー。
部屋の真上に浮かぶ影、にっこり笑顔の幼女マン。
おんなのこ、だよー。
地球はひとつ……っと、存じ上げておりますとも。
どこからどう見ても幼女神様は可憐で美しくも愛らしい幼女神様ですからね。
がっちゃー。
やっぱり理解しててネタ振ったんじゃないですかー。
てへぺろー。
そんな軽い挨拶を終えてから、落ち着いて話せるよう床に降りて貰う。
俺は当たり前のように付いて来ている幼女神様に質問しようと残ったのだ。
今まで黙っていた幼女神様も、それに気付いていたからこそ急に話しかけてきたのだろう。
さて、ちょっといいですか幼女神様。
いいですともー。
これから向かう遺跡に危険とかあったりしませんか?
ないよー。
おや、ないのか。てっきり危険な古代生物でも眠っているものかと。
せいぶつは、ねてないよー。
生物ではない者が眠っていると。
めざめよー。
目覚めさせていいんですか?
これが、しょうりのかぎだー。
また戦いが起きて、しかもそれが必要になるほどだと……?
よに、へいおんの、あらんことをー。
世界平和に関わるほどなのか……。
かてるか、どうかは、ミリアしだいー。
なんとミリアちゃんが!?
うごけー、とまれー。
ふーむ。
なんだか大事になりそうな予感だが、暗号めいた幼女神様のお告げでは、まったくもって理解不能な部分が多い。
わかったのは、遺跡で目覚めさせるなにかが、これから起きる戦いで勝利に貢献して、その結果によって世界に平穏をもたらす……が、それもミリアちゃん次第って感じだろうか。
ふふふー。
この幼女神様のにっこり含み笑い……自分から忠告しなかったってことは、放っておいても問題はなかったか、そう大した問題ではないからだ。
ということは俺の杞憂だったワケか。
まあ、安心して遺跡観光を楽しめるから、まったく無意味じゃないけどね。
でも、ひとつだけ、ごちゅういー。
傾聴します。
おこさまが、やってくるー。
お子様?
おこさまが、せめてきたぞー。
幼女になら攻められたいですが……このタイミングだと厄介ですね。
おこさまは、てきだよー。
俺に躊躇うなと……そう言いたいワケですか?
からだはこども、ずのうはおとなー。
ああ、相手は転生者かなにかってことですね?
このさき、えんきょりこうげきが、ゆうこうだー。
そこまで教えて貰えたら負ける要素がありませんね。わかりました。
わからない部分もあるけど、さすがに頼り過ぎだ。
あとは自分で頑張るとしよう。




