いつの間にそんな仲良しさんに……
「こんなに貴重な物をたくさん……本当にいいんですかクロシュさん?」
机に散らばる色とりどりの宝石を前に、ミリアちゃんが嬉しそうに言う。
それは俺がヘルから貰った魔宝石珠だ。
「もちろんです。ちょっとしたツテで受け取ることになったのですが、私では宝の持ち腐れですので」
実際【格納】の中にはまだ数百個も残っている。
いずれ使い道が見つかればいいけど、このままだと死蔵されそうだ。
それなら魔導技師であり、趣味で魔導技術の研究をしているミリアちゃんが活用してくれたほうが、よっぽど世のためになるだろう。
「ありがとうございます! これで新しい実験が……っ!」
「……ほどほどにしてくださいね」
瞳を輝かせるミリアちゃんを見て、ふと思い出した。
そうだ、ミリアちゃんは研究に没頭してしまう癖があるんだった。
一応カノンが付き添ってくれるから無理はさせないだろうけど、俺が悪化させてしまっては申し訳ない。主にカノンに。
いっそ全部あげちゃおうかと思ったけど、少しタイミングを見計らおう。
「ところでミリア、これは一般的にどのくらいの価値があるのですか?」
「えっと、そうですね……だいたいひとつで数百万ルアになるかと」
ルアとは帝国で使われている通貨だ。
つまり【格納】に入っている分も合わせると二億から三億ルアになる。
現在までのカードの売り上げが、たしか一千万ルアだから……やばいな。
もうカードの利益が必要ないくらいの財産となった。
ただカード作りは、すでに半分ほどミルフィちゃんの趣味になりつつある。
それならそれで儲けを重視する必要がなくなり、品質アップに力を注げると前向きに考えればいいんだろうけど……お金儲けのために始めたのに、そのお金を費やすんだから本末転倒だな。
まあ今ではミリアちゃんやソフィーちゃん、アミスちゃんも新作を楽しみにしているくらいだから、まったく問題ないけどね!
おっと、新作と言えば……。
「もうひとつミリアに渡す物がありました。これをどうぞ」
「これは、もしかしてカードの新作ですか?」
「ええ、発売前のシリーズ第二弾ですよ」
より具体的には第二弾において、最高レアのカード二種類だ。
描かれているのは白と紅、レイピアと扇を構えた二人の美少女である。
それぞれ別々のカードだが、赤いほうの強い要望から、これらの二枚のカードを横に並べると、まるで元から一枚だったかのようにデザインされていた。
「これはヴァイスさんと……もうひとりはどなたでしょう?」
「クレハという名前のインテリジェンス・アイテムの冒険者で、しかもヴァイスと同じドラゴン級ですよ」
「こ、この人がそうなんですか!?」
現在ドラゴン級は二人しか存在しない。
ミリアちゃんは当然それを知っていたのだろう。何度もヴァイスとクレハのカードを見比べている。
ちなみに俺が知ったのも、つい先日だけどね。
それはヴァイスをカードのモデルにする際に、対になってカッコいいからとクレハにも出演を依頼した時の話だ。
初めは引き受けてくれるか半々だったが、ヴァイスと一緒にカード化して、同じ最高レアで、同時に発売されると知って即決だったらしい。
らしい、というのは交渉したのはヴァイスだからだ。
予想通りと言うべきか、予想以上にチョロかった。
こちらとしては助かるので気にせず、すぐにミルフィちゃんに紹介しようとクレハを呼び出すことにした。
他国にいるのかと思ったが意外と近くにいたようで、その翌日にはヴァイスも連れて三人でミルフィちゃんの屋敷へと向かい、そして自己紹介の場で……。
「はじめまして。わたしはミルフレンス・レプリ・コス・エルドハートです。どうぞ気軽にミルフレンスと呼んでください」
という猫を被ったミルフィちゃんの挨拶を受けて、クレハはさらっと言う。
「わかったわ。アタシはクレハよ。こっちのヴァイスと同じ冒険者で、同じドラゴン級で、そう……親友よ!」
「え?」
思わず疑問が俺の口から零れたのは仕方ないだろう。
「な、なによっ? アタシがヴァイスの親友じゃないって言うの!?」
「いえ、そこに引っかかったワケではなくてですね」
改めて詳しく聞けば、ヴァイスとクレハは冒険者としては同期であり、数々の高難易度クエストを共にクリアしたことでドラゴン級にまで上り詰めたのだとか。
きっとクレハがヴァイスに固執するのも、その辺に理由があるのだろう。
一方ヴァイスは、まったく意識していなかった。
ちなみに出演料を支払うかと尋ねたところ、別にお金が欲しくて来たわけじゃないわ、と断られた。
代わりとして二枚で一組になるデザインにするよう頼まれたのである。
まあペンコは何気にセンスがあるし、俺もミルフィちゃんも納得の出来になったので結果オーライだ。
そんな感じでドラゴン級……つまりトップランク冒険者が二人、最高レアのトレーディングカードとして販売されるようになった。
これなら第二弾の成功は間違いないだろう。
「お嬢様、クロシュ様、よろしいですか?」
「カノンですか。どうしました?」
控えめなノックの後、ミリアちゃんの許可を得てカノンが入室する。
そして机に散らばる魔宝石珠を見て、俺へ視線を移してなにかを察し、ほんの僅かに呆れたような目すると、またミリアちゃんへ向き直った。
暗に『あまり甘やかさないでくださいね』と言われた気がする。
すみません。俺のせいでミリアちゃんが少し暴走しそうです。
「フォルティナ殿下がお見えですが、お通ししても?」
「もちろん構いませんよ」
「はい。そう言われると思ってすでに……」
「来たぞミリア!」
カノンの後ろからフォルティナちゃんがひょこっと現れた。
皇女様とは思えない気軽さだけど、彼女は以前からこんな感じで頻繁に訪れてはミリアちゃんと遊んだり、お茶会を楽しんだりしているからね。
「こんにちはフォルティナ。今日はなにをして遊びますか?」
「あ、ああ、その前に、実は例の旅行の件なんだが……ん、それは?」
なにかを言い辛そうにしていたフォルティナちゃんが不意に首を傾げた。注目していたのは、ミリアちゃんが手に持っているカードのようだ。
「これですか? これはクロシュさんから頂いた物で……」
視線に気付いたミリアちゃんが説明してあげる。
「というわけなんです」
「ほう……まさかドラゴン級の二人が……いや、それよりも、この絵は……」
「クレハさんからの希望で、そういったデザインになったみたいですね」
「つまり、私が頼めば同じようなカードを作って貰えるのか?」
「ええっと、それはクロシュさんにお聞きしてみないと……」
二人の顔が同時にこちらへ向いた。
「聖女殿! 頼みがある!」
「だいたい予想していますが、フォルティナはなにか用件があったのでは?」
「む、そうだったな……ミリア、実は少し予定を変えなければならない」
「先ほど言いかけていた旅行の件ですか?」
「そうだ」
旅行とは、ミリアちゃん好みの古代遺跡への観光だ。
たしか帝都よりも北方にある『永年凍土の大地』と呼ばれている、危険地帯にあるんだったか。
しっかり準備すれば問題ないらしいが、俺も同行する予定になっている。
それに変更があったということかな?
「まだ正式な決定ではないが、少し面倒な仕事を押し付けられそうでな。そうなった時に備えて、予定を前倒しにしたい。……急な話で悪いとは思うが」
「私は構いませんけど、クロシュさんは大丈夫ですか?」
「もちろん、いつでも平気ですよ。ところで、その仕事というのは?」
「勇王国への使節……いや、使節団として祭典に参加する。要するに外交だな」
思ったより大きな仕事だった。
「本来なら兄上が行くべきなんだが……色々あって、私も候補に上げられてしまったというわけだ。正式に決定してしまえば、ゆっくり旅行なんて暇はなくなってしまうし、戻ってからでは遅くなってしまうからな」
「皇女というのも大変なのですね」
お茶会を開いたり、カードを買い占めてばかりではないのか。
「日程に関しては、この場で細かく決めてしまおうと思っている。まず最初に確認だが、人数は私とミリア、聖女殿の三人で間違いないか?」
「いえ、前に連絡したと思いますがヴァイスも追加でお願いします」
「そうだったな。では人数は四名で……」
「話は聞かせて貰ったぞー!」
いきなり扉がドーンと開け放たれると、姿を見せたのは片手を前へ突き出した格好のラエちゃんだ。
どうやら盗み聞きしていたらしい。
「ワタシも参加だー!」
「え、ラエさんも行きたいんですか?」
「トーゼンだ! ミリアが行くのならワタシはどこにでも行くぞ!」
両腕をぐるぐる回して徹底抗戦の構えを見せるラエちゃん。
これを説得するのはミリアちゃんでも……まあ説得もなにも、断るつもりはないのだろうけど。
問題はフォルティナちゃんだな。
ミリアちゃんの親友を自称する皇女さまはラエちゃんをライバル視しており、よくカードなどで勝負している。
果たして素直に許可を出してくれるだろうか……。
「よし、わかった。ラエも含めて五名だな。まあ実際は他にも護衛やら従者やらで供回りが多くなるんだがな」
あれ、あっさり認めてくれたな。
不思議そうに見ていたのがバレたのか、フォルティナちゃんは鼻で笑う。
「なんのことはないさ聖女殿。私とラエもまた、友人だというだけの話だ」
「うむ! ワタシとフォルティナは友だちだぞ!」
「いつの間にそんな仲良しさんに……」
たしか何度もカードで勝負していたのは知っているけど……もしかしてミリアちゃんとラエちゃんの時のような熱血青春マンガ展開が再び発生したのだろうか。
夕陽が沈む中、互いの健闘を称えあってわはははと笑い合うアレだ。
なんにせよ場が上手く収まりそうなので、特に不満はないけどね。
そうして旅行計画の相談が始まり、その日の内に詳細な日程も決まった。
少し急な話になってしまったけど細かい準備はすべて向こうが整えてくれるそうだし、こっちは特別なにか用意する必要もないので楽なものだ。
ちなみにフォルティナちゃんが帰る際、ミリアちゃんと対になるデザインで自分のカードを作るように頼まれたが、これは俺としても嬉しい申し出である。
皇女をカードにするなんて普通なら頼んでも無理だろうからね。
しかし、こうなって来ると身近な知り合いたちが、みんなカードになりそうな予感がするな……。
「クロシュちゃん、ちょっといいかな」
「私たち、少しクロシュちゃんにお願いがあるのよ」
そんな風にノブナーガとネイリィから、ミリアちゃんと同じようなカードにして欲しいと頼まれたのは、フォルティナちゃんが帰ってすぐのことだった。
しかも他に、自分もカードにと依頼する貴族たちがいるらしい……なぜだ?
……と、とりあえず希望者はヴァイスにリスト化して貰って、ミルフィちゃんとペンコにも渡しておこう。




