いらねぇ……
布トランポリンは大好評だった。
通常のそれよりも高品質であるためか、子供たちは誰でも数メートルの高さまで飛び跳ねていたし、着地に失敗しそうになっても俺が空中でキャッチするので危険は一切ないからね。
ちょっと怖がっていた子も途中から勇気を出して、最終的に二十人全員が参加していたので、順番待ちの列が長くなってしまった。
これを解消するため布の面積を広げてみたけど、すでに二十平方メートルという大面積となっており、間隔が近すぎると危ないので最終的に十人ずつ順番に乗せるのが限界だろうと俺は判断する。
これ以上は、どうしても安全を保障できなくなってしまうのだ。
しかし意外と子供たちはきちんと順番を守り、争うことなく遊んでいた。
自分たちでしっかり列を作り、さらに入れ替わる時間すら定めてしまったのは俺も驚いた。大人顔負けの統率力である。
その中心にいたのはサニアちゃんとスーちゃんだ。
二人とも魔法の腕前が別格で、この前の戦いでも活躍していたことから自然と発言力が高くなり、幼いながらもリーダーとして率先して行動しているらしい。
でもリーダーが二人というのは成立するのだろうか?
そんな疑問にはルーゲインが答えてくれた。
「二人とも、ここへ来た経緯が違いますからね」
「つまり?」
「クロシュさんが連れてきたグループと、ゲンブさんが保護していたグループで別れて、それぞれの班をまとめている形なんですよ」
なるほど、十人ずつだからちょうどいいのだろう。
普段から一度にできないことを二回に分けているらしい。
そうして日常的に先導していたから、慣れっこだったというワケか。
二人の新しい一面を知った俺は、トランポリンへ視線を戻す。
みんなこっちに手を振りながら跳ねるのはいいけど、バランスを崩してお尻や背中、あるいはお腹から落ちている。
上手く反動を利用すれば跳ね続けられるが、まだ慣れていないのかぼよよんと小刻みに揺れて制止すると、けらけらと笑って立ち上がり、また飛び跳ねる。
もっと高く飛べないと面白くないのでは、と俺なら感じてしまうところだが、子供たちにとっては転んでも楽しいようだ。
微笑ましい光景を眺めながら、俺はトランポリン管理人に勤しむのだった。
「では私は森のほうへ行ってますね」
「はっ、我はここで待機しています。御用があればすぐにお呼びを」
「少し話をするだけなので、たぶん大丈夫ですよ」
布トランポリンを終えて、疲れた子供たちを宿舎に戻した俺は、ヴァイスに声をかけてから徒歩で森へ向かう。
そこには毛玉獣のワタガシや、オーガたちの集落があるが、今回の目的ではないので会う必要もないだろう。
適度に開けた場所を見つけ、周囲に誰もいないか確認する。
これから呼び出すやつは、あまり印象が良くない……はっきり言えば、一緒にいるところを見られるのは体面が悪いからだ。
なにせ、そいつは文字通りの『悪魔』だからね。
いや、今は悪魔ではなく上位種族だという『魔族』なんだったか。
そして絶賛家出中であるラエちゃんのおじいちゃんでもある。
前にラエちゃんと出会えたら、家に帰るよう説得して欲しいと頼まれていたのだが……今日は、その件で報告するつもりだ。
スキル【召喚術・上級】を発動させると、さっきまで晴れ模様だった空は急に薄暗くなり、冷たい風が草木を揺らし始める。
不穏な空気が漂い、やがて地面に紅の魔法陣が輝くと、地の底から地上へ這い出るように姿を現したのは――。
「む、おお、やはりお主であったか!」
「……ヘルですよね?」
「我輩は我輩だ。お主にヘルと名付けられた魔族に相違ないぞ」
とは言うが、俺の目には厳つい老人……人間にしか見えない。
おそらくラエちゃんのように人間の姿に擬態しているのだろうけど、四本腕の頭部が燃え盛っている黒骸骨として認識している俺は違和感がすごい……。
「なぜ以前のような威厳ある姿ではないのですか?」
「言ったであろう。悪魔が第一印象が大事なのだと」
「つまり私が相手だったので、気を抜いていたワケですか」
「団欒中に呼び出すお主も悪いのだぞ」
俺が悪いらしい。
たしかに、誰にだって日常がある。突発的に召喚されたら困るか。
なら仕方ないと、俺はあまり気にしないようにする。
「しかしクロシュよ、お主もその喋り方はどうした? 以前よりも馴れ馴れしさが失せたような、ふてぶてしさが感じられんぞ」
「むしろそんな印象だったのですか?」
「うむ」
自分ではわからないが、まあ成長した証だろう。
「気にしないでください。それより頼まれていたラエの件ですが……」
「おお、そうであった! 呼び出したということは進展があったのだな?」
「そうですね、順を追って説明しましょう」
俺はラエちゃんがいきなりミリアちゃんを訪ねて押しかけ、そのまま友人として屋敷に住み着き、それはそれは幸せそうに暮らしていることを話す。
俺のほうからさりげなく帰らなくて良いのか尋ねたところ。
『あっちは楽しくない! それにワタシはミリアの友人だから、ここを離れることはできないのだぞ!』
などと自信満々に答えてくれた。
よくわからない理屈だが、とにかく帰る気が微塵もないと見て取れる。
俺としても、そしてミリアちゃんとしてもラエちゃんが残ってくれるのは嬉しいので問題ないのだが、肝心のヘルがどう思うかだ。
「私としては現状維持で構わないのですが……」
「うむむ」
歴戦の騎士が老いたような勇猛さと紳士的な雰囲気を持つヘルの人間形態は、ものすごく難しい顔をしていた。
「孫は、ラエは幸せそうなのだな?」
「私の目には毎日笑って過ごしている姿が多く見えますね」
「そうか……ならば干渉は野暮というものか」
やがてヘルは深く息を吐き、肩の力を抜いた。
「では?」
「うむ。我輩から連れ戻そうとするのはやめるとしよう。ただ、たまにで良いからラエの近況報告をしてくれまいか?」
「それくらいなら構いませんよ」
こうしてラエちゃんは、ミリアちゃんの元で暮らすことが正式に決まる。
本音を言えば、俺は最初から心配していなかった。
どいつもこいつも娘や身内に甘いからね。
「さて、では約束の報酬を渡すとしよう」
「そういえば、そういう約束でしたね」
ぶっちゃけラエちゃんが滞在してくれるだけで嬉しいから、ほぼ満足してしまっていたよ。貰える物は貰うけどね。
約束ではラエちゃんの件の他にも、三百年前に召喚されたヘルを倒すことで解放した件のお礼も含まれているはずだ。
つまりは相当な謝礼品が期待できる。
いったい、どんなお宝が出てくるのかな?
「しかし何が相応しいかと悩んでみたが、お主に選ばせるのが一番だろうと気付いてな、我輩の宝物庫から目ぼしい物を持ってきたぞ!」
そう言ってヘルは片手を軽く振ると、宙に魔法陣が浮かび上がった。
おそらく異空間に物を収納できるタイプなのだろう。その証拠に、魔法陣からは次々に多種多様な財宝と、数々の武具、使い方も不明な道具が溢れ出す。
まさしく宝物庫の中身をぶちまけた感じだ。
「この中から選べと?」
「うむ。オススメは武具関連である! 魔道具も一級品が揃っているぞ! あとは財宝も用意してみたが、あまり面白味のない物ばかりですまんな」
「とりあえず確認してみます」
一見してワケがわからないアイテムでも【鑑定】すれば説明いらずだ。
まずは近くにあった剣を試す。
見た目は黒い刀身に赤い文様が走っており、なかなか中二心をくすぐられるデザインだが結果は……。
【千呪剣】Aランク
積み重なった千夜千殺の呪いにより磨かれた刃。
一度だけ使い手諸共に斬り付けた相手を呪殺する。
いらねぇ……。
よく見たら黒い部分はヘドロみたいな黒さで、赤い文様は血管のような生々しいグロさがある。観賞用にも適さない代物だ。
いきなり物騒な武器が登場して驚いたが、気を取り直して次は赤い槍を……。
【不死殺しの魔槍】Aランク
あらゆる【不死】の神秘を穿ち滅ぼす【必殺】の一刺し。
使用者の寿命を代償として真価を発揮する。
なんで曰く付きみたいな物ばかりなんだ?
ふと、嫌な予感がした。
もしかして他のアイテムも……。
【蛇霊刀・オロチ】Aランク
かつて悪しき大蛇を討伐した霊刀が、その血に塗れて堕ちた姿。
大蛇の怨念に憑かれており、手にした者の肉体を奪おうと精神を蝕む。
【憤怒竜の鱗鎧】Aランク
七つの魔王のひとつ、【憤怒】の化身たる竜の王から剥がれた鱗を用いた鎧。
着用者は絶え間ない怒りに苛まれ、生あるものを滅ぼす。
【禁示目録書】Aランク
この世に存在する禁じられた呪法、外法、真実の一覧が記された書物。
各項目の詳細は別書にて。
【這い寄る隣人の黒面】Aランク
装備した者を親しい相手として錯覚する黒塗りの面。
一度装着すれば死ぬまで外れることがない。
【希望の箱】Aランク
ありとあらゆる災厄を封じ込める箱。
開けると災厄は解き放たれるが、最後に必ず希望が残る。故に希望の箱。
【吸血皇女の月舟】Aランク
天空を自在に駆け、水面に映る満月から異次元すら渡る蒼銀の舟。
動力源は人間の鮮血。
ロクでもないアイテムばっかりだな。
悪魔の宝なら当然とも言えるし、気になる物がないワケじゃないけど、別に欲しくもないので見なかったことにしよう。
せめて、もうちょっとマシというか、デメリットのないアイテムがいい。
そうなると武具や魔道具は諦めて、シンプルに財宝を頂こう。
「こっちは宝石のアクセサリーでしょうか?」
「フハハハッ、魔界でそんな物を身に着けていたら笑われるぞ? たしかに人間たちの世界では珍しいかも知れぬため用意してはみたが、この中では価値が最も低いであろうし、あまりオススメはできんな。それより我輩はこっちの――」
価値観の違いってやつか。
俺には他のアイテムより、よっぽど高価に見える。
試しに【鑑定】してみよう。
【魔宝石珠】Bランク
マナが結晶化した魔石の中でも特に純度の高い魔宝石を加工したもの。
高密度の魔力が内包されており、一種の魔力貯蔵庫として利用できる。
どうやら魔力が込められた石……魔石の高品質版みたいだ。
この世界では貴重なようだけど、もし大量に確保できれば人工魔力と呼ばれている『耀気』ではなく、この石が動力として活用されていたのかな。
おまけに失った魔力を補充できるし、なかなか便利に思える。
というか他が残念すぎて、これが一番に見えてしまう。
もうこれでいいか。
「では、この宝石を貰いますね」
「な、なんだと!? 本当にそんな物で良いのか!?」
「ざっと見ましたが、他に欲しいと思える物が見当たらなかったので」
「うーむ、お主が言うのであれば我輩が口を出すべき話では……いやしかし」
腕を組んで唸るヘルを尻目に、俺はさっさと積み上げられた宝石の山から一番デカいのを厳選する。
形も様々で三角や四角、菱形、星形と多角形のものから完全に丸いものまで存在するため悩んでしまうな。
「よし、ではこうしよう!」
「急になんなのです?」
「そこにある魔石はすべて譲る!」
「え、全部ですか?」
山になるほどの数だぞ。
確実に百や二百は下らないだろう。
「加えて我輩の秘蔵である『至宝の一』も付けようぞ!」
「この宝石だけでも十分なのですが……」
「ならん! その程度の報酬を渡したとなれば【炎獄】の名折れである!」
断固とした拒否された。魔族にも譲れないものがあるらしい。
そこまで固辞されては俺もしょうがないにゃあ、という気持ちで潔く受け取るしかないね。いやぁまいったまいった。
「ところで、その凄そうな至宝とはどのようなお宝なのでしょう?」
「うむ、口で語るより目で見たほうが早いであろう……これだ」
再びヘルは魔法陣を展開すると、手の平に大きな物体を出現させる。
それは人間の頭蓋骨ほどの大きさもある宝玉だ。
透き通った表面から内側に揺らめく、真っ赤な炎にも似た魔力が確認できた。あまりに膨大すぎる魔力を内包しているせいか、周囲の空気すら歪んでいる。
こうして離れて見ていても、他の宝石とは一線を画す逸品だと直感できた。
ちなみに【鑑定】すると。
【獄炎大魔宝珠】Sランク
魔界の一角を統べる大悪魔【炎獄】が所有する魔界七至宝のひとつ。
封じられた炎の魔力は地上を焼き払い、万物を創造する原初の火とされる。
その伝説から、魔界の至宝として崇められた。
「これは、本当に貰っていいのでしょうか?」
「勿論だとも。我輩の宝物庫の奥で眠らせておくよりよかろう」
「まあ、私も持て余しそうですが……」
これといった使い道が思い浮かばない。
とりあえず他の魔石と一緒に【格納】でしまっておこう。
しかし、これだけたくさんあるならミリアちゃんたちのお土産にいくつかあげてもいいかな?
見た目だけなら宝石っぽいし、きっと喜んでくれるはずだ。
武器とかマジックアイテムの名前を考えるの大好きです。
中二魂が火を吹きます。




