すっごいキラキラ
今日の予定は、村の視察……かな?
まあ子供たちの様子を見に行ったり、ちょっとルーゲインと話をしたりするだけで、そんな固いものじゃないけどね。
それに顔を見せるだけで喜ばれるので、なるべく小まめに出向くようにはしているのだ。転移陣があれば日帰りどころか秒帰りだって可能なのだから。
そんなワケで、俺はヴァイスを連れて転移陣に乗り、魔力を注いで無事に村へ到着したのを確認する。
まずはルーゲインのところへ向かおう。
やつが代表なので、俺が来たことを伝えなくてはならないのだ。
軽く話をするだけなのでヴァイスとは途中で別れると、村を警護する騎士たちと挨拶を交わしつつ、ルーゲインの仕事部屋に入る。
すると書類に目を通していた金髪美少年が顔を上げた。
こちらを認識した途端、難しい表情を緩めて心からの歓迎を露にする。
「ようこそクロシュさん! 今日も視察ですか?」
「そんなところです」
仕事の邪魔をするのは申し訳ないが、前にちょうどいい息抜きになるとルーゲインは嬉しそうに語っていたので、それ以降は遠慮せず冷やかしに来ている。
ひとまず近況報告として村での出来事を聞こう。
「前回からこれといって変化はありませんよ。クロシュさんが手配してくださった無機生命種の捜索も、国内では頭打ちのようです」
つまり帝国における野良のインテリジェンス・アイテムは、ほぼいなくなったと見ていいワケだ。
あくまで装備者がいなかった者だけで、すでにパートナーと出会えた者に関しては別である。そいつらは保護の対象外だし、野良の括りに入らない。
「あとは国外ですが……」
「ノブナーガたちの協力があるとはいえ、さすがに他国での捜索には限界がありますね。物流的にも隣国がせいぜいだと聞いています」
「わかっていますよクロシュさん。元々、国内が精一杯だと思っていましたし、予定よりずっと早く計画は進んでいますから贅沢は言えません。ひとまずは現状に満足しなければ、単なるワガママになってしまいますからね」
ルーゲインが納得しているのであれば、俺からは特に言うことはない。
ここからはじっくりと着実にやって行くしかないからな。
それに捜索も大事だが、先に保護しているインテリジェンス・アイテムや、子供たちの面倒を看なければならない。やることは多いのだ。
「話は変わりますが。子供たちの様子はどうでしょう?」
この村でもカードが流行ったのは聞いているが、気になるのは魔法の訓練だ。
つい先日の騒動では、なかなかの攻撃魔法を披露していた。あれを将来的に悪用なんてしないように、きちんと危険性と心構えを教えなければならない。
もっとも、みんないい子だから、そこまで心配していないが。
「子供たちですか……そうですね、元気ですよ」
なぜかルーゲインは浮かない顔をしていた。
もしや子供たちに、なにかあったのだろうか?
俺の不安が伝わったらしく、ルーゲインは慌てたように訂正する。
「いえ、子供たちは本当に元気なんです。ただ元気すぎるといいますか……」
「それは、いったいどういう――」
――ズドォォォォオオンッ!!
俺の声を遮るように、空気を震わせる爆発音が室内にまで轟いた。
咄嗟に身構えて【察知】に意識を集中させるも、村の半径五百メートル内に敵意を持つような輩はいなかった。少なくとも襲撃ではない。
だとすると事故か……?
「大丈夫ですよクロシュさん。向こうにゲンブがいますから」
「ゲンブが? というか、なにが起きているんです?」
「見物に行ってみましょうか。実際に見たほうが早いので」
そう促されて、俺はルーゲインに先導されて村外れにある広場へ向かう。
だが、その間にも継続して爆発音と振動が届いており、心配は募る一方だ。
「師匠」
広場に到着したところで、どこからかヴァイスが現れた。
周囲は騎士が数人の他、子供たちが集まって人垣を形成している。
「ヴァイス、これはなんの騒ぎなんです?」
「あちらをご覧ください」
言われてそちらを見れば、少し離れたところにサニアちゃんがいた。
手には杖を持っている。インテリジェンス・アイテムのフォルンだったか。
両手にしっかりと握った杖を、腕を伸ばして低い位置で構え、先端を揺らさずに前方へと向けている。
狙う先にはスーちゃんが立っていた。ちょうど広場の反対側だ。
こちらもゲンブを装備しており、全身に黄色の重装鎧を纏っている。武器こそ手にしていないが、内包するパワーは大地すら砕くだろう。
互いに完全武装で、一触即発の状態に見えた。心なしか空気も張り詰めているような緊張感に包まれている。
先に動いたのは、スーちゃんだ。
「もう一回、行くよ……!」
腰回りに付属している複数枚の金属板、メイルスカートの内側からバーニアが噴射し、僅かにスーちゃんの体が浮き上がると、そのまま地面を滑るように高速移動を開始する。
「こっちもー!」
対するサニアちゃんは杖に魔力を充填し、白色の放電が空気をバチバチッと鳴らしていた。その表情は楽しげでありながらも、どこか好戦的な色を含んでいる。
「すっごいキラキラ、行っけー!」
「させない……!」
サニアちゃんは杖から白雷属性の魔法によるビーム砲を放つ。
迫る白雷をスーちゃんは大きく避けつつ後退する……かと思いきや、攻撃を掻い潜って前進していた。
だが接近戦を防ぐように、サニアちゃんは近付けまいと連射する。
すべて回避し続けるスーちゃんもすごいが、カァオ! カァオ! と絶え間なくビームを速射するサニアちゃんもすごい。
「それで、これはいったいなんなのですか?」
「訓練ですよ」
どうやら先日の一戦を経験して、子供たちの意欲に火が点いたらしい。
もっと強くなって、今度は自分たちだけでも村を護れるようになるのだと誰からともなく言い出したそうだ。
故に実戦形式での戦闘訓練を始めたのだとルーゲインは言う。
とはいえゲンブを装備したスーちゃんの相手をするのは、いかに天才のサニアちゃんでも難しい。装備に差がありすぎる。
そこで二人はルールを定めた。
まずスーちゃんは攻撃を禁止だ。これはサニアちゃんに防ぐ手段がないので当然とも言える。その代わり、サニアちゃんに接触できれば勝利となる。
一方でサニアちゃんは迎撃し、スーちゃんに一発でも攻撃を当てれば勝ちだ。
それを踏まえて二人の戦闘訓練を見よう。
「キラキラ、パート・ツー! 行っけー!」
直線的な攻撃では効果が薄いと気付いたのか、サニアちゃんはいくつもの雷球を周囲に発生させると、一斉にスーちゃんが逃げる先へ配置して行く。
「それなら……こう!」
対してスーちゃんは拳を大地にずんっと叩きつけると、地面から土槍を幾本も生成し、雷球をすべて撃ち落とした。
後に残るのは土煙だけだ。
「キラキラ、パートスリー!」
サニアちゃんが杖を掲げると、天へ向かって白色のプラズマが迸る。
「今度は上から……? だったら【アースシェルター】でぇぇぇっ!」
天から激しい雷撃が降り注ぐ寸前、スーちゃんは自身を中心に土壁のドームを作り出し、その防壁を大きく削られながらも無傷で立っていた。
一進一退。互いに一歩も譲らない攻防を繰り広げる。
しかし、さすがにそろそろ終わりそうかな?
「これで終わらせる……!」
「まだまだ負けないよー!」
示し合わせたかのようにサニアちゃんとスーちゃんの二人は、次の段階へと移行する。ルーゲインが、ここからが本番ですよ、とかなんとか言っていたが集中していたので聞き流した。
「行くよケント君……【人具一体】!」
「キラキラ、エクストラー!」
スーちゃんが纏っていた鎧が変形し、背面部に二対の鋼翼が突き出すようにして生え揃う。トゲトゲとした無機質な両翼からは炎が吹き出し、スラスターの役割を果たしてスーちゃんを重力の楔から断ち切った。
サニアちゃんは杖を地面と水平に持つと、手を離してしまう。
だが杖は地に落ちず、すれすれの位置で宙に浮いていた。サニアちゃんは飛び乗ると倒れないよう上手くバランスを取り、サーフィンをするように雷光の軌跡を描きながら空へ向かって駆ける。さながら箒に乗った魔法少女だ。
ここに来て戦闘訓練の舞台は地上から、空へと変わった。
力強い推進力により速度はスーちゃんに分があったが、小回りの効く箒ならぬ杖はひらりひらりと避わしてしまう。
すれ違いざまにサニアちゃんは魔法を叩き込む。
空中ではゲンブの大地属性は相性が悪い。これで決着かと思いきや、スーちゃんの手には長大な斧が握られており、一振りで迫る脅威を打ち払ってしまった。
どちらも決め手がない。
「以前もここまで長引いたのですが、双方が魔力切れに終わったんですよ」
などとルーゲインの言う通り、ステータスを確認する限り二人が戦える限界時間は近かった。
やがて二つの影が交差したのを最後に、ゆっくりと地面へ降りてくる。
「あぅーつかれたぁー」
「また引き分け……」
ケガはしていないみたいだけど、どちらも魔力と体力を消費した疲れからか、勝てなかった無念さからか、ぐったりとしていた。
まあ限界まで戦っていれば、あれだけ疲弊するのも当然だろう。
「惜しい結果でしたね。ゲンブの性能で言えばスーは勝てるはずですが、その高すぎる性能に振り回されていました。一方でサニアも例のキラキラに拘るあまり、補助的な魔法を使いこなせていません。まだまだ課題は多いです」
冷静に二人の採点をするルーゲインだが、俺は呆気に取られて言葉が出ない。
なんというか、すでに俺よりも魔法の扱いが上手じゃない?
え、これが普通なの?
「随分と上達するスピードが速い気がしますが……」
「あの二人は特にですよ。魔法も【序級】から【初級】を飛ばして【下級】まで上がりましたし、今は【中級】ですからね」
「それは……とんでもなくすごいのでは?」
「大部分は装備のおかげなので、素の状態だとあそこまで戦えませんよ。まあそれでも並大抵の相手なら対抗できそうですね。おかげで最近は元気があり余っていると言いますか、力加減が把握できていないこともあって少し苦労します」
軽くハハハと笑って話すルーゲイン。
いや、たしかに俺やお前からしたら効かないし笑い話だろうけど……。
やっぱり子供たちには悪いことに絶対に使わないよう、でも使うべき時には使うように、しっかり改めて教えておくべきかもしれない。
それはさておき。
「では私はサニアを迎えに行ってきます」
がんばった子は、ちゃんと褒めてあげないといけないからね。
スーちゃんはゲンブがいるし、だったらサニアちゃんは俺の担当である。
「あ、クロシュおねーちゃーん!」
疲れ切っているはずのサニアちゃんは、こちらに気付いた途端に元気を取り戻したようで、両手を広げてダッシュで抱きついてきた。
「おっと……危ないですよサニア」
「えへへぇ、ごめんなさーい」
満面の笑顔はどこまでも無邪気で、どこまでも純粋だ。
だが無垢とは時に、邪悪よりも残酷な一面を見せたりする。
サニアちゃんのキラキラが正しく煌めき続けるために、俺たち保護者がしっかりと教えなければならないのだ。
……今それを語るのは、無粋というものだけどね。




