もしかして、甘党
車で移動すること十数分。
ヴァイスが予約してくれたという料理店に到着した。
高評価と言っていたので予想はしていたが、やはりお高い感じだ。
俺としてはB級グルメも好みというか、むしろ肩が凝ってしまう格式高い系は苦手なんだけど……せっかくヴァイスが押さえてくれたんだ。不満はない。
それに今回はヴァイスと二人っきりでの食事である。
普段から屋敷で一緒だったけど、こういう機会は一度もなかった。何気に貴重な時間だ。
親睦を深めると言っては今さらだが、たまにはこういうのもいいだろう。
「ところでヴァイス、よくこんな店を知っていましたね」
「先日、情報収集をしていたところ食事に誘われた際に情報を得ました」
「……それはナンパというやつでは? どこの誰です? 返事は?」
「フォドルタスの部下です。すぐにサボるなとの叱責を受けていたので、我から返事はしていません」
「フォル爺の部下……あの軽薄男ですか」
前にミラちゃんの姿に【人化】したばかりの俺をお茶に誘ったやつだ。
名前は覚えていないが、うちのヴァイスにまで手を出そうなんて、まったく懲りていないな。屋敷に戻ったら注意してやろうか。
まあ、そんな誘いに応じるほどヴァイスは軽くないから、別に心配なんてしてないんだけどね。
「ともかく店に入りましょうか」
「受付は我が済ませておきます。どうぞ師匠」
一歩前に出て、わざわざ扉を開けてくれるヴァイス。
店の人が見えると予約があることを伝え、そのまま奥の席まで率先してエスコートしてくれるイケメンっぷり。俺が女だったら惚れちゃうね。
途中、店内の様子をさり気なく観察する。
やはり高級店だけあり、客層は身なりの整った者たちばかりだ。
入店時に止められなかったのでドレスコードはないのか、俺とヴァイスの格好が認められたのか。まあ普段から気を使っているので悪くはないはず……たぶん貴族も訪れるような店に相応しいかは疑問だが。
しかし逆にそれが幸いしたのか、こちらを見て驚いた様子の客が何人か現れたものの、大声で騒いだりせずに軽く視線を向けられる程度で済んだ。
きちんとマナーを守れる大人が多いようだ。
ああ、だからヴァイスはこういう店を選んだのかな?
細かい気遣いができるなんて秘書の鑑だな。
ちょっと嬉しくなりながら席に着くと,用意されていたメニュー表を開く。
そこには、とても見覚えのある料理が並んでいた。
「ハンバーグにビーフシチュー、ナポリタン、チャーハン……?」
思わず目を疑ってしまう光景だ。
高級レストランかと思えば、メニューはファミレスそのものだった。
ハンバーグにはチーズ入りを選べたり、デザートにパフェが載っている辺りからして、まず間違いなく過去に召喚された勇者の影響だろう。
再現している店も凄いけど、これらを伝えた勇者もなかなかだ。
いくつか知らない料理もあるが、そっちのインパクトが強すぎて頭に入らない。
どうしても厳格な貴族がチーズ入りハンバーグを頬張る姿を想像してしまい、さらにはお子様ランチまで食べ始めてしまった。旗に喜ぶんじゃない。
「師匠は決まりましたか?」
いつの間にかヴァイスはメニュー表を閉じていた。
おっと、俺待ちか。急いで決めなければ。
「そうですね、ではこの天ぷらにします」
これまで勇者によって再現された様々な料理を食べてきたが、天ぷらは今まで一度も見かけていない。
そんな珍しさもあって、つい選んでしまった。
メニューにある以上マズい物なんて出て来ないだろうが、店の雰囲気もあってかちょっとだけドキドキする。
「では注文します」
席に備え付けられている謎のスイッチをヴァイスが押すと店員が現れた。やはりファミレス……。
ここまで再現する必要があったのか?
いや、ひょっとしたらだが、故郷を懐かしんで作った可能性も考えられるな。
思えば、過去の勇者たちは色々な文化をこちらに持ち込んでいた。
料理を始めとして、いくつかの娯楽品もそうだ。
たしか小説も地球の有名作品をパクリ……参考にしたやつがあったし、前にどこかで聞いたような音楽を耳にしたこともある。
もはや、どこまでが地球産で、なにが異世界産なのかも判別できそうにない。
かくいう俺もトレーディングカードという文化をこの世界に導入しているが、ひとつ言えることがある。
それは異世界側も、黙って受け入れるだけではない、ということだ。
現に、俺の知らない料理がメニュー表にあった。
過去の料理人たちは、勇者から伝わった料理から発展させたのか、あるいは触発されて革新的な料理を模索したのか、誰からも教わっていない新たな料理を開発し続けているのだ。
それは地球と、この異世界……双方の文化が入り混ざったからこそ生まれた、言わばハイブリッド文化である。
これは料理界隈だけではなく、様々な分野でも同様の発展が見られた。
俺のカードゲームも五年後、十年後にどうなっているのかは、この世界の人たち次第なのだ。
という感じで文化侵略から目を逸らしていると、料理が運ばれてきた。
俺の前に置かれたのは、もちろん天ぷらだ。
地球のそれとは少し違うようだが、この世界なりに手が加えられた黄金色の天ぷらは、俺の目を釘付けにするには十分なほど美味しそうな一品だった。
だが、ヴァイスの前に置かれた物体に、俺の視線は強引に奪われる。
逆円錐形のグラスに詰め込まれた、冷気を放つ巨大なそれは――。
「……それはパフェですか?」
「トリプルアイスクリームエクストラチョコチップキャラメルソースへーゼルナッツグランデのパフェです」
この子、真顔のまま言い切りましたよ。
というか、いきなりデザートか。しかもデカい。チャレンジコースかな?
「……チョコレートパフェが食べたかったんですか?」
「プリンアラモードエクストラクアッドホイップフォビドゥンフルーツグランデと迷いました」
「……そうですか」
もしかして、甘党。
「と、とりあえず、いただきましょうか」
「はい」
そう言うやいなや、ヴァイスは長細いスプーンで黙々と食べ始めた。
パクパクと口に運ぶ速さは一定でペースを乱さず、まるでパフェを食べる機械のように胃へ収めていく。
美味しいのか、そうでもないのか。表情からはなにも読み取れそうにない。
……ついぼーっと見てしまった。
こちらも冷めないうちに食べてしまおう。
俺はサクサクとした天ぷらに手を付けつつ、ちらっとヴァイスを盗み見る。
するとそこに、先ほどとは違うヴァイスの緩んだ顔があった。
撫でられていた時の、ふにゃふにゃヴァイスとも違う。甘いお菓子に舌鼓を打って喜んでいるだけの……普通の女の子の顔だ。
俺は気付かないフリをしながらも、それを目にして安心していた。
なぜかは知らないが、今のヴァイスを見ていると穏やかな気持ちになれるのだ。
そんなことを考えていたからか、結局あまり天ぷらの味がわからないまま、俺は不思議な満足感に包まれて店を出るのだった。
ちなみにヴァイスは食べ終えてすぐ無表情に戻っていたけど、帰りの車内でほんの僅かに口元が緩んだままだったことを見逃さない。
よく観察すると判別できる差だが、俺の目は誤魔化せないのである。
こんなに甘い物が好きなら、また今度どこかの店に連れて行こうかな?
この店をヴァイスが予約したのはデザートに釣られたからです。




