潰します
「師匠、本日はグラス及び、その装備者との会談の日です」
「もうそんな日でしたか。こちらに来るんでしたっけ?」
「いいえ、会談の場は先方の店です。こちらの都合がいい時間で構わないそうですので、いつでも動かせる送迎用の耀気動車を手配済みです。ノブナーガには師匠の外出を連絡しておきましたが、すぐに出るのであれば料理長のフォドルタスにも昼食は無用と伝えますが、どうしますか?」
「たまには外で食べるのも良さそうですね」
「了解しました。高評価の店を押さえておきます」
「至れり尽くせりですね」
予定を教えておけば、なにからなにまでヴァイスが用意してくれるので、放っておいても勝手に準備が終わっている。
あまりに楽すぎて、このままだとダメ人間になりそうだ。布だからダメ布?
しかし店の評判なんて、いつの間に調べたんだろう。
屋敷の誰かに聞いたのかな?
細かい疑問はさておき、俺とヴァイスはグラスの店へと向かった。
グラスは帝都で店を開いたと言っていたため、ミリアちゃんの屋敷から近いように考えていたが、実際は車で三十分ほど移動しなければならない。
そもそも帝都自体がデカいのだ。複数の区画で分けられているし、区画間を抜けるには手続きなんかもあったりする。
例えばこっちの屋敷は高級邸宅が立ち並ぶ貴族街で、店がある区画は商人街とでも呼ぶべきか。仮に帝都の端から端まで移動すると一時間はかかるから、これでも近いほうなんだけどね。
なんて言っている間に、店が近付いて来たのだが……。
「なにやら行列ができているようですね」
ちらっと窓から覗いたら、道端にずらっと並ぶ人たちが目に入った。
この先には様々な店があるはずだが……目的がなにか予想できてしまう。
「師匠、あれがグラスの店です」
「やはりそうでしたか」
行列の先にあったのは、そのグラスの店だった。
カードの売れ行きが好調なのは知っていたけど、ここまで人気店になっていたとは想像していなかったな。
てっきりフォルティナちゃんを筆頭に、一部のマニアが買い漁っているものだと思っていたよ。
「これでは中に入るのは難しそうですね」
「ご安心を師匠、裏口から入れるよう手配してあります」
「さすがヴァイスですね」
抜かりはないようだ。
誇らしげなドヤ顔のヴァイスを眺めている間も、運転手にはあらかじめ伝えられていたのか車は店の裏側へと移動し、やがて人気のない狭い通りで停止した。
俺はヴァイスと一緒に車を降りると、待機していた店員らしき人に案内され、裏口から入って応接室へ通される。
すぐに高級そうなお茶まで運ばれた辺りから、どれだけ丁重に扱うよう徹底されているかが窺える。超VIP対応だ。
ふかふかのソファに座って少し待っていると、やがて若い男が現れた。
痩身で細目に片眼鏡をかけた……ちょっと、うさん臭い印象だ。
「待っていましたよクロシュさん。彼が私のパートナーのマオです」
どこからともなく声がする……片眼鏡からか。
あまりに馴染みすぎていてグラスだと気付けなかった。
「どうもはじめまして聖女様。この店の責任者をしているマオ・スイレンです」
そう名乗った男こそが、グラスの装備者だった。
第一印象はともかく、丁寧に自己紹介されて返さないのは礼儀に反する。
「私はクロシュ、こちらはヴァイスです。よろしくお願いしますマオさん」
「こちらこそ。大まかな話はグラスから聞いていますよ。まさか本当に聖女様と会えるなんて思いませんでしたけどね」
聖女って帝国内だと、英雄みたいな扱いになってるしな。
半信半疑ってやつだったのか。
「だから何度も言ったでしょう。本物のクロシュさんだと」
「いやいや、そうは言っても実際に目にしないと、なかなか信じられないさ」
「ただでさえ見た目がうさん臭くて印象悪いんですから、パートナーの言うことくらいは素直に信じてはどうです?」
「この軽薄そうな眼鏡を外せば、少しはマシになるだろうね」
軽口を言い合うグラスとマオ。
ケンカをしているようにも聞こえるが、そこに暗い感情は込められていない。
信頼あってこその、ちょっとしたじゃれあいみたいなものか。
「グラス、無駄口はそこまで。師匠は忙しい」
「こらこらヴァイス、失礼ですよ」
「いえ、こちらも聖女様を放ったらかしですみません」
「そうでした、すみませんクロシュさん。お呼びしたのはこちらなのに」
そんな感じで挨拶もそこそこに、俺たちは本題へ入る。
今回、俺が店を訪れた理由はグラスから相談を持ちかけられていたからだ。
カードによって繁盛しているマオの店を、他の商店が買収して傘下に入れようと勧誘しており、それを受けるかどうかで判断を迫られている。
だが肝心のカードは俺が販売を委託している状況なので、勝手なことをしては筋が通らないと、グラスたちは俺の意見を聞きたがっているワケだ。
俺としては好きにやってくれて構わないんだけどね。
まあ変なところと提携とかされても困るが……。
「そもそもの話として、こちらにどんな利点があるのですか?」
俺は素人なので単純にメリットとデメリットを比較して判断するしかない。
まず他店の傘下に入った場合のメリットを聞いてみる。
「わかりやすい点で言えば、後ろ盾のような役割ですね」
マオの説明によると、こちらの売上が落ちたり、なんらかのトラブルによって経営が困難になっても手助けしてくれる契約を結ぶようだ。
これは新規の商店からすれば、とてもありがたい話らしい。
「ただし傘下に入るということは、なにかしらの利益をあちらも得られる目算があります。今回の場合で言えば恐らくカードの販売権を要求されるでしょう」
「つまり、他の店でもカードを卸して、売れるようにしろと」
「今のところ我が商店で独占している状況ですからね。」
他の店でも売るようにするのは俺としては問題ない。
むしろ、よりカードが売れるので儲かるだけだ。
「特に悪い条件ではなさそうですが……」
「それだけであれば、そうですね」
どうやら他にもあるみたいだ。
「まだ、そう打診されているだけで細かい条件までは聞いていないんです。もしかしたら他にも要求が……いえ確実にありますよ」
「確実ですか?」
「向こうからしたら、傘下に入れてやる、くらいの気持ちですからね」
それだけ新参者は立場が弱いと見られるのか。
あまり面倒だったら勧誘はすべて蹴っていい気がするけど……いや待てよ。
「もしや、断ると嫌がらせをされたりしませんか?」
「聖女様は鋭いですね。正直ないとは言い切れないです」
定番というか、ありがちな展開だからな。
そうなると少し厄介になってくる。
俺のほうは別としても、この店としては大打撃に繋がる恐れがあった。
さっき見た限りでは数人の従業員を雇っているみたいだし、俺が持ちかけたカード販売で店が潰れるような結果になっては申し訳が立たない。
だからといって、嫌な条件を呑むのも躊躇われる。
「もし他に要求があるとすれば、どんな条件が考えられますか?」
「利益に関することでいくつか……あとは、カードの製作にも口出しされる可能性も高いですね。あちらの意向に従う形になります」
「断りましょう」
そうなると嫌がらせの対処法を考えないといけないな。
「え、あの、お待ちください。聖女様はなにか考えがあるので?」
「販売はともかく、カード作りはこちらが自由にできなければなりません。それが脅かされる可能性は極小であっても、潰します」
「っ……」
ミルフィちゃんの悲しむ顔は見たくないからね。絶対に邪魔はさせんぞ。
俺の強い語気にマオは気圧されたように黙り込んだ。
グラスは初めから俺の決断を支持するつもりだったようで口を挟まず、ヴァイスは手帳に素早く書き込んでいる。なにかメモすること言った?
「とはいえ、なんの対策なしではマオも納得できないでしょう。今回はそれをみなさんで考えたいと思うのですが……」
「それならクロシュさん、ひとつ良い方法がありますよ」
ここでグラスから提案が出される。
「実は最初から考えていたんですけどね。クロシュさん次第になってしまうから口に出し辛くて……」
「なんの話でしょうか?」
「簡単に言うと、あのカードはクロシュさんが作ったって公表するんです」
「それだけですか?」
「聖女様……公表しても構わないのですか?」
なぜかマオが驚いているが、なにも問題はないな。
「しかし本当に公表するだけで効果があるのでしょうか?」
「もちろんです。聖女様が懇意にしている商会と思われますからね」
マオの答えに納得する。
なるほど。聖女パワーを利用するワケか。
様々な場面で役に立つ聖女の肩書だが、ここでも効力を発揮するとは。
「そういえば取材の申し込みがあったと言っていましたね。そこで公表して宣伝に一役買って貰いましょう」
「聖女様が構わないのであれば……てっきり秘密にしておきたい事情があるものだと思っていましたので」
ああ、マオが驚いていたのは、それが原因か。
たしかに当初は隠していたが……なんで隠してたんだっけ?
ミリアちゃんを驚かせるとかだった気がするけど、もうとっくに教えちゃっているし、やはり問題ないな。
どうやら変に気を使わせてしまったようだ。
俺は誤魔化すように、店のためなら感を出しておく。
「これでグラスとマオの店が無事に済むのなら、安いものですよ」
ふふふっと聖女スマイルを見せれば、感心したように頷くマオ。
元を辿れば、俺が持ちかけたカード販売のせいなんだけどね。
「取材でクロシュさんたちのカードについて追及されたら隠すのが難しいので、隠さなくて済むなら助かりますよ! 確実に聞かれますからね。承諾は得ているのですかって」
言われてみると、ミリアちゃんたちの許可は取っているけど、それを証明する物はないな。まあ聖女から直々に許可が出たと宣言すれば大丈夫だろう。
このタイミングで公表するのは、ちょうど良かったワケだ。
「その方向で取材は受けましょう。当日は聖女様も同席されますか?」
「えー、そうですね……」
正直に言えば嫌だが、ちょっと取材風景に興味もある。
陰からこっそり覗けたら一番だけど……素直に聞いてみるか。
「取材を受けるつもりはありませんが、少し見てみたい気持ちもあります。こっそり覗くことはできませんか?」
「それなら、この部屋を使うので隣で待機するといいでしょう。あまり聖女様が見ていて楽しいものではないと思いますけどね」
まあ自己満足なので、あまり気にしないで欲しいな。
俺はヴァイスに取材の日を予定に加えるよう頼み、そろそろお暇しようと席を立った。気付けば、それなりに時間が経っている。
他に用件もないし、お昼もまだだ。耐えがたい空腹感が俺を襲う。
腹の虫を鳴らすような失態を、このミラちゃんの姿で晒すつもりはないが、あまり長居をすると抑えられそうにない。
「では、これで失礼しますよ」
「またお立ち寄りください。聖女様であれば、いつでも歓迎します」
そんな社交辞令を受け取って、俺とヴァイスは足早に店を後にする。
待っていた車に乗り込むと、次に向かう先はヴァイスが予約がしてくれた店だ。
実のところ、出かける前から楽しみだったりするんだよね。
いったいどんな店なんだろうなって。
誤字報告とても助かっています。ありがとうございます。
ちょっと誤字脱字の多さを指摘されているようで恥ずかしいですが。
あと前回投稿から急に文章、ストーリー評価が多く付きました。
とても嬉しいです。にやにやします。




