では行くぞー!
「ほ、本当ですか!?」
「具体的な日程はまだ決まっていませんが、こうしてミリアに教えるために色々と試したおかげで、魔法の授業くらいは問題なさそうです」
だからって、わざわざ学士院で魔法を教えるヒマがあるのかって話だが、ミリアちゃんが通う学校の先生なんて、なろうと思ってなれるものじゃない。
しかもだ! 今回は学士院たっての願いなので、こちらが希望した通りの条件でやらせてくれるらしい。
これはもう魔法の先生やるしかないだろう。
具体的な条件は俺の都合がいい日、つまり不定期授業でも構わない。
肝心の教え方も魔法の専門家なんて存在しないから俺の自由だし、ちゃんと授業料も支払ってくれる。ちなみに結構いい額だ。
あまりの好待遇に詐欺を疑いたくなるが、魔法を教えられて、なおかつ無条件に信頼できる教師なんて他にいないからな。聖女パワーの本領発揮である。
そして特に、以下二つの条件が重要だ。
ひとつは学士院の生徒限定で教え、外部の人間や大人は除外すること。
もうひとつは生徒たちに、魔法による『誓約』を行って貰うことだ。
誓約とは以前ルーゲインが使っていた契約魔法『テスタメント』の簡易版だ。
その名も誓約魔法『ゲッシュ』。
本人に誓いの言葉を宣言させると、それを遵守する間はステータスが僅かに向上するという便利な魔法だが、あまり簡単な誓いでは効果がなく、もし破れば災いが降りかかるという諸刃の剣である。
そんなものが必要なのかと言えば、これがとても重要なのだ。
魔法の凄まじさは俺がよく知っているし、悪用されると大変危険である。
だったら教えるのを止めるべきかとも悩むが、こういうのは使う側が問題なのであって、魔法そのものが悪いワケではない。
むしろ正しい心で使えば、とても有用なものとなる。
故に、俺が教えるのはきちんと指導できる子供だけに限定し、なおかつ大人に唆されて悪用できないように誓約して貰うというワケだ。
まあ実際に『ゲッシュ』を使うのはルーゲインだけど。あれ金陽属性だし。
「しかし私としてはミリアに教えるのを優先したいので、学士院はそれが一段落してからですね」
「クロシュさん……! とても嬉しいです、けど」
瞳を輝かせていたミリアちゃんだったが、一転して憂いの表情を見せる。
「学士院で私だけ先に進むのも心苦しいので、できればクラスのみなさんと一緒にクロシュさんから教われたら嬉しい……です」
「……ミリア」
「すみません、わがままを言ってしまって」
「いえ、ミリアの気持ちはわかりました。ミリアがそう言うのでしたら、私も少し考えますよ」
「クロシュさん……ありがとうございます」
嬉しそうに笑うミリアちゃんを前に、俺は自然と手を動かしていた。
それはもう極々自然な動作で、さり気なくミリアちゃんの頭にそっと手を添えると、もはや気配すら感じ取れないレベルでゆっくり、その柔らかな髪を撫でた。
「あっ、く、クロシュさん?」
「はい? どうかしましたか?」
今ならいけると思ったが、やはり少し強引だったか……。
だがしかし! ミリアちゃんは拒絶しない!
むしろ満更でもない様子! まだイケる!
「ふふふ、ミリアの髪はさらさらですね」
「あ、あぅぅぅ……」
俺はなんでもないように、努めて平然とした態度を取る。
一方でミリアちゃんは照れているのか顔を赤くしながらも、俺のなすがままにされていた。
これはもう……愛のままにワガママにぎゅってしても許される!?
「ミリア……」
「クロシュさん……」
「ここにいるのかミリアー!?」
くっ、あと一息というところで乱入したのはラエちゃんだった。
さっきまでカノンから餌付けされていたはずだが、きっとお腹いっぱいになったからミリアちゃんを探しに来たんだな。
「ラエさん、どうしました?」
「決まっているだろうミリア! 今日もワタシと遊ぶぞ!」
にっこり満面の笑顔のまま宣言するラエちゃん。
これは、さすがに断れないな。ミリアちゃんも友人というより妹を相手にしている気分なのか、割とラエちゃんに対しては甘いところがあるし。
「そうですね……あ、でも今はクロシュさんと訓練があるので、そのあとなら」
「ミリア、今日はここまでにしましょう」
「いいんですか?」
「ひとまず成果は出ましたし、続きは後日にしましょう。これからは学士院でも教えることになりますし……なによりラエを放っておけないでしょう?」
「そうですね、ありがとうございますクロシュさん」
「話は終わったな? では行くぞー!」
ばたばたとミリアちゃんの手を引いて部屋を飛び出すラエちゃん。
とても悪魔とは思えない天真爛漫さだが、油断すると素で邪悪な面が出たりするから気を付けよう。
自室に戻った俺は、束になった書類を手に取る。
子供たちに魔法を教えるのに試行した、これまでのデータをまとめた物だ。
内容は効率的な教え方から、習得速度に個人差がある場合の傾向と対策に、各種属性毎の魔法の種類といった基礎知識などなど。
ルーゲインの協力もあって作成できた、言わば魔法の手引書である。または魔法の論文とも呼べるだろう。
これのおかげで学士院の教師役を引き受ける決心ができたのだ。
逆に言えば、これがないと上手く教えられる自信がないワケだが……いや今それは置いておこう。
「えーっと、ミリアちゃんが無事に魔力操作できるようになった場合は……」
もちろん、もしダメだった場合も想定してあった。
だが幸いというべきか、ちょっと予想とは異なるけど、まあスキルは習得できていたので結果オーライだろう。
そして、順調に次のステップへ進めた場合も当然ながら記されている。
「明日からは魔力を操作する訓練をして、それで新しいスキルを習得できなければ特定の別系統スキルが鍵になることもあるから、これは先に分析して……」
と、そこまで考えて俺は書類から目を離す。
ミリアちゃんの望みは、できればクラスメイトと一緒に、だった。
俺としてはエコヒイキ万歳だし、たっぷり優遇したいところだが、あまり露骨だと嫌われちゃうかも知れないな……。
うん、やっぱりここは俺自身の予習に留めておこう。
ちなみに村の子供たちに関しては、ほぼ自重なしで教えている。
なぜならルーゲインとゲンブが付きっきりで面倒を看ているし、この世界に寄る辺のない子供たちが将来的に自立した時、身を守る力になるからだ。
しかし現段階でも戦力として数えられるほど、立派な魔法使い集団にまで成長しているのは、この前の襲撃騒動からも明らかだった。
ちょっと強くなりすぎた感はあるけど……まあいっか!
特にサニアちゃんとかスーちゃんは、インテリジェンス・アイテムを装備していれば村を守っている騎士たちより強いだろう。
まだ二人だけだが、他の子たちもいずれは同じ領域にまで到達するはずである。
……なんだかそう考えると、かなりヤバい村になる予感がするな。
ルーゲインには絶対に悪用させないよう、よく見ておくように言っておこう。
まあ今のところ子供たちは素直だし、とてもお利口さんだ。
最近では前にルーゲインが言っていたお小遣い制が導入され、そのお金を持って近場の街……あの城塞都市までお出かけしたという。
遠足同然で子供たちは大喜びだったと報告があったな。
そういえば街でカードゲームを購入した子が多かったとも聞いている。
まさかミルフィちゃんと協力して作ったレジェンド・オブ・ヒーローズに興味を示すとは予想外だが、詳しく確認したらサニアちゃんを筆頭に、一部の子供たちだけが欲しがったらしい。
なにが琴線に触れたのかはともかく、村でちょっとしたブームが起きているとも言っていたかな?
次に村へ転移する時は、カードを持って行くべきだろうか。
いや、そろそろカードパック第二弾が発売される予定だったな。
どうせなら、そっちをお土産にするのもありか。
もっとも今回、俺はまったく関わっていないのでカードの説明を求められたりしたら困るのだが……。
第二弾はミルフィちゃんと、ペンコの二人だけで開発していた。
どちらも凄く乗り気だったし、俺は魔法の件で時間が取れなかったから任せていたんだけど、あっという間に仕上げてしまったから驚きだ。もう俺いらないな?
それでも利益の一部はちゃんと俺にくれるというのだから欲がないと言うか、律儀と言うか……助かるけどね。
とはいえ甘えてばかりもいられない。
近いうちに今後のカード製作について、二人と話し合わないと。
ああ、カードと言えば販売を任せている片眼鏡ことグラスから、いくつか相談を持ちかけられていたんだった。
あまりに売れたから大きな商会から勧誘されたり、取材の申し込みがあったから方針を決めたいとかなんとか。
そっちに関しては完全に自由にやっていいんだけど、グラスは勝手に決められる立場じゃないなんて謙遜していたのだ。
仕方ないので、なるべく早めに会って話をする必要があるだろう。
「……なんだか予定が詰まっているな」
改めて確認してみると、あまり余裕ないかも。
こうなって来るとミリアちゃんの魔力操作訓練を後回しになったのは、割とありがたい。
そもそもの話、俺がちゃんと予定を把握していなかったのが問題だが……どうにも俺はスケジュール管理が苦手だった。行き当たりばったりとも言う。
もういっそのこと、誰かに頼んでみようか?
そんなの誰に頼むのかって話だけど……。
ひとりだけ喜んで引き受けてくれそうな心当たりが俺にはあった。
たぶん夜にもう1話投稿します。




