やはり我の師匠は
遅くなりました。
今回は閑話です。
我が名はヴァイス・リッター。
誇らしき師匠から授かった、我を意味する唯一無二の名だ。
また、この名は『白騎士』を意味しているという。
白き騎士。
まさしく我に相応しい名だろう。
さすが師匠、素晴らしいと、我は感心した。
師匠はなぜだか、とても言い辛そうに説明していたが。
その師匠から、城塞都市の冒険者ギルドに同行して欲しいと頼まれた。
前にも何度か同じことがあったと思い出し、我は即座に了承する。
一度目は冒険者として登録するために。その後にも二度、必要な物をギルドから借りるために訪れていた。
しかし今回もそういった用件なのだろうか?
勝手な思い込みに誤りがあっては、師匠に迷惑をかけてしまう。
すべてを察するだけの知識と知恵があればよかったのだが、生憎と我は戦うことでしか役に立てない。
そこで我は恥を忍び、師匠に確認を取ることにした。
「師匠、今回はどのような用件でしょうか」
「ええっとですね……実は以前、私が登録をしたことがミリアにバレまして」
師匠の主であるミーヤリア・グレン・エルドハート。
あの少女は以前から、冒険者に興味を抱いていた。
そして師匠が冒険者登録をしていたと知り、自身もどうにか登録できないか頼まれた……という経緯のようだ。
「それは断れないものなのでしょうか?」
「もちろんです」
断言されてしまった。
「ただ私がまともにギルドを利用したのは登録した一度だけで、あとはギルドマスターとの面会ばかりでしたから、ミリアを案内できるか自信がありません」
「そこで、我が案内を代行するのですね?」
幸い城塞都市のギルドであれば我も案内できる程度に把握していたが、隅々まで熟知していただろうかと思い直す。
普段は受付カウンターのあるロビーばかり利用しており、冒険者に開放されている訓練所や診療所、資料室といった施設は知識にあるだけだった。一度も足を運んだことすらない。
このままでは師匠を満足させられないのでは?
「ところで師匠、案内はいつ頃になりますか?」
「ヴァイスの都合が良ければ三日後にお願いしたいのですが」
二日もあればギルドの構造を調べ上げられるだろう。
師匠の期待に応えなくては!
「了解しました。全力を以て臨みます」
「もう少し肩の力を抜いて構いませんよ」
それから三日後。
我は先に城塞都市のギルドに赴き、これから訪れるという連絡を受けて師匠たちを出迎える予定である。
無論、我の準備は万端だ。
あらゆる冒険者ギルドに関する質問に答えられる自信があった。
これならば師匠も大いに満足されることだろう。
我の功績を認め、褒めて頂けるかも知れない。
よくやりましたヴァイスと、たおやかな笑顔で撫でてくださるかも知れない。
もしくは、そっと頭を抱きしめられながら撫でられ……!?
否、否、それはいけない。想像しただけで我の思考が掻き乱される。
期待はしてしまう……だが、我から求めたりはしないのだ。
見返りを目当てにするなど愚の骨頂。余計な考えは捨てなければ、
ともかく今はギルドへ急ぎ――。
「あ、あらヴァイス! こんなところで会うなんて奇遇ね!」
途端、我の頭は氷魔法の直撃を受けたかのように冷めきった。
彼女の接近にも気が付かないとは、よほど浮かれていたらしい。
「奇遇、赤」
「そ、そうね! これはもう運命と言うしかないわね!」
我は知っている。
こうして我と赤が会うのは意図的であり、そこに運の要素は介在しないと。
「あと、そろそろアタシのこと赤じゃなくてクレハって呼んでくれても……」
「急いでる」
「わ、わかったから! そのままでいいから少し待ってよぉ!」
仕方なく我は話に付き合うことにした。
以前の我であれば無視して立ち去り、ギルドへ向かうところだったが、師匠からは無闇に敵を作るなと厳命されている。
赤は、以前にも師匠に協力しており、なにかと役に立ったことで師匠から感謝されていたのだ。
そのことには僅かながら暗い感情を抱いてしまった我だが、重要なのは我の心情より師匠にとって有用かどうかである。
まだ時間に猶予もある。この場は穏便に済ませる他ないだろう。
とはいえ、彼女の用件はいつも決まっていた。
「ねえヴァイス、例の件なんだけど」
「勧誘なら断った」
彼女は我にパーティを組まないかと以前から勧誘していたのだ。
その場限りの臨時でならば、我も何度か組んだことがあったものの、正式に誰かと組むつもりはない。
我の刃は、我が主と、師匠のために存在するのだから。
「やっぱりダメなの?」
「……なぜそこまで、我に執着する?」
いい加減に諦めて欲しいという思いから、我は尋ねた。
そこまで拘る理由を知れば、諦めさせる手段が見えると考えたからだ。
……それが失敗だった。
「そ、それはもちろんヴァイスは強くて綺麗でカッコよくて凛々しくて美しくてかわいいけど、アタシはそんな上辺じゃなくてヴァイスの内面こそを評価していて例えば穢れのない無垢な精神とか、誰に対しても屹然とした態度とか、だけど常識知らずでちょっと天然だったりするのも放っておけないし、それに初めて会った時から色々なことを教えてあげたのはアタシだから、もう保護者と言っても過言じゃないと思うというかアタシが育ての親みたいなものだし、それならやっぱりヴァイスはアタシと一緒のほうがなにかと――」
赤の口から止め処なく、濁流の如く押し寄せる言葉の数々。
そうだ、我が赤と出会った頃のことを思い出した。
当時はまだ、我も彼女に苦手意識を持ってはいなかったのだ。
なにかと助言をしてくれるため、我は赤という存在を重宝し、頼ることも少なくなかった。
それがいつしか過保護に扱われるようになり、自然と赤からは距離を取るようになっていったのだ。
いったい我のどこを気に入ったのかは、やはり定かではないが……。
赤は視線を逸らしているため我の辟易とした様子にも気付かず、頬を染めながらも語り続けている。
どうあれ、これが師匠の役に立つのならば活用させて貰おう。
「赤」
「――だから、え、なにかしらヴァイス?」
「我は師匠と共にある。どれだけ説得されても、勧誘には応じない」
「……そ、そう」
「だが、また以前のように力を貸してくれると嬉しい」
「っ!?」
我は真っ直ぐに赤の目を見つめ、笑顔を形成する。
すると効果は劇的であり、赤は魚のようにパクパクと口を開け閉めして、見るからに挙動がおかしくなった。
「も、も、もちろんよ! アタシならいつでも力になってあげるわ!」
「それは助かる」
「え、ええっ、当然だわ! じ、じゃあアタシはこの辺で!」
「ああ、また会おう」
「~~~ッ!!」
顔を名前の通り真っ赤にしてしまった赤は、ふらふらと覚束ない足取りでいずこかへと去って行った。
これでまた以前のように『師匠に』力を貸してくれるだろう。
そして、それが成果に繋がれば、我もまた師匠から褒められる。
誰もが得をする、最良の結果である。
ただひとつ、赤は我のことを無垢だと言っていた。
果たして今回の我の思惑を知ってもなお、そう言えるのだろうか?
興味はあったが、協力関係を壊しかねない。
赤には、赤が見ていたい我を見せておくのが誰にとっても最良だろう。
そんなことより、そろそろギルドへ……今、何時だ?
よもや師匠たちを出迎えるのに遅れてしまうなど言い訳もできない。
スキル【精霊化・雷】でエネルギー体へと変換された我は、雷速をもってして冒険者ギルドへ突入し、同時にスキルを解除する。
到着は、あくまで何事もなかったように振舞うものだ。
遅刻と言えど、みっともない姿を師匠に晒すわけにはいかない。
しかし、そこで我の視界はぐらりと揺れる。
なんということだ……。
我が遅れたばかりに、師匠たちが冒険者に絡まれているではないか!
まさか前と同様の失態を演じるなどと……なんなのだ奴らは? なぜ師匠に手を出そうとする? 冒険者に扮するゴブリンだったのか?
……いや、今は対処が先だ。
見たところ標的はゴブリンたちが五人。すべて男だ。師匠たちの座るソファーを囲むようにして逃げ場を塞ぎ、勧誘の言葉を投げかけている。
それに対して師匠はやんわりと断っていたが、周囲の空気が少しずつ張り詰めていた。かなりのご立腹だ。我の背筋がぞくりとする。
ここはやはり前回と同様に、しつこく絡むゴブリンたちを投げ飛ばすべきか。
あるいは雷撃で消炭とするべきか。
早足で歩みながら逡巡していると、先に動く気配があった。
ギルドの職員たちだ。
「お前たち! そちらの御方から離れろ!」
「は? え、なんだよいったい!?」
「いいからこっちに来い!」
十数人ほどの職員に連行されるゴブリンたち。
そして残された師匠たちのところへは、ギルドマスターが出向いていた。
「大変失礼しました。クロシュ様」
「いえ、こちらに被害があったわけでもありませんので構いませんよ」
「そう言って頂けると助かります。ところで本日はどのような……?」
ちらりと隣の少女に視線を向けながらギルドマスターは続ける。
「よろしければ別室でお話を――」
「ここで待ち合わせをしています。こちらの彼女を登録させたいのです」
「ぼ、冒険者にですか。失礼ながら……もしやミーヤリアお嬢様では?」
ギルドマスターの声は緊張からか震えていた。
そろそろ我も出て行きたいところだが、なかなかタイミングが掴めない。
「知っていたのですか?」
「もちろんです。ここはエルドハート家の領地ですから。とはいえ、このことは辺境伯様はご存知なのでしょうか?」
「辺境伯?」
「クロシュさん、お父様のことですよ」
「ああノブナーガの……まあ大丈夫です。ええ」
「そ、そうでしたか」
師匠が誤魔化したことにギルドマスターは気付いているようだったが、そのことに言及するつもりはないらしい。
「では受付に伝えておきますので、なにかございましたらお呼びください」
「助かります」
それだけ告げるとギルドマスターは去って行く。
これ以上、邪魔はしないし、させないという意志表明のようだ。
見れば周囲の職員たちも、さり気なく師匠たちの様子を窺い、常に対応できるような挙動をしている。その待遇は最上位のものだろう。
「クロシュさん、今の方はギルドマスターですよね? こんなに丁重な扱いされるなんて凄いですね」
「いえ、それを言えばミリアも……それに本当に凄いのはヴァイスですからね」
「ヴァイスさんですか?」
「まだ話していませんでしたが、彼女はドラゴン級冒険者ですよ」
「そ、そうだったんですか!?」
「本人からも聞いてみましょうか。……ヴァイス」
なんと、師匠は我に気付いていたようだ。
内心で慌てる我だが、それを表には出さずに平静を保つ。
「遅くなり申し訳ありません」
「構いませんよ。それよりミリアに色々と聞かせてあげてください」
「えっと、ヴァイスさん……いいですか?」
「もちろんです」
師匠からの要請であれば断るはずがない。
待ち合わせに遅れた償いもあり、我は主とよく似た少女としばらくの間、言葉を交わすことになった。
その内容は我が冒険者となってから、これまでに戦った魔物についてが主軸だったが、特に旅をしている最中の出来事や、秘境探索に興味を示していた。
いわゆる冒険譚が好みらしい。
中でも、数十匹の魔獣に囲まれた少女を救出した話には目を輝かせて、食い入るように聞いていた。
どうやら彼女の琴線に触れたようだ。
憧れの視線を受けて、ふと師匠がどう思っているかが気になる。
師匠は、この小さな主のためならば国家……否、例え世界すら敵に回しても傍に仕え、護り通す覚悟だ。
これは我が師匠に抱く想いに似ていると、我は推測している。
であれば、その主の関心を、我が引いている現状は快く思っていないのでは?
思わず視線を送ってしまう。
「……ああ。ミリア、話はその辺りにして登録を済ませましょうか」
「あ、そうでしたね。つい興奮してしまいました……」
どうやら間違った意味で師匠に受け取られてしまったようだ。
表情を窺う限り、師匠はいつもと変わらない。
だが後で不興を買うより、ここでしっかり確認すべきだろう。
登録をするために、主と似た少女が離れた隙を見計らい、我は師匠に問う。
すると師匠は、こう答えた。
「ミリアが喜ぶのなら、ヴァイスに憧れるくらいで嫉妬したりしませんよ」
その言葉は我にも、非常に納得できるものだ。
我もまた、赤に手柄を取られようとも、それが師匠のためならば……やはり納得は難しいかも知れないが、理解はできた。
思えば先ほども、師匠が称賛を受けていたというのに、わざわざ我がドラゴン級であると明かしていたのだ。
そうしたほうが喜ぶと、考えてのものだろう。
「……では師匠、もうひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
これを聞くのは、我にしても禁句に近い。
だが、よい機会でもあった。
「師匠は主……ミーヤリア嬢を新たな主だと、我に示しました」
「私とヴァイスが再会した頃の話ですね」
「はっ。ですが我には彼女が……主として見れません」
それが我の偽らざる想いだ。
我が主は今も、あの時から変わらない。ミラだ。
彼女が存命ではないことも、師匠が子孫である少女を新たな主としたことも、すべて理解しているが、それでも我はミーヤリアのために刃を振るえない。
現状では、師匠に従っているだけと言えるだろう。
「そうでしたか」
「申し訳ありません……」
「いえ、これは私が謝らなければなりません。ヴァイスの気持ちをよく考えていませんでした」
我はこの場で師匠に処分されてもおかしくなかった。
しかし師匠は、我を許すどころか自らの過ちを認めるような発言をする。
「すみませんヴァイス」
「あ、頭を上げてください師匠……!」
「ヴァイス……私としても無理強いはしたくありません。なのでミリアを主として認められなくても構いません。ただ、いつか主と認められる者が現れるまで、私に協力してくれませんか?」
「無論です! 師匠のために刃を振るうことに躊躇いはありません!」
我は片膝を突き、深く頭を下げ、師匠への感謝と謝罪を示した。
それ以外に、この気持ちを表す方法がわからなかった。
もしかしたら本当は、我の心に気付いていたのではないだろうか。
師匠を疑うわけではないが……ふと、そんな風に考えてしまう。
「振り返るとヴァイスには苦労ばかりかけてますね」
「勿体ないお言葉です師匠。我が刃は、主と師匠のため――?」
暖かい感触が、我の頭に触れていた。
それは、そっと慈しみを持った緩やかさで、我の髪を滑らせるように動く。
一度ではなく、二度、三度と……子をあやすように。
この瞬間、我の永きに渡る研鑽がついに報われた気がした。
「これからもよろしくお願いします、ヴァイス」
「……はっ」
いつしか我の目からは水滴が零れ落ちていた。
我には初めての経験であり、その現象は知っていたが、不思議と見聞きしたものよりも辛くはなく、自然と表情が緩んでしまう。
師匠は、我の顔を目にして少し驚きながらも、なにも言わずに微笑んでくれた。
その先は、我の記憶が曖昧だ。
だが、あの暖かな感触は決して忘れないだろう。
そして……もう一度、師匠に撫でて貰える日を楽しみに励むのだ。
あわよくば、次こそは頭を抱きしめられながらと、そう夢想しながら……。
やはり我の師匠は、素晴らしい。
今話で登場した『辺境伯』は爵位とは別の尊称みたいなもので
皇帝国に正式には存在しないという事でお願いします。
閑話はあと二話ほど続きます。




