これが勝利の鍵だー
俺が手を出すのはここまでだ。あとはノットがやってくれることだろう。
店主に取っては災難だろうけど、先に不正を働いたのが悪いのだから遠慮なしにとことんやって貰いたい。
後になってから、もしかしたら店側も知らずに販売していたのでは? などと危惧したのだがまったく無用な心配だった。
実はギルドの鑑定はダンジョンから得られたアイテムや魔石なら無料で行ってくれるが、それ以外の物も有料で鑑定してくれるそうだ。
あんな高価な商品を鑑定していないわけがないからな。有罪確定だろう。
待っている間、俺は大人しくしていた神様と戯れることにする。
へいへーい。神様いるー?
いないよー。
じゃあいいや。
むー。
どうしました? ぽんぽん痛いの? 大丈夫? 結婚する?
ちがうー。すねてるのー。
なんでさ。
さっき、むし、したー。
ひょっとして称号が手に入った時かな。
ちょうどミラちゃんと会話していたから後回しにしたんだよな。
それでお冠ってわけか。
機嫌を直してくださいよ。今から称号をチェックするつもりだったんです。
いいよー。
手の平を返すような切り替えの早さに脱帽ですよ。
じかんは、ゆうげん、むだは、なくさないとー。
これがヒマに飽かして日本文化に詳しくなった者の発言です。
わたしの、じかんは、むげん、だからねー。
ああ、有限なのは俺の時間ですか。
だったら早急にやることはやっておかないとね。
えーっと、たしか【思索者】だったかな。どれどれ。
【思索者】
考えることを止めない者。知識の書庫への招待状。
見慣れない単語が出てきましたよ。
これが、しょうりの、かぎだー。
より具体的に。
しつもん、してみてー。
急に言われても。
なにか聞きたいことでもあったかな……。
あ、そうそう。装備について色々と確認したかったんだ。
いってみー?
えー例えば『防御力』ってのは、どこまで効果があるんだ?
【防御力:物理系ダメージを減少する守りの力。】
お、なんか出た。
それが、ちしきのしょこ、だよー。
つまり質問するとなんでも答えてくれるのか。
なんでもは、むりだよー。のってる、ことだけー。
載ってることだけ……電子辞書みたいなものだと捉えておけばいいかな。
どこまで対応してくれるか試すついでに、ちょっと確認してみるか。
さっき『物理系ダメージ』を減少とあったが、それは『攻撃力』に依存したダメージだけの話なのか? 攻撃に伴う衝撃はどうなる?
【物理系ダメージ:魔法効果を伴わないダメージ。】
【攻撃力:HPに物理系ダメージを与える力。】
【回答:防御力はHPへ作用する物理系ダメージにのみ干渉する。】
【回答:衝撃を受けた対象は、与えた対象との力の差によるダメージを受ける。】
【回答:衝撃により発生する運動に防御力は干渉しない。】
要約すると、吹き飛ばされた時のダメージは防御力で減少できるけど、吹き飛ばされる運動エネルギーを打ち消すことはできないようだ。
思ったよりも詳しく教えてくれるな。これはいいものだ。
続けて別の質問をぶつけてみよう。
鎧みたいな重い装備は『加速力』が低下するみたいだけど、装備者の体格の差についてはどうなる?
【加速力:行動する速度の力。】
【回答:装備による加速力の低下は恩恵であり、等しく影響を受ける。】
重さという概念はないのだろうか。
【回答:装備の重量と、恩恵による加速力の低下は異なる。】
ああ、まず装備の重さに耐えられることが前提なのか。
重さは重さで普通に存在して、加えて加速力の低下というバッド効果が付属するんだろう。
じゃあ最後に、もう一つ。
防具なしの者と、革装備一式を装備した者が戦った場合、勝率は?
あ、武器は無しなのと、ステータスは同等で。
【回答:10対0で装備者が勝利する。】
完勝かよ。
お互いに素手なら防具がなくとも戦いようはあると考えていたんだが、そこには圧倒的な差が生まれるようだ。関節技とかも効果がないのかな。
となると、やはりこの世界は装備による恩恵がかなり高いらしい。
インテリジェンス・アイテムが持て囃されているのも、これが原因だろう。
しかし本当に役に立つな、この称号というか『知識の書庫』は。
ひょっとしたら曖昧なアドバイスしかくれない神様よりも……。
じー。
幼女神様が見ている。これ以上はよそう。
そうだな、幼女神様はそこにいるだけで絶対的な価値があるのだ。不満などあるはずがないじゃないか。
べつに、いいんだ、けどねー。
おお……また神がすねてらっしゃる。
でも実際、神様には感謝していますよ? 本気で。真剣に。マジで。
元はといえば、この『知識の書庫』だって【思索者】の称号を神様が贈ってくれたおかげだし、それ以前にも俺がこうして楽しくやっていられるのも、全部全部、丸ごとひっくるめて幼女神様のおかげなんです。
だから、機嫌を直して貰えないですかねぇ?
しょうがない、にゃあ……いいよー。
どうやら許してくれたみたい。なんと慈悲深き御方だ。
という感じで遊んでたら、ちょうど狩猟が終わったようだ。
頭を抱えてカウンターに突っ伏した店主と、ホクホク顔のノットが対照的で面白い。
「さーて、もうここに用はないから、宿に戻るとしようか」
片手にはしっかりと白銀色のナイフが握られていた。
再び宿の一室、ミラちゃんの部屋に集まる一同。
あ、レインだけはまだ戻ってないか。おかげで前より少し広く感じる。
そういえば、なんで一人につき一部屋ずつ借りてるのか疑問だったんだけど、単に他の部屋が埋まっていただけなようだ。
おかげで宿側からの申し出により、割引価格で宿泊できているから四人部屋を借りるよりも安上がりで結果的にありがたいのだとか。
「礼を言うよクロシュ。おかげでかなり値引きできた」
ミスリルナイフと俺を交互に見ながら、ノットは嬉しそうに言う。
だが俺はちょっと驚いていた。
(構いません。しかし値引きしたのですか?)
あの状況からなら無料で譲って貰うことも可能だったはずだ。
ギルドに鑑定を頼めばあの店の行為は明白になるし、あれだけ堂々と偽物を飾っていた感じからすると常習犯だろう。過去の取引を探られたら相当に痛いはずだ。
今後の信用にも関わってしまうから商人としては致命的だろう。
そうなるくらいなら、口止め料で済む方向へ持って行けば喜んで乗って来る。
なのにそうしなかった。どうしてだ?
ミラちゃんが俺の念話をノットへと伝えると、彼女は不敵に笑う。
「ふっ、まだまだ甘いクロシュに良いことを教えよう。商人はあまり追い詰めるとロクなことがない。ミスリルナイフをタダで渡したら、あの店は大打撃を受けるからな。七割引くらいでちょうどいいんだ」
なるほどなー。
下手にやり過ぎると、かえって危険というわけか。
恨みを買って新しい敵を作りかねないもんな。
そこで、タダで持って行かれてもおかしくないところを、お前も困るだろうから七割引きで許してやろう、と情けをくれてやる。すると相手は、ありがとうございますぅ~! と号泣しながら頭を垂らすという算段だろう。
こうなったら恨むどころか感謝までしてくれる。こっちも得をする。
お互いにハッピーな幕引きとなるのだ。
実に素晴らしい。俺も参考にしよう。
尊敬の眼差しでノットを見つめる。
(ノットは頭も良いのですね)
素直な感想を伝えると、ちょっと頬を染めて視線を外す。かわいい。
「あれ? もしかして照れてるの? あのノットが!? 珍しいっ!」
「う、うるさいぞ……!」
「クロシュさん、ノットは他の冒険者の方々に褒められても、あまり嬉しそうじゃなかったんですよ」
「おいミラ!」
「そっか、ノットは珍しいアイテムに褒められる方が嬉しいんだね!」
それはそれで人として歪んでいる気がするんだけど……『レアアイテム狂い』とでも言うのか。
あまりに二人がからかうので、とうとうノットは黙り込んで窓の外へプイと向いてしまった。
本気で怒ってるわけじゃなさそうだから、すぐに機嫌を直すだろう。
それにしても、この光景は既視感があるな。
どこぞの神様の姿を視認できたら、きっとこんな感じだったんじゃないかな。
やがて予想通りに、いつもの仏頂面に戻ったノットは明日のダンジョン攻略に際して簡単な確認を行う。
俺はあまり関係ない話だったので聞き流していたのだが、ふとレインがいないのに話を進めていいのかと気になった。個別にするからいいのかな?
というか、レインはまだ戻らないのか。
そろそろ暗くなり始める頃だし心配だな……。
……待てよ?
あまりにみんなが平然しているから忘れていたんだけど、俺の存在が広く知られて危険だとかって言ってなかったか?
いつ狙われるかもわからないような状況だったんじゃ……。
(み、ミラ。レインのことですが、大丈夫なのでしょうか?)
話を中断して、いつものようにミラちゃんが代弁してくれる。
「んー? 大丈夫ってどういうこと?」
(私が狙われている、という話を昼前にしていたはずですが)
「ああ、そうだな」
(では一人でいるレインは危険なのでは?)
というか俺を着て出歩いていたミラちゃんも危なかったんじゃないか?
「クロシュさんは少しだけ誤解しているようですけど、この町もそこまで治安は悪くありませんよ」
「むしろ冒険者が多いからな、昼間はかなり安全な部類だ」
(しかし、たしかレインはローブを着て顔を隠していると……)
「そこも誤解があったのか。それはレインの種族が問題なんだ」
レインの種族というと、ハーフエルフだったか。
ここまで来ると、ようやく俺も察することができた。
「ハーフエルフはエルフと同じくらい狙われやすいので、普段から人目に付くところでは顔を隠していたんですよ」
そうだったのか。
ダンジョンでは普通にしていたせいか気付かなかった。
言われてみればダンジョンを出てからの彼女の印象が希薄に感じられたが、あれは影が薄いとかではなく、意図的に目立たないようにしていたのか。
ということは、だ。
(普通に出歩いても問題はなかったということですか?)
「昼間に限ってはそうだな。だが夜はさっきまでの感覚で間違いない」
「でも夜の町なんてどこも同じくらい危ないし、普通は宿にこもってるけどね」
「さらに付け加えるなら、私たちがインテリジェンス・アイテムを所持しているとわかっても、それを装備している者に迂闊な手出しはできないさ。実際はまだまだ成長途上だとしても、知らないわけだからな」
なんというか、杞憂だったわけだ。
でもまあ安心したよ。
しかし俺もうっかりしていたとは言え、あまりに無警戒が過ぎたな。
今後は注意しよう。
「クロシュさんでも慌てることがあるんですね」
(仲間に危機が迫っていると思えば、当然ですよ)
「……仲間」
ぽつりとミラちゃんが呟く。
「そうですよね。私たちは仲間ですからね!」
嬉しそうに笑うミラちゃんの顔を見ると、なんだかこの子に装備されて良かったという気分なるな。幼女じゃないのに。
それからレインも当たり前のように戻って来たので、昼間と同じように狭苦しくも心地良い疑似ハーレム空間が形成された。うむ。
レインにも明日に向けていくつかの確認がされる中、今のうちにと俺はこの空間を存分に楽しんだのだった。いいぞ。
明日はいよいよダンジョン攻略の再開だ。
どれだけレベルアップできるか楽しみで仕方ない。
ようやくダンジョンに再突入します。
今まで妙に長くなりましたが、ここからは少しサクサク進めたいですね。(願望)




