このまま見ていましょう
「これは、いったい……」
上空から眺めていた俺は思わず呟くほど、よくわからない状況だった。
村から少し離れた場所で鎧姿のスーちゃんが華麗に無双している。これはゲンブのパートナーだから納得できる。
しかし、子供たちが楽しそうに敵を撃退しているのは、なぜだろう?
鮮やかな属性色の線を引いて魔法が飛んで行くだけなら、魔法の夜間練習と呼べなくはない光景だけど、的になっているのは襲撃者たちだ。
本来なら守る立場にある騎士たちも、逆に守られてしまっている現状に、どうしていいのか戸惑っているぞ。
最初にゲンブは【念話】で、襲撃されて手が付けられないと言っていた。
てっきりルーゲインやゲンブですら抑えられないほど敵が強いか、あるいは数が多いのかと思い、急いで駆け付けたというのに……。
実際にはまったく逆で、子供たちの猛攻を前にした襲撃者たちは村へ近付けないらしく、右往左往している有様だった。
いや、さすがにそれは言いすぎか。
子供たちだけだったら、何人かは接近を許していたかも知れない。
だがスーちゃんとゲンブが、そういった敵を優先して片付けるように大暴れしているので、ここまで圧倒的な戦況となっているのだろう。
さらに言えば、サニアちゃんの功績も無視できない。
ヤグラの上に陣取っている点は他の子供たちと変わらなかったが、サニアちゃんは手すりに杖を添えて固定させ、魔法による遠距離狙撃を行っていた。
今もまた、一条の眩い流星が戦場を駆けて行く。
音叉の杖から放たれたのは【雷魔法・下級】のひとつ『ライトニングスピア』だという【鑑定】の結果が出ている。
本当に下級なの? と思わなくもない。
なにせ泥で作られた巨大ゴーレムが、その一撃で粉砕されたからね。
ついでと言わんばかりに空を飛んでいた気持ち悪いカラスも、余波によって焼かれて撃墜していた。あれで下級なんて詐欺だろう。
でも事実、あれは音叉杖のインテリジェンス・アイテムであるフォルンによって強化されただけの下級魔法だ。
よっぽど二人の相性が良かったのか、俺の目にはフォルンが張り切っているようにも見えた。
もはや固定砲台だな。
(クロシュさん、あれって……もしかして魔法を使っていませんか?)
【融合】により一体化しているミリアちゃんも、さすがに気付いたようだ。
一応、子供たちはインテリジェンス・アイテムを装備しているので、その恩恵に見えなくもないが、全員が似たような攻撃をしていれば予想も付くか。
というか以前、俺がミリアちゃんに見せた『ブルーウィップ』を使っている子がいるので、その時点で丸分かりだった。
「実はですね、ミリアに魔法を教える方法を考案するのに、あの子たちに手伝って貰いまして……」
もし先に子供たちに魔法を教えていたのが知れたら、ミリアちゃんの機嫌を損ねてしまう恐れはあったが、俺は正直に話すことにした。
ウソには敏感なミリアちゃんに下手な誤魔化しなんて逆効果で、すぐにバレてしまうだろうからね。
(そうだったんですか……あんなに、すごい魔法が使えるんですね……)
おっと、予想外の反応だ。
なにやらミリアちゃんのワクワクが伝わって来たぞ。
すでに魔法を教えると宣言してしまったあとだったから、どうやら期待を大きくさせてしまったらしい。
あのサニアちゃんの魔法を基準されても困るが、胸の内側から溢れそうなくらいのキラキラした感情、興奮……そして憧憬。
それらを無下にするなんて、俺にはできそうにない。
「お、落ち着いたら、ゆっくり教えましょう」
(はい!)
大丈夫だ。きっと未来の俺がなんとかしてくれる。
ひとつの問題を先送りにして、今は目前の問題に取りかかる。問題ばかりだな。
とりあえず余裕がありそうだったゲンブに説明して貰おう。
「ゲンブ、これはどういうことですか?」
『ああクロシュ! やっと来てくれたか!』
「子供たちの危機であれば当然です。しかし、聞いていたのと違うようですね」
『それなんだけど、実は……』
【念話】によってゲンブから説明を受け、ようやく状況がわかった。
いきなり村へ現れた襲撃者たち。
ひとりで飛び出して交戦中のルーゲイン。
防衛を任されたゲンブと、子供たちからの要望。
そして、予想外だった戦力。
つまりゲンブが【念話】で手が付けられないと言っていたのは襲撃者のことではなく、子供たちのことだったワケだ。
まあ、たしかにゲンブの手に余るはしゃぎ振りである。
威力が低いから放っておいても死者は出ないだろうけど、インテリジェンス・アイテムのおかげで魔力には余裕があるし、下級魔法だから消費も少ない。
言うなれば最低威力のエネルギー弾を連射しているようなものか。
嫌がらせに近い攻撃だったが、意外と効果は高い。
一方で襲撃者たちも諦めて撤退すればいいのに、逃げ回ってはいるものの、なぜか村への侵攻は継続していた。
よほど逆らえない上司でもいるのか。
たしかに村の周囲にいる襲撃者は、だいたい二十名ほどだったが、少し離れた位置に三十名近い悪意が潜んでいるのを俺は見逃さない。
まさか向こうにいるのは監視役かなにかで、だから逃げられないとか?
……面倒そうだからゲンブかルーゲインに丸投げしておこう。
「ところでゲンブ、子供たちが望んだとはいえ戦場に出すのは危険では?」
『い、いや、ちょっと待ってくれ! 大丈夫だから! ちゃんと安全策は取っているんだって!』
少し問い詰めるように聞いたら、慌てて弁解するゲンブ。
どういうことか尋ねると、村の周囲に結界が張られていたらしい。
ほとんど反撃されていないせいで、まったく気付かなかったが、これのおかげで例え襲撃者が村へ近寄れても、侵入は不可能だったようだ。
だったら問題はない……のか?
同じ立場だったら俺も似たようなことをしていた気がするし、これに関してゲンブを責めるのはやめよう。
『クロシュさん、ご無事でしたか!』
「おやルーゲインですか。……無事というのは?」
急に【念話】に割り込んで来たルーゲインだったが、無事かどうか心配していたのはこっちだ。
『連絡が付かなかったので、なにかあったのかと……』
「そういえばゲンブも言っていましたね」
フォルティナちゃんと決闘してたのは、ほんのちょっとの間だったのに、ずいぶんと間が悪かったようだ。
しかし結局のところ、ルーゲインとゲンブのおかげで村も子供たちも無事なのだから、初めから心配なんて無用だったな。
「ちょっと込み行った事情がありまして」
『やはり襲撃を受けていたのですか?』
「……いえ、なぜそうなるのかは知りませんが、違いますよ」
まるでルーゲインは村と同じように、俺のところにも敵が現れていたと予想していたみたいな口振りだった。
ある意味では合っているけど、さすがに事情が違いすぎる。
『あまりにタイミングが出来すぎていたので、示し合わせていたのかと』
「なるほど……しかし、それはあり得ないでしょう」
そうだとしたら、連絡が取れなくなった原因である例の魔道具の出所と、村に押し寄せている襲撃者は、裏で繋がっていることになる。
だが俺とミリアちゃんがフォルティナちゃんを尋ねたのは、ラエちゃんがポーションについて指摘したからだった。
あれがなければ今も屋敷でのんびりしていたはずだし、仮に気付いても、すぐにフォルティナちゃんの元へ向かうかは俺とミリアちゃん次第である。
暗躍する黒幕がいたとしても、すべてを把握するのはさすがに無理がある。
「私たちの運が悪かった……あるいは向こうの運が良かっただけでしょう」
『運ですか……』
この世界にはステータスやスキルというものが存在するから、ひょっとしたら本当に『運』のせいかも知れないが、所詮は運だ。
どれだけの幸運を味方に付けたとしても、ルーゲインとゲンブが守護している村と、数十人ぽっちの襲撃者たちでは戦力差が歴然としている。
フラグでもなんでもなく、負ける気がしないぜ。
「ところでルーゲインはなにをしているのです?」
『ああ、そのことでクロシュさんにもご相談がありまして。そろそろ終わらせるので少しお待ちください』
先ほどから遠い空の上で戦闘中なのは知っていたが、その相手まではここからでは判別できなかった。
今の【念話】からすると余裕がありそうだけど、わざわざルーゲインが対応するくらいだから、たぶん雑魚ではないのだろう。
そう思って眺めていると、見覚えのある姿が分厚い黒雲の中から落ちてきた。
ルーゲインではなく、青色の髪をした男だ。
あれは……たしか庭園や船で見かけたやつだったかな?
水溜まりの中から、ぬるりと這い出る気持ち悪い動きから、ぬるりひょんと名付けたことを記憶している。
あいつがいるってことは、黒幕は商家連合か。
他に村を襲うなんて輩はいないだろうし……まあ詳しくは後でルーゲインにでも聞いておくとしよう。
ぬるりひょんは、だいぶルーゲインから痛めつけられたようで、髪を振り乱しながら必死の形相で距離を取ろうと逃げている。すでに疲労困憊といった様子だ。
一方で、後を追いかけて現れたルーゲインは涼しい顔である。
「お、おのれ、なぜだ……なぜ勝てん!」
「そろそろ時間が押しているので、終わりにしましょう」
二人の会話が微かに聞こえた。
今回は以前のように正体を隠す必要もないみたいだし、ルーゲインが本気を出せば一瞬で片が付くだろう。いったいなにを遊んでいたんだ?
「まだだ……私は、こんなところで諦めるわけには……!」
「どうして、そこまでして足掻くのです?」
「な、なに……?」
「貴方がどれだけ努力しても、ここまでです。誰も貴方を認めない。誰も貴方を見ていません。誰も貴方を応援していません。ここで終わりです」
お、おお……急にルーゲインが黒くなった……。
どうしたんだ? ストレス? 働かせすぎたか?
「ふざけるな!」
「よく考えてください今の状況を。それでも貴方は諦めないのですか? 誰も貴方に期待なんてしていませんよ。誰も貴方を待っていません」
説得にしても言葉が過ぎている気がするが、なにが目的だろう。
気付けば、二人は交戦中だったのも忘れたように空中で留まっていた。
「違う……そんなはずがない! 私は、私は約束したんだ! 必ず出世して帰るんだと! だから私は……」
「私は、なんですか?」
「……私はなにを、言っているんだ? 約束? どういう、ことだ?」
どうも様子がおかしい。
ただ罵倒しているように見えたルーゲインは、なにかを探っているようだ。
対して、ぬるりひょんは明らかに動揺している。
「リヴァイア……貴方の本当の目的を、思い出してください」
「私は、出世を、きっと一旗揚げて帰ると……約束、誰だ、これは誰だ?」
その独り言は、まるで俺たちには見えない何者かと対面しているみたいだ。
「それは恐らく、リヴァイア。それが貴方が忘れてしまった本当の目的です」
「……忘れた、だと?」
「ええ。この世界に、その姿に生まれ変わって、何年ですか? 五年や十年ではないでしょう? 僕が知る限りだと二十年……それとも三十年でしょうか?」
たしかルーゲインは百年くらいだったか。
ちなみに俺は三百年だけど、ほぼ眠っていたから実質一年も経っていない。
心は永遠の十七歳だ。
「ただでさえ前世の記憶は、時が経つに連れて薄れてしまいますが、どうやら僕たち転生者は少しずつ、自分にとって大切なことを忘れてしまうようです」
前にも似たような話を聞いたことがあるな。
あれは庭園で、ルーゲイン本人が言っていたんだったか。
つまりルーゲインは、ぬるりひょんもまた、かつてのルーゲインと同じように目的を見失っていると言いたいのだろうか。
「よく考えてくださいリヴァイア。目的と手段を取り違えていないか。出世するのは本当の目的を果たすための、手段だったのではないですか?」
「うるさい……! 黙れ黙れ黙れぇぇぇええええっ!!」
追及の言葉を掻き消すような叫びは、どこか悲痛に聞こえた。
それはルーゲインも同感だったのだろうか。敵対する者の目ではく、悲しげな瞳で見つめている。
「私を惑わすな……私は、貴様を倒す! それだけだ!」
「ちょっと虐めすぎましたか。仕方ありませんね。やはり完膚なきまでに打ちのめさないと止まらないようですし」
理解はしていたのか、ルーゲインは残念そうにしつつも目を逸らさない。
そして急激に魔力を昂らせると、臨戦態勢に入った。
ようやく本当に終わらせるつもりのようだ。
「くくっ、嵐すら止められたのは予想外だったが、あくまでこの周辺一帯だけだろう!? ならば私は、この一撃にすべてを懸ける! 私が持つ全魔力を込めた奥の手だ……後のことなど、もはや知らん! 食らえぇぇぇぇぇっ!」
村の周囲はルーゲインが出した光球によって雨も風も止まっており、逆にその外側だけは激しい嵐が吹き荒れていた。
ぬるりひょんの魔力が、その外側へ向けて放たれる。
すると降りしきる風雨がなにかに吸い寄せられるように渦巻き、天と地を繋ぐ一本の柱を思わせる巨大な竜巻へと変貌した。
あらゆる物を巻き込む、破壊の王とも呼ぶべき大自然の化身。それが村へと向かって少しずつ移動を始めているのだ。
あれ、こんなスキル持ってたっけ?
そう思い【鑑定】してみたが、どこにもそれらしいスキルは見当たらない。
可能性があるとすれば、再取得したのか復活している【水魔法・中級】と【水流操作】なるスキル、そして【止水】の三つだ。
恐らく、あの竜巻は自力で造り出しているのだろう。
鍵となっているのは【止水】で、その名の通り水の動きを止めるスキルだが、これには現在の動きに固定する効果も含まれていた。
つまり竜巻を形成したら【止水】によってその形を保ち、それを【水流操作】で動かしているというワケだ。
これは複数のスキルを使いこなした奥の手……そう、必殺技である。
だが、それで終わりではなかった。
荒れ狂う竜巻は中腹辺りから折れるようにして倒れ、そのドリルのような頂点がルーゲインへ向けられる。
そして先端部が二つに裂けたかと思えば、まるでぱかりと大口を開けるかのような形を成していたのだ。
ここで俺も、竜巻が表しているモノの正体を理解した。
「なるほど。それが【水竜王】と呼ばれる由縁ですか」
対するルーゲインは迎え撃つつもりのようだ。
風に髪を揺らしながら両腕を広げると、自身の背後に黄金の輪を出現させた。
それはルーゲインの【日輪】というスキルのようだ。どんな天候、どんな時間帯であろうとも背後に太陽を背負うことで全力を引き出せるらしい。
正面から見ていれば、きっと後光のように映っただろう。
【日輪】の外周部は輝く魔力で覆われ、それが輪に沿うようにして急速に流れ始めると、今度は【日輪】そのものが回転を始めた。
その回転数は留まるところを知らないように、徐々に増していく。それと共に輝きを強く、より強くして世界を照らす。
突如として現れた嵐の竜と、さながら黄金の太陽。
それまで交戦していた子供たちと襲撃者、誰もが呆気に取られて眺めている。
(く、クロシュさん! どうしましょう!?)
「このまま見ていましょう」
見たこともない戦いを前に、ミリアちゃんの慌てる思いが伝わる。
しかし、俺は冷静に声をかけて落ち着かせるだけだ。
特に加勢や、なにかをするつもりはなかった。
魔獣事変での一件で交戦しただけで、それ以降ミリアちゃんは会ってもいないので知らなくて当然だけど……。
あのルーゲインというやつは、それなりに頼りになるのだから。
「今さらなにをしたところで、もう遅いわァ! そのまま飲み込まれろッ!」
ぬるりひょんが荒々しく吠えると、それが契機であるかのように嵐の竜が凄まじい勢いで突き進む。
見かけは喰らいつこうとする竜だが、その中身は大量の水が渦巻く嵐だ。
例えるなら、あれは巨大なミキサーでもある。
まともに受ければ圧倒的な質量に押し潰されるどころか、そのまま巻き込まれてしまい、全身をズタズタに引き裂かれるだろう。
正面からまっすぐに押し寄せる嵐の竜に、それを理解してなおルーゲインは怯まず、立ち向かおうとする。
というより、そもそも逃げる必要がなかっただけだ。
「もう【極光】はありませんが、僕も管理者のひとり……【極光伯】という名の意味を、ここで教えてあげましょう」
嵐の竜とは対照的に、ルーゲインは淡々と粛々と、最後の準備を終える。
「【日輪】解放……【護光壁】展開……セーフティエリア確保成功……全魔力収束完了……方位角、高低角セット……撃ちます、ヘリカル・ジャッジメント!」
瞬間、夜が消し飛んだ。
すべてが光に埋め尽くされる中で、俺は見届けていた。
臨界まで高められ、解き放たれた魔力からなる『金陽』属性の極致とも呼べる魔法が、迫る悪竜を討ち滅ぼす光景を。
それはぐるぐると螺旋を描いた光線であり、断罪せんとする幾条もの裁きだ。
秘められた熱量は膨大で、たかが嵐など瞬時に蒸発させると、障害などなかったかのように地平線の彼方まで突き抜けて行く。
まるで、かつての【極光】にも似た……いや、敢えて似せたと思われる、その魔法の名は『ヘリカル・ジャッジメント』という。
恐らく、この世界でも類を見ないオーバーキルが披露された瞬間だ。
ともあれ嵐の竜は爆散したし、ぱらぱらと散った水滴が上手いこと照らされたからか、夜空に綺麗な虹が浮かんでいる。
いつの間にか空を覆っていた暗雲も吹き飛んだのか晴れていて、なかなかお洒落な景色だ。
あとは……残党狩りかな?




