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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第3章「スーパー幼女大戦」
135/209

みんなで村を守ろう!

 夜空でルーゲインの攻防(ごうもん)が繰り広げられていた頃。

 村の守りを頼まれたゲンブは、子供たちの様子に懸念があった。

 それは好奇心旺盛な子や、あるいは不安に怯えてしまった子たちが、勝手に外へ飛び出すなど、予測できない行動をする可能性があるからだ。大人が近くで引率する必要があるだろう。

 これを護衛騎士に任せたら話は早かったが、彼らは少ない人数でも村を囲むように警護を固めており、例え毛玉の一匹でも通さない構えである。

 その気迫を前にして、必要ないから子供のお守をしていてくれ、などと現実を突きつけるのは、ゲンブには躊躇われた。

 彼ら騎士もまた村を守ろうと決死の覚悟で、この場に立っているのだ。

 むしろ、そんな騎士たちにゲンブは敬意を抱いている。


「ああいう人たちが仲間だったら、俺も……」

「ケント君?」


 ぽつりと零した言葉に、鎧の内側からスーが心配そうに声をかける。

 うっかりだったのか、ゲンブことケントは笑ってなんでもないと誤魔化す。


「それじゃ、まずはみんなを安心させないとね」


 スーはケントの過去を知らない。

 なぜ、これほどまでに強いケントが、商家連合国の商船に荷物として積み込まれていたのかを、スーは何度も聞こうとした。

 なんとなく前のパートナーとの間に、なにかがあったのだと察してはいた。先の言葉からも推察できるだろう。

 だが、誰にでも触れられたくない過去があるとスーは知っていた。

 あの陰鬱とした船から、まるで物語の騎士みたいに自分を救ってくれたケントには心から感謝している。そんな彼を問い質すようなマネはしたくはない。

 だからスーは、いつか本人から話してくれると信じ、今もまた、聞きたい気持ちをぐっと堪えて明るく返事をする。


「うん! 早く行こう!」


 そんなスーの声から、ケントもまた察する。

 ほんの短い期間ながらも、出会ってから一日たりとも離れず、常に寄り添っていたのだ。それが些細な違和感であっても容易に気付けた。

 故にケントもまた、スーに感謝する。

 無遠慮に心の内側へ入り込んだりせず、ただ一緒にいてくれるだけで、ケントにはスーの存在が非常に大きく、ありがたかったのだ。

 それは、本人が自覚する以上の感情なのだが……今はまだ誰も知らない。






 子供たちが避難しているのは、村の中心部にある一際大きな建物だ。

 普段は騎士たちの会議室や、子供たちの教室兼ルーゲインの仕事場として機能しているが、本来はクロシュが滞在するはずの屋敷である。

 本人がほとんど留守にしていること、そしてルーゲインに村長を押し付けているため、現在では公民館となっていた。

 避難所としても、これほど適している場所は他にない。


「みんなー、いるー?」

「あ、スーちゃん!」


 子供たちのところへやって来たゲンブだが、まだ大きな鎧姿に慣れていない子もいるため、ひとまずスーに任せることにした。


「誰もいなくなっていないよね?」

「うん、みんないるよ」


 答えたのはサニアだ。

 スー以上に魔法が上手であるサニアとスーは最近、少し仲良くなっていた。

 他の子たちが二人の上達速度に付いていけない、という事情もある。


「サニアちゃん、それからみんなも、よく聞いてね」


 この場にいる子供たちは、時間がなかったため詳しい説明もされずに教室へ集められている。今のところ不安を感じている様子はないが、戦闘が始まれば混乱するかも知れない。

 ゲンブはどう説明するべきか悩んだが、下手に誤魔化すより正直に教えてくれたほうがみんな安心できるよ、というスーの意見が採用された。

 もっとも、この場でゲンブは添えるだけの置物だったが。


「実はね、村の外に悪い人たちがいるんだって。それで騎士のみんなとルーゲイン先生、あとケン……こっちのゲンブお兄さんがやっつけるまで、みんなは教室で待ってて欲しいんだ。それまで外に出ちゃダメだよ」


 小さい子のためになるべく難しい言葉は使わず、そして怖いことなんて一切ないのだと教えるような気軽さで、スーは続けた。


「もしかしたら大きな音がするかもだけど、この教室は安全だよ。驚いて外に行ったりしないようにね。あと、終わったら私たちが戻って来るから、それまでちゃんと待ってて」


 拙いながらもスーは、なんとか外へ出ないように繰り返し伝える。

 そんな光景を眺めていたゲンブは内心で苦笑しつつ、任せたのだから口出しはしないでおこうと、そのまま見守ることにした。

 一方、ざわざわと子供たちの騒ぐ声が教室を埋め尽くす中……ひとりだけ静かにスーを見つめる子がいる。サニアだ。


「スーちゃんも悪い人をやっつけに行くの?」

「そうだけど……」

「じゃあ、わたしも行く! 魔法で悪い人やっつけに行く!」


 そう語気を強くした突然の志願に、スーは戸惑いを隠せない。


「で、でもサニアちゃんは、その……」

「だいじょうぶだよ! フォルンと一緒に魔法を使うから!」


 いきなり謎の人物の名が出されて『え、誰?』となったのはスーだけではなくゲンブもだったが、その正体はすぐに判明する。


「お願い! 来て、フォルン!」


 彼方への呼び掛けに応え、突如として教室に飛び込んで来る一本の杖。

 先端が音叉のように二又に別れているそれが、まさしくサニアが口にしたフォルンそのものであると、スーとゲンブは瞬時に理解した。


「その杖、フォルンっていう名前だったの?」

「うん! クロシュおねえちゃんが教えてくれた!」


 まだ【念話】を習得していないため意思疎通ができないとスーとゲンブは聞いていたが、たった今見せられた光景からは、とてもそうとは思えなかった。


「ねえフォルン、わたしも悪い人をやっつけたいから手伝ってくれる?」


 サニアがそう願えば、フォルンは魔力を迸らせることで仄かに発光する。


「いいの? ありがとー!」


 きゃっきゃと喜ぶサニアと共に、明滅するフォルン。

 誰の目に見ても、もはや以心伝心である。


「で、でも危ないし……」

「うーん……いっそ、そのほうがいいかも知れないな」


 なんとか諦めさせようと頭を捻っていたスーの耳に、後ろからそんな暢気な声が届いた。

 あまりに無責任に聞こえたスーは、ちょっとだけムッとする。


「ケント君?」

「いや、ちょっと待ってサニアっ! 目の届かないところにいられるより、みんな近くにいてくれたほうが護りやすいんだ。俺のスキルだったら危険はないし」


 慌てて弁解するゲンブだったが、そこに偽りはない。

 スーもまた、ケント君がそう言うならと心が傾きつつある。

 しかし、これから行われるのは訓練ではなく……本物の戦いだ。


 ここにいる子供たちは、少なからず暴力という恐怖を味わった過去を持つ。

 それはスーもまた同じであり、争いが怖くないわけではなかった。

 ただゲンブが一緒にいてくれるから、その恐怖に打ち勝つほどの勇気を手にしているだけのことだ。

 もしサニアたちを戦場へ連れ出し、過去の恐ろしい記憶を想起させ、恐慌状態に陥ってしまえば……最悪の場合、癒えかけていた心の傷が開いてしまう。

 だからこそスーは、まだ反対するつもりだった。

 この場で力を持っているのは自分たちだから、みんなを守らないといけない。

 そんな責任感もあって、みんなを戦わせたくなかった……だが。


「スーちゃん。わたしたちも、守れるよ?」

「……え?」


 意表を突く言葉だった。


「だって、そのためにクロシュおねえちゃんから、きらきらの魔法を教えてもらったんだもん。だから、わたしたちにも……この場所を守れるよ?」

「そうだよスーちゃん!」

「おう、オレたちだって!」

「魔法が使えるから戦えるよ!」

「みんなで、ここを守ろう!」

「やるぞー!」

「おー!」


 口々に、子供たちは戦意を露わにする。

 サニアの言葉は、ほんの切っ掛けに過ぎなかった。

 子供たちは誰もが同じ想いを抱いていたのだ。

 もう二度と、この暖かく優しい居場所を失いたくない……大切な物を奪われたくない、そんな悪い人は許せない、二度と、絶対に、そうはさせない!


 そんな幼いながらも熱い感情が、スーには感じ取れた。

 同じだったから。

 みんなとスーは、仲間だったから痛いほどに理解できてしまう。

 戦えるとか、戦えないとか、そんなのは関係ない。

 守りたいから、守るのだと。


「……うん、そうだよね。うん、そう、そうだったんだね!」


 気付けばスーは涙を浮かべていた。

 その理由がわからず、恥ずかしくて拭いながら誤魔化すように笑う。

 なんだか、よくわからないけど、スーは胸の中が熱くて、今すぐにでも飛び出したい気持ちに溢れていた。


「ケント君……本当に安全なんだよね?」

「ああ、もちろんだ」

「それじゃ、お願いしても、いいよね?」

「任せておけ、みんなまとめて面倒看てやる」

「……うん!」


 それで迷いは吹っ切れた。

 残るのは、どこまでも熱く、燃え滾るような心だけだ。


「行こう、みんな! みんなで村を守ろう!」

「おー!」

「こ、こらこら、勝手に行くなって!」


 勢いに任せて一斉に教室を飛び出そうとする子供たちを、ゲンブはどうにか引率しようと急いで後を追おうとする。

 そこに【念話】が届いた。


『ゲンブさん、ちょっといいですか?』

「ルーゲインか。どうした?」

『今から少し集中したいので、クロシュさんへ連絡をお願いします』


 スキル【念話】は、感覚的には電話と同じであり、会話に意識を取られれば目の前の作業が疎かになってしまう。

 それを知るゲンブは、ルーゲインが戦っている相手を想像する。


「……強いのか?」

『いえ、ちょっと本気で心を折り……なんでもありません』


 不穏な言葉に、なんでもないは無理があるだろうとゲンブは呆れながらも、思ったより余裕がありそうだったので深くは追求しないことにした。


「というか、まだクロシュに言ってなかったのか?」

『私のほうでも繰り返し試みていたのですが、繋がらないのです』


 とっくにルーゲインから連絡が行っているものだとゲンブは考えていたが、当のクロシュ側がアクシデントに見舞われているとなれば話は変わる。


「それは、大丈夫なのか?」

『クロシュさんなら心配はいらないでしょう。ただ、連絡が遅れても後が怖いですからね。頼みましたよ』

「そ、そうなのか。わかった」


 僅かにクロシュの安否が気になっていたゲンブだったが、むしろルーゲインの不安は別のところにあるようだと知って、一気に脱力する。

 ともあれ連絡が繋がるまで【念話】を送ることにしつつ、ぽつんと教室に取り残されていたゲンブは、大急ぎで子供たちを追いかけるのだった。

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