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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第3章「スーパー幼女大戦」
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ボコボコにしますね

 悪意ある者たちの来襲を察知し、しかしクロシュへの連絡が取れなかったルーゲインは、それを諦めるとすぐさま行動を開始した。

 最優先されるのは村の防衛、そして子供たちの安全だと理解しているからだ。

 もし被害が出てしまえば、かの聖女の怒りはいったいどれほど恐ろしい事態を招くのか、間違っても試そうなどと思いもしない。

 少なくともルーゲインは、自身の命はないだろうと予想している。

 ……それだけが理由というわけでもないが、ルーゲインの動きは非常に迅速なものだった。


 騎士たちへの連絡は済んでいるが、細かな指示までは出していない。

 なぜならルーゲインは、クロシュから村長という名の管理職を任されているものの、騎士たちを指揮できるほどの権限ではないからだ。

 具体的には村内の決まり事を定めることから、物資の管理、子供たちの健康状態から生活環境、教育状況までの管理を担っている。

 しかし、この村に駐留する騎士たちのまとめ役は、あくまで騎士団長であり、それを動かせるのはエルドハート家……引いてはクロシュのみであった。


 とはいえ、そこは柔軟に対応するのも彼らの仕事だろう。

 命令ではなく頼みという形だが、騎士たちはルーゲインの指示で動いていた。

 平時においては、それで十分だ。

 だが、やはり指揮系統はハッキリさせておかなければ、混乱が生じる。

 そこでルーゲインは、有事に際しては騎士団の独断専行を推奨していた。

 完全に指揮権を放棄するという意思表明だ。


 そもそもルーゲインは指揮官としての訓練など受けていないため、咄嗟の対応力を求められると弱い。

 そんな素人が指揮するよりも本職に丸投げし、自身もまた単独行動できるよう身軽になっておいたほうが、互いにとって有益だと考えたのだ。

 無論、しっかり情報共有をすることが前提となる。

 この提案に、騎士団長は大いに賛成していた。

 彼らからしても、統率を乱しかねないほど突出した実力を持つルーゲインを抱えるのは、あまりに荷が重かったのである。


 そんな経緯もあって、子供たちの避難所への誘導を騎士に頼むと、ルーゲイン自身は見張り用のヤグラのひとつへと向かう。

 より状況を詳しく把握するには、高所が一番と考えてのことだ。

 一直線に村内を駆け抜けると、訓練された者でも十秒はかかる梯子などは目もくれず、軽く跳躍するだけで頂点へと降り立った。


「どうですか?」

「まだ動きはないが、向こうもこちらが察知したのに気付いたようだ」


 そのヤグラには先客がいた。

 未だに口調が少し固いままの黄色い全身鎧……ゲンブだ。

 普通の人が彼を目撃していれば、重量的に床は抜けないのか、そもそもどうやって登ったのか等々、疑問に思っていただろう。

 種明かしをすれば、ただのスキル【重量操作】による恩恵なのだが、やはり見た目の印象のせいか、ルーゲインですら違和感を拭えない光景である。


「念のため他の方角も確認したが、現状は一か所に集中しているようだ」


 もっとも動き始めれば、散開して村を包囲するくらいは簡単に予測できるとゲンブは続けた。

 それを聞いたルーゲインもまた、遠い平地の先へと視線を向ける。次に暗雲に覆われた夜空を仰ぎ、表情を強張らせた。


「なるほど。少々、厄介ですね」

「え、なんでだ? そんなに多かったか?」


 思わず素の口調になってしまったゲンブに、ルーゲインは苦笑しつつ答える。


「いえ……空の具合が良くないので」

「ああ、そちらか」


 もう陽は落ちて、夜の時間となっていた。

 ルーゲインの属性は『金陽』という、言わば太陽に属するものであり、言いかえれば光属性だ。日中のほうが能力が高まるのは道理と言える。

 そこでゲンブは、ルーゲインは全力を出せない状態なのではと心配したが、当の本人は憂いを帯びた表情で続ける。


「ええ、雨に濡れるの嫌いなんですよ」

「…………」


 冗談かと思わず二度見するゲンブだが、至ってマジメな顔のルーゲイン。

 笑いを堪えてのものか、プルプルと震える鎧は自らの腹部をこんこんと叩く。

 どうしたのかとルーゲインが声をかけようとした……その時だった。

 緩んでいた空気が、一気に引き締まる。


「動いたな」

「……ひとつ頼んでいいでしょうか」

「どうした?」

「恐らく、向こうに僕の知人がいます。出向いて説得するので、その間、他の襲撃者をゲンブさんに任せられますか?」


 頼みというより提案するような口振りだったが、ひとつだけゲンブは確認する。


「もし説得できなければ?」

「その時は残念ですが……このガントレットが物を言うでしょう」


 諦めるとは口にしなかったが、クロシュから与えられた役目を放棄するつもりもないとゲンブは解釈した。


「それなら問題ない。守るのは得意だ」

「ありがとうございます。……僕もクロシュさんや貴方のように、すべてを守ろうとする防具になりたかったですね」


 後半の言葉は呟くほど小さな声で、ゲンブは反応しない。

 それは独り言のようにも思えたので聞き返したりはせず、両腕のガントレットから黄金色の魔力を放出して飛び立つルーゲインの姿を、ただ黙って見送った。

 そして……。


「行かせてよかったの?」

「ああ、あいつなら平気さ。それより俺たちも動くよ、スー」

「うん任せて!」


 後に残された鎧と、その内側に入り込んでいた少女も行動に移るのだった。






 夜空に輝く一本の軌跡を描きながら飛行するルーゲイン。

 とうとう雨が降り始めていたが、スキル【護光壁】によって周囲に展開される障壁が、水滴を弾いている。

 そこへ、雨粒を凝縮したような水塊が、矢の如き速度で飛来した。

 吸い込まれるようにルーゲインの頭部へ命中するも、【護光壁】の前では鉄壁に水鉄砲を放ったに等しく、まるでビクともしない。

 平然としながらもルーゲインは、空中で動きを止めた。


「この程度ではダメージもないか」

「やはり、貴方でしたか……リヴァイア」


 姿を見せたのは、ルーゲインが予想していた通りの男だ。

 なぜだか雨に濡れた姿が妙に似合うリヴァイアは、憎々しげにルーゲインを見下ろしている。

 その気配からも察していたが、あの村を襲うとすれば商家連合国の手の者である可能性が高く、そこにリヴァイアがいたとしても不思議には思わなかった。

 ただ、船での一戦では正体を隠し通していたこと、子供たちの救出にはクロシュの転移陣を使用していたことから、この村を探し当てたのには、なにか裏があると予想する。

 いったい商家連合国はどこまで掴んでいるのか、できるだけ情報を引き出しておくべく、ひとまずルーゲインは対話を試みた。


「お聞きしたいのですが……」

「問答無用ッ!」


 問うよりも前に、リヴァイアは攻撃を仕掛けていた。

 手の平に水流が集い、一本の槍となって敵を貫くそれは、水属性の中級魔法による『ブルーランス』である。

 しかし放たれた槍を前に、ルーゲインは動かない。動く必要がない。

 鋭利な槍の切っ先が、無防備に思えた胸を穿つ寸前【護光壁】が阻むからだ。

 人を殺傷するには十分な威力を持つはずの攻撃魔法だったが、ルーゲインにとっては児戯に等しい。


 ただ、リヴァイアの【水魔法・中級】はクロシュによって奪われたはずだと、ほんの僅かに逡巡する。

 恐らく【水魔法】を獲得し直したのは確実だが、そこからリヴァイアの実力をある程度だが測れるのだ。

 もしリヴァイアが上級まで獲得していると仮定すると……。


 いえ、それはないでしょうね。


 その可能性をルーゲインは即座に否定した。

 不意打ちの一撃は全力で放ち、少しでもダメージを与えるのが定石であり、魔力を無駄遣いするような牽制は悪手でしかない。

 つまり一度目の『アクアバレット』と、先ほどの『ブルーランス』はリヴァイアにとって主力となる攻撃手段であり、中級までのスキルしか獲得していない。

 スキル保有者を相手に戦い慣れたルーゲインは、冷静かつ的確にそう分析すると、やはり脅威にはならないと答えを出して再び口を開く。


「単刀直入に伺いましょう。目的はなんですか? なぜ攻撃するのです?」

「……その眼だ。まったく相手にしない、その眼で私を見るんじゃないっ!」


 ルーゲインの質問が耳に入っていない様子で激昂するリヴァイア。

 以前から、そんな過激とも言える態度が目に余り、庭園の管理者に加入させて欲しいという要望を断っていたのだ。

 もちろんルーゲインとしては、彼を見下しているつもりはない。事実は事実として突きつけるが、そこに侮蔑の色などなかった。


「……前にもお聞きしましたが、なにをそんなに怒っているんですか?」

「黙れッ! 貴様がいるから……私が上へ昇れないんだッ!」


 八つ当たりとも取れる言葉と共に、再び『ブルーランス』が放たれたが、当たり前のように障壁に阻まれて霧散した。

 効果がないことは実証済みだったというのに、その行動には逆上した子供めいた稚拙さが垣間見える。

 なにより、その言い分がルーゲインの胸に引っ掛かった。


 またですか……無闇に地位を求める、その強い出世欲さえなければ、実力的にも将来的にも勧誘するんですけどね。

 いえ、ひょっとして彼も……?


 かねてより、リヴァイアの危うい部分には気付いていた。

 だが、それがなんなのか……ルーゲインは答えを持たなかったのだ。

 つい最近までは。


「ひとつだけ……これだけは確認させてください」


 ばしゃばしゃと降りかかる水飛沫がうっとうしくなり、防ぐのではなく避けることにしたルーゲインは、曲芸染みた回避運動を取りながらもリヴァイアから視線を外さない。


「なぜ、そんなに上を目指すのですか?」

「私がなにをしようと勝手だろう!」

「もし答えていただけるなら、庭園の管理者に招いても構いませんよ」

「……な、なんだと?」


 ピタリと、それまで絶え間なく放たれていた水魔法が止まった。


「教えてください。なぜですか?」

「なぜ……?」


 ようやく届いた言葉を、リヴァイアは繰り返し呟く。


「私がなぜ上を目指すのか……? そんなのは当たり前だ、私は上に登り、もっと上を目指すんだ……そうだ、私は……なぜだ? 私は……?」


 まるで本人すら理解していないかのような自問自答に、ルーゲインは確信した。


「わかりました。やはり貴方も、ボクと同じだったようですね」

「同じだと?」

「そうです。なので、ひとまず抵抗できないぐらい……ボコボコにしますね」

「ぐぉフッ!?」


 突如としてルーゲインは、腕のガントレットから輝く光弾を発射した。

 完全なる不意打ちだ。その攻撃にリヴァイアは反応できず、腹部に直撃を受けたように見えたが、事前に守りの水魔法『レインコート』を肌に纏っていたおかげで辛うじてダメージを軽減する。

 だが衝撃までは流し切れなかった。

 リヴァイアは体をクの字に曲げて弾かれるように吹っ飛ぶと、殺虫剤に撃墜されたカトンボの如く、くるくる回転しながら落下していく。 


「な、き、貴様ぁッ! 図ったな!?」

「あははっ、ちょっと目を覚まさせてあげるだけですよ、っと」

「ぐぁ、この、お、おのれっ! おいっ、やめろぉっ!」

「これでも手加減してあげてるんですから、少しは我慢してください」


 追ってルーゲインも急降下し、追撃の光弾を浴びせ始める。

 両腕のガントレットから放射される細かい光弾は、さながらガトリングガンのようであり、雨よりも激しくリヴァイアの全身を打ちのめす。

 なんとか致命傷は防いではいるが、それが逆に苦しむ時間を引き延ばす結果になっていると気付かない。

 一方、すべてを理解するルーゲインだが、手を休めるつもりは一切ないし、一息に終わらせるつもりもない。


 鬼畜の所業であった。

 決して、以前からモンスタークレーマーのようでウザかったとか、さっきから一方的に水魔法をぶっかけられていた恨みではない。

 これもリヴァイアのため……などと、後にルーゲインは語るのだが、闇夜に響き渡った悲鳴から、同情の声は少なくなかったという。

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