私の邪魔は、絶対にさせん!
クロシュたちがフォルティナを訪ねている頃。
インテリジェンス・アイテムと、異世界から召喚された子供たちを匿っている通称『聖女の村』に、不穏な影が忍び寄っていた。
その正体は、自由商家連合国が差し向けた総勢五十名の特殊部隊だ。
奪われた商品を取り返し、国家に仇成す盗賊を征伐しようなどと厚顔無恥な振舞いだったが、これについて皇帝国は関知していない。
事情が事情のため、商家連合は皇帝国に公表していないからだ。
故に、商家連合は少数精鋭での強襲作戦に踏み切っていた。
もし表立って動けていれば、万全を期すために数百人単位の戦闘員を投入していただろうが、これだけでも充分な戦力と見なされている。
具体的な内訳はリヴァイアを筆頭として、商家連合が保有する兵士が三十名。そして異世界から召喚された者たちが二十名ほどとなる。
ただし実際に攻撃するのは、リヴァイアと異世界人たちだけの予定だ。
役割分担として残りの兵士たちは回収した商品を保護し、その運搬を担う……ということになっているが、実際には異世界人たちの監視役と言えるだろう。
とはいえ成功すれば大きな手柄になるため、地位の向上を目論むリヴァイアと異世界人たちは反対もせずに受け入れていた。
状況が彼らに有利だったのも、理由としては大きい。
まず目標の居場所は特定されているため、これを奇襲するのは容易である。
加えて、守るより攻めるほうが難しいと言うが、事前の調査では敵拠点に大した防衛設備など用意されておらず、駐留する敵勢力も多くないと判明していた。
これだけでも作戦の成功は約束されたようなものだろう。
だが最大の要因と言えば……ある人物の存在か。
「んで、この後オレは嵐を起こせばいいんだよな?」
「そうだ。タイミングはこちらで指示するから頼む」
「ま、そんくらいなら依頼に含めておいてやるよ。……お前らがなにすんのか知らねーし聞きもしねえ。けどよ、オレを巻き込むようなら手を引くぜ?」
「理解しているさ。すでに十分、働いて貰っていることだしな」
部隊から離れた場所で、そんな話をする二人の男。
ひとりはリヴァイア。その本性は人間ではなく、蒼い海のような水晶が嵌め込まれた頭冠のインテリジェンス・アイテムである。
そして、もうひとりの男の名はジン。
彼もまた人間ではなく、エメラルドに似た宝石の指輪のインテリジェンス・アイテムであり、【嵐帝】の二つ名を冠する『七人の管理者』のひとりだった。
今回ジンがこの場にいるのは商家連合に協力しているのではなく、あくまでリヴァイア個人に依頼されたからである。
商家連合のトップ『八の院』より作戦の総指揮を任されたリヴァイアは、汚名返上のため失敗するわけにはいかないと、同じ転生者であるジンを頼ったのだ。
その内容は、部隊を所定の場まで運搬し、道中を護衛をすることのみ。
風を自在に操れるジンにとって、五十人程度の長距離移動は難しくない。海を越えて皇帝国へ入り込み、村の近くへ潜伏するには打って付けと言えるだろう。
これを体感した部隊の士気が大きく向上したのも、リヴァイアの狙い通りだ。
一方で、依頼を受けたジンは異世界人の誘拐や、奴隷売買、そして匿っている村などの事情を一切知らされてない。
あくまで運び屋であり、ただ運ぶだけに終始する……そういう依頼だ。知られたくない事情は誰にもであるとして、ジンもまた細かく聞き出そうとはしなかった。
ただ、リヴァイアとジンは知人と呼べる間柄であり、関係も良好である。そのため基本的に人の良いジンは、ついでの仕事も引き受けていた。
嵐を起こすことが『ついで』で済む辺りが、ジンの力量を物語っているだろう。
「私の水を操る力と、嵐さえ引き起こすお前がいれば怖れるものなどない」
「そんなに厄介な奴がいるってのか?」
なんとなく戦闘が起きるのを察していたジンだが、相手のことは知らない。
そもそも自身は戦わなくても良いのだから知る必要もないと考えていたが、リヴァイアがそれほど警戒する相手、という事実に興味が湧いていた。
「ああ、得体の知れない者どもだったが……油断さえしなければ問題ない!」
言いながらリヴァイアが思い起こすのは、船内で遭遇した侵入者だ。
あの時に受けた屈辱を忘れず、そしてついに雪辱を果たす時が訪れた。そう思えばこれまでの苦労など、些細なものだったと気炎を揚げる。
その獰猛な笑みを見たジンは、心配無用かと興味を失わせた。
「さて……頃合か。そろそろ始めよう」
天を仰ぐリヴァイア。その視線の先には、暗雲に覆われた一面の空があった。
もうじき待望していた雨が、この一帯に降り注ぐ。
彼らは数日前から、リヴァイアが持つスキルが最大限の効果を発揮できる、この時を待っていたのだ。
そこへ【嵐帝】の力が加われば、天候は激しい風雨へと変貌し、陸においてもリヴァイアは大海の怪物……【水竜王】の異名を欲しいままにできるだろう。
彼の自信の裏には、そうした理由があったのだ。
「まずは部隊と合流して――」
「待て! なんだこいつは。強い気配を感じるぞ……」
「気配だと? まだ私のスキルにはないのだが、どういう意味だ?」
「あー、たぶんだが……こっちに気付いた奴がいるな」
そう言ってジンは村の方向を睨みつける。
距離が遠く離れているため目視すらできないが、その方向にたしかな強者の存在を感じ取っていた。
「つーか……おいおい、マジかよ! お前も知ってる奴じゃねえか!」
「なに? いったい誰だ?」
「ルーゲインだ。こりゃ間違いねーな。この風の感じには覚えがあるからよ」
驚いたのはジンだけではなく、リヴァイアも同様だ。
以前よりインテリジェンス・アイテムの権威である『庭園の管理者』に、自分を迎え入れるよう要求していたが、それはルーゲインにより退けられていた。
これは発足からメンバーの選抜までルーゲインが行っている上、リヴァイアが文句を言えるような立場でもないのだが、盲目的なまでに高い地位を望んでいた彼にとっては、もはや自らの出世道を塞ぐ障害としか映らなかった。
そんな相手の名を、ここへ来て出されれば……。
「まさか、あいつの仕業だったのか!?」
安直な結び付けだったが、今回に限って言えばほぼ的中してしまった。
そうなると一連の案件もすべて、ルーゲインが自分を陥れるための策だったとすら思い込んでしまう。
もはや戦いは避けられないだろう。
しかしリヴァイアは尻込みするどころか、むしろ奮起した。
ここで決着を付けて、インテリジェンス・アイテムとしての地位も確実なものにしようと覚悟を固めたのだ。
「ジン! 私と共に……なにをしている?」
「なにって言っただろ。オレは手を引くってな」
今まさに強敵との戦いが始まるという時に、そんなジンの発言にリヴァイアは自分の耳を疑った。
同じ『庭園の管理者』のひとりであるジンが協力してくれるなら、例え相手がルーゲインであろうと確実に勝てる見込みがあったのだ。
そんな切り札を失うとなっては、リヴァイアも冷静ではいられない。
「ど、どういうことだ!?」
「わりぃが、【幻狼】の姐さんからキツく言われてんだ。絶対に【魔導布】とは敵対すんなってよ」
「な、なに? なぜそこで【魔導布】が出てくる?」
「知らねえのか? ルーゲインの奴は、あの【魔導布】に負けて手下になったんだとよ。そんでルーゲインがいるってことは……」
「そこに【魔導布】もいるのか!」
これはリヴァイアも初耳だった。
伝説の【魔導布】となれば、インテリジェンス・アイテムに転生した者で知らぬ者はいないほど有名だ。
特に皇帝国では、皇帝から直々に【聖女】の称号を授かったとされ、もはや人間たちの間でも最上に近い地位を築いたと言っていい。
リヴァイアとて、算段もなく敵対などしたくない相手だ。
「待てよ……?」
聖女ならば帝都か、それに準ずる都市を拠点としているはずだ。
そんな疑問を抱いたリヴァイアは、つい最近まで帝都での聖女目撃情報が流れていたことを思い出した。
ならば、このタイミングで、こんな地方に現れるはずがないと冷静に分析する。
「本当にあの【魔導布】が近くにいるのか?」
「いや……感じるのはルーゲインだけだな」
最悪の展開には陥っていないとわかり、ほっとするリヴァイアだが、ジンの態度は依然として変わらない。
「だがまあ、ルーゲインに敵対すれば【魔導布】にも伝わるだろうからよ。オレはここで降りさせて貰うぜ」
あくまでジンが警戒しているのは【幻狼】からの言い付けである。
例え戦ったとしても負けない自信はあるが、後々になって【幻狼】の耳に入れば、そちらのほうが恐ろしい……そうジンは危惧しているのだ。
「私の依頼はどうなる? 放棄するつもりか!」
「わりぃな。代わりに依頼料はチャラだ。んで、もし勝てたら……そうだな、ルーゲインのいないところで呼んでくれ。そうすりゃタダで運んでやるよ!」
一方的な言葉だけ伝えて宙に浮かぶジン。それを止められる手段をリヴァイアは持たない。
ジンを雇ったとはいえ、ほとんど彼の好意であり、本来ならどれだけ金を積んでも門前払いされていたのだから。
それだけ【嵐帝】の力は破格であった。
最後に、こいつはサービスだと言い残してジンは風のように去って行く。
やがて水滴がぽつりぽつりと天から降り注ぎ、少しずつ勢いを増していた。それに伴って強い風が吹き始め、項垂れるリヴァイアを雨粒が容赦なく打つ。
「予定は狂ったが……元より私だけでルーゲインを倒すつもりだったさ」
勝利が確実ではなくなった。だが、それだけだ。
まだ勝ち筋は残されているとリヴァイアは気を取り直し、自分がすべきことを思い出した。
この強襲作戦、目的は商品を取り返すことが最優先であり、賊に関しては勢力を削いでおくだけでも十分である。
なぜなら、ここは敵地。加えて隠密行動中のため、徹底的な殲滅など初めから無謀とされている。
であれば、リヴァイアの勝利条件はルーゲインを倒すことではない。
最大の戦力であるルーゲインを足止めし、潜入した味方部隊が商品を持ち出しさえすれば、あとは嵐に紛れて逃亡するだけでいいのだ。
ジンが言い残した言葉を信用するなら、帰還する手段も問題ないだろう。
すでに陽は落ちかけていた。
気付かれている以上、動くなら今すぐだとリヴァイアは決意する。
「ああ、やってやろう……私の邪魔は、絶対にさせん!」




