一緒に来て貰えませんか?
「本当にいいんですね?」
「はい。私は最初から、こんな結果は求めていませんから」
屹然と答えるミリアちゃん。その目の前には依然として、フォルティナちゃんがテーブルを挟んで座っていた。
先ほどまでと変わらない位置関係だが、場を包む空気は激変している。
「…………」
フォルティナちゃんに反応はない。
俺とミリアちゃんが話していても、こちらの様子を気にする素振りすら見せずに、ただ一点を見つめ続けている。その表情は虚ろだった。
瞳からは生気が失われ、まるで人形のようだ。
いや……今のフォルティナちゃんは、まさしく人形なのだろう。
決闘に負けた瞬間から彼女は、急に糸が切れたあやつり人形のように脱力したかと思えば、それっきり身じろぎひとつしない。
唯一ミリアちゃんが話しかければ顔を向けて、指示をすると言う通りに動き、簡単な質問をすればスラスラと答える。
これが魔道具の『呪い』によって条件が履行された結果なのだろう。
逆に負けていれば、今頃はミリアちゃんが人形となっていた。
このままポーションや魔道具について質問すれば、偽らずに答えてくれるはずだけど、しかし……ミリアちゃんが望んだのはフォルティナちゃんの解放だった。
俺は、その意志に従うのみだ。
「では始めます」
人形状態から元に戻すには『呪い』の効果を弾けばいい。
俺を装備すれば話は早いが、意識を取り戻したフォルティナちゃんが嫌がるかもと考えたので、ひとつ別の手段を試してみる。
そもそも俺に『呪い』が効かないのは、スキルに【異常耐性】があるからだ。具体的には毒と麻痺、呪いと狂化への抵抗を持っている。
これはCランクとちょっと効果が低いが、遊戯盤の魔道具もCランクらしいので問題ないだろう。
そこへ別のスキルを組み合わせる。
【空間指定】
スキルの効果を指定した空間に広げる。
つまり【異常耐性】スキルを、フォルティナちゃんを包むように展開すれば俺を装備することなく『呪い』に抵抗できる……はず。
確証はないので、とりあえずやってみた。
失敗しても特にデメリットはないから安心だ。
【鑑定】も併用しつつ、フォルティナちゃんの様子を観察する……ん?
なにか妙なものが見えたが、すぐに消えてしまった。
「うっ……私は、どうなったんだ?」
どうやら成功したらしい。
フォルティナちゃんは深い眠りから目覚めたばかりのように気だるい顔をしていたが、やがてミリアちゃんを見つけると、すべてを悟ったようだった。
「そうか……私は負けたんだったな」
「気分はどうですか?」
「……ミリア、なぜ私を元に戻した?」
そう尋ねるフォルティナちゃんは、一瞬だけ視線を俺へ向けた。
あれだけのことをしておいて、まさか即座に解放されるとは思っていなかったのだろう。
ミリアちゃんの性格からすれば予想はできるにしても、しばらくは怒って許してくれないだろうからね。
そして、そんな俺とフォルティナちゃんの予想は正しい。
彼女は……ミリアちゃんは怒っていた。
「なぜ、ですか? 決まっているでしょう。私は始めからフォルティナに聞きたいことがあっただけです。絶対服従なんて意味のわからないフォルティナに用はありませんし、ましてクロシュさんまで巻き込もうとしたのは忘れていません」
「あ、ああ……すまない」
口調はいつも通りなのに、平坦な声が怒涛の勢いで溢れだした。
親友を自称しているだけあって、付き合いの長いフォルティナちゃんは察して大人しく頭を垂れる。
「フォルティナは、何について謝っているんですか?」
「それは無論……ミリアと聖女殿に迷惑をかけてしまったことをだ」
「もうひとつ、ありますよね?」
「……ポーションの件か? いや、騙して勝負に持ち込んだことか」
「違います」
「む、すまない……他に思い当たらないのだが」
「どうしてフォルティナ自身のことが入っていないんですか!」
ドンッと、テーブルが叩かれた。
いきなりの剣幕にフォルティナちゃんも慌てるが、その理由がわかっていない。
「わ、私か?」
「そうです! あんな魔道具を使って……もしクロシュさんがいなければ、今ごろフォルティナは本当に人形のままだったんですよ!」
つまるところ、ミリアちゃんが本当に怒っているのは、フォルティナちゃん自身にも危険があったからである。
その事実に思い至ったフォルティナちゃんは……ちょっと嬉しそうだった。
「なんで怒られているのに喜んでいるんですか!」
「す、すまない……」
しゅんとしながらも、やっぱり口元のにやけが抑えられないようだ。
とはいえ、これ以上はミリアちゃんの怒りが有頂天に達してダークパワーを獲得しそうなので、そろそろ間を取り持つとしよう。
「ミリア、ひとまずその辺にしておきましょう。フォルティナには聞きたいことがあるのでしょう?」
「そ、そうでした。すみません、つい興奮してしまいました」
「大切な友人のことですから心配して当たり前ですよ」
「……待ってくれ。もしや、まだ私から聞き出していなかったのか?」
どうやら人形状態だった間の記憶はないらしい。
あの魔道具、悪用されたら本気で危ない気がするぞ。
とりあえず回収しておいて、改良できたら一般販売したいな。
「先ほども言いましたが、私はフォルティナの口からちゃんと聞きたいんです。あんな状態のフォルティナは、フォルティナじゃありませんから」
「そう、か……」
「私が勝ったんですから教えてくれますよね?」
「わかっている。それが初めからミリアの条件だったのだから、この期に及んで恥を上塗りするマネはしないさ」
潔く認めたフォルティナちゃんの言葉には、どこか晴れ晴れとした気持ちが込められている気がした。
「では改めて聞きますが、あのポーションはどこで手に入れたのですか?」
「ついでに、この魔道具についてもお聞かせください」
「ああ、そうだな……」
ようやく本題に入ったフォルティナちゃんの話によると、あのポーションと魔道具は、どちらもお抱えの商人に提示され、その効果を知って購入したとか。
だから、あくまでフォルティナちゃん自身の意思で用意し、使用したものであると言い切った。
「これで聖女殿に奪われてしまったミリアの心を取り戻せる……などと、今思えば愚かなことをしたものだ」
自嘲気味に呟くフォルティナちゃんは、心から後悔しているようだ。
たしかに使用した目的は本人が言う通りで、親友であるミリアちゃんを独り占めしたいという、このくらいの子なら持っていておかしくない感情だろう。
だが、そこには恐らく別の何者かの思惑が絡んでいる。
「そのことで、ひとつ確認したいのですが……」
「なんだ聖女殿?」
「先ほどフォルティナを元に戻す際に、失礼ながら【鑑定】させて貰いました。確実に治ったのかを確かめたかったからですが、妙なものがありまして」
ひとつは状態異常『呪い』であり、これは魔道具による影響なのは間違いない。
そこに、もうひとつ『狂化』の表示が、ほんの一瞬だったが確認できた。
具体的な効果は、久しぶりに【知識の書庫】を起動すると……。
『狂化』
常識や正気、あるいは理性を欠いて暴走している状態。
その症状の重さや、暴走する方向性は個人差がある。
深刻化すると完全に狂って暴れ回るそうだが、軽いものであれば普段から抑えられていた感情が解き放たれ、おかしな言動を繰り返すようになるらしい。
つまりフォルティナちゃんがポーションや魔道具に手を出したのも、この状態異常が原因だったのだと推測できる。
最初から最後まで【察知】に反応がなかったし、明確な敵意が感じられないから妙だとは思っていたが、そういう裏があったようだ。
「ということはクロシュさん。フォルティナは知らない間に、誰かから操られていたことになるのでしょうか?」
「思い通りに操るほどの精度はないでしょうから、目的は別ですね。タイミングから考えると、その商人が怪しいのですが……恐らくフォルティナが購入、あるいは使用すること自体が目的だったのではないかと」
「そうか……だが言い訳するつもりはない。私がミリアと聖女殿に迷惑をかけたことに違いはないからな。相応の罰は覚悟している」
自分で自分が許せない様子のフォルティナちゃんだが、正直そっちに関して俺はなんとも思っていない。
あくまで悪いのは、その商人だからな。
ミリアちゃんも怒っているのは心配したからであって、そこに恨んだり憎むだとかは欠片もないはずだ。
となると、あとは本人の心次第だろうから、ゆっくり納得できる方法で消化できたら、またミリアちゃんの親友として接して欲しい。
できたら俺もまた、お茶会に参加させてくれたら嬉しいところだ。
「私からもひとつ聖女殿に聞いてもいいだろうか?」
「なんでしょう?」
「あのカードだ。今となっては負けて良かったと思えるが、はっきり言って反則だと思うあれは、いったいなんだったのだ?」
「あ、そういえばフォルティナは、まだクロシュさんが製作者だと知らなかったんでしたね」
「な、なんだと……?」
隠して貰っていたからね。
おかげでフォルティナちゃんの裏をかく形で逆転勝利できたけど、やっぱり理不尽な強さだった。
まあ現実の幼女神様は、もっとチートだから仕方ないね!
「そうだったのか……ところで私のカードも作って貰えるだろうか? ああ、できればミリアとお揃いになるようなデザインがいい」
思ったより落ち込んでないなフォルティナちゃん。
でも皇女様のカードを作れるなら、こちらとしてもありがたい。
公式で許可を取れたようなものだし売上アップも見込めるぞ。
「それはまた次の機会にでも相談に乗りましょう。ひとまずフォルティナにはポーションと魔道具を持ちかけた、商人とやらを調べて貰いたいのですが」
「承知している。私の不徳が発端だとしても、あの商人を野放しにはしない」
「そうですね。クロシュさんとフォルティナが危ない目に遭ったわけですから、きちんと取り締まってください」
「任せてくれミリア! 必ずや捕え、二度と悪事を働けぬようにしてやる!」
ミリアちゃんが言うと意気込みがまるで違ったが、これは俺でもそうなるな。
もう暴走する様子もなさそうだし、本当に任せても大丈夫そうだ。
その商人が何者なのかは知らないが、もし黒幕がいるとしたらきっちり背後関係を洗って、そいつらにこそ報いを受けて貰おう。
「それにしてもクロシュさん……フォルティナが私にポーションを使ったのは、私の心を取り戻すためと言っていましたが、どういう意味でしょうか?」
「……本気ですかミリア?」
ひそひそと耳打ちするミリアちゃんに、俺は思わず【鑑定】してしまった。とりあえず『鈍感』や『朴念仁』の状態異常は見当たらない。
いや、ミリアちゃんからすれば、今も昔もフォルティナちゃんを無下にしているつもりもないから、心が離れたと言われても理解できないのか。
だけど、実はフォルティナちゃんにはSランクのスキル【心理眼】があったのを【鑑定】した時に確認している。
このスキルは対象にした者同士の心の距離、つまり誰が誰をどう思っているのかが客観的に判断できるというものらしい。
その結果を知って嫉妬したんだと思うけど、だとするとミリアちゃんは、フォルティナちゃんよりも俺のほうが……。
嬉しいけど複雑な気持ちだ。
「いずれミリアにもわかると思いますよ」
「はぁ、そうなんですか?」
よくわかっていないようだったけど、俺からミリアちゃんに上手く説明できる自信がないし、別に説明しなくてもいい気がする。
もう和解しているも同然だし、知ったところでどうなるものでもないだろう。
「な、なあミリア。こんなことになってしまったから、やはり例の旅行は中止にしたほうがいいだろうか……」
「え、中止にしちゃうんですか?」
旅行ってなんだろう?
気になって聞くと、とある遺跡に旅行する計画を立てていたらしい。
そこにミリアちゃんが、俺も参加できないかと提案してくれていたようだ。
……これが、フォルティナちゃんが暴走したきっかけだったんじゃ?
「えー、私としてはせっかくの旅行ですので中止はもったいないと思いますよ」
「私もです。フォルティナ、三人で行けるのを楽しみにしていたんですから、そんなこと言わないでください」
「ミリア……わかった。聖女殿も、改めてお誘いしてもいいだろうか? お詫びも込めて精一杯、楽しめるように持て成しさせて貰いたい」
「もちろんです。期待していますよ」
まだ以前のような覇気は感じられないけど、ようやく少しだけいつものフォルティナちゃんに戻ったような気がした。
このまま俺も、彼女から親友と呼ばれるまでの仲になれたら嬉しいね。
『――クロシュさん、聞こえるか?』
唐突に、この場にいない誰かの声が脳内に響いた。
この声は……ゲンブか?
あいつは村にいるはずなので、恐らく【念話】系の上位スキルだろう。
〈どうかしましたか?〉
『ああ良かった。やっと繋がった』
〈やっと?〉
『さっきから何度も試していたのに、まったく繋がらなかったんだ』
そういえば、さっきまで魔道具の結界が張られていたな。
恐らく、その影響で通信が弾かれていたのだろう。
〈なにか緊急の用件でしょうか?〉
『実は村が謎の集団に襲われて……ちょっと手が付けられない状況に』
〈ど、どういうことですか!?〉
『あー、とりあえず見て貰いたいから、こっちに来てくれないか?』
それだけ言い残してゲンブは通話を切ってしまった。
い、いったいなにが起きているんだ?
あの村が襲われて、手が付けられないって……ルーゲインはなにをしている!
「クロシュさん、なにかありましたか?」
「あ、ええミリア……それが」
俺は逡巡する。
すぐにでも転移したいが、ミリアちゃんをどうするのかと。
答えは……考えるまでもなかったか。
俺はミリアちゃんへ手を差し出した。
「ミリア、緊急事態が起きたようです。一緒に来て貰えませんか?」
戦闘になるとしたら危険だろう。
以前の俺だったら、ひとりで村へ急行していた。ミリアちゃんに装備されていれば、たいていの状況もなんとかできるとわかっていても……。
しかし、反省した今は違う。
ミリアちゃんは俺を信じて決闘に勝ったのだから、次は俺の番だ。
このまま置いて行ったりせず、パートナーとして信頼し、頼らせて貰おう。
「詳しくはあとで話します」
「わ、わかりました! 連れて行ってください!」
嬉しそうに近寄って俺の手をぎゅっと握るミリアちゃんに、その選択が正しかったと確信を得られた。
俺も優しく握り返して、転移の魔法陣を床に広げる。
「状況がわからないが、もう行くのか」
「ええ、急ぎですので失礼します」
「フォルティナ、また後で落ち着いたら連絡しますね」
「ああ……」
その時、フォルティナちゃんの片目が翠色から金色に変化していた。
ああ、これが【心理眼】のスキルなのか。
彼女の瞳に、どんな結果が見えたのか俺にはわからない。
ただ以前のような不機嫌さは感じられず、落ち着いた様子で観察している。
「ふっ、むしろ私は後押ししただけだったか」
魔法陣に魔力を流して景色が切り替わる寸前、そんな言葉が耳に届いた。
支援イラストを「活動報告」にて公開しています!
幼女神様が拝めるので参拝者のみなさんは「活動報告」へお越しください。




