私はクロシュさんを信じます!
俺の助言に従い、なんとか攻撃を防いで耐えていたミリアちゃんだったが、やはりカードゲームの勝敗は、引いたカードで決まる。
どんなテクニックがあろうとも、これだけは幸運に頼るしかない。
故にフォルティナちゃんが場に出した『ミリア』のカード三体という、ちょっと財布に優しくない戦法でも、打開できるカードを引けないミリアちゃんに対しては残酷なまでに効果があった。
成す術もなく、ただ防衛のためにユニットを出しては蹂躙されていく。
そして、とうとう戦線が崩壊し始めた。
「ここらでミリアに、ひとつ提案がある」
唐突にフォルティナちゃんは、そう切り出した。
「なんですか?」
「これで、もはや勝敗は決したと見える。ならば降参しないか?」
たった今、ミリアちゃん側のユニットが全滅してしまい、『城壁』が二回目の攻撃を受けてしまった。
状況としては、お互いに二回攻撃を受けているため同点だったが、その戦力差は絶望的と言える。
このままだと次のフォルティナちゃんのターンで、間違いなく『城壁』は破られてしまい、ミリアちゃんの敗北が決まるだろう。
そんなタイミングでの降伏勧告だったので、ミリアちゃんは訝しんだ。
「降参しても、なにも変わらないですよね?」
「ああ、ミリアの負けに変わりはない。だが、この場には聖女殿がいるだろう」
ハッと俺へ振り返るミリアちゃん。
なるほど。たしかに俺がどうなるかは条件に含まれていなかった。
「私が勝ったあと、その気になればミリアを操り、聖女殿を放逐することも可能だろう。二度と皇帝国へ近寄れないようにすることもな」
「そんな……」
「だが、ここでミリアが負けを認めるなら聖女殿に手出しはしない。どうだ?」
まさか俺に危害が及ぶとは考えていなかったようで、ミリアちゃんはもしもの事態を想像して悩んでいるようだった。
自分の身については、まるで気にしていない様子なのが俺の胸を打つ。
だったら俺も、少しだけ背中を押してあげよう。
「ミリア……私の言葉を思い出してください」
「クロシュさん?」
「勝てば問題ありません。そして、信じてください。そうすればミリアは絶対に勝てます」
それだけで、俺はこれ以上なにかを言うつもりはない。
もし降参して負けを認めても、まあどうにかする手段はある。
でも、もし俺を信じてくれるなら……。
「…………」
「どうするミリア? 聖女殿は、こう言っているが――」
「いえ、考えるまでもありませんでした。答えは決まっていますから」
先ほどまでと一転して、ミリアちゃんは晴れやかな顔をしていた。
「大丈夫ですクロシュさん。ちょっとだけ不安になってしまっただけです。だから最後まで私に任せてください」
もはや敗北した先を心配する心は欠片もないようだ。
むしろ勝利を信じて疑っていない、というべきか。
その完全無敵な信頼が、ミリアちゃんに柔らかい笑みを浮かばせていた。
「わかっていますミリア。これはミリアの決闘ですから」
たぶんミリアちゃんは、俺が介入すれば今すぐにでも決闘を強制終了できると察しているのだろう。
ここまで俺が落ち着いて、ただ助言するに留まっているから、それくらいミリアちゃんなら予想できてしまうからね。
だからこそ、最後まで続けさせて欲しいと頼んだのだ。
勝たなければ大切な友達が暴走してしまった理由、その元凶を突き止められないのだから。
……たぶん発端は俺だと思うけど、あのポーションと、この遊戯盤の魔道具に関しては俺も同意見だった。
こんな邪悪な物さえなければフォルティナちゃんだって、ここまで大それた行動を起こすことはなかっただろう。
道具が悪いと言うつもりはない。
……だが、これを彼女に渡した人物がいるとすれば話は変わる。
厄介な展開を招いたとして、俺の八つ当たりくらいは受けて貰おう。
「信じて勝てるものなら、やってみせるがいい。さあミリアの手番だ!」
「もちろんです……私はクロシュさんを信じます! これが最後のカード!」
恐らく、次のミリアちゃんのターンは回って来ない。
ここで起死回生のカードを引けない限り、フォルティナちゃんのターンとなった瞬間に敗北が決まるからだ。
しかしミリアちゃんの手に迷いはない。
デッキから勢いよくカードを引くと、その一枚を目にした。
ついに……それが光臨する。
「え、あの、これって本当だとしたら……」
「どうしたミリア?」
ただならぬ様子のミリアちゃんに、フォルティナちゃんも素に戻って心配そうに尋ねている。
一方で俺は後ろから、そのカードがミリアちゃんの手札に加わったのを確認したので、ほっと一安心していた。
「ミリアの勝ちですね。おめでとうございます」
「……なに?」
なにを馬鹿なとフォルティナちゃんが睨みつけるも、俺は事実を口にしただけなので、ひとまずミリアちゃんに最後の作業をお願いする。
「ミリア、そのカードを場に出してください」
「あ、えっと……はい」
ミリアちゃんは申し訳なさそうにして、言われた通りする。
そして引いたばかりのカードが場に出ると――。
この瞬間、本当の意味でミリアちゃんの勝利が確定した。
同時に目を見開いて驚くフォルティナちゃんの顔が、とても印象的だった。
「なっ!?」
決着が付いているため、ここから先は遊戯盤の魔道具による演出だ。
本来ならあり得ないはずの現象。なぜミリアちゃんが勝ったのか。
その答えが幻影として浮かび上がる。
顕現したのは幼い少女だった。
ミリアちゃんよりも小さな体躯に、同じ艶やかな黒髪を左右を結んでツーサイドアップにしている。瞳は神々しい黄金色の煌めきを放ち、ゆったりとした白いワンピースを身に纏う姿はひとつの言葉を想起させた。
無邪気な少女。
そう形容するのが相応しいと思えるが、正体を知っていれば、その『幼女』を言い表すには言葉が足りない。
少なくとも、このカードが冠する名には負けるだろう。
『神』属性のユニットカード、『無垢なる幼女神』。
最上位レアかつ、たった一枚しかない『プリズム』ランクのカードである。
表向きの最高レアはオリハルコンランクであり、フォルティナちゃんが場に三体も出している『ミリア』が該当する。
しかし、このカード『幼女神様』は、それすら超越していた。
正真正銘の最高レアであり、俺だけが所有する大人げないチートカードだ。
どれくらいチートかと言えば、効果を知れば納得するだろう。
まず『幼女神様』のスキルは場に出した瞬間に発動される。そしてプリズムランクは、これを妨害する『魔法』『魔道具』の対象にならず、属性『神』は他のユニットからのスキル効果を無効化する。
そうして、なにがなんでも発動されるスキルの効果は『決闘に勝つ』だけ。
言葉通りにして文字通り、このカードが顕現したら問答無用で勝利する。
『城壁』だとか、場に出ているユニットなんて関係ない。
ミリアちゃんが引いた時点で場に出す行為を相手は止められず、出てしまったが最後、この無邪気な『幼女神様』は確実に、そして無慈悲に勝利をもたらす。
……言い訳をさせて貰えるなら。
こんな機会がなければ使うつもりはなかったよ。
あと、神の存在は認識されていなければ顕現を防げる。
つまりデッキから引く前なら対処できるので、デッキ破壊系の戦法なら相性は良いかもしれない。そんなカード実装されてないけどね。
完全に禁止カード一直線な代物だった。
「馬鹿な……あり得ないだろう!? そんなカードがあっていいはずがない!」
「もちろん販売はされていませんよ。このカードは今後も、私だけが所有することになるでしょう」
「いったい、どういう意味だ……?」
いきなり繰り広げられる理不尽な逆転劇に、それまで余裕な態度を崩さなかったフォルティナちゃんも、さすがに混乱しているようだった。
俺がそっち側の立場だったら、きっと同じようなことを言っていたと思う。
だから次の言葉も予想できた。
「まさか不正カード!? そのカードは贋作なのか!?」
「いいえ、これは正真正銘、本物です。ただ一般に流通していないだけですが、そういうカードの使用は禁止されていませんよね?」
「ぐっ……」
言葉に詰まるフォルティナちゃん。
もしイカサマだったら、なんらかのペナルティが魔道具から課せられそうだったけど、他のカードを同じようにペンコが描き、グラスの店で製造された正規品だ。
胸を張って贋作ではないと宣言できる。
それよりも……。
「演出も、まだ続くようですからね」
魔道具がイカサマを自動判定するのかは知らないが、少なくとも『幼女神様』が停止する様子はない。
驚愕に顔を歪ませるフォルティナちゃんと、未だに勝利を信じられないミリアちゃんの目の前で、悠然と歩き出す『幼女神様』の幻像。
向かう先は当然、相対するフォルティナちゃんだ。
途中で三体の『ミリア』とすれ違うも、その接近に反応しない。なにもなかったかのように歩き続ける光景は、まるで姿が認識されていないかのようだ。
そうして敵陣の最奥部まで到達すると、にっこりと『幼女神様』は笑った。
この一撃でフォルティナちゃんの『城壁』は脆くも崩れ去り、ここに決闘は終結したのである。
「私はカードを信じます!」
と言わせるつもりでしたが
クロシュが信じられていないみたいだったので
「私はクロシュさんを信じます!」に変更になりました。
■追記■
頂いた支援イラストを「活動報告」にて公開しています!
幼女神様が拝めるので参拝者のみなさんは「活動報告」へお越しください。




