ミリアちゃんガチ勢
カードゲームのルールに関しては把握する必要はありません。
なんとなく雰囲気で感じ取って頂けると幸いです。
カードによる決闘を開始すると、まずフォルティナちゃんは先攻を譲った。
通常ならサイコロやジャンケンなどで決めるけど、なにか思惑があるようだ。
ただ、どちらが先でも有利不利が決まるルールじゃないので、ミリアちゃんの判断を求める視線に俺は頷いて返す。
「わかりました。では私からカードを出しますね」
ちなみにミリアちゃんは、何度かアミスちゃんやソフィーちゃんを相手にプレイしてルールを把握しているそうだけど、あくまで素人だ。
先の展開を見据えての戦術がない。そもそも俺のデッキに組まれているカードを知らないのだから当然だった。
反面、このカードでの決闘を提案したフォルティナちゃんは、なにかしら策を練っていると考えるべきだ。
普通に考えたら圧倒的に不利な戦いと言える。
しかし……ミリアちゃんの手付きには、もう不安が感じられない。
俺の勝てるという言葉を信じ、この決闘に臨んでくれているようだ。
あくまで戦うのはミリアちゃんだが、ここで期待に応えられないようではパートナー失格である。
精一杯、最大限サポートさせて貰おう!
〈ミリア、まずは相手の出方を窺いましょう〉
「そうですね……」
【念話】で助言すると、ミリアちゃんは逡巡するように手を動かす。
現在の手持ちはユニットカードが三枚と、魔法カード一枚、そして魔道具カードが一枚と、なかなかバランスが良い。
「では、このカードで」
その中からミリアちゃんは、守りに適したユニットカードを選ぶ。
『人間』属性の『鉄壁の衛兵』だ。
このカードはレアリティこそ下から二番目のシルバーランクと低いが、レベルが上がると低ランクとは思えない堅牢さを見せてくれるので、今後の展開を考えると序盤に引けていたのは幸運である。
俺も賛成だったので口を挟まず、『鉄壁の衛兵』が『戦場』へ送り出される。
すると、カードに描かれたイラストから陽炎のような幻が浮かび上がった。
何事かと目を瞬かせていると、そこに小さな人間が現れる。
しかもカードのイラスト……『鉄壁の衛兵』にそっくりな鎧を纏っていた。
「わっ、く、クロシュさん? これはなんですか?」
「まさか、この魔道具の観客を盛り上げるというのは……」
「その通りだとも聖女殿。別になくても構わない機能だが、これはこういう物らしい。ゲーム自体に影響はないから、あまり気にしないでくれ」
そ、ソリッドビジョ……いやなんでもない。
ひょっとして、これを見せるために先行を譲ってくれたのだろうか。
相手のカードよりも、自分の手持ちが立体化したほうが理解しやすい、なんて意図があったのかは不明だ。
「凄いですね。まるで生きているみたいです……」
「さて、ではこちらの手番だな」
ミリアちゃんの動揺が収まったのを見計らっていたのか、フォルティナちゃんはそう告げるとカードを一枚引き、手札のカードを一枚場に出した。
やはり同じように陽炎が浮かび上がると、そこに茶色い小動物みたいな外見をした鋭い爪と牙を持つ、魔獣の幻影が出現する。
シルバーより上位の、ゴールドランク『飛翔獣』だ。
早速、『人間』では相性の悪いユニット『魔物』属性を出してきたか。
このまま攻撃されれば『鉄壁の衛兵』は撃破されてしまう。
「なんだか見た目はかわいいですね」
「ミリア、悪いが一枚目から全力だ。様子見などと温い策は悪手になるぞ?」
もふっとした姿に癒されていたミリアちゃんだが、それは敵である。目を覚ましてくれミリアちゃん!
「『飛翔獣』よ、攻撃せよ!」
「っ! 『魔法』カードを使います! 『反撃のアースシールド』!」
モモンガに似た魔獣が宙に浮かぶと、殺意を秘めた勢いで衛兵へ突撃する。
鋭い爪が衛兵を切り裂く……と思われた時、大地から土の盾がせり上がった。
……いや、剣だ。
それは身を守る盾であると同時に、襲いかかる敵を討つ剣でもあったのだ。
モモンガ魔獣は自ら土の刃へと身を投げた格好となり、気付けば全身を真っ二つに切り裂かれて絶命していた。
撃破されたユニットは、その場で弾けて幻影の欠片が舞い散る。
「やった! やりましたクロシュさん!」
「ええ、的確な判断でしたよ。その調子です」
さらに、この魔法による反撃で相手ユニットを倒すと、攻撃対象にされたユニットが倒した判定となりレベルアップする。
これで衛兵はレベルが上がり、スキル『鉄壁の布陣』が使用可能となった。
一度だけ自身や味方を対象とした攻撃を無効化できる効果があり、まさに守りに特化したユニットらしい能力だ。
その一方で、フォルティナちゃんは場のユニットを失ったまま手番が終了してしまい、ミリアちゃんは一気に有利な状況へ持ち込めていた。
「ほう……どうやら一杯食わされたようだ。悪手だったのはこちらか」
フォルティナちゃんは、決して油断していたワケではないだろう。
ただミリアちゃんに対しては、どこか甘く見ていたようだ。
あるいは……絶対的な自信から来る、余裕かも知れない。
ともあれ、このまま持ち堪えればミリアちゃんの勝ちは揺るがないだろう。
決闘は進み、ミリアちゃんは順調にフォルティナちゃんを追い詰めていた。
このゲームの勝利条件は、相手の『城壁』へダメージを三回与えて破壊することである。プレイヤーは障壁を失って敗北……というイメージだ。
すでにフォルティナちゃんの『城壁』は、二回の攻撃を受けている。
対するミリアちゃんは、まだ一度も痛手を負っておらず、もはや勝敗は決したように思えるほどだった。
これまでフォルティナちゃんが手を抜いていた様子はない。
隙あらば攻めようとしていた。だが、どれもミリアちゃんの反撃や、ユニットを犠牲にしてまで伏せていた『魔法』と『魔道具』のカードによって、逆にダメージを受けている始末。
次々にユニットを失い、その度にフォルティナちゃんも『魔法』と『魔道具』のカードで手札を補充して戦況を支えてはいるが、傍目に見ればフォルティナちゃんが素人のようだ。
余裕そうな態度は演技だったのか?
だとしたら……未だに不敵な笑みを浮かべていられるのはなぜだろう。
今また、フォルティナちゃんのユニットが一体消滅した。
「あの……フォルティナ、もうやめて、どうにか魔道具を止めませんか?」
「言ったはずだミリア。それは出来ない。第一、私に勝たなければお前の聞きたかったポーションは永遠に闇の中だぞ?」
「……あれはフォルティナが二度と使わないと約束してくれるなら、もう知りたいとは思いませんよ」
「ならば、やはり私に勝つしかない。勝って命令すればいいだけだ」
フォルティナちゃんは余裕の態度を崩さない。
もしや初めから勝つ気がないのかとも考えたが、そんな感じはしない。
あくまでも、この勝負を制するのだという気迫が立ち昇っている。
だとすれば目的は……この状況を引っ繰り返すほどの戦術か?
とはいえ、まだまだカード自体の種類が少ない。そこまでテクニカルな手段は取れないはずだ。
「そうですか……残念です」
「では、私の手番だ」
もうデッキに残ったカードは、双方ともに半分ほどとなった。
完全に尽きてしまえば、あとは手札だけで戦うことになるため、それを見越して戦力を温存しているのだろうか。
そんな予想をしていると……。
カードを一枚引いたフォルティナちゃんが、なぜか残念そうに笑っていた。
ミリアちゃんも、なにかを感じ取ったのか警戒心を露にする。
「ああ、どうやらそろそろ終わりが近いようだ」
「どういう意味ですか?」
「言葉通りだミリア。私の勝ちで幕引きとなるから、寂しくなったんだ。こんなに楽しい時間が、もうすぐ楽しめなくなるなんて……とな」
そう聞いても、まだ意味が理解できない。
決定的となるカードを引いた、という解釈はできるが、この状況から逆転するようなカードなんて……待てよ?
たしかに一枚だけでは難しいが、よくよく考えてみる。
今しがた引いた一枚を含め、フォルティナちゃんの手持ちは五枚だ。
そして彼女がカードを買い占めた経緯から推察すると……まさか!?
ひとつの可能性に思い至ったと同時に、それが真実であると証明される。
「では始めるとしよう。私は、このカード……『ミリア』を場に出す!」
「わ、私ですか?」
高らかに宣言したフォルティナちゃんが、見せつけるようにして出したのは間違いなく『魔導布の主、ミーヤリア』のカードだった。
そして例によって幻影が出現する。
純白のローブを纏った黒髪の美少女の姿は、まさにミリアちゃんそのものだ。
両手で携える螺旋刻印杖まで再現されており、ふわりとスカートを膨らませて地面に降り立ち、にこりと微笑む。
手乗りサイズのせいか、心なしか戦闘力が倍増している。
このままフィギュアにしてもよさそうだ。誰かに頼んで作って貰おうか。
「おっと、まだ終わりじゃないぞ。続けて『魔道具』カード『魔力増幅結晶』を発動! これにより、この手番だけ私はユニットを無制限に出せる!」
「まさか!?」
「もちろん出すのは……『ミリア』と、さらにもう一枚の『ミリア』だ!」
ミリアちゃんが唖然としている間にも場に出されるカードたち。
初めから、この展開が目的だったようだ。
手持ちに強力な手札を集めてから、一気に出して圧倒する。それこそがフォルティナちゃんの作戦だ。
「見るがいい! これが私の『ミリア』たちだ!」
そして予想していた通り、フォルティナちゃんはミリアちゃんのカードを三枚も集めていた。最高レアなのに。
次々に幻影が浮かび上がり、やがて同じ姿をした三人の天使、ミリアちゃんたちが場に出揃う。敵であっても思わず口元が緩む光景だ。天国かな?
それを驚いた様子で眺めていたミリアちゃんは、フォルティナちゃんへ心配そうな顔を向ける。
「あ、あの、フォルティナ……どうやってこれだけの数を?」
「無論。買った」
「でも、他の誰かが手に入れてしまったり……」
「ああだから、それも買った。厳密には初日で一枚だけ手に入れたのだが、次の販売分では他の購入者の手に渡ってしまったのでな。言い値で買い上げた」
「い、いくら使ったのですか?」
「……一カ月先のお小遣いで済んだから大丈夫だ」
買い占めただけではなく、わざわざ入手した人を探して、交渉して、それを二枚ともなれば、さすがに皇女様のお小遣いでも足りなかったらしい。
「もっと貯金していればと後悔したのは初めてだったな」
「だから無駄遣いは控えるように言ったんです」
「う、むぅ……」
窘められて唸るフォルティナちゃんだったが、すぐに調子を取り戻す。
「だが、その甲斐があったというものだ。なんと壮観な……この魔道具を普及できないだろうか?」
それは俺も同感なので、あとで一枚噛ませてください。
「ともかく……さてミリア。どうする? この布陣を突破できるか?」
「むむむ」
「落ち着いてくださいミリア。先ほどの『魔道具』で、すぐには攻撃されませんから、今のうちに場を整えましょう」
フォルティナちゃんが使った『魔力増幅結晶』は、使用ターンだけ無制限にユニットを場に出せるが、そのターンは攻撃ができず、またユニットを出すのに消費する『魔石』をすべて失う。
それにより同じく『魔石』を消費する『魔道具』カードも、一時的に使用できなくなるといった欠点がある。
つまり、次の手番までに撃破できれば怖くないのだが……。
あのカード『魔導布の主、ミーヤリア』は最高レアだけあって、凄まじい能力を持っている。
最悪なパターンは『インテリジェンス・アイテム』属性のユニット『魔導布クロシュ』まで出されて、どれか一体でも『ミリア』に装備されることだが、幸いにもフォルティナちゃんの手持ちにはなかったようだ。
とはいえ苦しい状況に違いはない。
こちらも『あのカード』さえ引けたらいいのだが、なかなか運が回らない。
「……私の番ですね」
ミリアちゃんがカードを引くが、やはり出なかった。
仕方ないので手持ちで凌ぐしかないだろう。
もっとも、それも時間の問題だが……。
それからは予想通り。ミリアちゃんが防戦一方の展開となってしまった。
最高レアのオリハルコンランクである『ミリア』は『英雄ユニット』とされる。
これは本来ならレベルアップして使用可能になるスキルを、初めから使用できるカードであり、ぶっちゃけて言えば壊れカードだ。
バランスブレイカー、という意味である。
だからこそ販売された分だけでも数えるほどしか出回っていないし、例え出されても上手く対処すれば撃破は可能だろう。
しかし……三枚も所有して、同時に出すなどという戦法は想定していないし、運やコストも絡むから、普通はなかなか思い通りに運ばない。
恐らくフォルティナちゃんのデッキは、これだけのために組まれているのだ。
言うならば、それは『完全ミリアちゃん仕様デッキ』だろう。
ミリアちゃんが三体だからって、別になにかが来たり、融合してアルティメットミリアちゃんに進化するワケでもない。
たぶん勝つだけなら、もっと効率のいい組み方があるだろう……愛がなければ絶対に運用不可能な仕様である。
だが、それが実現したとなれば実に厄介だ。
『魔導布の主、ミーヤリア』のスキルは、守りと支援に特化している。
それは味方ユニットが攻撃されると身代りになり、さらに一度だけ自身へのダメージを無効化するという能力である。
場に出ている『ミリア』は三体。
これだけで合計三回の攻撃を防げるが、恐ろしいのはレベルアップ後だ。
ダメージ無効化は一度だけの効果だったが、レベルが上がると回数を復活させて再使用可能とさせる。
つまり攻撃しても防がれるのに、逆に壁となるユニットが倒されると敵の守りが硬くなる……そんなユニットが三体なのだから絶望的だ。
ちょっと盛り過ぎたか。
一応、弱点としては『魔法』か『魔道具』カードの効果は無効化できずに撃破されるのだが、もし使い切ってしまえば成す術がない。
そして、それは今のミリアちゃんの状況を如実に表している。
ひょっとしたら、これまでのゲーム展開はすべて、そんな弱点を使い切らせるための布石だったのかも知れない。
初めからフォルティナちゃんの術中だったというワケだ。
まだ発売したばかりだというのに……ガチ勢の恐ろしさを、この異世界で思い知ることになるとは。
しかし同じガチ勢として、このまま負けてなるものか!
なお、この場合のガチ勢とはカードじゃなくて『ミリアちゃんガチ勢』である。
『ミリアちゃんガチ勢』である。
とても大事なことだ。




