力が欲しいかー?
「クロシュさん。さっきのはなんだったんですか?」
俺の行動が理解できないからか、なにか言いたげにしていたミラちゃんだったのだが、店から出た頃にようやく切り出してきた。
剥奪は窃盗に近い行為のためミラちゃんには隠しておき、店に行きたいという理由すらも曖昧にしていたんだが、さてどう答えるべきか。
……いや、あの槍に関しては正直に言っていいのかな?
(あれは魔人が封印されている危険な物でしたので、私が魔力を奪っておきました。おかげで私も少し成長できましたよ)
嘘は、言っていない。
「そ、そうだったんですか? ではお店に置いたままだと危険なんじゃ……どこかに保管しなくてもいいんですか?」
(いえ、調べたところ封印を解くには特殊な方法が必要なようです。あのままでも問題はないでしょう)
むしろ下手に保管なんてした方が目立ってしまうだろうな。
だったら誰の目にも付かない埃まみれの状態で、ひっそりとしたまま放置しておけばいい。
決して面倒臭いだとか、そんな理由ではない。
「クロシュさんが言うのなら、そうなんでしょうね。わかりました。ところで次のお店ですが、同じように武器と防具を扱っているところでいいんですよね?」
なんだかミラちゃんが、私にもクロシュさんの目的がわかりましたよ! みたいなドヤ顔をしていたけど触れずに肯定だけしておく。
たぶん勘違いしているんだろうけど都合がいいから黙っておこう。
この辺りは冒険者向けの店がいくつか建っているようで、店ごとに品揃えの特色があるように感じられた。
例えば最初に行った店は良くも悪くも『普通』だ。一般的な水準の装備が揃えられる。
そんなところに何故あんな槍があったのかは不明だが、きっと偶然拾ったとか、どうでもいい理由だろう。
次に向かった店は骨董品のような物が所狭しと並べられていた。
どうやら中古品を扱っているようで、物によっては品質の良い武具が安価で入手できるそうだ。大抵は金のない冒険者が安い装備を求めて訪れるらしいが。
ミラちゃんは、危険な物がありそうな場所を考えたらここが良いと思いまして、などと言っていたので同じように店内を見て回るよう頼んだ。
結果として掘出し物はなかったので、ここは安全ですと告げて店を後にした。
その後も最先端の高級武具店や、他国産の珍しい品を扱う店、モンスターの素材から作られた装備の店などを巡り、性能が良い物からバレない程度にちょっとずつステータスを頂いて行く。
おかげで見違えるほどにステータスが伸びて、むしろビビってしまうほどだ。
いや……尻込みなんてする必要はない。この力は、これから幼女を護るためにも必要になるんだからな。
そう考えると、まだまだ力不足に感じられてくるから不思議だ。
ちからが、ほしいかー。
う、俺の中の邪神が……。
ちからが、ほしければー。
お、おおおォォ……ッ!
じぶんで、つかみとれー。
って、くれるんじゃないんかい。
ほしいなら、もっと、はくだつしようよー。ねーねー。いいでしょー?
駄々っ子みたいに言わない。
それに力は欲しいけど、急激に強くなりすぎても感覚が追いつかないとか、反動で痛みが走ったり魂が削れたりとか、そんな裏がありそうじゃないか。
ないんだけどねー。
無いのか……じゃあ、もっと強くなっていいのかな。
「クロシュさん。武器と防具のお店は今ので最後なんですけど……」
強者であるが故の葛藤はミラちゃんの言葉で打ち切られた。
お店がないのなら終わりにするしかないだろう。うん。
(では、そろそろ宿へ戻りましょうか。お疲れ様でした)
「あ、その、実はもう一件ほどあるにはあるんです」
はくだつ、まつりだー。
わっしょいわっしょい。
まあいいや。なんか神様がノリノリだし、とことんやっちまおう。
(その店はどのような店なんですか?)
「えっと、雑貨店なんですけど、ちょっとだけ武器もあるんです。でも数が少ないので、あまり、その、行く必要はないかもしれないんですが……」
どうも歯切れが悪いミラちゃんの言葉は尻すぼみになって、とうとう最後の方はほとんど聞こえないほど小さくなっていた。
(構いません。ダメで元々ですし、行ってみましょう)
「は、はい!」
気にせずに俺が提案を受け入れると、途端に不安そうにしていた顔が覚悟を決めた表情に変わる。
そこまで心配しなくても、これが徒労に終わったところで文句なんて言わないんだけどな。その辺はまだまだ信頼関係が構築されていないからなのか。
称号にある神の加護や、さっきの槍など一連の出来事がプレッシャーを与えている可能性もありそうだ。
もうちょっと気楽にしてくれていいんだけどなぁ……。
「あ、ミラだ」
「武器を見に行ったんじゃなかったのか?」
雑貨店に入ると、ディアナとノットが声をかけて来た。
たしか消耗品の補充に出ていたんだったな。じゃあ、ここで購入する物もあるということか。
店内は雑貨店という呼び方に相応しく、まさに雑多な品に溢れていた。
使用する方法も目的も不明な物ばかりだが、少なくとも今の俺に必要はなさそうだ。
「あ、はい。実はもう一通り見て回ったところなんです」
「それで、ここにも武器があったことを思い出した、ってわけか」
ミラちゃんの言葉をノットが引き継ぐ。
「こっちも買い物はとっくに終わったんだけどねー」
袋に詰めた荷物を軽々と抱えているディアナは、やれやれと言わんばかりにジトっとした目を向ける。視線の先はノットだ。
「もしかして、またあれを見てたんですか?」
「そーなんだよ。ミラからも言ってよー」
「だから悪かったと何度も謝っているだろ……」
僅かに頬を染めてそっぽを向くノットの姿は反省しているというよりも、子供がイタズラしているのを咎められていじけているようにしか思えない。
また、とか言ってたし、何度も繰り返すってことはそうなんだろう。
しかしパーティのまとめ役であり、普段は冷静で大人びた性格の彼女がそこまで子供っぽくなってしまう『あれ』とはなんだろうか。
気になってミラちゃんに訪ねてみると。
「せっかくですから実際に見てみましょうか。ここに来た理由もそれなんです」
そういうことならと店の奥へと向かう。後ろには澄ました顔のノットと、げんなりとしたディアナが付き添う。
まだ見足りないのか。
大して広くもない寂れた店だが、その一角だけは特別な造りをしていた。
木製の壁と床には鉄板が打ち付けられ、強固な格子扉によって仕切られた空間。
そんな中、設置された台座に鎮座するのは三本のナイフだった。
恐らく店の目玉となる商品なのだろう。場所もカウンター近くなので、下手に手を出せば先ほどからチラチラとこちらを伺っているおっさん(店主)が即座に飛び出して来るはずだ。
改めてナイフを眺める。
見かけは銀製のようだけど、どうも不思議な光を放っている気がした。
あのノットがはしゃいでしまう点から考えるに、普通ではないのだろう。
「クロシュさんなら、もうわかっていると思いますけど、あれはミスリル製のナイフなんです」
ほうほう、ミスリルと言えばファンタジーでありがちな鉱物だ。
だいたい希少で、ミスリル製の武具は高値が付く。あと魔法に対して耐性があるとかなんとか。
まあ詳しい説明は彼女に任せよう。
「ミスリル鋼は魔法を打ち消す効果があるんだ。その性能から騎士なんかが使う大盾や全身鎧に用いられるんだが、私たち冒険者は鉄と比べて軽いとは言え、そんな重装備は普通しないからな。代わりに武器をミスリル製にすることで代用するのが常套手段だ。それなら敵の魔法を振り払うくらいはできるからな。一流の冒険者なら剣とは言わずともナイフの一本や二本くらい常備しているものだ。もちろん冒険者の腕が伴わなければ宝の持ち腐れというやつだがな!」
ここぞとばかりに語るノットだったが、急に表情を曇らせて溜息を吐く。
忙しい娘だ。
「などと言っても、今の私たちではナイフ一本すら到底手が出せん……」
相場はわからんけど、なかなか良いお値段なようだ。それもミスリルのお約束だから仕方ない。
でも急いで手に入れる必要もないんじゃないかな?
それとなくミラちゃんに確認する。
「例の炎を放って来たモンスターですけど、あの時にノットが投げたナイフを覚えていますか? あれ、実はミスリルコーティングのナイフだったみたいで……」
ミスリルコーティング?
意味はわからなくも無いが、具体的にどういう物か聞いておくか。
ミラちゃんの説明を簡単にまとめると、一度だけミスリル性能を発揮するもので、魔法に投げつければ打ち消せるくらいの効力があるそうだ。それも普通のナイフにミスリル鋼を薄く塗布した物だから比較的に安価で入手できるという。
ただし残念ながら近場で売っていないことと、先の悪魔型モンスターに鑑みて、ちゃんとした装備はできるだけ整えておきたいというのがノットの心情らしく、可能であれば本物のミスリルナイフを手にしたいようだ。
このナイフに固執しているのは本当にそれだけが理由なのかは怪しいところだが、一理あるので流しておく。
できることなら、どうにかしてあげたいとは思うけど……。
はっきり言って俺は金に関して無力だ。
手段としては身売りするしかないのだがナイフ一本の為では割が合わない。
……俺の袖だけ切り取って売れば、それなりの値が付いたりしないかな?
インテリジェンス・アイテムの切り身だ。100グラムで金貨10枚!
無理か。
他にアテも無いし、やはり諦めるしかないだろう。
……ん?
そういえばミラちゃんが俺をここへ連れて来た理由はこれだけだったのかな。
この疑問には、すぐに本人が答えてくれた。
「あの、クロシュさん。なにか判りませんか?」
言葉の意味がわからない、などと問答を繰り広げるほど愚かじゃないぞ。
このタイミングなんだから、目の前にある白銀色のナイフしかあるまい。
俺の眼にはどこもおかしいところは感じられないが、当然ながら俺は自分の眼から得られる情報など信用してはいない。
三本のナイフに向かって、信用できるスキルを放つ。
鑑定!
【ミスリルナイフ】
【ミスリルコーティングナイフ】
【ミスリルコーティングナイフ】
ほほう。なるほど。なるほど。
だいたいの状況は把握できたが、ひとつだけ気になったことが。
(ミラは、どうして私にこれらを見せようと考えたのですか?)
たかがコーティングと言えど、傍目には見分けが付かないだろう。現にノットですら気付いていない。恐らくは鑑定スキルを持っていてようやく判別が付くほどの偽装だ。
ミラちゃんが鑑定を持っていないのは確認済みだから他に理由があるのか?
「その、なんとなくなんですけど、一本だけおかしい気がしまして……でもノットはなにも感じないって。それでクロシュさんだったら、わかるかもって……すみません」
(謝る必要はありませんよ。むしろ、よく気付きましたね)
「……えっ、それじゃあ」
(手前の一本は本物ですが、奥の二本はコーティングされた物ですね)
「えぇっ?」
厳密には、おかしいのは二本の方だったわけだけど、区別が付いていたという事実が重要だ。
ミラちゃんのスキルや称号にはアイテムに関する物は見当たらない。どうやら、すべての能力がステータスに反映されるわけではないようだな。
というより、特別な能力を持つ者が対応するスキルや称号を得られる、という形なのかな?
それならミラちゃんは【直感】だとか【アイテム鑑定士・見習い】みたいなスキルや称号が得られてもいいと思うんだが……。
まあ俺の場合は【神の加護】のおかげでサクサク入手しているみたいだし、普通はそんなもんか。
ともかく、これは好機だ。
(ノットへ伝えてください。それと、後は任せる、とも)
ミラちゃんはすぐにノットへと耳打ちする。
内容を理解したノットの表情は驚愕に染められ、やがてニヤリと笑顔を見せた。獲物を前にした獣の顔だ。あな恐ろしや。
静かに歩き出したノット。向かうは訝しげな顔をした店主。そして。
「なあ、おっちゃん。ちょっと、そこのミスリルナイフ見せてくれないか?」
さあ、狩りの時間だ。
今日中にもう1話投稿できそうです。




