決闘です!
耀気動車から降りた俺とミリアちゃんは、突然の訪問にも関わらず、門番からの許可を得てスムーズに通された。
元よりミリアちゃんには通行許可が出ていたらしいけど、今回はフォルティナちゃんからも、すぐに案内するよう通達されていたそうだ。
俺はどうなのかと言えば……【人化】を解除して【変形】すれば、誰もマフラーが【魔導布】だとは疑わないのである。
さすがに護衛騎士たちだけは門前で待機だったけどね。
メイドさんに案内されて、ミリアちゃんは長い通路を進む。
俺は前にも一度だけお茶会で訪れたことがあるけど、黙々と歩くミリアちゃんにあの時のような和やかな雰囲気はない。
友人の真意を尋ねに行くのだから無理もないだろう。
でも会ってくれる辺り、なにも知らないのか……それとも隠す気がないのか。
今のところ【察知】にも敵意は感知されていないし、すぐにわかることだが、警戒だけは絶えずしておこう。
やがて部屋の前に到着すると、メイドさんは一礼して去って行く。
中に入るのは、俺たち……もといミリアちゃんだけらしい。
俺は周囲に人の気配がないことを確認してから再び【人化】すると、ミリアちゃんへ視線を向ける。
軽く深呼吸をしてからミリアちゃんは扉をノックした。
「開いているから、いつものように入ってくれ」
中から聞こえたのは、こちらが誰かわかっているような口振りだった。
するとミリアちゃんも手慣れた様子で扉に手をかけて自然体で入って行く。
俺もできる限り、冷静を装って後に続いた。
「よく来たなミリア」
「はい。ついさっき振りですね」
そういえば、お茶会でポーションを受け取った帰りなんだったな。
フォルティナちゃんは奥のテーブルに座り、まるで悠然と待ち構えているかのようで、そこに焦りや動揺の色は見られなかった。
ただ俺が同行しているのに気付くと、少し悲しそうな顔をする。
「一応、聞いておこう。ここを訪れた目的はなんだ?」
「フォルティナに、あのポーションをどこで手に入れたのかを聞くためです」
「その前に私からも聞かせて貰うが……飲んだのか?」
「私は――」
「いや、やはりいい。愚問だった。答えなくても、ここに聖女殿がいる時点でわかりきっているな……」
僅かに目を伏せるフォルティナちゃんは、また悲しいような、寂しいような表情を浮かべたが、それも一瞬だ。
次の瞬間には覚悟を決めた、鋭い視線をこちらへ向ける。
「さて、聞きたいのはポーションの出所だったな」
「教えてくれますか?」
「悪いが、そう簡単に教えてやれるほど安い情報じゃない……ただ、ひとつ条件を呑めば教えてもいいだろう」
「条件ですか?」
「私とゲームで戦い、それに勝ったら教えるというのはどうだ?」
そこにどんな意図があるのか。フォルティナちゃんの考えが読めない。
俺は、まだ成り行きを黙って見守る。
「フォルティナ、遊んでいる状況ではないんです。あのポーションがどういった物なのか知っていますか?」
「知らない物をミリアに渡すはずがないだろう。もちろん、知っていたさ」
その言葉に今度はミリアちゃんが表情を曇らせる。
はっきりと彼女は宣言してしまったからだ。
危険のあるポーションを、危険と知りながら渡したと。
「だが、これ以上はなにも教えるつもりはない。どうしても知りたければ……」
「わかりました。勝てばいいんですね?」
ミリアちゃん、即答である。
もうちょっと考えるべきではと思わなくもないけど、でもたしかに他に方法はなさそうだった。
穏便にフォルティナちゃんから話を聞き出すには、彼女の提示するゲームとやらに勝つしかないのだろう。
尋問なんて俺がイヤだし、事を公にするにしてもポーションを彼女から受け取った証拠もないからな。
だからって、これは黙って見過ごせる状況ではない。
「ミリア」
「お願いしますクロシュさん。任せてくれませんか?」
止められると察したのか、機先を制するように言われてしまった。
以前の俺だったら、予想通り止めていただろう。
でも、なんだかんだで結局は、こうなっていたようにも思える。
「いいえミリア、私からもミリアにお願いがあるのです。私も……ミリアと一緒に戦わせてください」
「クロシュさん……」
「どのようなゲームかは知りませんが、そちらの提案ということはすでにルールが決まっているのでしょう? であれば多少の不利を覆すために、私が助言をするくらいは認めて貰いたいのですが」
「構わないだろう。ただ――」
フォルティナちゃんに確認すると、テーブルの上にカードの束が置かれた。
それは見覚えのある絵柄のカードであり、まさかと目を疑う。
「そ、それは……」
「このカードは私もミリアから教えて貰ったばかりで、私が有利とは言い難い。だがまあ別にいいだろう。それで納得するのであればな」
紛れもなく俺とミルフィちゃん、そしてペンコで製作したトレカ『レジェンド・オブ・ヒーローズ』だった。
そういえばフォルティナちゃん、めちゃくちゃ食い付いていたな。
目的はミリアちゃんのカードだと思っていたけど、もしやハマった?
一方で、カードを目にしたミリアちゃんは別の心配をする。
「あれ、でもフォルティナ? そのカードはお互いに一定枚数を用意しないと遊べなかったはずです。私のカードは屋敷に置いてありますし……」
それもそうだ。
まさか一度取りに戻るなんて緊張感のないことはしたくない。それじゃ本当に友だちの家に遊びに来ただけだ。
などと懸念していたら、フォルティナちゃんは立ち上がってアタッシュケースにも似た箱を、テーブルの上にドカリと降ろす。
がちゃりを開ければ、そこには何百枚というカードが揃えられていた。
「問題ない。ミリアの分も用意してある。余剰分もあるから組み合わせも自由に考えてくれ」
発売日に買い占めたのって、やっぱり……。
いったいどこの社長だよとツッコミたいが、ぐっと堪える。
「こんなにたくさん……えっと、どうすれば」
「ミリア、言いそびれましたがカードなら私が携帯している分がありますので、これを使ってください」
懐に仕舞ってありました、と見せかけて【収納】からカードデッキを取り出す。
これは俺特製のデッキであり、よほど下手でなければ必ず勝てるだろう。
なにを隠そう、この世に一枚しかないチートカードが入っておりますゆえ。
卑怯? イカサマ? いいえ製作者特権です。
相手が製作者だと知らずに挑んだフォルティナちゃんのミスである。まあ隠していたから知るはずがないんだけどね!
「わかりました……フォルティナ、これで受けて立ちましょう!」
「ふふふ、借り物のカードで私に勝てるかな?」
「クロシュさんから託された、このカードを信じて勝ってみせます!」
「いいだろう、では決闘だ!」
「決闘です!」
あれ、二人とも元ネタを知っていて……考えすぎか。
「では、始める前に少しだけ準備をさせて貰おう」
席に座って準備万端のミリアちゃんだったが、そう言いながらフォルティナちゃんは大きな金属板を持ち出した。
重そうだが見かけよりも軽いのか、苦もなく運んでいる。
そしてテーブルの上に乗せると、その表面に模様が描かれているのがわかった。
「この模様に沿ってカードを乗せるんだ。わかりやすいだろう」
「なるほど」
俺は黙ってミリアちゃんの背後から見ていたが、これっていわゆるプレイマットというやつでは……。
公式で売りに出すよりも先に、ここまで用意するとは、フォルティナちゃん恐ろしい子……ぜひ参考にさせて貰おう!
興味津々で模様の形を覚える。
しかし、それがただの模様ではないと気付いた。
同時に薄っすらと笑みを浮かべるフォルティナちゃん。
「ミリア、待ってくだ――」
俺の制止する声は間に合わず、ミリアちゃんはカードデッキを所定の位置へ置いてしまった。相手のフォルティナちゃんも同様に。
その時点で、この『魔道具』は起動条件を満たしてしまった。
金属板を中心として、俺たちは薄い膜にも似た輝き……結界に囚われる。
【決闘者の遊戯盤】(Cランク)
双方が共に同意した時、あらかじめ設定した条件をかけて決闘が行われる。
決闘内容は盤上に置かれた道具が自動的に認識される。
また、決闘中は特殊な結界が展開され、観客を盛り上げる。
というのが【鑑定】した結果だった。
これ一応、使用目的は競技とか、そういった大会向けみたいだ。あくまで遊びという方向性に特化しているらしい。
観客を盛り上げる、というのは理解できないが、重要なのは条件だ。
ミリアちゃんが勝てば、フォルティナちゃんからポーションについて聞き出せるというのが条件だったはず。
じゃあ、その反対はどうなっているのか。
「クロシュさん、これはいったい?」
「落ち着いてくださいミリア。フォルティナ……説明してくれますね?」
「もちろん。まずは、この魔道具からだな」
特に悪びれた様子もなく、フォルティナちゃんは語る。
簡単に言えばポーションと同じ出所であり、決闘に際して一種の呪いをかける魔道具だという。
その呪いとは、決闘前に交わした条件を必ず履行させるというもの。
厄介なのは、決闘の意志は本人同士で確認しなければならないが、条件に関しては一方的に設定できる点だ。
「ミリアはポーションの件だと思いますが、フォルティナはなにも提示していませんでしたね。つまり、隠していたということでしょうか」
「先に話せば絶対に止められると思ったからな。だが安心して欲しい。条件はどちらも同じだ。つまり……敗者は勝者に絶対服従となる」
「そんなっ、本気なんですかフォルティナ!?」
「ミリア、私は冗談でこんなことはしない」
正面からミリアちゃんの瞳を見つめる表情からは、迷いを感じられない。
どうやら本当に本気らしい。
「ミリアが勝てばポーションでもなんでも聞けばいい。その時、私はなんでも答えるし、なんでもする人形になっているからな。条件通りだろう?」
さらにフォルティナちゃんは途中で棄権しても不戦勝となるだけで、やはり魔道具の効果は消えないと明かす。
初めから、これが狙いだったみたいだな。
それにしてもポーションといい、ちょっと闇を……いや病みを感じるぜ。
これはあれか。やっぱり俺がお茶会に参加したから拗らせちゃったのか。
「クロシュさん……」
さすがに少し不安そうな顔をするミリアちゃんだったが、それでも依然として問題なんてなかったので、俺はできるだけ明るい笑顔を返す。
なぜなら。
「ミリア、勝てばいいだけです。そして必ず勝てますから信じてください!」
どんな条件を突きつけられようと、勝てば意味はない。
なにやらフォルティナちゃんにも自信がありそうだったから、どんな策を弄しているのかは気になるけど、はっきり言って勝率はかなり高いだろう。
というか……。
わざわざ用意したフォルティナちゃんには、本当に申し訳ないけど。
実は【簒奪】を使えば魔道具から魔力を奪って機能停止できたりする。
それどころか【虚無】を使えば、属性付きの魔道具の魔力は打ち消せるし、ぶっちゃけ【魔力操作】で弄っても壊せる。本来はおもちゃみたいな物だし。
もっと言えば魔道具の『呪い』とやらは状態異常なので、俺を装備すればミリアちゃんには効かないだろう。所詮はCランクの魔道具だもん。
スキルに【異常耐性・痺毒呪狂】って揃ってるんだもん。
つまり最初から、危険なんて皆無だったワケである。
だが、大人げなくそれをやってしまうと、結局はフォルティナちゃんから動機やポーションの出所を聞き出せないので最後の手段として取っておく。
最善策は勝負に勝って、事情を聞くことだ。
なので、あとはミリアちゃんのガンバり次第であり、俺はミリアちゃんを信じるだけだった。
「……わかりました。フォルティナ、始めましょう!」
「フッ……いいだろう。勝つのは私だがな!」
金属板が輝き、決闘開始を合図する。
ここから先はミリアちゃんの戦いだ。
次回、クロシュ死す!
デュエルスタンバイ!
(元ネタも結局は死んでいませんよね)




