むしゃり……むしゃり……
ついに俺とミルフィちゃん、ついでにペンコが協力して製作したトレーディングカードゲーム『レジェンド・オブ・ヒーローズ』の発売日がやって来た。
増刷についてグラスに連絡を取ったところ、最初の売れ行きを見てから、次に印刷する枚数を決めるとのことだ。
いきなり、売れそうだから次の準備をしてくれ、と頼んでも対応できないのは当然だった。
負担してくれるのはグラスなので、俺としては口出しせずに様子を見たい。
……なんて言っていたら初日で完売した。早くない?
詳しく聞けば、いきなり全カードを買うと言い出す客がいたらしい。
そこで事前に打ち合わせしていた通り、購入制限をかけたのだが……人海戦術と言うべきか、次々に同じ人物の手の者と思われる客がやって来て、ついにカードを買い占めたという。
……誰が買ったんだろうな?
予想はできるけど、藪を突いて蛇を出さずともいいだろう。
その後から訪れた客もカードを求めていたらしく、次の入荷を確認し、予約は可能なのか等を詳しく聞いてから残念そうに帰ったとか。
ここまで来たら、さすがにグラスも売れると確信したようで、すぐに大量増刷すると教えてくれた。
こうなると記者からの取材や、いくつもの商会から勧誘を受けるだろうとグラスが予想していたが、その辺は店の経営方針なので任せた。丸投げである。
俺としてはカードを卸してるだけで、売上をきちんと納めてくれるなら店をどうしようが文句はないからね。
がんばってくれたまえ。
そんな感じで、どうやらカードに関しては今のところ順調そうだ。
だが、今後もどうやって人気を継続させるかが大きな課題となる。
まだまだ油断しないように気を付けよう。
一方、村での魔法講義について。
こちらも順調であり、サニアちゃんとスーちゃんの他にも、魔法を習得する子供たちが増え始めた。
まだ魔力を感じ取る段階で足踏みしている子もいたが、これも時間の問題だな。
同時に、嘆願書を提出してまで志願していた村の騎士たちにも、魔法を教えることになった。ルーゲインからは、問題ないでしょう、との言葉を貰っているので、なにかあったら責任は押し付けよう。
騎士たちは当初、ひとりも【魔力感知】すら獲得できなかった。
大人より、子供のほうが覚えやすいってことだろうか?
たしか言葉も幼少期から日本語と英語を教えていると、どちらも話せるようになるって聞いたことがあったし、それと似た感じか。
教えた知識をぐんぐん吸収する……まったく、幼女は最高だぜ、という偉人の言葉を再認識させられるな。ちょっと違う気もするけど、だいたいあってるはずだ。
とはいえ村の警備を固める意味でも、そして何度もおっさんを相手にしたくないという意味でも、さっさと習得して欲しい。
そこで閃いた俺は、やり方を変えてみる。
これまでは【魔力放出】で俺の魔力を視たり、感じ取ったりできるようにしていたが、これを直接体に流し込んでみたのだ。
これが大成功であり、どうやら視るよりも難易度が低いらしく、足踏みしていた子供たちと騎士の双方が【魔力感知】を獲得していた。
最初からこうしていたら早かったのに……。
などという自分への愚痴はほどほどにしておく。そういうノウハウがないからこそ、色々と試しているんだ。
ひょっとしたら、これからさらに効率のいい方法が見つかるかも知れない。
現状は、この方法だけで十分だけどね。
これで村にいる、子供たちと騎士のみんなが魔力を感じ取れるようになった。
ここから魔法まで発展させられるかは本人の努力次第だろう。
単純に訓練となると、騎士たちのほうが忍耐強さも相まって一日の長がありそうだけど、子供たちは飲み込みの早さでカバーできる。
どちらが先に魔法を使えるようになるか、一種の競争が始まって楽しそうに魔法講義は進んだ。
ちなみに一足早く魔法を習得していたサニアちゃんとスーちゃんだが。
すでに初歩の【序】から【下級】へとランクアップしていた。
あれから一週間も経っていないはずなのに……二人の才能が恐ろしい。
肝心なランクアップする方法については、二人とも魔法を使い続けていただけなので、たぶん熟練度のようなものがあって魔法の使用回数が一定数を越えれば上がるのだと仮定している。
この一定数には個人差があるようで、例えば百回でランクアップすることもあれば、五百回でもランクアップしないこともあるようだ。
具体的な回数は、後に騎士たちが数えて判明した。ナイスですね。
これには、才能が関係しているように思えるな。
サニアちゃんの場合は【神の加護】も影響していそうだけど、そのサニアちゃんに追い付くスーちゃんの才能は、本気でやばい。
パートナーのゲンブもどこか嬉しそうだ。顔は見えないけど。
下級に至っても、まだまだ威力が乏しいけど、そこはインテリジェンス・アイテムを装備すれば解決する。
スーちゃんにはゲンブがいるし、サニアちゃんも杖のフォルンという若い女性と仲良くなっていた。
このフォルン、なかなか見所のあるやつで、サニアちゃんの力になりたいという意志がひしひしと伝わって来る。かなりの幼女魂だ。
なぜか【念話】より先に、サニアちゃんを補助するスキル【魔導支援】を取得した辺りからも窺い知れるだろう。なんとも見上げたやつである。
おかげで、この二人の攻撃力はちょっとしたものだろう。
そんなワケで、レベル上げ計画が立ち上がった。
今以上に魔法スキルをランクアップさせるのにも、そして子供たちが自衛手段を身に着けるのにも必要だという俺、ルーゲイン、ゲンブ、護衛騎士たちが満場一致した意見だ。
特に魔法による攻撃が可能なので、安全に魔獣を狩れるのが大きいな。
そうじゃなかったら、誰も賛成しなかっただろう。
まあルーゲインと騎士たちの中から何人かが随行するそうだから、万が一の事態が起きても安心だ。
行き先は、例のオーガたちが棲んでいる森である。
あそこには毛玉の他にも、比較的だが弱い魔獣も多く生息しているそうだから、子供たちのレベル上げには打ってつけだとか。
もちろんオーガたちと、毛玉の親玉であるワタガシにも連絡を取っておくのを忘れない。うっかり敵対しました、なんてシャレにならないからな。
そっちはルーゲインに丸投げしておいたので、上手くやってくれるだろう。
オーガたちの近況も少しだが入っている。
あれからも慎ましく、静かに暮らしているそうだ。
荒々しい種族なイメージだが、人間と同じく個人差があるようだな。
そういう血の気が荒いやつらはさっさと討伐されてしまったらしく、後に残された温厚なオーガにも悪いイメージが付いて回っている、というのが実情だ。
これまでひっそりと暮らしていたが、いつ居場所が露見して討伐隊を派遣されるかも知れないと怖れていたらしい。
なんとも不憫な種族である。
今はノブナーガが冒険者の立ち入りを禁止しているし、調査隊の名目で俺たちの村があるから、その心配はないと伝えた時は大いに喜んで感謝していた。
もっとも、ミリアちゃんがノブナーガたちと無事に再会できたのは、オーガたちの功績が大きいので、これは恩返しのひとつに過ぎなかったりする。
今後とも、オーガとは仲良くやっていきたいね。
「っと……よし、こんなものか」
魔法を習得するコツはわかったし、いくつかパターンも構築できた。これならミリアちゃんが魔法を覚えるのに役立てると確信する。
その最後のまとめとして、俺は用紙に習得方法を書き記していた。
この作業が思ったより時間を食ってしまい、朝にミリアちゃんを学士院へ見送ってから始めたのに昼を過ぎ、そろそろミリアちゃんが帰って来るかな、という頃になって、ようやく終わった。
なかなか苦労した甲斐あって、誰が見てもわかりやすい資料が完成している。
これなら、すぐにでもミリアちゃんに魔法を教えられそうだ。
そんなワケで俺は、例のエルドハート家専用リビングに向かうと、メイドさんが淹れてくれたお茶を楽しみつつ、ミリアちゃんの帰りをそわそわしながら待った。
ふと見れば、庭でコワタと幼女神様がカードゲームに興じている。
発売したばかりの『レジェンド・オブ・ヒーローズ』だ。
……なんで持ってるんだ?
細かいことを気にしては幼女神様の信者は務まらないので、軽く流しておく。
毛玉なコワタがカードゲームで遊べるのかとか、幼女神様って物を持てるんだっけとか、そんなのは些細なことだ。
重要なのは、たったひとつ。
幼女神様が楽しそうにされている。これに尽きるね。
これだけでトレカを作ってよかったと思うよ。
「ああ、クロシュ様。こちらにいらしたんですね」
「ええカノン。ミリアの帰りを待っています」
「お嬢様でしたら、最近はフォルティナ様のお茶会に参加されていますから、まだお帰りにならないと思いますよ」
言われて思い出す。そういえばそうだった。
となると、もうしばらくヒマだな。どうしようか……。
なんとなくカノンを眺めてみる。
「コワタさーん。おやつですよー」
呼び掛けに気付いたコワタは、ほわんほわんと跳ねてカノンへ近寄る。
あの毛玉、おやつ食べるのか……。
しかし正体が魔獣だと知っていて完全にペット扱いするカノンは、意外と大物なのか、それとも見た目の問題なのか。
まあ魔獣らしさどころか、野性味すら感じられない毛玉だし、愚問だったな。
カノンが木製の器に盛られたクッキーをテーブルに置くと、コワタもテーブルに跳び乗って、すすすっと獲物へ接近した。
――そして、クッキーが一枚、消失する。
なにっ、バカな!? たしかに俺は『見て』いたぞ!?
一瞬たりとも視線を外さなかった……だが、ウマそうな焼き立てクッキーが、俺の目の前で消えやがったのは見間違いだったか……?
催眠術だとか、超スピードだとかを疑っていると、今度は幼女神様がとことこ近寄って来た。テーブルの正面へと。
ま、まさか……!
手は出さない。直立不動でクッキーを見つめ……クッキーが消えた!
やはりクッキーは減っている! 確実に『食われて』いるぞ!
新手のスタンド使いだ! 気を付けろポルナレフ!
「クロシュ様の分も、すぐにお持ちしますね」
「ありがとうございますカノン」
カノンがリビングを出て行き、俺は視線をクッキーへと戻す。
な、なにぃ~~!?
ない! なくなっている! クッキーが一欠片も残さず『消えて』いる!
ば、バカな……、簡単すぎる……あっけなさすぎる……。
……はっ、そ、そういえば幼女神様とコワタはどこに行ったんだ……?
「お待たせしましたクロシュ様」
「これは美味しそうですね。それと、お茶のお代わりをお願いできますか?」
「はい。少しポットが冷めてしまっていますから、すぐに淹れ直して来ます」
再びカノンがティーポットを手に出て行くのを見届けて、俺は振り返った。
う……い、いた……テーブルを挟み込むようにして、幼女神様とコワタが、左右に別れて出現している。
し、しかも二人の中間には、俺のクッキーがあるじゃあないか!
そうか、わかったぞ……狙いが読めた……!
だが、しかしマズイ! この『距離』は非常にマズイ!
もうすでに、幼女神様とコワタの射程距離に入っているんだッ!
すかさず俺は【変形】を発動させ、布槍でクッキーを器ごと掻っ攫う。
間に合った! 俺はクッキーを死守したんだ!
手元へ手繰り寄せた器を手にして、ほっと一安心する。
そして一口、食べてみようと視線を下ろしたら、空っぽの器があった。
え……ない? なくなっている?
いったい、これはどういう……はっ!?
むしゃり……むしゃり……。
そんな咀嚼音に顔を上げて、俺は見た。
幼女神様のほっぺたと、コワタの毛に絡まったクッキーの欠片を……!
「お待たせしましたクロシュ様……どうかしましたか?」
「いえ……」
「あ、もうクッキーがありませんね。そんなに美味しかったですか?」
「そうですね。とても美味しかったと思います」
じゃあなかったら、俺はクッキーを口に出来ていただろうからね。
「まだありますけど、よろしければお持ちしましょうか?」
「本当ですか? ではお言葉に甘えていただきます」
「はーい」
よかった。どうやら俺も味わえるようだ。カノンには感謝しなければ。
三度、カノンが出て行って……とてつもなく不穏な気配がした。
まさか、そんな……!
恐る恐る振り返ると、そこには幼女神様のにっこり笑顔と、弾むコワタが!
俺のそばに近寄るなああーーーーッ!
そんな感じで幼女神様と、ついでにコワタと戯れて時間を潰すのだった。
なお、クッキーは大変に美味だった。
よく見ると一言も喋ってない幼女神様ですが
なんか存在感がすごかったので、そのままにしました。




