きらきらしてる!
前回に続き、村で保護した子供視点です。
「この子はスー。一応俺を装備してくれるパートナーってやつだよ」
そうケント君に紹介された私は、パートナーの言葉の響きに嬉しくなる。
だけど油断してはいけない。
目の前にいる聖女さまは、きっと私の敵だから!
隠れ家よりも安全で、もっと暮らしやすい村を聖女さまは紹介してくれた。
私たちの他にも召喚された子供たちや、ケント君や聖女さまと同じように転生した人が、悪人に利用されないよう一か所に集まっているみたい。
みんなは聖女さまに会えただけで喜んでいたし、私も嬉しかったけど……でも実物があんなにキレイな人なんて思わなかったし、それにケント君が親しげに話しているのを見たら、なんだか素直に喜べない。
威厳を持った口調にするようにって私が言っておいたのに……。
それだけ聖女さまを信頼しているってことだと思うと、胸が苦しくなる。
でも、名前も強そうな偽名を名乗ったほうがいいって私のアドバイスは守ってるから、本当の名前を知らない聖女さまより少しだけ私がリードしてるよね?
「見ての通り、ちょっと人見知りするんだ」
「無理させても嫌われるだけでしょう。またいずれ紹介してください」
ちょっとだけ優越感に浸っていたら、二人は頬笑みながらなにか話していた。
いけない! ちゃんと二人を見張ってないと!
私がケント君のパートナーなんだからね!
ケント君との出会いは、暗い倉庫の中だった。
いきなり足下がなくなったと思ったら、周りを大人たちが囲んでいて、失敗だと言われて私は牢屋に入れられた。
まったく意味がわからなかったし、ここがどこなのかも教えてくれない。
ただ一緒に牢屋に入れられた男の子が、ここから出せと騒いだら殴られたのを見て……私は怖くなって、他の子たちと一緒に静かに震えているしかなかった。
きっと私たちは誘拐されたんだと、すぐに気付いた。
しばらくして船に乗せられ、このままだと大変なことになる予感がした私は、見張りの目を盗んで逃げ出した。
警察か、他の大人に伝えればみんなも助かる。
そう考えて外へ逃げようとしたけど、船の上に出たらすでに港を離れているのがわかった。陸地は遠くて、泳げない私は海へ飛び込む勇気もない。
途方に暮れていると、どこからか大人の怒鳴り声が聞こえて血の気が引く。逃げた私を探しているみたいだった。
……このまま捕まったら、どうなるんだろう?
ただ殴られるだけで済むのか。もっと酷いことをされるのか。
恐ろしくなった私は、もう捕まりたくない一心でそこから立ち去り、逃げ場のない船内を彷徨い続ける。
必死に逃げて、隠れて、震えて……そこで出会ったんだ。
「そんなに怯えて、どうしたの?」
どこからともなく明るい声をかけられて、心臓が飛び出るぐらい驚いた。
誰もいない倉庫だけど、たしかに聞こえたのは私を思いやるものだったから、私は少しだけ迷ってから返事をする。
「た、助けて……」
震えのせいで上手く声にならなかったかも知れない。
でも彼は、私が一番欲しかった言葉をくれた。
「わかった」
途端に胸の内側が暖かくなって、体の震えが収まる。
どうしてなのか、私はもう怖くなくなっていたみたい。
落ち着いたおかげでようやく冷静になれた私は、いったい誰なんだろうと声がした方向をジッと見つめる。
そこには、とても大きな鎧だけがあった。
だけど恐ろしさはなくて、固定するために巻かれた鎖からは暗闇の中に繋がれているかのような寂しい感じがしたから、私はゆっくりと歩み寄る。
「……さっきの声は、君なの?」
「ああ、そうだよ。俺はケントって言うんだ」
爽やかな男の子の声で、その鎧……ケント君は答えた。
「えっと……私は、スー」
「スーだね。それじゃあスーに頼みがあるんだけど、助けてあげるには俺の中に入って欲しいんだ」
「この鎧の中に?」
全身に鎖が巻かれていたから難しそうだったけど、どうしてもと言われて隙間から空っぽの鎧に入った。
わかっていたけど、やっぱり中身はない。誰も入っていない。
「ありがとう、スー」
「わっ!?」
さっきよりも声が近くで聞こえて驚いた。
でも次の瞬間に、私はもっと驚くことになる。
「おかげで俺も、ここから出られそうだ」
そう言ってケント君は、鎖を力任せに引き千切って動き出したみたい。
お腹の辺りに入っていた私は音だけしか聞こえず、立ち上がって兜の内側から外を覗いてみる。
「わ、わ、歩いてる?」
ほとんど揺れないから気付かなかった。私は棒立ちしているだけなのに鎧が勝手に動いているのは、なんだか不思議な感じがする。
「ひとまず、このまま外へ出ればいいのかな?」
「あ、待って! 他の子たちも助けて!」
「他の子? そういえばスーはどうしてここに来たんだ?」
先に聞いて欲しかった、とは言わないで私は事情を説明する。
これはあとで知ったことだけど、私をただの迷子だと勘違いしていたみたい。
ちょっと間が抜けているけど、そこがケント君の可愛いところだと思うな。
それから私の話を聞いたケント君は、本当にみんなを助けてくれた。
ほとんど鎧の中にいた私は、なにがどうなったのか外の状況がわからなかったけど、ケント君が怒って大暴れしたみたい。
みんなを背中や肩に乗せたり、両手で抱えたりして逃げ続けて、追手を振り切るために森の奥に隠れて……。
こうして振り返ってみると私はパートナーなのに、なにもしていない。
隠れ家で暮らしていた頃も、ケント君に頼ってばかりで私は役に立たなかった。
それに比べて聖女さまは、とても凄い人だと私は知っている。
魔獣という怪物たちをやっつけたり、魔法を使ったり、とにかく凄い人だって新聞で読んだから。
だからケント君も聖女さまを頼っているんだと思うと、このままじゃいけないと私は気付く。
もっともっと、私も役に立てるように強くならないと。
その機会は村へ引っ越しして、すぐにやって来た。
「魔法の練習……?」
「ああ、クロシュさんが言うには、その方法を試せばスーたちでも魔法が使えるようになるかも知れないってさ」
ケント君から聞いたところ、聖女さまが村の子供たちに魔法の使い方を教えてくれるそうで、その参加者を募っているみたい。
魔法と言えば、聖女さまの『転移』という瞬間移動みたいな魔法を、少し前に体験したばかりだった。
あんなに凄い魔法が使えるようになるなら、ぜひ参加してみたい。
ただ、もちろん簡単には使えないし練習も必要だろうけど……ってケント君が付け加える。でも私には、これがチャンスに思えた。
魔法が使えれば、私でも役に立てるんだって証明できる!
教えてくれるのが聖女さまなのは、ちょっとだけ抵抗があるけど……魔法を覚えてしまえば関係ない。
最初はケント君も聖女さまに感謝するだろうけど、すぐに私が逆転してみせるんだから!
張り切る私に、ケント君は頑張れと言ってくれた。がんばる!
それから聖女さまの魔法の授業は、その日の内に広場で始まった。
今日は急だったけど、今後は普段の授業が終わったあとに始めると説明して、みんなが大喜びする。
先生のルーゲインさんだけは、ちょっと微妙な顔をしていた気がするけど、すぐに笑顔になったから気のせいだったかな。
まずは聖女さまが、みんなの前で魔法を披露するみたい。
「危ないのは使えないので、簡単なのからお見せしましょう」
そう言って聖女さまは水を鞭みたいに操ったり、小さな水の玉を銃みたいに撃ったりして、遠くに立てた的に当てている。
なんというか思ったよりも地味だったけど、それを見ていたケント君の感想は違うみたい。
今の私たちが最初に目指すのは、こういった地味な魔法になるということをクロシュさんは言外に示しているんだと、こっそり教えてくれる。
言われてみれば、聖女さまの魔法がこの程度なわけがなかった。
私たちの技術が上達すれば、もっと凄い魔法を見せてくれるに違いない。
みんなも初歩の魔法だと理解していたみたいで、やる気を見せている。
……ひょっとして、ここにいるみんなは友達であると同時にライバル?
ま、負けないよ!
より一層、私は魔法への熱意を燃やす。
「お手本を見せたところで、まずは基本的なことから始めましょうか」
次に聖女さまは魔法を習得するのに、魔力を感知する必要があると話した。
「これは言葉で教えられるものではありません。自分自身で魔力を感じ取って始めて結果へ繋がるのです」
それってつまり、もし魔力を感じ取れなければ魔法が使えないってこと?
急に怖くなったけど、次の言葉で少しだけ安心できた。
「個人差はありますが誰でも魔力を感じることはできるはずです」
ただし、と聖女さまは続ける。
「問題は魔法を習得するのに。どれだけ時間がかかるかです。また習得しても場合によっては、先ほど見せた初級で止まってしまうこともあります。これだけは才能……いえ、資質と言いますか、向き不向きがありますからね」
言葉を選んでいるけど、聖女さまはみんなが望む通りの魔法を使えるかはわからないと言いたかったんだと私は理解する。
もしそうだったら悲しいけど魔法が使えることに変わりはないし、やれるだけやってみたい。
きっとみんなも同じ思いだ。
「まあ保険もありますが……」
ぼそりと聖女さまが呟いた気がしたけど、よく聞こえなかった。
「では今から、みなさんを私の魔力で包みます。これは目に見えませんし、風のような肌に触れる感覚や音も匂いもありません。もし魔力のようなものを感じられたら、より正確に魔力の形を掴み取ってください」
見えないし、聞こえない。触れなくて、匂いもない。
そんな物をどうやって感じればいいのか見当も付かないけど、とにかくやってみないと始まらない。
「格好は自由で構いませんよ。立ったままでも座っても、目を閉じていても自由ですが、リラックスしたほうがいいかも知れませんね。では準備はいいですか?」
私は立ったまま聖女さまを見つめ、その視線に意識を集中させる。
もし才能があれば、きっとすぐに魔力が感じられるはず。そう期待して、正体不明のなにかを見逃さないように注意深く見つめた。
だけど、いつまで経っても変化が起きない。
聖女さまも黙っているだけで、みんなもキョロキョロと周囲を見回し始めた。
これって、もう始まってるんだよね?
不思議に思って声を出しかけた、その時だった。
「あっ、きらきらしてる!」
小さな女の子がはしゃいだ声を上げて、みんなの注目を集めた。
きらきらってなんだろう?
「あなたは……サニアでしたね」
「うん、クロシュおねえちゃん!」
聖女さまが近寄ると、サニアと呼ばれた子が嬉しそうに答える。
「その、きらきらはどうなっているか、わかりますか?」
「えーっと……クロシュおねえちゃんから出てる」
「なるほど、これが【幻視】ですね。感知とは違って……!?」
よくわからないけど、聖女さまが驚いているみたいだった。
「え、なんで【神託】と【神の加護】が……?」
「クロシュおねえちゃん?」
「ああ、いえ、なんでもないですよ。……他の子には付いてないけど、あっ」
誰か探してるのかな?
辺りを見回した聖女さまは納得したような顔になって、やがてこほんと咳払いをすると、サニアを伴って元の位置に戻る。
「えー、とても素晴らしい発表があります。なんと、こちらのサニアが魔力を視ることができました! みなさん拍手ー!」
パチパチと聖女さまが手を鳴らすと、続いてみんなが大喝采を送る。
当の本人は照れながらも聖女さまに頭を撫でられて笑顔を浮かべていた。
すごいすごいと誰もが褒め称える中で、私は先を越されちゃった悔しさから素直に喜べなかった。
「スー」
「あ、ケント君」
いつの間にか、すぐ隣にケント君が寄り添うように立っていた。
「まだ始まったばかりだよ。落ち込む必要なんてないさ」
「……うん。ありがと」
お見通しだったみたいで、単純な私はそれだけで嬉しくなっちゃう。
そうだ。まだまだ始まったばかり。それにサニアちゃんに魔力が感じられたのなら、私にだってできるはず!
考え方を変えた途端に嫉妬していた胸が軽くなって、私は心から拍手ができた。
隣で見ていたケント君も、たぶん兜の下で頬笑みながら一緒に手を鳴らす。
次は私が、彼に拍手を送って貰うんだからね!
ケント君=ゲンブ




