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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第3章「スーパー幼女大戦」
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そのまま燃やしてください

 長話を終えた俺は、庭園からミリアちゃんの屋敷へ意識を戻す。

 数時間は滞在していた気がするけど、現実では数分しか経っていなかった。実に便利な空間だが……。

 なるほど、ペンコが言っていた意味が少し理解できたな。

 というのもミリアちゃんが学士院で授業中だから、帰って来るまで三時間もの時間を待たなくてはならないのだ。

 時間を気にせず、ゆっくり話ができる点は素晴らしいが、逆にある程度の余裕があると、それがそのまま退屈な時間へ様変わりしてしまう。

 特に庭園にいる間は自由に動けるのに、現実へ戻れば身動きできなくなるという落差も、余計に滅入ってしまうかも知れないな。

 俺はミリアちゃんの傍にいるだけで楽しかったから【人化】する以前から、あまり気にしたこともなかったけど、逆に言えばミリアちゃんにも出会えていなかったら、とっくに廃人と化していただろう。

 目覚めたばかりの頃は、幼女神様とも離れていたからね。


 なにかなー?


 噂をすれば幼女だ。

 いつも近くをうろうろしたり、ふわふわ浮いていたりしているけど、今日は大人しく佇んでいる。

 前も思考を読んでいたかのように登場したし、またヒマになったのだろう。


 ひまじん、みたいに、いわないで、ほしいなー。


 おっと、なにやら物言いがあったぞ?


 いそがしい、からねー。


 常に退屈している印象でしたが、新しい遊びをお見つけあそばされたので?


 あそび、じゃなくて、おしごと、だよー。


 幼女神様の仕事というと、つまり神様の仕事か。

 いったいどんな内容なのか気になるところだけど……。


 まだ、ひみつ、かなー。


 これである。

 平然とネタばれはするのに、知りたいと思う情報は教えてくれない。

 これはあれかな? 好きな子にイジワルしちゃう心理的な?


 せやなー。


 軽く流された。

 仕方ない。まだ秘密、という言い方だから、いずれ教えてくれるまで待とう。

 なんだかんだ言って悪い結果にはならないからね。


 それなー。


 ほら、幼女神様もこう言ってる。


 あれなー。


 ……ちょっと心配になってきたな。


 わかるー。


 俺には一切わからない最近のネタを振るのはやめてくださいよ。


 バレたー?


 幼女神様が妙なことを言い出したら、だいたい俺が転生した後のネタでしょう。

 たしか前にも同じような空気になった気がしますよ?


 だって、クロシュくんの、はんのうが、おもしろいからー。


 面白いからって俺で遊ぶのは構わないんですけどね。

 いつかのように、他の人に勝手に称号を付けるのだけは控えてくださいよ。


 だめなのー?


 そ、そんなウルウルした目で見ても禁止です。


 ちぇー。


 危ない危ない。まさか幼女神様が、あんな手段を取るとは思わなかった。

 あと少しミリアちゃんから得られた幼女力……幼力が足りなければ押し負けていただろう。ありがとうミリアちゃん!

 こうしての世界の平穏は護られたのであった。


 じゃあ、いっしょに、あそぼうかー。


 イエス、ユア・マジェスティ!

 誰もいない空間へ向かって跪き、恭しく了承する姿は傍から見れば奇行に映っただろう。

 しかし、ここは俺のために用意された部屋だ。用がない限り誰かが訪れる心配もない、完全なるプライベートルームである。

 久しぶりに、思いきり戯れるとしようじゃないか。




 そうして小一時間ほど懐かしの限定しりとりや、布槍を一本だけ使って室内を飛び回る幼女神様を捕まえる遊びを楽しんでいたのだが、終わりは唐突だった。


 そろそろ、おしごとの、じかん、だからねー。


 先ほど言っていた、謎のお仕事に出かけるらしい。

 せっかく残像を残して消える幼女神様の移動パターンが掴めそうだったのに。


 また、いずれ、だねー。


 次こそは幼女神様の身も心もキャッチしてみせますぞい。


 たのしみに、してるよー。


 そう言い残して幼女神様の姿が掻き消えた。転移したの?

 幼女神パワーに不可能なんてないのだろう。

 勝手に納得したところで、俺は喉の渇きからメイドさんに果実のジュースでも貰いに行こうと部屋を出る。

 【人化】を解除すれば、すべての体調はリセットされるため渇きや空腹なんかも消えるけど、俺はそこまで人間をやめていない。

 美味しいジュースを飲んで解決するなら、そちらを選びたいね。


 すっかり慣れた足取りで屋敷内を歩き、豪華ながらも程良い広さに抑えられたリビングへ入ると、メイドさんの他に先客がいた。

 椅子に座っているため背もたれに隠れて、はっきりと姿までは見えない。

 この部屋はエルドハート家の者がくつろげる空間として用意されており、来客が通されることもないので、誰なのかは必然的に限られるはずだが……ミリアちゃんが帰るにはまだ早いよな?

 この時間帯に利用者がいるとは思わず、俺はゆっくりと回り込む。


「っと、ノブナーガでしたか」

「どうかしたのかクロシュちゃん?」


 かなり気を抜いていたのか、俺が完全に視界に入るまで気付いていなかったみたいだが、ノブナーガはすぐに柔和な笑みを浮かべた。

 どこか疲れているようにも見えるな……。


「こんなに日の高い時間から屋敷にいるのは珍しいですね」

「ああ、実は仕事がようやく片付いてな。むしろ、これが普段の私だよ」


 とりあえず思ったことを聞いてみたら、それが答えだったようだ。

 最近のノブナーガは常に屋敷を空けており、たまに帰ってもすぐに出かけてを繰り返していた。これはミリアちゃんの母親であるネイリィも同様だからこそ、ノブナーガがリビングでくつろいでいるとは予想していなかったのだ。

 しかし仕事が終わったということは、このまま屋敷に滞在できるのかな?

 ミリアちゃんが喜びそうでなによりだ。


「ちなみに仕事というのは、やはり魔獣事変の事後処理でしょうか?」

「いや、そっちは……まあそれもあるが、私がするような仕事はすでに通り過ぎて部下に任せる段階だから、もう大して苦労はしないんだ」

「では、ようやく片付いたという仕事というのは?」

「うむ……まあ、クロシュちゃんなら話してもいいだろう」


 ノブナーガは僅かに悩んだようだったが、すぐに決断したように俺へ向き直る。


「まだクロシュちゃんが聖女として正式に認定される前だが、こんな書状がいくつも送られて来ていたんだ」 


 そう言いつつ懐から取り出したのは、かなり紙質が良い手紙だった。

 すでに封は切られているので、受け取った俺は遠慮せず中の便箋を手に取り、記されている文に視線を滑らせ――。


「み、ミリアに婚約の申し込み……ですか!?」


 俺が幻術で騙されているのでなければ、たしかに婚約と書かれていた。

 相手は知らないが、どこかの貴族であるとは予想が付く。


「まさかノブナーガ……?」

「無論、断ったとも。あの子の年齢なら婚約はおかしくないが、だからといって必要なわけでもないからな」


 よ、よかった。

 さすがの英断に、俺はノブナーガへの評価を十段階くらい引き上げる。


「だが相手が相手だからな。断るにも礼儀というものがある。特に面倒な相手となれば私が直々に赴くしかない」

「なるほど。だから屋敷を空けがちだったんですね」


 どれくらいの申し込み数だったのかは敢えて明かすつもりはないようだが、これまでの期間を考えると相当な人数だったのだろう。


「それとクロシュちゃんにも、かなりの数が届いていたぞ」

「……はい?」

「なんなら今から書状を持って来させるが……」

「いいえ、そのまま燃やしてください」

「そう言うと思って一緒に断っておいたよ。どれも地位が目当ての木端貴族で楽だったが……うちのクロシュちゃんをなんだと思っているのやら」


 ありがたい配慮だけど、ノブナーガも俺をなんだと思っているんだろう。

 見た目が見た目だし、もうひとり娘ができた感覚なのか?

 ミリアちゃんの姉の座を頂けるなら、喜んで就任しますけれども。


 縁談を断っていた他にも、ノブナーガは魔獣事変や武王国の工作活動で被害を受けた地域の視察も兼ねて各地方を飛び回っていたという。時間がかかるワケだ。

 むしろ帝都に留まって大丈夫なのかと心配したが。


「細かい仕事は代理の者に任せてあるし、そもそも私の仕事なんて数えるほどしかないんだ」


 これはエルドハート家が侯爵位を有しているからこそだという。

 大貴族は広大な土地を治めるため、各地に自身の代理となる下位の貴族を配属して運営を任せるのが基本らしい。

 現に城塞都市もエルドハート家の領内だが、あそこの領主はノブナーガではなく別の貴族になっている。

 もちろん当主たるノブナーガが指示を出せば従うそうだけど、基本的にはよっぽどの問題が起きない限り口を出さないそうだ。

 任された代理の領主は自由に土地を運営して利益を得られ、その何割かを当主であるエルドハート家へと上納する。

 だからこそ多くの大貴族はのんびり過ごしながらも、莫大な収入があるそうだ。


「もっとも、代理の貴族が不祥事を起こせば私の責任にもなってしまう。しっかり信頼できるかを見極め、能力に見合った地域へ配属し、不正を行っていないかを監督する。私の仕事は、そちらのほうが重要だな」


 まったく気楽、というワケでもないのか。

 そして、いずれミリアちゃんが当主の座を引き継ぐのなら、その気苦労をすべて背負うことになる。

 できる限りノブナーガには長生きして欲しいね。


 難しい話はそれくらいにして、俺はメイドさんが用意してくれたオレンジっぽいジュースに舌鼓を打ちつつ、久しぶりにノブナーガとゆっくり雑談をする。

 そういえばネイリィはどうしたのかと聞くと、どうやらミリアちゃんを迎えに行ったらしい。

 迎えもなにも送迎の耀気動車が護衛付きで向こうにいるのだが、まあ早く愛娘に会いたいということだろう。

 もうそろそろ帰る時間なので、俺もなんだか待ち遠しくなってきた。

 こういうのは意識するほど、時間が長く感じるんだよね。


「おっと、忘れるところだった。クロシュちゃんに別件で書状が届いているんだ」


 別件というのなら、どこぞの貴族からの縁談ではないのだろう。

 先に確認するためノブナーガが中身を改めたそうなので、変なことは書いていないだろうと安心して折り畳まれた紙を広げる。


「これは学士院からのものですか……ん? 教師の依頼?」

「格式ばった文章で少し理解し辛いと思うが、簡単に言えばクロシュちゃんに魔法の講義をお願いしたい、という内容だな」

「それは、あそこの生徒に私が魔法を教える、という意味でしょうか?」

「どこまでを求めているかは詳しく確認してからだが、まず先にクロシュちゃんにその気があるのかを尋ねているんだよ」


 これは最初の打診というワケか。

 なぜ魔法なんて伝説の中の代物と化していた技術を、いきなり生徒に教えて欲しいなどと頼んで来たのかも不明だが、今のところパスだな。

 ちょうど教える手段はほぼ確立されていたけど、これを試そうと考えていたのは学士院の生徒じゃない。

 なにより実戦形式に近い手段で、知識に至ってはまるで持っていないに等しいから、魔法の講義なんて俺には無理だった。

 ちょっとだけ、幼女たちに先生と慕われる光景は惜しいけどね。


「クロシュさんが魔法を教えてくれるんですか!?」

「わっ、み、ミリア?」


 俺が座る椅子の横から顔を出したのは、キラキラした表情のミリアちゃんだ。

 いつの間にか帰っていたようだが……そういえば学士院の生徒と言えば、ミリアちゃんたちも含まれるのか。


「えっとですねミリア、まだ返事も出していないので……」

「じゃあ今から返事を出すんですね?」

「それはそうですが……」


 やばい。もう完全に俺が魔法の講師をするんだと期待している。

 な、なにか上手く断る方法を……。


「ミリア、そんなに焦らせてはいけないわ」


 必死に頭を回転させていると、可愛らしいミリアちゃんの頭の向こう側にネイリィが現れた。相変わらず美女を絵に描いたような御仁だ。


「クロシュちゃんにも事情はあるのだから、無理強いしてはダメよ」

「でもお母様……」

「あんまりワガママを言うと嫌われてしまうわよ?」

「えっ!?」


 もの凄い勢いでミリアちゃんが俺を見た。


「いえ、私がミリアを嫌う事態なんて想像できません。ですがミリア、実はこの話はこと……保留にしようと考えています」


 断るとはっきり言えない日和見な俺の言葉に、ミリアちゃんは頷く。


「そうですね、急なお話ですから簡単に了承はできませんね。でもクロシュさんでしたら心配しなくても立派な教師になれると思います!」


 微妙に食い違っているけど、俺の気持ちを慮っての言葉だから嬉しくもあり、ちょっと複雑な気分だな。


「クロシュちゃん、返事は私のほうで送っておこうか?」

「お願いしますノブナーガ。手紙の形式なんて、わかりませんので」

「ははは、私もクーデルに書かせているから似たようなものさ」


 当主がそれでいいのか。

 ひとまず、この話はいずれ正式に返事をするとしよう。

 ミリアちゃんは楽しみにしていますと瞳で訴えかけつつ、ネイリィと一緒にリビングから出て行った。

 あんなに喜んでくれるなら、個人的に魔法を教えるのはアリだな。

 なるべく早く……いや、今からでも村へ行ってみよう。


 俺がルーゲインから聞いた魔法の習得方法を最初に試そうと考えたのは、村で保護している子供たちだった。

 もちろん危険はないし、あの村の住人なら魔法を悪用させないよう徹底することもできるからだ。

 元からインテリジェンス・アイテムの扱いについても教え込むつもりだったのだから、大した苦労じゃないだろう。

 そして、これが上手く成功すれば自信を持ってミリアちゃんに教えられる。

 これまでミリアちゃんを待たせてしまっていたことだし、すぐに動くとしよう。


「ああ、そういえばノブナーガに言ってなかったのですが……」

「なにかなクロシュちゃん?」

「実は異世界人の子供たちを、例の村で匿っています」

「……うん?」


 俺が順を追って異世界の子供たちを救出した経緯を話すと、ノブナーガは呆れたような、それでいて嬉しそうな、なんとも複雑な笑みを見せた。

 黙って危険な案件に首を突っ込んだのは、間違いなく俺が悪いだろう。

 でも、あの時はそれが一番だと思ったし、ずっと隠し通す気もなかった。

 あの村を用意できたのはノブナーガの協力あってこそだから、そこまで不義理なマネはしたくない。

 だからこそ、ここですべて打ち明けようと思ったのだが……付け加えるなら、それで問題ないと俺は予想している。


「……色々と言いたいことはあるが、こうして話してくれたのは素直に嬉しいと言っておこう。ただ次からは事前に教えてくれると、もっと嬉しいな」


 苦味が混ざる笑顔を浮かべながら、予想通りにノブナーガは許してくれた。


「怒らないのですか?」

「そう思ったからこそ、このタイミングで話したんだろう?」


 うわ、バレてる。

 正しいと言い切れるのであれば、ノブナーガは心配から口出しするけど、最終的には無事を喜んでくれると俺は踏んでいたのだ。

 そんな打算的な考えを読み切って、なおノブナーガの表情は変わらない。

 これが侯爵家当主の度量というやつか。


「とはいえ、その村に視察に赴く必要は出たようだ。細かい話も聞きたい」

「わかりました。では今から転移の魔法陣を使って行きましょう」

「……本来は数日をかけて出向くものなんだがな。あれに慣れてしまうと、耀気動車や耀気機関車での移動が億劫に思えてしまって困るな」


 そう話す声はどこか楽しげで、まったく困っている様子はない。

 よっぽど普段の長距離移動が辛いんだろうな。

 ミリアちゃんの縁談を断るのに時間がかかったのも移動時間が大半だろうし、その間は愛しい娘にも会えないとなると、同情を禁じ得ない。

 よし、今度から遠出する時は、俺が送迎係にでもなってやろうか。

 言わば転移タクシーだな。

 それくらいなら世話になっている礼もあるし、無償で引き受けよう。

幼女神様だけではなくクロシュも妙な事を言い出したら

だいたい何かのネタである可能性が高いです。


次話からクロシュ以外の視点が続くと思われます。

そろそろ三章も終盤に向かっているはずです。

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