それは『欲』だ
トレカ計画はミルフィちゃんのおかげで一気に進展した。
この勢いに乗った俺は、翌日にはヴァイスと共に城塞都市の冒険者へ赴き、魔物図鑑を借りられないか打診する。
結果から言えば、即座に手に入った。
というか借りるだけのつもりが偉いっぽい人が登場して、今後もよろしくお願いします、などと丁重に贈呈されたほどだ。
まだまだヴァイスのドラゴン級冒険者という肩書を侮っていたようだな。
せっかくだから遠慮せずに受け取る。
ついでに印刷商について調べたところ、帝都に限れば複数の店舗を構えていると判明した。その規模こそ大小の差はあるが、技術的にはどれも同じくらいか。
城塞都市にもあるにはあったが、ほとんど領主やギルドの下請けで、個人の注文に対応できそうにない。
元々、帝都で頼めたら近場で楽だと考えていたので支障はないが……。
逆に店舗数が多すぎて、どこへ注文するか悩むハメになった。
まあまだ試作品も作っていないのだから、こっちは今すぐに決断しなくとも構わないだろう。
その日のうちに魔物図鑑をミルフィちゃんとペンコに渡し、用事が終わった俺はヴァイスと少し話をした。
簡単な報告だけだった商家連合での奮闘を改めて聞かされ、そのことを褒めたら珍しく照れている素振りを見せたのが印象的だったな。
考えてみれば、師匠と慕っている相手から褒められたら嬉しいものか。
面白いので、これからは事あるごとに絶賛してみようかな。
そんなヴァイスは最近、屋敷に残ってミリアちゃんを警護している。
俺があちこち出かける用事が増えたので、代わりというワケだ。
屋敷には護衛騎士の他に、ミニ毛玉ことコワタもいるから安全だとわかっているが、やはり最も信頼できる者が残ってくれると心から安心できるからな。
そう伝えるとヴァイスは、妙にやる気を出していた。良いことだ。
なお商家連合へ同行していたクレハだが『またヴァイスと一緒に行動する機会があれば協力しても構わないわ!』『でも別にアンタに協力するわけじゃないんだから勘違いしないでよね!』などと言い残して去って行った。
……戦力にはなるんだよね。
扱いやすいから必要になったら呼んでやろう。
さらに翌日。お昼時のことだ。
俺はミリアちゃんに付き添わず屋敷に残って、例の庭園を訪れていた。
すると前回同様に出現先を変更され、気付けば薄暗い部屋に立っている。
ここはルーゲインに認められた者しか踏み入れない特別な場所であり、少し前に【人化】できる管理者たちとの会談をした場でもあった。
なぜ楽しい楽しい幼女たちの学び舎にも向かわないで、こんなとこへ足を……もとい意識を飛ばしているのかと言えば。
「さすがクロシュさん。時間ぴったりですね」
「当然です。これもミリアのためですから」
ほぼ同時に姿を見せたのは相変わらず金髪美少年なルーゲインだ。
ペンコ辺りに紹介したら喜びそうだが、特に意味がないな。なにかしらの報酬として取っておくとしよう。
そんなことよりも……。
「では早速ですが、ミリア強化計画の会議に入らせてもらいます」
本日の議題である。
ずっと先延ばしになっていたがようやく、どうすればミリアちゃんが納得できる強さを手に入れられるのかを相談できる。
スキルやらステータスに関しては、ただ眠っていた俺よりもマジメにレベルアップしていたルーゲインのほうが詳しいだろうし、こいつは頭もいいからな。
もっとも、相談したからといって解決するワケでもない。
肝心なのは、ここで解決策を出せるかどうかだ。
「強化計画……ですか」
席に着いたルーゲインが、なにやら思案する顔で呟く。
「前に話を伺った所感では、強さよりもクロシュさんを装備する者として相応しくなれたと納得できるかどうか……逆に言えば、今の自分には相応しくないという劣等感のような物を拭うのが重要だったと思いますが」
「間違いはありません。しかし本人が望んでいるので、なにかしら今以上の強さを手にしないと心から納得させるのは難しいでしょう」
そう言いながらも、ルーゲインの言葉に一理あると俺は感じていた。
ミリアちゃんが俺に悩みを打ち明けたのも、アミスちゃんが前へ前へと進んでいるのに対し、自身が進歩していないと劣等感を抱いているせいだ。
これは得意分野である魔道具においても、ソフィーちゃんが【刻印術】を持っているのも関係しているだろう。
誰が悪いワケじゃない。
ちょっとだけ噛み合わなかっただけだ。
「それでは純粋に、彼女のレベルを上げるのが近道ではないですか?」
「やはりそうなりますか」
レベル上げは俺も最初に思い付いている。一番手っ取り早いからな。
だがミリアちゃんのステータスでは戦闘に向いていないと感じて、レベルを上げても効果が薄いのではという懸念があった。
だからこそ別の手段を模索しているのだが……とはいえ、まったく意味がないワケでもない。
少なくともHPとMPは伸びる。スキルの取得条件にもレベルが関わるものがあるだろうから、根本的な解決にはならないけどレベル上げは必須だ。
「レベルを上げるなら、ダンジョンに潜るのが効率的なのでしょうか?」
「そうとも限らないですね。現状では多くのダンジョンが踏破されてしまい、もはや狩り場としての魅力は薄いのです、それなら魔の森のような魔獣が多く生息する秘境を探索した方が早いでしょう。その分、危険もありますが」
俺がミラちゃんたちとダンジョンに潜っていた頃は、変なスライム狩りで経験値が美味かったのだが、あれは時期が良かったらしい。
もはやダンジョンの魔物は狩り尽くされ、数だけは多い魔獣を目当てに森の奥深くへ潜るのがレベル上げの主流となっているようだ。
もっとも、そんな荒行が可能なのは一部の特異な者だけだとか。
だから高レベルのやつが少ないのか。
「魔物や魔獣を狩る以外にレベルを上げる方法はないのでしょうか?」
例えば結晶みたいなものを砕くと経験値が上がったり、あめ玉を使うとレベルが上がったりとかね。
「あるにはありますよ」
え、本当にあるのか。
ダメ元で聞いてみたのだが、ルーゲインはあっさりと答えた。
「ただ、あまり効率がよくありませんからお勧めはしません」
「どういう方法なんですか?」
「誰かと戦い、心から負けを認めさせることです」
それがどうしてレベルアップに繋がるのか。
これを教えるのにルーゲインは、そもそもレベルとはいったいなにか、その仕組みについて考察するところから始めなければならないと、どこか楽しげに言う。
単に自分の考えを披露したいだけじゃないかと呆れるが、庭園の時間はゆっくりと流れる。今回は付き合ってやるとしよう。
以下はルーゲインの仮説だ。
レベルとは一種の魔力であり、ステータスとは加護である。
倒した相手から奪う形で自身の魔力を高めて加護を強化する。
便宜上これらをレベルと経験値、ステータスと呼んでいるに過ぎない。
故にレベル差があっても、格下相手に負けることもある。
そして経験値は、相手を殺さずとも手に入る。
命を懸けた戦いにおいて、相手に敗北を認めさせれば経験値の譲渡が行われる。
あくまでルーゲインの仮説に過ぎないが、インテリジェンス・アイテムに転生してから現在までの、およそ百年以上に渡る経験に基づいた説である。
信憑性は高い。
それに、俺にはひとつ思い当たる部分があった。
殺さずとも相手に負けを認めさせれば経験値が手に入る、という下りだ。
以前、上級悪魔のラエちゃんを倒した時のことだ。命までは奪っていないにも関わらず、俺とミリアちゃんのレベルが大きく上がっていた。
この仮説は、たぶん正しいと俺は感じている。
だけど、奇妙なことにルーゲインや、その装備者であるグレイルを殺した際にレベルアップはなかった。
これはラエちゃんの時にレベル百に到達して、今もそのまま変動していないから間違いない。
グレイルは……まあ大した糧にならなくても不思議ではないが、ルーゲインはレベル百越えだから、得られる経験値は相応に膨大なはずなんだが。
これについて質問してみると。
「恐らくクロシュさんのレベルが百になっていたからでしょう。僕もそうでしたが、レベル百から先は異様に上がり難くなるんです」
おまけにステータスの上昇も見られず、ほとんど意味がないのだとか。
レベル百以上は、もう無理に上げる必要はなさそうだ。
「ですが最近ひとつ気付いたことがありまして。ひょっとしたらレベル百を越えていないと取得できないスキルがあるのではないかと……」
ありそうだ。
知り合いのレベル百越えは、みんなSランクスキルを持っているからな。
だとすれば、百に到達するのが取得条件とかもあるのだろう。
俺はもうひとつ気になっている疑問を投げかける。
「ところでスキルの取得は、本人の強い望みが反映されている気がしますが、どうでしょうか?」
「それは、初耳ですね。属性が関係しているのは……いえ、言われてみれば僕が望んだスキルが選択欄に出ていましたね。となると転生した形のみならず……?」
考え込むルーゲインだが、俺が【合体】を取得できたのが偶然や幼女神様の粋な計らいでなければ、俺自身の望みがスキルに反映されているのは間違いない。
……『望み』とはちょっと違うかな?
もっと純粋で、心の奥底から湧き出る力強い衝動とでも言うべきか。
例えるなら……それは『欲』だ。
強い欲求こそが、欲しいと願うスキルを手繰り寄せるのだろう。
「ああ、スキルといえばルーゲイン。ついでに確認したいのですが、船で異世界人が吠えたと思ったら、私のスキルが打ち消された件です」
「あれがどうかしました?」
「明らかにレベル差があったのに通用したのは、スキルに影響するのはランクだけで、レベルは関係ないからでしょうか」
「そういう意味でしたか。クロシュさんの言う通りですが、細かく言えばステータスも影響しますね」
どうやらスキルの効果には、似通う種類のステータスが関係しているらしい。
わかりやすいのは魔法を使うなら『魔法力』、魔法を防ぐなら『魔防力』で、相殺し合うスキルの場合、高いステータスのほうが押し切るといった感じだ。
属性が付与された魔力そのものを消し去る【虚無】になると、同じくSランクの【極光】でも問答無用で無効化できるみたいだけどね。相性の問題だろう。
では俺の【迷彩】と、あの異世界人の遠吠えがどうなっているのか。
ルーゲインによれば、大抵のスキルは軽視されがちな『運命力』の作用が大きいそうだ。
俺の『運命力』は……うん、Dだな。
【迷彩】はCランクだし、遠吠えも同ランクだとして、異世界人の『運命力』も同じDランクなら、相殺される可能性は十分にあったワケだ。
うーん、こう考えるとCランクのスキルは、あまり信用できないな。
「付け加えるとすればクロシュさんも僕も、あの時は誰にも装備されていなかったので、ステータスもすべてダウンしていましたからね」
そうだった……。
じゃあ【迷彩】を破られるのは確定だったのか?
ここに来てミリアちゃん不在のデメリットが大きく出てしまったな。
……だからって、戦場にミリアちゃんを連れ出すワケにはいかないんだ。
幸いBランク以上ならそうそう破られないから、相手のスキルに注意していれば大丈夫だろう。
「僕からもお聞きしますが、クラスのランクについてどこまでご存知ですか?」
クラスのランクってのは俺の場合【魔導布】がクラスで、ランクはミスリルっていうやつだな。
一緒に星が五つ並んでいるけど、どっちかに表記を統一しろよ。
「ランク差があると、ステータスにも差が出るくらいですね」
「それですけど、先ほども話したように僕はステータスを加護のようなものと解釈しています。だとすればクラスのランクとは加護の序列であり、だからこそ上位の加護を持つ者は、下位の加護に対して有利になるのでしょう」
ちょっとややこしいが、レベルとは別だと言いたいんだな?
ステータスは加護の数値を表している。
レベルは加護の強化度合いを表している。
クラスランクは加護自体の序列を表している。
では……加護とは?
「いったい誰から加護を受けているのでしょう?」
「この世界には神々がいます。八つの属性を司るのがそれです。つまり」
「それぞれの属性の根源である神が加護を与えていると……」
前にも似たような言葉を聞いた気がする。
たしかミリアちゃんたちの髪色の話で、属性は加護だとかなんとか。
そして俺とミリアちゃんの黒い髪は……。
「だとすると私は加護を持っていないことになりますね」
「僕が気になっているのも、そこなんです……なぜクロシュさんのように属性を持たない者がいるのでしょうか」
実際は属性が無いのではなく、無の属性だったのだが……俺は黙り込む。
俺の強みのひとつだし、例えルーゲインでも手の内は隠しておきたかった。ちょっと悪い気もするが、知ったところでなにも変わらないだろう。
……あれ? 属性にそれぞれ神がいるなら、無属性の神もいるのか?
まあ、そもそも憶測だけで本当に加護なのかも曖昧なんだから、あまりに気にしても仕方ない。
「……っと、すみません。話がだいぶ逸れてしまったようです」
「面白い話が聞けたので私は構いません。それに今のところ、魔獣を相手にするのが最も効率がいい、というのが結論のようですから」
こうなったらレベルを上げる以外で、なにか手を打つしかないな。
改めてまとめると。
レベルは一種の魔力を数値化したもので、加護の強化度でもあります。
経験値は、相手から得られた魔力です。
ステータスは加護の内訳で、何がどれだけ強化されているのかであり
実は本人そのままの能力値ではありません。
クラスのランクは分かりやすく言えば進化です。
進化してランクが上がるとボーナス補正がかかり
下位ランクに対して全ステータスがランク差分上昇する感じです。
同ランクならステータスに補正は発生しません。
インテリジェンス・アイテムは装備されていないと
このクラスランクが二段階下がります。
星五つのクロシュやルーゲインも、現在は星三つになっている状態です。
ただしヴァイスはスキルで星五のままです。
○星五の人
ノブナーガ
ネイリィ(ミリアの母)
○星四の人
フォルティナ(皇女。ミリアの親友)
ジノグラフ(皇子)
○星三の人
ミリア
アミス
○星二の人
ソフィー
ミルフィ
○星一の人
ペンコ
ぶっちゃけ覚えなくても構わない設定ですが
こういうのも作っていました、という回。




