私は転生者です
子供たちを村に匿うようになり、俺の日常にようやく平穏が訪れた。
……かに思えたのだが、そう簡単には行かない。
なぜなら子供たちを保護している以上、その責任を背負うからだ。村に連れて来ましたけど後は知りません、では幼女の守護者として失格どころか商家連合のクズ共と変わらない。
みんなの生活や、今後のことまで面倒を看て初めて、ようやく救出できたと胸を張って言えるのかも知れないな。
ともあれ当面は村長に就任させたルーゲインと、ゲンブの二人が上手くやってくれるだろう。
俺は、俺にしかできない仕事をする。
残された問題はミリアちゃん強化計画と、トレカ計画だ。
前者は俺に相応しい装備者になりたいと願うミリアちゃんを、どうにかして強くしてあげると約束したことから始まった計画である。
詳しくはルーゲインに相談の約束を取り付けておいたから、今すぐ解決できるものではなかった。
待たせてミリアちゃんには申し訳ないけど、もう少しだけ後回しとなる。
後者は将来的に入用となった際、ノブナーガを頼るのではなく俺自身が稼いだ金を使い、場合によってはミリアちゃんのため自由に使える資金を稼ぎたいと考えた結果、トレーディングカードって儲かるんじゃね? という安易な発想から始まった計画となる。
こちらはペンのインテリジェンス・アイテムであるペンコと、ミルフィちゃんに相談したところ肝心のイラストは用意できる目処が立っていた。
ただ製品化するツテがないので、そこをどうするかが課題か。
これも二人と話し合ってみてから考えたいから後として……。
ひとつ、新たに最優先で確認しなければならない問題が発生している。
後日、いつもの如くミリアちゃんに連れ添って学士院を訪れていた俺は、使者だという男に恭しく引き止められ、呼び出しを受けた。
相手は第一皇子ジノグラフ。ずんぐりむっくりスーツの海賊もどきだ。
どうやって会おうか悩んでいたところだったので、ちょうどフォルティナちゃんからお茶会の誘いを受けていたミリアちゃんを見送り、俺は快く使者に付いて城へ出向くことにする。
やがて王族に相応しい豪華絢爛な部屋に案内されると、待ち構えていたジノグラフがソファから立ち上がって出迎えてくれた。
「ようこそクロシュ殿、僕の部屋に家族以外が訪れたのは貴女が最初です」
「それは光栄に思えばいいのでしょうか?」
益体のない無駄話から入るジノグラフへ牽制球を投げてやる。
「ええっと、そう思って貰えれば……」
「ではそうしましょう。どうも」
「あ、はい、こちらこそ……その」
傍から見れば失礼なのは明らかに俺のほうだったが、ジノグラフはまるで叱られたかのように言葉をごにょごにょと尻すぼみさせる。
この感じからすると。例の海賊ごっこは後ろめたい部分があるのだろう。逆になかったら困るけど。
気を取り直したのか、ジノグラフは咳払いをひとつして俺に向き直る。
「本日は急にお呼び立てしてすみません。どうしてもクロシュ殿と話がしたかったのと、内密にお伺いしたい事がありましたので」
「こちらも似たようなものです。単刀直入に行きましょう。どうやら隠れて聞き耳を立てている不埒者はいないようですからね」
「もちろんです。そのような事は僕がさせませんよ」
すでにスキル【透視】で部屋中を確認済みだし、さっきの無礼な発言で【察知】が反応しなかったから従者が潜んでいる可能性はない。
ということは内密と言っていたように、ここからはジノグラフにとっても秘密にしておきたい話となりそうだ。
「私からの質問は、なぜ海賊に扮して船に入り込んでいたのか、その目的です」
「恐らくクロシュ殿と同じで、異世界の子供たちを救うためです」
これだけは明確にしておきたかったのだが、どうやら間違いないらしい。
すでにジノグラフは商家連合の悪行を知って行動を起こしていたのだ。
とは言っても、あの場に俺とルーゲインが居合わせなかったら、ただ殺されるだけではなく正体まで露呈し、帝国と商家連合の全面戦争に陥っていただろう。
村を警護する騎士団長がそんなことを言っていたから間違いない。
「では先に教えておきましょう。子供たちは無事です。とある場所で保護されていますし、今後に関しても心配いりません」
「やはりそうですか……良かった」
心から安堵している様子のジノグラフに、俺は最後の警戒を静かに解いた。
どこまで把握し、子供たちを救出する裏に隠れされた意図がないか疑っていたのだが、それらは杞憂だった。
俺には確信できる。この男は本当に子供たちの無事を願っていたのだと。
「しかしずいぶんと無茶をしましたね」
「難しい作戦になるとは承知していました。ですが他に動かせる者もいませんでしたし、海路が判明した時点でこちらが有利だと判断したのですが、あのような護衛がいるとは想定外でした」
ああ、妖怪ぬるりひょんのことか。
あいつのスキルは水辺でこそ真価を発揮する構成だったから、潜水艇での侵入や海での戦いは、むしろ不利だっただろう。
かなり運は悪かったが、そこに俺たちがタイミングよく通りがかったのは不幸中の幸いってやつか。
「気になっていたのですが、このことを皇帝は?」
「知りません。知っていたら止めたでしょう。成否に関わらず露見すれば、自由商家連合国との間に亀裂が生じますからね。あの国とは貿易で持ちつ持たれつの関係にありますが、向こうは他にも商売相手がいるのに対し、こちらはひとつだけなので、強気に出られたら厄介なんです」
その皇帝の考え方は、今の俺なら少しだけわかる。
きっと以前の俺なら臆病だなんだと罵っていただろうが、子供たちを村で保護している立場からすると、あの村を危険に晒す行為は避けたい。
それが国という巨大な村に変わっただけで、俺も皇帝も同じなのだ。
むしろジノグラフが勝手な行動に出たのを咎めなければならないくらいだと頭ではわかっているが、感情的にはよく動いてくれたと称賛したくもある。
世の中ままならないものだ。
「では最後にもうひとつ、なぜそこまでして助けようとしたのですか?」
「誰かを助けるのに理由が必要でしょうか?」
「面倒なので同じ質問はしません。それが答えでいいんですね?」
「……すみません。言ってみたかっただけです」
観念したようにジノグラフは照れ隠しの苦笑いを浮かべる。
なんとなく……ふざけているワケじゃないんだろうけど、それが本心とも思えなかったので語気を強めて言ったらこれだ。
無駄にカッコつけてないで、さっさと話せっての。
「……これを打ち明けるべきかは悩んでいたのですが」
するとジノグラフは神妙な顔付きで、こちらの目をジッと見つめる。
「実は……僕には前世の記憶があるんです」
「……はい?」
「こんなことを言っても信じて貰えないでしょうけど、前世の僕は異世界で普通の生活を送っていました。でもある日、交通事故で死んでしまって……気付いたら皇子として生まれ変わっていた、というべきでしょうか。とにかく変に思われるでしょうが、僕には前世の記憶があるんです」
ま、待てよ?
つまりジノグラフは転生者ってことでいいのか?
でも【鑑定】は……あ、たしかひとつだけ確認できない称号があったな。
それに転生者だなんてウソを吐く意味もない。まともな人間が相手だったら頭がおかしくなったと思われておしまいだろうからな。
ここはジノグラフが転生者だと仮定して話を進めてみよう。
「あなたの事情はわかりました。それが理由と、どう繋がるのですか?」
「疑わないのですか?」
「ウソだと否定するのは簡単ですが、それでは今までの会話すべてがウソではない根拠もありませんからね。なのでウソだとしても、どのようなウソであるかを聞いてから判断しても遅くはないでしょう」
「やはり貴女に話して良かった……」
しみじみと語るジノグラフの表情からは、これまでひとりで抱え込んで澱のように溜まった苦悩が滲み出ている気がした。
ひょっとしたら過去、同じように誰かに打ち明けたのかも知れないな。
でも結果は恐らく奇異の目で見られるだけだったとか、そんな感じか。
「ええと、理由でしたね。そんなに難しい話じゃありません。僕は感覚としては異世界……地球人なので、同じ場所から連れて来られた者が奴隷として売られるのを黙って見過ごせるほど大人になれなかった、といったところです」
そういえば異世界にも複数あって、同じ地球とは限らないっていうのは知っているのだろうか? まあ知らなくとも助けに動いただろうし、わざわざ教える必要もないので黙っておこう。
それからジノグラフは溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように語った……というか、ぶち撒けた。
気付いたら赤子になっていて、ワケもわからず皇子として育てられ、言葉は覚えたものの慣れない礼儀作法を強要され、堅苦しい社交界でおっさんたちと腹の探り合いをして、食事は美味しいけどゲームもテレビもない。
おまけに次期皇帝として目されているが、それも可能なら妹に譲って辞退し、異世界を旅して色々と見て回りたい等々……。
とにかく、ジノグラフは現状に大きな不満を抱いているらしい。
立場が違えば俺は、文武両道のイケメン皇子に転生して贅沢だろ、お前はどこの主人公だよ、などと文句を言っていたところだが……わかる。
例え一般的に恵まれた環境であろうと、望んだものでなければ意味がないのだ。
俺がミリアちゃんから遠ざけられ、あの村とも関われなくされたと考えれば心から共感できる。そんな怨敵がいたら全身全霊を賭して戦わざるを得ない。
だがジノグラフはひとりで、誰にも理解されないまま耐えて来た。
忍耐強いやつだ。
そして同時に良いやつでもある。
だからこそ異世界から召喚された子供たちを放っておけなかったんだろう。
「……すみません、このような愚痴を聞かせてしまって」
「構いませんよ。おかげで少しジノグラフのことがわかりましたので」
「そ、そうでしょうか?」
「お礼……というのも変ですが、ひとつ私の秘密を教えましょう」
「秘密、ですか?」
「私のというより、私たちのと言うべきでしょうか」
ジノグラフが秘密を打ち明けたからか、あるいは俺も秘密を抱えているのに少し疲れたのか。こいつになら話してもいいかと思えた。
「異世界から生まれ変わった、転生者だと言いましたね。私もそうなんです」
「……え、それはどういう?」
「私は転生者です。さらにはインテリジェンス・アイテムの大半が同じで、元々は異世界で普通に暮らしていた者です」
まさに絶句という表現が相応しい顔でジノグラフは固まった。
俺は黙って、言葉の意味を呑み込めるまで待つ。
静かに時間だけが過ぎ、やがてジノグラフは逡巡した素振りを見せて口を開く。
「なぜ僕に教えてくれたのですか?」
「さて……どうしてでしょう。ただあなたが誠意を込めて打ち明けてくれたのですから、私も誠意をもって応えるべきだと思った……では答えになりませんか?」
自分の口から発せられているはずなのに、それが本当に正しいのかは曖昧で、俺にも真実がなにかわからない。
ただまあ、そういうことにしておけば収まりがいい。
ワケのわからないままでいるよりは、ずっとマシだった。
「前に僕は、クロシュ殿に協力すると約束しましたね。……改めてここに誓いましょう。なにがあっても僕はクロシュ殿の味方であり続けると」
なんか信頼を得られたみたいなので結果オーライだな。うん。
「私こそ、困ったことがあれば力を貸しますよ」
「なによりも頼もしい言葉です」
ハハハハッ! といった感じで、和やかに俺とジノグラフの会談は終わった。
それと最後に愛称のジルで呼んで欲しいと言われたので、公の場以外ではそう呼ぶことにする。
一時はどうなるかとヒヤヒヤした困った皇子だが、これで一件落着どころか、王族と強固な繋がりを得られたのは僥倖だ。
ふふふ、言質は取ったからな。いずれ時が訪れたらミリアちゃんのため幼女のため、存分に働いて貰うとしよう。
だが、ミリアちゃんにも俺が転生者であると話せていないのに、ジルにはあっさりと打ち明けられた……これは由々しき事態ではないか?
まさか俺は無意識のうちにミリアちゃんを信頼できなくなって……。
いや、違う!
これは難易度の問題だ。
ジルに教えるのと、ミリアちゃんに打ち明けるのとではまったく意味が異なる。
例えばジルにどう思われようと痛くも痒くもないが、もしミリアちゃんに転生者だと知られて引かれたり、拒絶されたりしたら……。
即死だ。
俺は死ぬだろう。間違いなく。
その差を考えればジルに話す難易度がどれだけ低いか一目瞭然だ。
だいたい俺が男だという最大の秘密は伏したままだ。そこまで教えるのは弱みに繋がるから、ジルにも話していない。
故に今回の場合は、俺がミリアちゃんを信頼していない証とはならないだろう。
うん、そうだな。その通りだ。
そうに決まっている。
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