狩りごっこだよ
サブタイトルが特に思い付かなかった結果がこれです。
私の名はクラウス・エルダート。とある貴族に生まれた長男だ。
貴族などと言っても別に大した家柄ではない。
名誉としての騎士爵を賜っているだけの、貧乏貴族というやつだ。
……よく誤解されるが、貧乏とは本物の貴族から見ればの話で、私の場合は一般市民と比較すれば裕福な部類に入るだろう。
なぜなら我がエルダート家が代々仕えているのは、大貴族と称されるエルドハート家なのだから。
父と同じく騎士となり、エルドハート家に仕えてから十年が経っていた。
かつて若造騎士だった私も、いまや立派な中年騎士であり、父に任されてミーヤリアお嬢様の護衛を務めたことも数え切れないほどある。
その護衛騎士のトップである総長ナミツネ殿は、当主ノブナーガ様が幼少の頃からの付き合いだとかで、信頼もさることながら実力も高く評価されている。
あの騒動のさなか見事にお嬢様の護衛を果たしたことからも、高潔な忠誠心が窺えるというものだ。
もちろん、そこには他の護衛騎士たちの尽力と、食客としてエルドハート家に迎え入れられた伝説の魔導布、現聖女ことクロシュ様の力添えがあればこそだが。
騎士として見習うべき手本に違いはないと、私は密かに尊敬している。
いつか私も、そのような信の置ける騎士長になるのだと。
そうして研鑽を積んでいた私に、ひとつの辞令が下された。
屋敷を警護する役職から、城塞都市の東に新しく建設される村の警護に配属となったのだ。
都市から田舎への異動である。
ありていに言ってしまえば左遷だろう。なぜだ。
……などと落ち込んでいた私だが、どうも話は違うらしい。
これは聖女クロシュ様が主導して行う、極秘計画に携わる重要な役目だとか。
表向きはオーガが棲む森の調査拠点として使われる村だが、その真の姿はインテリジェンス・アイテムの保護地とすることだった。
意志を持つ武具であり、装備者に強大な力をもたらす彼らは、悪用されれば災いを招くというのは、先の第二次魔獣事変で私も思い知ったところだ。
つまり、この計画は同じ悲劇を繰り返さないためであり、ひいては皇帝国を守護するエルドハート家の使命に適っている。
保護したインテリジェンス・アイテムを手厚く迎え入れるのも、クロシュ様が同族であると知っていれば納得できる理由であった。
故に一切他言無用。
休暇はあるが村からしばらく離れられない。特別報労金が支給される他、給金もこれまでの五割増し……と、細かい条件を伝えられたが、私は即決した。
このような任務にノブナーガ様が指名して下さったのは、私であれば任務を遂行できるという信用があってこそだ。ならば、その期待に応えたい。
恐らく我が騎士生涯において、最大の任務になるだろう。
そんな予感がしていた。
村へ到着した私は、人気のない廃村のような様相に僅かながら顔を顰める。
つい先ほどまで残っていた捜索隊の者から書面上での引き継ぎを終えて、村にいるのは我々だけだ。
今回の任務では騎士が他に十数名ほど同行しているのだが、誰がまとめ役という訳でもなく、細かい業務内容すら定まっていなかった。
下された指示も、保護地として使えるよう備えよ、という一文のみ。
これは本当に始まったばかりの計画である証で、その発端に携われるのだと思えば、まあ……実にやり甲斐のある任務だ。
そう考え方を切り替える。
とりあえず経験が最も豊富という理由で、私が騎士長代理となった。
仕事は多いが、とにかくひとつずつ解決して行こう。
最初は村の地形や、先の調査隊が建設した家屋の確認からだ。
数名ずつで騎士を班分けし、四つの隊を作る。
そして村も四等分して、それぞれの担当するブロックを見て回り、最後に中央に建てられた会議用の大きな家屋で結果をまとめる。
おかげで日が暮れる前には、おおよその情報を整理できた。
わかったのは、この村が優秀な防衛能力を持っており、仮にオーガが森から現れて襲撃されたとしても防ぎ切れるということだ。
三方向に見張り用のヤグラが立っているため早期に敵襲を察知できるし、村全体をぐるりと囲むように木材を組んで並べられた防護柵は、ちょっとやそっとでは打ち破れないだろう。
今は肝心の人手が足りないため、本当に襲撃があれば手が回らずに侵入を許してしまうだろうが、実のところオーガは森から出ないと聞かされている。
当面の心配事は野盗や野生の獣くらいか。
村の規模としては、およそ百人ほどが居住できる余裕がある。
空いている土地を使えばまだまだ小屋が建てられるだろうし、私たち騎士だけでは広すぎるくらいだ。
部屋もひとりに付き一室で、広々と使えるのは嬉しい。
加えて真新しい家屋に、入浴できる施設が備え付けられていたのを発見した時は誰もが大喜びで歓声をあげた。
このような村では水浴びや、たまに沸かした湯に布を浸して体を拭くのが精一杯だと覚悟していたのだから当然だろう。
それも大人数が一度に入れる大浴場で、燃料は近くの森から容易に大量の薪が採れるし、水は近場を流れる川から取水する仕組みになっているため手間が少ないのもありがたい。
さらに驚いたのは食事の質だ。
物資はすべて七日に一度、城塞都市から大型耀気動車で輸送され、これもまた真新しい冷却機能付きの倉庫に貯蔵される。
これだけでも相当な金がかかっているはずだが、その中身も凄い。
そうして運ばれた食料には柔らかいパン、新鮮な野菜と肉、魚や玉子まで豊富に揃えられていたのだ。
おまけに要望すれば、嗜好品や娯楽道具まで手配してくれるという。
これらは村に滞在する者が、少しでも快適に暮らせるようクロシュ様が提案したもので、すべてエルドハート家の負担してくれるのだとか。
ひょっとしたら、都市での生活よりも贅沢なのではと私たちは思い始めた。
クロシュ様には深く感謝すると同時に、これほどの待遇が受けられると、この計画がどれほど重要なのかを案に思い知らされた気がして、誰もが自然と気を引き締め直すのだった。
そんなお優しいクロシュ様だが、直接お会いしたことはない。
屋敷内を歩かれている姿を見かける程度で、その瞬間だけは警護をしていて良かったと心から感じられる。
容姿端麗という言葉が相応しく、立ち居振る舞いすら美麗。
この方のためなら命をかけてお護りしたいと思わせるほどだ。
……無論、エルドハート家にも同様の想いで尽くしている。
だがクロシュ様が屋敷で過ごされる時間帯は、警護の当番を代わってくれと同僚から頼まれるほどで、その人望は計り知れない。
ちなみに当番を代わるとは普段なら休むために使う言葉だが、この場合だけ急遽そこに居合わせたい、という意味合いに変化するのが面白くもある。
可能なことならお近づきになりたいと考える者も少なくないが、相手は聖女であると同時に、伝説の魔導布だ。
代々エルドハート家に伝わる生きた伝説、そして大恩人。
本人が許したとしても、当主ノブナーガ様や、あるいはミーヤリアお嬢様の不興を買えば即座に首が飛ぶとなれば、不用意に近寄る者は出なかった。
……ただし、クロシュ様から声をかけられた場合は、話が別だ。
村に滞在してから数十日ほどが過ぎた。
ようやく生活にも慣れて、警備も効率のいい巡回ルートと当番を考案し、問題なくこなせている。
やがて保護されたというインテリジェンス・アイテムが運ばれ、その扱いに戸惑ったりもしたが、今では見張りの最中に持ち出し、話し相手になって貰ったりするほどよい関係を築けていると思う。
彼ら、もしくは彼女たちも自力で動けず、孤独でいるのは酷く苦痛に感じるそうで、私たちはいつしか道具ではなく対等の友人のように考え始めていた。
そんなある日、クロシュ様がいきなり村へお越しになられた。
先触れも何もなかったため迎え入れる用意などしていなかったが、必要ありませんと慌てる私を制する凛とした佇まいに、つい見惚れてしまう。
このような任務でもなければ、クロシュ様と言葉を交わす機会などなかっただろう。即決した過去の私を褒めていると、続けてクロシュ様はこう告げる。
「近々、この村に子供たちを住まわせることになりました」
あまり唐突な言葉だっただけに理解するのに苦労してしまった。
この村の本当の姿、インテリジェンス・アイテムの保護地は極秘であるはずなのに、なぜ子供がやって来るのか。
そんな疑念は、クロシュ様より語られた驚くべき内容により吹き飛ぶ。
自由商家連合国の召喚術、異世界の子供、そして奴隷売買……。
通常であれば信じがたい話だったが、クロシュ様の言葉に間違いはない。
これを受けてクロシュ様は子供たちを秘密裏に救出し、この村で匿いながらインテリジェンス・アイテムの所有者として育成する計画を立てたという。
この所有者とは一時的なものではなく、常に装備できるパートナー関係になる者を差し、双方にとって利点があるのは容易に想像できた。
子供たちは自身を護る大きな力を手にし、インテリジェンス・アイテムたちは孤独を癒す存在を得られるのだ。
同時に悪用を防げるため、これも従来の保護計画の一端と受け取れた。
「ということはノブナーガ様の許可は出ているのでしょうか?」
「……もちろんです。快く引き受けてくれましたよ?」
当たり前のことを聞いてしまった自分を恥じる。
まさか許可も取らずに、このような計画を推し進める訳がない。なにせ下手をすれば自由商家連合国との戦争状態に陥るのだから。
とはいえ書類を作り、正式に認可して貰う必要はある。
極秘でも仲間内できちんと情報伝達できていなければ、どこかで行き違いが起きるし、そこから情報漏洩して計画の破綻まで起きる危険があるのだ。
肝心の書類仕事は、未だにまとめ役をやらされている私の仕事だった。
あとで時間を取って作成しなければならない。
そして、そろそろ正式なまとめ役を決めないかと、みんなに提案しよう。
聖女の村、警護騎士団長クラウス・エルダート。
それが今の私の役職だ。
……結局まとめ役を押し付けられてしまった。
これも大事な使命であるため、文句は言えない。気を引き締める。
ついでに騎士団と勝手に改めたので、晴れて憧れだった騎士団長になった。
私がトップだから、今さら文句は言わせない。
聖女の村とは、ただ村と呼ぶのでは混同して不便なので、名前を決めようと騎士団内で決めた呼び名だ。
もちろん公式ではなく、私たちの間だけで使われている。
できることならクロシュ様の偉業を皇帝国内に知らしめたい感情もなかったわけではないが、表向きは調査用の拠点となっているため仕方ない。
後世の歴史家に期待する。
再びクロシュ様が唐突にお越しになられると、これから子供たちを連れて来ますので準備をしておいてください、とだけ言い残して消えてしまった。
この現象は最近になって教えられたところ、転移の魔法であるらしい。
失われた魔法を使えると噂では知っていたが、こうして目の当たりにすると感動を越えて畏敬の念すら覚えてしまう。
などと悠長に思い耽っている場合ではない。似たように呆けている騎士たちに準備を急がせる。
しばらくしてクロシュ様が、今度は大勢の子供たちと一緒に現れた。
子供たちが纏っている毛布の下はみすぼらしい服装で、どのような扱いを受けていたかを推し量り、騎士全員がなんとか優しい笑顔を作って受け入れる。
別の用件があるようでクロシュ様が席を外される間、すぐに私たちは打ち合わせ通り子供たちの警戒を解く秘策を配り始めた。
この時のために取り寄せた甘い果実水だ。
濃厚だが甘すぎず、爽やかな喉ごしは冷やして飲めば大人でも魅了される。
異世界人と言えど子供。
大喜びで飲み干して、私たちは一気に打ち解けることができた。
あとは名前を聞いて名簿を作り、軽く雑談を混ぜつつ性格を探り、食べ物の好みなど聞き出そうとしたのだが……。
「じゃあ魔獣ごっこは好きかな?」
「魔獣?」
「こう、ひとりがみんなを追いかけて、タッチされた人が他の人を追いかける役になる遊びなんだが」
皇帝国、いや世界中の誰もが知っている子供の遊びを聞いてみた。
変則的なルールで名前は変わり、基本は魔獣ごっこと統一されているが、異世界の住人には上手く伝わらなかったので詳しく説明する。
「それって狼ごっこ?」
「ちがうよ、狩りごっこだよ」
「鬼ごっこじゃないの?」
「ドロボウごっこでしょ?」
いくつもの呼び名が飛び出たのを抑え、続けて質問する。
「じゃあ、その遊びが好きな人は手を挙げて」
活発的であったり、運動が好きな性格の子供を見分けるだけのつもりだった。
しかし誰もが俯いてしまい、ひとりとして挙手はない。
「ど、どうかしたのか?」
「やったことない」
「オレも……」
「わたしもー」
なんと、子供であれば誰もが一度は経験するであろう遊びを、やったことがないと口々に話し始めたのだ。
それも全員が、である。
ここに至って私たちは子供たちの境遇を真に理解し、同時にひとつの衝動が私の口を開かせた。
「それなら、ここでやってみないか?」
「……いいの?」
「もちろんだ」
「ちょ、ちょっと団長、勝手にまずいですよっ」
同僚の騎士……今では部下のひとりが止めようと私に耳打ちする。
たしかにクロシュ様から指示されているのは名簿作りや、細かい個人情報の記載くらいで、遊ばせろとは言われていない。
しかし途端に表情を明るくして、瞳を輝かせる子供たちを前に、今さらやめさせるなんて私にはできなかった。
許可なしに外へ出るのだけは押し留めたが、室内であれば多少は……。
気付けばクロシュ様が私の見つめていた。冷えた視線で。
いや、いつも通りの端正な顔なのだが、今の私にはそのように映ったのだ。
「あ、こ、これはクロシュ様……失礼しました」
慌てて他の駆けまわっている騎士たちも止めて整列し、謝罪を口にする。
つい熱中し過ぎてしまった。失態だ。
指示を守れない騎士など、この村に必要ないだろう。
せっかく子供たちとも仲良くなり、これから先のことに想いを馳せていたところだったが、せめて部下だけは処罰を免れるよう願い出てみよう。
「おじさんたち、わるくないよ!」
「騎士のおっちゃんたちは一緒に遊んでくれただけなんだ!」
「おこらないであげて!」
すると、心の優しい子供たちが口々に庇ってくれた。
とても嬉しかったが、まるでクロシュ様が悪者のような扱いになってしまい、私は冷や汗が頬を伝うのを感じる。
「私は怒っているワケではありませんよ。ただ、なにをしていたのか、とお聞きしたかっただけです」
穏やかな口調と、薄っすらと浮かべる笑顔が怖かった。
誰もが黙り込んで室内を静寂が包み込む。
なにか言わなくては、という思いだけが空回りして息を呑む。
どれほどそうしていたのか、ちらりとクロシュ様の様子を窺うと。
「あの、本当に怒っていませんから……」
なんと瞳を潤ませながらクロシュ様が、か細い声で懇願するように呟いた。
過去に一度たりとも見た覚えのない憂いを含む表情は、私の心臓を跳ねさせるには十分な効果があったが、騎士の矜持として冷静に返事をする。
「そ、そうでしたか。すみません、気に障ってしまったのかとつい……」
少しつっかえてしまったが、どうにかそれだけ言葉にできた。
そして、私たちは大きな勘違いをしていたようだ。
いつの間にかクロシュ様に払っている敬意と、等しいだけの畏怖を抱いていたせいで、勝手な想像をしてしまったらしい。
あれだけの凄まじい魔法を操り、一介の騎士からすれば天上の地位に就くお方だから、無意識に怖れてしまっても不思議ではないが……。
それにクロシュ様は、普段あまり表情を変えないのも拍車をかけていた。
屋敷のメイドによれば、ミーヤリアお嬢様と談笑されている時は微笑むと聞いているが、目にする機会はなかったのだ。
だからこそ、先ほどの表情には動揺してしまったわけで……いや言い訳だな。
とにかく猛省せねばなるまい。
やがて話の流れから、クロシュ様も混ざっての魔獣ごっこ再開となった。
今度は屋外の広場を使い、私たち騎士は村の外へ飛び出さないか監視役だ。
まずクロシュ様が追いかける役を買って出て、子供たちに逃げていい範囲を細かく説明していた。
そんな光景を眺めていると、子供たちが笑うのと同じくして、クロシュ様も優しい笑みを浮かべている事実に気付き、私は納得する。
あのお方が笑顔になるのは、護るべき者が笑っている時なのだと。
この日より、私を含む聖女の村警護騎士団はより職務に励み、必ずや村と子供たちを、そしてクロシュ様の笑顔も護り抜こうと固く誓うのだった。
後日、ノブナーガ様が視察に訪れた。
ようやく書類上での子供たちの居住許可が降りて一安心する。
元より許可は出ていると聞いているため、心配などいらなかっただろう。
ただノブナーガ様がぽつりと漏らした、事後承諾がどうのという呆れたような言い方が少し引っ掛かったが、村の平穏のため聞き流すことにした。
本日も、村に異常はない。




