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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第3章「スーパー幼女大戦」
105/209

完全にバレましたね

「お、お待ちくださいクロシュさん、何をするつもりですか?」


 無言で【変形】を使って布槍を用意していると、ルーゲインが俺の意図に勘付いたらしく慌てて【念話】で止めるよう訴えてきた。


〈面倒事になる前に始末しておこうかと〉

「……さ、先に子供たちを助けに行きませんか?」


 もちろん、これが終わったらすぐに行くとも。

 だが、こいつらを放っておくと後々、厄介な事態になる予感がするのだ。

 今は大したスキルではなくとも、いずれレベルが上がってステータスが成長すれば、俺たちの手に負えなくなる可能性があるという予感が。

 なにせ異世界からの召喚と言えば、あの勇者と同じだからな。

 見た感じ年齢層が十代中盤から、後半という若さなのも定番の異世界召喚といった感じで、俺の不安を助長させていた。


〈どうせロクでもない輩です。ルーゲインのスキルでも視ればわかるのでは?〉

「……たしかに彼らは『黒』ですが、召喚という拉致の被害者という点では同じです。状況が違えば、まともな人生を送れていたかも知れません」

〈この場で奴隷売買に加担している。それだけが事実です。もしもの話なんて意味はなく、今がすべてです〉


 だいたいミリアちゃんを暗殺しようとしたやつが、今さら異世界人の悪党を殺すのに躊躇うってどうなんだ?

 それだけ反省して、悔いていると言われたら納得せざるを得ないけど……。


「だとしても僕は、もう安易に人の命を奪う選択をしたくないのです」


 こっちの考えを呼んでいたかのようなタイミングで切り出してきやがった。

 仕方ない。事あるごとに反省を促して来たのは俺だしな。

 障害とならない限りは手を出さない……そう提案しかけた時だ。


「ちょっと待て、オレのスキルを試してみる! ワオーーーン!」


 異世界人のひとりが口を大きく開けると、急に大声で吠え始めた。

 まるで下手な犬のモノマネみたいで、それがスキルなのかと呆気に取られる俺とルーゲインだったが――。


 【魔除けの遠吠えの抵抗に失敗しました。】

 【迷彩の効果が失われます。】


 え、マジで!?

 そんなメッセージが視界の端に表示されると、反応する間もなく俺たちを包み隠してくれていた【迷彩】は消失し、無防備にも姿を晒してしまう。

 一斉に視線を向けられ、フードで隠しているから正体が露見することはないだろうが、もはや無視して進むことはできそうにない。


「い、いたぞ! 本当にいやがった!」

「てめえらが侵入者か!」


 なぜ打ち消されたのかは後回しだ。こいつらを排除しなくては!


〈もう、やめろとは言わせませんよ?〉

「わかっています、こうなってはもう……」


 ようやくルーゲインも観念したようなので遠慮なくやらせて貰おう。

 だが、ここで困ってしまったのが『見えている』という点だった。

 せっかく用意した布槍だけど、これは普段から俺が使っているため、もはや代名詞的な技と言っても過言ではないだろう。

 それを【迷彩】が解除された今、無闇に披露すると俺の正体に誰かが気付いてしまう危険性があった。

 この場にいる敵を逃さず殲滅しても、さきほどのように予想外のスキル……そう例えば【覗き見】みたいなスキル持ちが船のどこかにいるかも知れないワケで、決して警戒を怠ってはならない。

 同じ理由から【水魔法】も控えたほうがよさそうだな。

 すると、俺の攻撃手段はなにが残されているのか……あれ?


「どうしました?」

〈……ちょっと時間を稼いでくれませんか?〉


 他に攻撃する方法が思い付かない……今までどうしてたっけ?

 せめて螺旋刻印杖があればと思ったが、あれを持ち出せば戦闘になるとミリアちゃんに教えるようなものだったし、どちらにしても珍しい魔道具だから調べられたら身元が割れてしまうか。

 とにかく急いでスキル欄を開いて攻撃手段を模索するが、あからさまな隙を見逃すほど相手も甘くはない。

 周囲を完全に取り囲むと、それぞれ武器を手にじりじりと距離を詰める。


「逃がすんじゃねえぞ、てめえら!」

「あいつらに聞きてえことが山ほどあるからなぁ!」

「とっ捕まえたらたっぷり尋問すんだから殺すなよ!」


 そう荒い口調で船乗りたちががなり立てているのは、たぶん前回の襲撃について聞き出したいからだろう。

 奪われた商品を取り返したいってところか。


「おい、聞いたか……あれを尋問するってよ」

「お、おう、隠しても隠し切れてないアレを尋問ってことは……ごくり」

「俺らも参加させて貰えないかな?」

「ここで活躍すれば褒美としてイケんじゃね?」

「よっしゃあ、やるぞぉ!」


 一方で異世界人側は、なにやら急激に士気が上がっている。

 にやけ面が気色悪いな。こっち見んな。


「不埒な……僅かでも庇おうとした僕が愚かだった」


 ついでにルーゲインの殺る気も、なぜか急上昇していた。

 なんなんだ、こいつら。

 ふざけているのか本気なのか、ともかく血気盛んな異世界人たちが前に出た。


「一番乗りだぜ!」


 我先を争う勢いで、ひとりが飛び出す。狙いは俺か。

 いくら使うスキルが決まってなかろうと、俺のステータスとは圧倒的な開きがあるのだ。きっと召喚されたてのせいだろうけど、この程度のレベルなら素手であっても十分に対処できる。


「させません!」


 武術とか知らないので両手を前に出してそれっぽく構えていたら、ルーゲインが割って入り、襲いかかる異世界人の腕を掴んで投げ飛ばした。

 見事な投げ技だ。というかお前、接近戦できるのか。俺はできない。

 軽くショックを受けている間にも二人目、三人目と宙を舞う異世界人。

 ……このままでは俺がお荷物みたいじゃないか!

 なにか、なにか使えそうなスキルはないのか?

 そういえば【空間指定】との組み合わせが……これだ!


〈ルーゲイン、そいつらの動きを少しだけ止められますか?〉

「やってみます」


 こっちは【念話】でやり取りをしているため、向こうは俺たちの狙いがまったく読めていないようだ。

 指示された通りルーゲインは異世界人を思いっきりぶん投げ、それをまともに受け止めたやつらが耐え切れず諸共に薙ぎ倒された。

 あまりの力技に、目にした他の連中も二の足を踏んで動きが止まる。

 今がチャンス!


〈下がってください!〉


 すぐにルーゲインが隣へ戻って来たのを確認して、俺はスキルを発動させた。

 それは【空間指定】と、【短距離転移】を組み合わせた問答無用の空間転移。

 名付けて『強制退去(バシル)』だ。

 なお、空に飛ばさないタイプなので室内でも使用可である。

 こいつを俺とルーゲインの周囲に指定すれば、あら不思議。囲んでいた悪党共が忽然と消えましたとさ。


「え、これはいったい?」

「今頃は海を泳いでいるはずです。運が良ければ生きて戻れるでしょう」


 あくまで短距離だから壁の向こう側、つまり海上に転移させるのが精一杯だ。

 もっとも、それで十分なので文句はないのは見ての通りか。あらゆる場面で有効的に使えそうだな。

 弱点としては、開けた場所では意味がないのと、相手が動いていると転移に失敗するという点かな。

 だとしても使い勝手は良さそうだし、なかなか面白いスキルだ。


「さて、障害も消えたことですし、行きましょうか」

「あ、はい……」


 どこか、えぇー、と引いた感じのルーゲインだったが構っているヒマはない。

 ちょっと時間を無駄にしてしまった。急がなければ。






 さらに船内の奥へ進んで階段を降り、船底へと向かう。

 実のところ子供たちの居場所に、まったくアテがないワケじゃない。

 だいたいの船において貨物室は甲板の下側、それも頑丈な隔壁に囲まれた場所にあるというのがルーゲインの調べでわかっている。

 襲撃を警戒しているなら普通の積み荷と同室とは考え辛いので、その近くにある船倉に監禁して、見張りを立てていると予想された。

 となれば最奥部のどこかにいると、おおよその見当が付く。それだけ限定されれば十分だ。

 ひたすら階段を探して、ダンジョンを探索するが如く降りて行けばいい。

 道中の敵はさっきの異世界人みたいにスキル持ちでなければ、【迷彩】でスルーできるので足止めされる心配もない。


 そういえば【迷彩】の効果が消された理由だけど……。

 あれは遠吠えみたいなスキルの効果が、敵の上昇効果(バフ)を打ち消すようなものだったのは間違いない。

 腑に落ちないのは、かなりレベル差がある俺に通じたからだ。

 数字で言えば俺がレベル100で、あの異世界人はレベル7だった。

 ここから考えられる原因は、スキル効果にレベルは関係ない。影響があるのは恐らくスキルのランクだということだ。

 俺が持つ【迷彩】はCランクだから、たぶん同じCランクの解除スキルが通ってしまうのだろう。

 確証はないけど……ルーゲインなら知っているかな?

 それより【知識の書庫】に聞いたほうが早いか。

 どっちにしても調べるのは後にしておこう。

 またしても、変なやつが現れたから。


「む、クロシュさん……奥に奇妙なのがいますよ」

〈見えています。しかし、あれは……?〉


 通路の奥に立ち塞がるそれは、甲冑を着込んだ人間にも思えた。

 全体的に灰色で、でも角張った部分がまったくない。頭から足まで丸っこい。

 ついでに関節部すら繋ぎ目が見られず、まるで……。


「まさか防護服、みたいなものでしょうか?」


 同じ感想をルーゲインも抱いたようだ。

 あれは深海や宇宙でも耐えられそうなスーツに似ている。

 顔の部分が透明な半円形のヘルメットになっていれば間違いなかったけど、こいつの場合はバイザーに縦線の隙間がいくつか入った形になっている。


「もしや海中を潜ってきた海賊ではないですか?」


 ああ、なるほど。

 潜水機能があるのかは疑わしいが、船の乗組員としては不自然が過ぎる。

 辺りをきょろきょろと見回しながら、うろうろと道に迷っている様子なのも、明らかに外から入って来たばかりって感じだ。

 どれどれ、ここはちょっと【鑑定】で見てみようか。




【ジノ?ラフ・??・??フレス?】


レベル:46

クラス:??

ランク:☆☆☆☆(ゴールド)


○能力値

 HP:540/540

 MP:50/50

攻撃力:?

防御力:C

魔法力:?

魔防力:D

思考力:B

加速力:C

運命力:?


○スキル

 Aランク

 【身?強化・?】


 Bランク

 【剣?・中級】


 Cランク

 【?心掌握】【士気高?】


○状態

 認識阻害


○称号

 【???】【?帝の子】【第一?子】【正?の味方】【実直】【??】

 【天?】【騎士?】【次?皇?】




 ……あれ?

 どこかで見た覚えのあるっていうか……。

 変に欠けているのは認識阻害ってやつのせいだろうけど、だいたい補完できる。

 例えば【正?の味方】は【正義の味方】だろう。

 で、次に【?帝の子】は【皇帝の子】と読める。

 そこから更に【第一?子】は【第一皇子】で、【次?皇?】は【次期皇帝】と推測できた。

 じゃあ【ジノ?ラフ・??・??フレス?】がどうなるかと言えば……。

 間違いなくジノグラフ・ルア・ビルフレストだろう。


 海賊の正体が、あの好青年な帝国の皇子だったとは、この魔導布クロシュの目をもってしても見抜けなかった……。

 なお【鑑定】なら見抜けたワケだが……いや、なんで皇子?

 まさか偽物……いやでもAランクの【鑑定】を騙せるだろうか。

 認識阻害とやらも、ほとんど機能していないみたいだし。

 他に考えられるとしたら本人が海賊の可能性だが、称号関連からすると皇子がそんな悪人とも思えない。

 だとすると帝国が違法な奴隷売買を把握していて、秘密裏に動いていたとか?

 むむむ……なんにせよ、あまり関わらないほうがよさそうだな。

 ここは見なかったことにして横を通り抜けようとして……今度は【察知】に反応があった。


「クロシュさん? なにか――」

〈しっ〉


 急に立ち止まった俺にルーゲインが何事かと問いかけるが、片手で制する。

 敵意を感じ取る【察知】が、もはや殺意と呼べるほどの強い意志を放つ何者かが接近していると警鐘を鳴らしていたのだ。

 ただし、明確に俺個人へ向けられたものではない。

 恐らく侵入者という漠然とした対象で、そこに俺も含まれているため【察知】が働いたのだろう。

 その証拠に敵意の発信源は壁の奥、距離が離れた位置にいる。たぶん潜入した海賊……もとい皇子に気付いたようだった。

 だが妙だな。こっちにまっすぐ向かって来ていないか?

 壁の向こう側は船外で、感覚的には海面すれすれの辺りだろう。そこへ思いきり突っ込んだりしたら……。

 不吉な予感がしたので念の為ルーゲインに後ろへ下がるよう促すと、どうやら俺の予想は当たってしまうようだ。

 その何者かは一切の止まる素振りを見せず、さらに加速した。


〈なにかが壁を突き破って来ます! 防ぐので後ろに!〉


 それだけ【念話】で伝えると、すぐに【防護結界】を俺とルーゲインだけ包むように展開する。

 続けて【変形】で帯を全速力で伸ばし、俺たちの体を壁や床に固定して衝撃に備えたところで……そいつは訪れた。


「くっ……!」


 バキバキバキッ! と、やかましい破砕音が聴覚を埋め尽くす。

 激しく揺さぶられたのか、船体が大きく傾いているようにも感じた。

 こっちは固定しているため無事だが、皇子が派手にすっ転んで壁に体を打ち付けてもがいているのが見える。

 少し位置が遠かったから結界で保護できなかったけど、死にはしないだろう。

 それに、そっちにばかり気を取られているヒマはない。

 なぜなら目の前に、巨大な鉄の塊が現れたのだから。


「こ、これは……潜水艇?」

〈ルーゲインにもそう見えますか〉


 見えているのは突き刺さった先端部だけで全体像が不明だけど、皇子が着込んでいるスーツの印象もあってか、俺には海の底を潜航する乗り物に思えたのだ。

 では、なぜ潜水艇が壁からこんにちはしているのか。

 そんな疑問に答えるように、気味の悪い声がどこからか降ってきた。


「こんな物まで用意していたとはな。あいつらでは気付けないのも当然だが、この私を欺くには、あまり良い手とは言えんな」


 一瞬、俺は自分の目を疑う。

 破られた壁からは少なくない量の海水が滴り落ち、床に水たまりを形成しているのだが、その水面から男がぬるりと這い出たのだ。

 青い長髪と、額にサークレットを装着しているのが特徴的で容姿は悪くなかったが、いかんせん先ほどの登場が気持ち悪くて台無しだった。

 たぶんスキルだろうけど、見栄えは最悪だな。なんかの妖怪みたいだ。


「しかし逃げられないと悟って体当たりを決断したのは、なかなかの勇気だ。もっとも私を前にしては、蛮勇と言わざるを得ないがな」


 ぺらぺらと誰に語っているのか知らないが、ずいぶんと余裕そうだ。

 おかげで状況はなんとなく把握できた。

 この潜水艇は皇子たち海賊側が乗って来たもので間違いなく、それを捕捉した水面ぬるり男に攻撃を仕掛けられ、覚悟を決めて特攻したみたいだ。

 その結果として、船に激突したってワケか。

 てっきり、ぬるり男が壁をぶち破ったのかと勘違いしたけど、こいつは後を追っていただけみたいだな。


「おやおや、すでに仲間が潜り込んでいたようだ。なるほど、どうりで逃げもせずに留まっていた訳だ。しかしこれで逃げる手段はなくなった」


 妖怪ぬるり男が皇子に視線を移し、にやりと口角を釣り上げる。

 こっちは【迷彩】のおかげで気付かれていないから、放っておいて進むという選択肢もあったのだが……。

 皇子のレベルは謎の認識阻害で確認できないけど、戦えるのか?

 せっかくミリアちゃんの味方になってくれる王族に、こんなところで死なれても困るし、場合によっては加勢してやったほうがいいかも知れない。

 とりあえず妖怪を【鑑定】しよう。




【リヴァイア】

レベル:79

クラス:船団長

ランク:☆☆☆☆(ゴールド)


○能力値

 HP:2100/2100

 MP:400/400


○上昇値

 HP:C

 MP:C

攻撃力:D

防御力:C

魔法力:B

魔防力:D

思考力:C

加速力:D

運命力:D


○属性

【蒼水】


○スキル

 Aランク

 【進化】【ステータス閲覧】【空間跳躍・水鏡】


 Bランク

 【念話】【擬体】【属性耐性・水氷】【水魔法・中級】【止水】

 【知識の図書館】【渦潮】【水流操作】


 Cランク

 【策敵】【異常耐性・毒痺】【航海】


○称号

 【転生者】【成長する防具】【インテリジェンス・アイテム】【冒険者】

 【海人】【嫉妬】【傲慢】【船団長】【水竜王】




 またどっかで見た覚えのある名前だな。

 というか、こいつインテリジェンス・アイテムなのか?

 だとしたら庭園で……あ!


〈ルーゲイン、あれは前に庭園であなたに喚いていた者では?〉

「覚えていましたか。その通りです。あのリヴァイアは庭園の管理者に加えろと、しつこく要求していた者ですが、まさか商家連合国に加担していたとは……」


 どうやら間違いないらしい。

 このリヴァイア……妖怪ぬるりひょんでいいか。ぬるりひょんは妖怪だが、しかしステータスはHPだけでも皇子と三倍もの大差があった。

 装備者がいない状態だから大幅に弱体化しているとは言え、スキルも色々と揃っているし、まず正面からぶつかって対抗できる相手じゃない。

 やはり助けてやるしかないか。手間のかかる皇子だ。


「クロシュさん、我々は今の内に子供たちを助け出した方がいいのでは?〉

〈いえ、それが海賊の正体がわかってしまいまして……」

「正体ですか?」

〈率直に言えば、あそこにいるのは帝国の皇子です〉

「なっ、そ、それは本当ですか?」

〈偽物だったら良かったんですけどね。なので、一応は助けておこうかと〉


 言っている間にも、ぬるりひょんが皇子へ近寄っている。

 そういえば尋問するためにも、今すぐに殺すつもりはないんだったか。

 なら好都合だ。この隙に【簒奪】で無力化してしまおう。

 俺は【迷彩】を維持しながら【変形】による不可視の帯を作り、ぬるりひょんの背中に触れようと伸ばす。


 Sランクの【簒奪】は直接相手に触れなければ発動できない点が少し不便だったが、相手が武器や防具などであれば、問答無用でステータスを奪える。

 インテリジェンス・アイテムならスキルさえ思いのままだ。

 もし全力で【簒奪】を発動させれば、【擬体】どころか【念話】や【進化】すらも奪って、完全に身動きできない無力な状態にまで落とせる。

 でも今回は……それだけでは足りない。

 防具のインテリジェンス・アイテムでありながら、幼女を害するなど万死に値する悪行である。

 その命までも奪い取り、地獄へ突き落としてくれよう!

 本当に地獄があるのか知らないけど、あくまで気分の問題だ。それくらいの怒りを込めて、俺はスキルを発動させる。

 帯がぬるりひょんの背中に触れる刹那――。


「誰だ!? そこに誰かいるだろう!」


 ばっと身を翻し、ぬるりひょんに帯から逃げられてしまった。

 な、なんで気付いたんだ? 

 まさか気配を感じたとでも……あ!

 とんでもない間抜けなミスをした。

 ぬらりひょんのスキルには【策敵】があったのだ。具体的な効果までは知らないが、俺の【察知】と似たようなものなら、たぶん【簒奪】を攻撃だと判断されて反応してしまったのだろう。

 先に【簒奪】が発動して一瞬だけ効果が届いたらしく【水魔法・中級】を奪えたけど、他はすべてそのままになっている。

 くっ、さっさと殺してしまうべきだったか?

 スキルとステータスを奪うチャンスだと欲を掻いたのが失敗だ。


「まだ仲間がいたのか……だったら、こいつはもう必要ない!」


 こちらの存在に気付きつつも姿が見えないからか、苛立った様子で皇子へと手を伸ばすぬるりひょん。

 その指先に魔力が集まるのを感じたが、しかしなにも起きずに霧散した。


「な、なんだ? なぜ魔法が使えない?」


 どうやら水魔法で攻撃しようとして失敗したみたいだ。

 そのことから本気で始末するつもりだと察し、俺は急いで駆け出す。

 というか、未だに転がっている皇子はなにしてんだよ。

 スーツのせいで起き上がれないのは見ればわかるが、欠陥にもほどがあるぞ。


「ちっ、だったらこいつで!」


 魔法を諦めて別のスキルを試したようで、ぬるりひょんの足下に広がる水たまりから小さな水色の槍が浮き上がると、皇子へ矛先を向けて勢いよく射出されるように放たれた。

 この……間に合えッ!

 咄嗟に【近距離転移】で皇子の前に転移した直後、胸にズドンッと衝撃が伝わると共に水飛沫が降りかかった。

 ほんの僅かに息が詰まるが、それだけだ。

 ち、ちょっと驚いたけど、無傷だよな……?

 見下ろすと胸の辺りを中心として、びしょびしょに濡れたものの痛みはない。

 ステータスとランク差からして、直撃してもダメージは通らないとわかっていたが、それでも槍が突き刺さるのは気分がよくないな。もう二度としない。


「ふん、やはり仲間がいたか。それもなかなかのレベルと見たぞ」

「あ、あなたは、まさか……!?」


 おまけに衝撃のせいか【迷彩】が解かれて、ついでに顔を隠していたフードが外れて間近で皇子からの視線に晒される。

 つまり、完全にバレましたね。

 慌てて手で隠しつつ被り直したから、距離が離れているぬるりひょんには見られてないはずだが……しかし。

 幼女を助けに来たのに、なんでこんなにも面倒なことになったのか。


「私の攻撃を防いだのは見事だが、まだこんなものじゃ――」

「はいはい、『強制退去(バシル)』」


 なんか相手するのも疲れたので、ぬるりひょんには退場して貰った。

 上層に飛ばしたから、床を破壊しない限り、たぶん戻って来るには時間がかかるだろう。

 近くに水場がなければ、水面からぬるりと出るスキルも使えないはずだ。


「あの、どうして貴女がここに……?」

「話はあとです、その様子では、ここに留まっている余裕はないでしょう。すぐに逃げてください」

「ですが僕には助けなければならない人たちが……」

「そっちは任せなさい。ルーゲイン、安全な場所まで護衛をお願いします」


 どちらもなにか言いたげだったが無視して俺はその場を離れる。

 ルーゲインなら、この船から皇子を逃がすくらい難しくないだろう。ぬるりひょんが相手でも倒すだけなら余裕だ。

 こっちも忙しいんだから、さっさと潜水艇に乗って帰ってくれ。

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