さっさと終わらせてしまいましょう
ついに作戦決行日が訪れた。
ゲンブの情報が正しければ、今日中にでも商家連合国から異世界人を乗せた船が出港し、帝国へ向かって来るはずだ。
もし救出できなければ、幼女を含む子供たちが奴隷として売られてしまう。
絶対に……なんとしてでも止めなければ!
決意を新たに俺とルーゲインは、予定通りに早朝から帝国の最東端にある港にて待機していた。
以前から用意しておいた転移の魔法陣を使えば、ほんの一瞬で長距離を移動できるから楽ちんだ。
今回の救出作戦の要でもあるし、転移の魔法陣に依存してしまいそうだな。
港の様子は活気に溢れて騒がしいものの、異常は見当たらない。
この国で暗躍するつもりなら、手引きする者がいてもおかしくはないのだが、特に怪しい集団が待ち構えてる様子はなかったのだ。
やはり一般の商人に扮しているのだろう。表向きは貿易船から降ろした積み荷を受け取るだけなので、見た目だけで判別はできそうにないな。
片っ端から【鑑定】すれば怪しい称号持ちが見つかるかも知れないが、とにかく人の往来が激しくて難しい。
というのも当然で、ルーゲインによると帝国で最大規模の港らしい。
商家連合国だけではなく、もっと南にある勇王国とも客船が行き来したり、漁港も兼ねているため船が多くなり、必然的に敷地も広大になったそうだ。
そんな場所で、のんびり【鑑定】している間に港から子供たちが運ばれてしまえば、もう二度と行方は掴めなくなってしまうだろう。
奇襲を仕掛ける作戦は、そういった意味でも利点があった。
海の上なら、いざとなれば船を破壊して航行不能にする手が使えるからな。
ついでに沈めれば証拠隠滅も容易い。
ルーゲインが渋るから、あくまで最後の手段だけどね。
「唯一の不安材料が天候でしたが、晴れて良かったですよ」
「ええ、これなら飛びやすいでしょう」
隣に腰掛けているルーゲインが、フードから顔を覗かせて空を仰ぐ。
俺たちは倉庫の屋根上に潜伏しており、あとはヴァイスとクレハからの連絡を待つだけの状態だった。
まあ潜伏と言っても、普通に座っているだけで下から見つかる心配はないから気楽なものだけどね。
念のため、顔を隠すために揃って灰色のローブも身に着けている。俺は自前のスキルで色と形を変えるだけだから容易だけど、ルーゲインは大変だった。
なにしろ、こいつのガントレットは目立つ。顔を隠した程度ではまるで意味がないぐらいに目を引くからだ。
俺のように【変装】や【色彩】でもあれば誤魔化しようがあるのだが、なぜかそういったスキルは一切持っていないし、取得欄にもないらしい。
思うに、正体を隠そうという意識が薄いせいじゃないか?
どうやらスキルは、本人の強い望みに呼応するように出現するっぽいし。
とにかく無いものは仕方ないので、細長い布を巻きつけて隠させている。
すると時折、包帯ぐるぐる巻きにされたガントレットが、ローブからチラリと見え隠れして、不覚にもカッコいいと思ってしまったのは内緒だ。
「ああ、そうでした。今のうちにルーゲインに頼んでおきたいのですが」
「貴女から改まっての頼みとは珍しいですね。何用でしょうか?」
俺はミリアちゃん強化計画について掻い摘んで説明した。
最重要ポイントは、どうすれば納得してくれるかである。
つまり、クロシュさんを装備するに相応しい自分になれた、とミリアちゃんが認めるならそれでいいし、どれだけレベルを上げても納得しなければ意味がない。
「なるほど……それは一筋縄では行きそうにありませんね」
「私の知識だけでは限界があります。そこで誰かに相談したいと思いまして、近く時間を作って貰えないでしょうか?」
「もちろん構いませんよ。これが終われば僕も余裕ができますし、急ぎでしたら今から庭園の方へ行ってもいいですよ」
そうか、その手もあったな。
あそこは時間の流れが遅いから何時間も話し合ってから戻ったとしても、現実には数分しか経っていない。
とはいえ、さすがに今からだとせっかくの緊張感が台無しになりそうだ。
「いえ、今はこちらに集中したいので、また後日お願いします」
「わかりました。都合の良い日程をあとで教えてください……さて」
ビジネスマンみたいな会話はここで終わりだ。
たった今、ヴァイスから連絡が入った。
「行きましょうか、クロシュさん」
「ええ、さっさと終わらせてしまいましょう」
同時に立ち上がると俺は【黒翼】を背中から伸ばし、ルーゲインは両手から光を放出させて、大空へと向かって飛び立った。
小さな影が地面を横切り、誰かが見上げたかも知れない。
その時には、とっくに過ぎ去って本当に影しか見えないけどね。
きっと渡り鳥かなにかだと勘違いしてくれるだろう。
海上を飛び続けること数十分ほど。
方角としては南東へまっすぐ、商家連合国へ向かっている。
最初は気分よく空の旅を楽しんでいたが、たまに海面に大きなクジラらしき物体が浮かんでいる以外なにもない大海原をひたすら進むだけなので、変わり映えしない景色にもすぐに飽きてしまった。
「間違いなく見つけられるのですか?」
「僕に任せてください」
顔だけを振り返らせて言い切るルーゲインは、前を飛んで先導している。
普段通りの様子だが、これでも魔法を使っている最中らしい。
それは人探しに使用する魔法で、本来は知り合いを指定すると、術者にしか知覚できない光が目的地まで案内してくれるそうだ。
もちろん商家連合国の船に知り合いなどいない。
だが、この魔法は相手を指定せずに使うと、周囲の人間すべてに反応する、一種の対人センサーになるという。
多くの人が密集している街ではまるで意味を成さないが、こういう大自然の中では役に立つというワケだ。
なにせ海のど真ん中に大勢の人間がいたら、それは間違いなく船だからな。
目指している船が外れの可能性も考えられたが、ルーゲインは十日間の間に帝国から商家連合国までの海路をすべて調べ上げ、この時間帯に出港予定の船まで把握していた。
ずいぶん忙しそうだと思ったら、これを調べていたんだな。
結果、現在この海を渡っているのは予定通りなら十隻だ。
漁船に関しては向かう方角がまったく別なので、これは考慮外としてある。
十隻のうち四隻が帝国から出ている定期船と、一隻が個人の観光用だとかでこれらも除外する。俺たちの狙いは向こうの港から出る船だからな。
そして残り五隻の中で帝国行きは、たった三隻。
しかも貿易船が一隻で、残り二隻は護衛船の船団だから、実質一隻と言える。
わかりやすくて嬉しいね。
ちなみに武装した船を同伴させることに対して帝国に、以前の航海で海賊に襲われて貨物を盗まれたため用意した護衛船、と説明しているそうだ。
海賊がいるのかと興味を持ったが、これってゲンブのことかな?
また商品を盗まれないよう守りを固めたというワケだ。
これはルーゲインも予想していた展開だが、まさか二度目は空からやって来るとは思いもしないだろう。
どんなに武装して、どんなに人数を増やしても、別の船に乗っていたんじゃ俺たちの敵にすらならない。
ようやく乗り移った頃には、転移の魔法陣でさよならバイバイだ。
悪党どもの慌てふためくの姿が今から楽しみで仕方ない。ざまあみろってね。
などと別の楽しみを見出し始めた頃、ようやく三隻の船が水平線上に見えた。
一隻はごく普通の造りをしている船だったが、先導する二隻は、まるで船体が鋼鉄に覆われているように厳めしく、見るからに頑強そうな様相の船である。
つまり、あれが護衛船か。
どんな兵器が積まれているのかは、ルーゲインが情報を掴めなかったと残念そうに話していたのを思い出す。
ただひとつ、商家連合国が独自の技術力で造り上げた船で、かなりの火力と装甲を有するとルーゲインは予想していた。
まあ、どれだけの破壊力があっても使われなきゃ無意味だが。
「あれがそうですか?」
「間違いありません。数も合っています。ひとまず太陽に隠れましょう」
思いきり高度を上げると、下からでは俺たちの姿は太陽光に紛れて視認できなくなったはずだ。
空まで警戒していないはずとはいえ、不意に見上げられて見つかった、なんて笑い話にもならないからな。
「……僕たちに気付いた様子もありませんし、至って静かですね。今なら僕が陽動しなくともこっそり侵入できそうですよ」
「では手筈通りに行きましょう」
もし警戒が厳しければルーゲインが魔法で注意を引き付け、その隙に俺が入り込むつもりだったのだが、これなら問題なくひとりで行けそうだ。
上空に残るルーゲインは、侵入がバレた時に備えて待機する。いざとなれば外から攻撃を仕掛け、敵を混乱させたり、転移するまでの時間稼ぎをして貰うのだ。
タイミングもスキルで連絡すればミスはないだろう。
あとは俺が【迷彩】を使って背景に溶け込めば……準備オーケー!
武王国に続き、二度目の潜入任務の開始だ。
再び眼下の船団を眺める。どうせなら後方からのほうが侵入しやすいかな?
そんな風に観察していると……。
「ルーゲイン、あれが見えますか?」
「なんですか……まさか!?」
俺は船団の進行方向、その先を指差した。
そこには新たに、もう一隻の船が現れていたのだ。
おまけに黒地に白の骸骨マークが描かれた旗まで掲げており、俺の見間違いでなければ、どこからどう見ても海賊船だった。
なぜこんなところに、本当にいるのかよ、という疑問よりも先に、俺はルーゲインを問い質す。
「魔法で気付かなかったのですか?」
「すみません。言い訳するようですが海上に反応はありませんでした。あれは近くの島にでも潜伏していたのでしょう。僕もそこまで注意していませんでしたし、目標を発見すると自動的に解除されてしまうので……」
……まあいいや。
どちらにしろ、ここは様子見する他ない。
どんな目的で現れたのかは知らないが、ひょっとしたら海賊船は商家連合国の仲間で、奴隷売買に関わっている可能性もあった。
ちょっと面倒だが、この二つの関係だけは把握したい。
そして、もし奴隷の流通ルートみたいなものが存在するのであれば、ここで全貌を暴き、可能ならさっさと潰したいところだ。
幸いにも、時間ならたっぷりある。
そう提案するとルーゲインも同じ考えだったらしく、意見が一致した。
「では、しばらく待つしかありませんね」
「その前に、魔法をもう一度使って、他に近付く船がいないか探ってください」
「わかりました」
俺のほうは……とりあえず【迷彩】は解除しようか。
念のため、MPを温存しておきたいからね。
船団も進行方向を塞いでいる船に気付いたようで、慌ただしく乗組員が動いている様子が確認できる。
だが針路を逸らすだけで、戦に備えている感じはしない。
大きく避けているってことは、ここで落ち合う予定はなかったのか?
だとすれば海賊は本物で……。
いや待て。
なんで海賊がわざわざ自分から旗を挙げてアピールしている?
難破したとかで、救助に近付いた船に乗り込み、乗っ取るなりしたほうが効率的な気がするし、そもそも近寄ったら誰でも海賊だと気付いて逃げられる。
やっぱり海賊船は仲間で、他の誰も近寄らない海賊旗を目印に使っていると考えたほうが自然に思えた。
その予想で、ほぼ正解だろう。
だから、互いの船が徐々に距離を縮めても暢気に眺めていたら……。
――ドォウンッ!
遠くから、花火でも上げたかのような音が鳴り響いた。
船団と海賊船の、ちょうど中間辺りの海面から水柱が立ち昇っている。
なにが起きたかなんて考えるまでもない。
先に撃ったのは海賊側であり、つまり……。
「まさか本物の海賊?」
「……いえ、どうでしょう。クロシュさんよく見てください。明らかに当たらない距離から撃っているのが見て取れます。あの目立つ海賊旗といい、まるで……」
そこまで言ってルーゲインはハッと眼を見開いた。
「これは、まさか下から……?」
「どういう意味ですか。説明してください」
「魔法に反応がありました。三人ほど海賊船から、船団に向かっています」
「しかし小舟のようなものすら見当たりませんが……」
「恐らく海中を移動しているんだと思います。さっきの砲撃も海賊船に注意を向ける囮だったのでしょう。本命はこの三人で――」
「私たちと同じってワケですか!」
最後まで聞き終える前に、俺は真っ逆さまになって急降下する。
のんびり観戦しているヒマなんてない。
貨物を狙って侵入した海賊が子供たちを見つけたら、騒がれたら困ると始末する危険性があったのだ。
なんとしてでも、俺が先回りしなければ!
「クロシュさん!」
肩越しに後ろを見れば、ルーゲインが後を追って来ていた。
「もはや僕が待機している意味もありません! このまま同行します!」
いやいや、お前は目立つから待ってろっての。
たしかに海賊が陽動役を担ってくれているから、待っている必要はないだろうけど、せめて【迷彩】みたいな隠密系のスキルを取得してからにしろ。
俺のスキルは俺自身と装備者にしか効果がないからな。
……あ、待った。そういえば、そんなスキルがあったような?
【空間指定】
スキルの効果範囲を指定した空間に行える。
これだ!
俺の半径1メートルの範囲に【空間指定】を行い、連動して【迷彩】を発動。
すると俺だけではなく、俺を中心とした周囲の空間に【迷彩】の効果が及び、その内側に入った者は背景に溶け込んだかのように透明化するのだ。
これまでスルーしてたけど、このスキル使いようによっては有用じゃないか?
色々と組み合わせを考えたいが、今はあまり時間がない。
〈ルーゲイン、スキルを使ったので私の近くを離れないように〉
猛スピードで移動している関係上、声は風で遮られてしまうため【念話】でやり取りをする。
すぐに理解したルーゲインが近寄ると、俺の視点でも透き通って見えるのが確認できたので、安心して船へ乗り込む。
海中の海賊たちは、まだ辿り着いていないようだ。
護衛船からも大砲らしき兵器をぶっ放して攻撃を開始し、誰もがそちらへ意識を向けている。
今がチャンスだ!
甲板に降り立つと、てきとうな扉を開けて船内へと踏み込む。
そういえば、人探しの魔法を使えば子供たちがどの辺りに捕えられているか、大雑把でもわかるのではとルーゲインに確認してみたが、船内の人が多くて見分けが付かないのだとか。
やっぱり地道に、かつ迅速に探すしかないか。
「侵入者だ! 近くに敵がいるぞ!」
「なに!? どこだ! どこにいやがる!?」
……ん? ひょっとして俺たちか?
まさか【迷彩】が見破られたワケではないだろう。現に、辺りをきょろきょろと探しているが、俺たちを見つけられずにいる。
隣のルーゲインも思わず立ち止まって、その様子を眺めていた。
ほぼ透明なので表情までは読めないけど、どこか訝しんでいる気がする。
「おい、どこにもいねぇじゃねーか!」
「いいや、絶対にいるぞ! 俺のスキルが反応してるんだ!」
なんだと?
まさか【察知】のようなスキルを持っているやつがいたとは。
とはいえ、この至近距離でも居場所を特定できないなら脅威ではないな。放っといて先を急ぐとしよう。
「……クロシュさん、あの者たちを【鑑定】してみてください」
これはルーゲインからの【念話】か。
〈急になんですか?〉
「あの服装、どうもおかしく感じませんか?」
言われてみれば、この世界……というより、この時代に合わない気がする。
多くの船乗りが薄汚れたシャツにズボンなど、ラフな格好に対し、一部の者だけが妙に現代的なデザインのVネックの黒Tシャツや、小洒落たジャケットなんかを羽織っていた。
おい……まさか、こいつらって。
たぶんルーゲインと同じ予想に行き着いた俺は、すぐに【鑑定】する。
そして紛れもなく、その単語が表示されたのを確認した。
クラス:異世界人
こいつら召喚された異世界人じゃねえか!
何人かは雇われたって話だったけど、まさか奴隷売買に関わっているとは。
さっきの感じからして、強制されて従っているワケではなさそうだしな。
面倒なことになる前に……ここで始末しておくか?
幼女神様が、ヒマそうに、こちらを見ている。




