五つでお願いします
ミリアちゃんの『親友』を強調する謎の幼女に、お茶会へ誘われて数十分後。
城の一角に設えられたサロンでも開くかのような広間で、俺は【人化】形態なのに置物のように座っていた。
より正確に表現するなら、居心地が悪くて大人しくしている。
理由は二つある。その内のひとつは、この部屋が『淑女のお茶会』らしい空間だったからだ。
テーブルに用意されたティーセットに焼き菓子、あちこちに飾られた鮮やかな花から漂う香り、そして幼女が二人。
もし眺めているだけで良いと言われたら、きっと一日中でも張り付いていただろう光景だったけど、現実は俺も参加しているワケで……。
なんというか、場違い感がすごい。
見た目だけなら違和感はないけど、俺の精神が気遅れしてしまっているらしい。
もし防具形態への移行が許されるなら、すぐにでも【人化】を解いてしまいたいくらいだ。夜会もパレードも、ほとんどそのおかげで乗り越えられたのだから。
ちらりと隣に座るミリアちゃんを窺う。
「クロシュさん! クロシュさんはお砂糖いくつ入れますか?」
「五つでお願いします」
ダメだ。このはしゃぎっぷりだと、ミリアちゃんは俺の参加を望んでいる。
せっせと俺の分までお茶の用意をしてくれる様子からは、うきうきと言った擬音まで目に見えるかのようだ。
一方で、対面席からは痛いほどの視線を感じる。
人形みたいに整った顔のまま、こちらをギラギラとした瞳で睨んでいるのはお茶会へ誘ってくれた、この部屋の主だ。
絹のようなプラチナブロンドの髪は思わず触れてみたくなるけど、もしかして俺って嫌われてるのかな……?
まあ心当たりはある、というより現在進行形で不興を買っている。
彼女はミリアちゃんをお茶に誘ったのだ。そこに俺は含まれていない。
だったらなぜ俺がいるのかと言えば、実はミリアちゃんからの頼みで席を用意して貰い、急遽お邪魔している形なのだ。
言わば招かれざる客であり、これこそ居心地が悪い二つ目の理由だった。
きっぱりと断らない辺り、この『親友』もミリアちゃんには頭が上がらないらしいが、そんな彼女の正体は……。
「それでは準備も整いましたので、改めてお互いの紹介をしましょう。クロシュさん、こちらは私の友人のフォルティナです」
「……初めましてだ。私はミリアの親友、フォルティナ・ルア・ビルフレストという。あとこの国の第一皇女だ」
普通そっちが肩書になるんじゃないか?
ともあれフォルティナちゃんは、この国の皇女様だった。
「フォルティナ、こちらは前にも話したクロシュさんです」
「始めましてフォルティナ……皇女殿下とお呼びしたほうが?」
「ああ、プライベートでは好きに呼んでくれて構わない。それと貴女のことはミリアからよく聞いている……よく、な」
猛禽類みたいな目がギラリと光った。やっぱり怒ってるよね。
顔立ちが整っている美人さんだけに、不機嫌な表情がちょっと怖い。
あまり嫌われたくないし、俺は早く帰ったほうがいいと思うんだけど……。
「こうしてお茶会するのも久しぶりだから、なんだか楽しいですね」
完全にお茶会モードに入ったミリアちゃんは淀んだ空気を知ってか知らずか、天使のような笑顔でそんなことを口にする。
ま、まずい! さすがに怒ったのでは?
恐る恐るフォルティナちゃんの顔色を窺うと……。
「そうだな。こういう時間も久しぶりだ」
先ほどまでの険悪さはどこへ行ったのか、ミリアちゃんへ向ける表情には優しい笑みまで浮かんでいる。
やはりフォルティナちゃんは親友を自称する辺り、基本的にミリアちゃんを優先してくれるみたいだな。ほっと一安心する。
ならば、ここは俺も会話に参加して盛り上げ、機嫌を直して貰おう。
「お二人はよくお茶会をしていたのですか?」
「そうですね……週に一度くらいの頻度で開いていました」
「なるほど、随分とお二人は仲が良いようですね」
「ふふふ、当然だ。なにせ私とミリアは親友……い、いや、もはや無二の友か、あるいは姉妹と呼んでも過言ではない!」
俺の言葉に気を良くしたのか、勝ち誇った笑みのフォルティナちゃん。
どうやら彼女はミリアちゃんと一番仲が良いという自負があり、そこへ割って入る俺に敵意を抱いているようだ。
やたら『親友』を強調するのも、俺に対する牽制だったのだろう。
俺としてはミリアちゃんの友達にケンカを売るつもりはないし、二人が仲良くすることに不満も文句もないんだけどね。
いきなり現れた俺に親友を取られちゃうと心配しての威嚇だろうから、敵ではないと誤解さえ解ければ……。
「フォルティナ……今日はちょっと様子が変ですよ? どこか具合でも?」
「え!? そ、そんなことはないぞミリア! 私は元気だ!」
さすがに、やり過ぎたようで怪しまれちゃってるな。
よし、ここでひとつ助け船を出すとしよう!
上手く行けば、そのまま仲良し三人組の結成だ。
「ところで、お二人はどのように知り合ったのでしょうか?」
「私たちは……そうですね、ちょっと立場が特殊なものでしたので、話し相手になれるのがお互いに限られていたんです」
どうやらフォルティアちゃんは皇女という最高位の地位から対等な者が学士院に存在せず、本当に友人と呼べるような相手がいなかったそうだ。
一方、ミリアちゃんも俺が目にした通り、特殊な家の生まれからクラスメイトたちは話しかけ辛いようで、少し浮いた存在になっていた。
そんな最高位のフォルティナちゃんと、特殊なミリアちゃんはすぐに互いを知って打ち解け、親しくなって行ったという。
ここで二人に大きな違いがあった。
それはミリアちゃんには、学士院に親戚のアミスちゃんやソフィーちゃん、ミルフィちゃんたちがいたことだ。
学年こそ違えど仲の良い彼女たちがいるから、特に寂しい思いもせずに過ごしていた。だから身内以外の新しい友人は、新鮮であっても特別ではない。
しかし、フォルティナちゃんの場合はどうだ?
恐らく他に友人がいなかった……とすれば、彼女に取ってミリアちゃんは、本当にかけがえのない親友として映っていると想像できる。
現にフォルティナちゃんは、ミリアちゃんと楽しく過ごすためだけに、誰にもジャマされない場所……このお茶会用の部屋を用意している。
おまけにティーセット等はメイドに手配させたそうだけど、今この部屋に使用人はひとりも姿を見せていない。
これは自分たちの手で形だけでもお茶会の場を整え、互いにお茶を注いだりして楽しみたいから部外者の立ち入りを禁止しているからなのだが……。
うーむ、皇女様の本気度が窺えるな。
「私だけの話ではなく、そちらも聞かせて貰いたいものだが?」
「ではクロシュさんと初めて出会った日からお話しましょうか!」
話を振られたミリアちゃんは、意気揚々と選定の儀があった日から、第二次魔獣事変の戦いまでの一週間ちょっとを語った。
終始クロシュさんのおかげ! クロシュさんはすごい! と褒めちぎられてしまって、さすがに照れちゃうね。
でも、その辺にしておいて欲しいかな。俺を賛美するたびにフォルティナちゃんから黒いオーラが放たれているので。主に俺に向かって。
可視化できるなら、緑色の眼をした怪物が襲いかかるように映っただろう。
ち、違いますよ? 俺は敵じゃなくて新しいお友達ですよ?
そう訴えかけるように、申し訳なさそうな視線を送ってみる。
しかし、フォルティナちゃんにギラッと睨み返された!
恋は盲目とは言うけど、今の彼女にピッタリの言葉だ……。
やがてミリアちゃんの冒険譚も終わり、喋り疲れたのかお茶で喉を潤す。
「……なるほど、二人のことは、よくわかったよ」
静かに口を開くフォルティナちゃんは、不意に黒いオーラを消失させた。
「ならば、二人はお互いを知り尽くしている……そういうことかな?」
「どういう意味ですか?」
「簡単な話だミリア。例えば私がお前の好物を知っていて、お前が私の好物を知っているように、二人とも互いが好む食べ物を知っているのか?」
むむ……言われてみればミリアちゃんの好きな食べ物ってなんだ?
割となんでも美味しそうにもぐもぐ食べているので、好き嫌いがありそうには見えなかったが、考えてみれば好物ぐらいあって当然だろう。
俺が黙っていると、ミリアちゃんも答えに窮していた。
当然だ。俺の好物を教えたことなんて、ないのだから。
「それは……えっと」
「おや、まさか知らないのか? ずいぶんと仲が良いように感じたから、てっきり把握しているかとばかり……いや失敬、私の勘違いだったようだ」
にやり、と俺にドヤ顔を向けるフォルティナちゃん。俺たちよりも仲良し度をアピールできて、ご満悦のようだ。
これは一本、取られてしまったな。
たしかに好物に限らず、俺はミリアちゃんのことを知った気になっていて、あまり知らなかった。今日の【魔導技師】の実態だって初めて聞いたくらいだ。
俺自身についても転生した事実や、本当の性別を隠したくて、ミリアちゃんに話すことはほとんどなかったからな。
「わ、私とクロシュさんは出会って一月とちょっとですから知らないことが多くても当然ですよ! もう、いじわる言わないでください!」
「はははっ、それもそうだな。すまない、さっきの発言は忘れてくれ」
ぷんぷんと怒るミリアちゃんに対し、より機嫌を良くするフォルティナちゃん。
きっと彼女には、俺とミリアちゃんは出会って間もないから、そこまで仲良しではないと、ミリアちゃん自身の口から聞き出せたように感じたのだろう。
一応の謝罪を受けたのでミリアちゃんは矛を収めたが、俺は自分の不甲斐なさにちょっとだけ胸が張り裂ける思いだった。
今後は、もっとミリアちゃんとの触れ合いを増やすべきか……。
お茶会を終えて、帰り際のことだ。
耀気動車へ乗る前にお手洗いへ行ったミリアちゃんを待っていると、どこかで見た覚えのある好青年がお付きを伴って現れた。
いや……忘れるはずもない。あれは夜会にてミリアちゃんを庇ってくれた皇子ではないか。
なぜここに、などと考えるまでもない。この城こそ皇子の家だからな。きっと偶然にも通りかかっただけだろう。
そう判断してやり過ごそうと、車体に寄りかかるように道を開ける。
十分に広いけど、まあ俺なりの敬意を込めてだ。
だが、なぜか歩調を弱めてこちらへ向かって来るではないか。
……あ、ひょっとして皇子に対して態度が失礼だったとか?
しかし王族とすれ違う時の作法なんて俺は知らんぞ。
とりあえず軽く頭を下げておくべきか悩んだが、先に皇子から口を開いた。
「先日はきちんとした挨拶もできず申し訳ありません。僕はこの国の第一皇子、ジノグラフ・ルア・ビルフレストと申します」
「……ええ、ミリアを庇ってくれた者ですね。感謝します」
いきなりの挨拶に戸惑いつつ、それだけ答えられた俺に喝采を送りたい。
なんだこいつは。挨拶がしたかっただけなのか。
「あれは当然の事……むしろ、あのような者を招いてしまった不手際を心より謝罪します。あの者には重い罰を与えますので、どうかお許し頂ければ……」
「構いません。もはや済んだことです」
「感謝します」
あまり腰が低いので、こっちのほうが偉いのかと錯覚してしまうな。
とはいえ王族であるのに変わりはない。俺はきっと、最低限の礼儀だけ欠かなければ、こうして話しても許されるのだと留意しておく。
「それでは名残惜しいですが、少し立て込んでいますので失礼します。今後も僕はクロシュ殿に協力する所存ですので、何かあればいつでも訪ねてください」
爽やかな笑顔と共に、颯爽と去って行く皇子。
よくわからないが、味方であるとアピールしたかったのかな?
この愛想の良さが少しでも、妹のフォルティナちゃんにあれば助かるのに。




