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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第3章「スーパー幼女大戦」
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お疲れ様でした

 いよいよ救出作戦まで、残り二日と迫っていた。

 この数日間はトレカ作りに集中していたので、そろそろ気を引き締めなければならないのだが……どうにも胸がそわそわする。

 失敗が許されないせいか、思ったより緊張しているようだ。

 動き出してしまえば気にしているヒマなんてないのに、微妙に間が開いているから余計なことを考えてしまうのだろう。

 いかんいかん。ここは段取りを再確認してシャッキリしよう。


 まず、召喚された異世界人は奴隷として売られる者と、商家連合に雇われる者で別れており、奴隷は貿易船へ秘密裏に乗せられて帝国へと運ばれる。

 この船が航行中の海上で奇襲を仕掛け、転移の魔法陣で村まで避難させる、というのが作戦の基本骨子だ。

 肝心の目標となる船はヴァイスとクレハが敵地に潜入し、判別する手筈となっている。そうして二人の連絡を受けたら、俺とルーゲインが港から飛び立つ。

 ここまでで懸念があるとすれば天候だ。

 広い大海原で一隻の船を見つけ出すだけでも苦労しそうなのに、雨でも降られたら見通しが利かなくなってしまうだろう。

 これの対策に関しては、ルーゲインに良案があるようなので任せておいた。

 いい加減なことは言わないから、まあ大丈夫だろう。


 そして目標の船を発見したら、ここからは状況に応じて動く。

 もしかしたらルーゲインが魔法による撹乱を行い、それに乗じて俺が船内へ侵入する状況も考えられる。

 もちろん最善はバレないまま終わらせることだ。

 気付いたら痕跡すら残さず誰もいなくなっていた、ぐらいが望ましい。

 もっとも、最悪を想定してこその作戦だとルーゲインは指摘していた。完璧に事が運ぶとは思わないほうがいいのだとか。

 いやぁ、大失敗した男の言葉は説得力があるな。

 皮肉はさておき、どこかで妥協する必要がある……とは言っても、救出を諦めるなんて選択肢はないし、俺たちの正体だけは今後を見据えると隠し通さなければならないのだ。

 なので、最悪のパターンは船を沈めて商家連合の乗組員を皆殺しにして、証拠隠滅を図る展開だとルーゲインは声を潜めた。


 いや、むしろそれでいいんじゃないか?


 と提案したら、確実に子供たちを助けるための作戦なので従って欲しいと、何度もルーゲインに懇願されたので俺は頷いた。

 そこまで言われては準備を任せっ切りの身としても無下にはできない。

 不安なのは戦闘になった場合だ。

 インテリジェンス・アイテムが相手なら【簒奪】で負ける気はしないが、ノブナーガみたいに素で強い化物がいたら、ちょっと危うい。

 こっちも装備者がいれば負けはしないだろうが、俺はミリアちゃんに内緒で行くつもりだし、特にパートナーに拘りのないルーゲインも現在はフリーだ。

 ……でもまあ、さすがにノブナーガ級の人間は、そうそういないだろう。

 それに勝ち負けより、囚われの幼女たちが戦いに巻き込まれ、危害が及んでしまわないかが重要だった。

 やはりルーゲインの言う通り、隠密行動を心がけないとならないな。


「クロシュさん、どうかしましたか?」

〈いえ、なんでもありませんよ〉


 おっと、つい考えに耽ってしまったようだ。

 今は学士院で、魔道具の授業中だった。

 さすがに【人化】状態では迷惑なので、俺はマフラー形態で大人しくミリアちゃんの細い首に巻かれているけど、黙り込んでいたから気にしてくれたのだろう。

 どちらにしても魔道具講座の授業では、なにがなにやらで上の空になっていただろうけどね。


 ……でも、少しは俺も勉強しておかないと、ミリアちゃんたちに愛想を尽かされてしまうかも知れないな。

 基礎くらいガンバって覚えてみるべきか。

 などと思い立ったはいいが、女教師さんは難しい言葉を並べているばかりで、ちっとも頭に入らない。

 これは……かなり高度な授業なのかな?


「それでは、前期のおさらいはここまでとしましょうか」


 ミリアちゃんたちが過去に習った部分だった。

 むう……やはり俺には無理だったのか?

 頭の出来に自信はなかったが、ちょっとだけ悲しくなるね。

 ふと、机の上で開かれている教科書を覗いてみると、どうやら魔道具の歴史のページのようだ。

 ……初心者にはこの辺りから入るのが、ちょうど良さそうだな。

 なになに?


 ――刻印術。それは選ばれし者の心に宿る奇跡のスキル。

 ある者は救済の魔道具を生み出し、ある者は破壊の魔道具を生み出す。

 皇帝国時代。技術を競いあう二つのクラス。

 その名を魔導士と魔導技師といった……。


 じゃん、と導入から始まり、帝国が栄えた理由を魔道具のおかげとしている。

 この帝都を包むドームからもわかるように、寒冷地帯である帝国では昔から魔道具に頼っていたというワケだな。

 そのため技術も大きく発展し、この国の貴族は魔道具の知識を持つことが常識になっているほどらしい。

 あくまで魔道具で、秘文字までは至らないってのがポイントっぽい。

 というのも、魔道具の作成には秘文字が必要不可欠だが、この秘文字を扱う者は大別すると『魔導士』と『魔導技師』の二者になっており、特に【刻印術】を持つ魔導士は国に貢献してきた実績から、騎士と同等の名誉すら得られるという。

 だから秘文字まで理解するのは、優れた才能を持つ者のみって感じか。


 ところで魔導士と魔導技師って、具体的にどう違うんだ?

 身近な人物だと、実はソフィーちゃんのクラスが魔導士で、ミリアちゃんが魔導技師になっているのだ。

 これは【鑑定】したら、ステータスのクラス欄に書かれているので間違いない。

 だからこそ、ちょっと気になってしまう。


 ちらりと見上げれば、ミリアちゃんは教科書を見ていないようなのでこっそりとマフラーから糸を一本だけ伸ばし、勝手ながらぺらりと捲る。

 疑問の答えは、そこに載っていた。

 要するにスキルである『刻印術』を持っているか、いないか。

 それだけの差のようだ。


 しかし、この差はとてつもなく大きい。

 なぜなら魔導技師は秘文字を刻むことだけはできる。だが、ただ刻んだだけでは意味がない。そこに魔力が通う処理を施して初めて秘文字はひとつの魔法的効果を発揮するのだ。

 その処理こそが【刻印術】というワケである。

 魔導士は言わば……魔導技師の上位互換クラスと言えるだろう。


 もっと言ってしまえば、魔導技師は秘文字さえ学べば誰でもなれる、というのも大きな違いか。

 実際のところ生活に役立つ魔道具を発明しているし、耀気動車や耀気機関車のメンテナンスを担っているため軽視されているワケじゃないみたいだけど、その耀気動車と耀気機関車を生み出したのは魔導士だった。

 そのため現状では、新しい魔道具の研究は少数の魔導士だけで進められ、それらの修理と保全は数多くいる魔導技師に任せているらしい。

 となると、ミリアちゃんがどれだけ努力しても……。


「気付きましたか?」


 いつの間にかミリアちゃんは視線を下ろしていた。

 俺が教科書を読んでいて、そのページからなにを知ったのかも、すべて察しているみたいで困ったような笑みを浮かべている。

 つい読むのに夢中になりすぎたな。俺にこんな集中力があったとは。

 いやいや、今は俺の向上心なんてどうでもいい、問題はミリアちゃんだ。


〈その、ミリア……なんと言いますか〉

「大丈夫ですクロシュさん。私は諦めていませんから」

〈え?〉

「たしかにソフィーの方が【刻印術】を持っていて才能がありますし、私がどれだけ頑張っても補助にしかなれないかも知れませんが……それでも私は魔導技術が好きですし、魔道具のことをもっと知りたいんです」


 おお、なんという不屈の精神……さすがはミリアちゃんだ!

 てっきりコンプレックスでも抱えているのかと心配したけど、まったくの杞憂だったようだな。

 ならば、俺はひたすら応援して後押しするまでだ!


〈その意気ですミリア! 例え作れなくともミリアには【魔道具操作】がありますから、上手く魔道具を扱う方向で頑張ればいいのです!〉

「はい……あれ?」


 なぜか不思議そうに首を傾げられた。

 良い感じの言葉のつもりだったんだけど、変なことでも言ったかな。


〈どうしました?〉

「クロシュさんに私のスキル説明しましたっけ?」

〈いえ、説明はされていませんね〉

「でも私が【魔道具操作】を持ってるの知っているんですよね?」

〈そうですね。他にも【閃き】や【直感】に、【魔道具解析】もありますが〉

「え? どうしてわかるんですか?」

〈それは【鑑定】で見ていますので〉

「……鑑定ですかっ!?」


 急に大声をあげたので、ざわっと教室中がミリアちゃんに注目する。

 慌てて両手で口を塞いだミリアちゃんの仕草はかわいらしいけど、俺もなにか失態を犯してしまったのかと焦る。

 ミリアちゃんの反応からすると【鑑定】は超レアだったとか?

 でもルーゲインはそこまで驚いていなかったし、冒険者ギルドに鑑定できるおねえさんもいたよな。……三百年前だけど。

 などと記憶を掘り返していると、ミリアちゃんが小さな声で捲し立ててきた。

 

「く、クロシュさん、本当に【鑑定】が使えるんですか?」

〈ええ、一応、はい……マズかったですか?〉

「い、いえ、そういう訳ではないんですけど……では先ほどの【魔道具解析】というのは」

〈ミリアが持っているスキルですね〉


 唖然とするミリアちゃんだが、そこに女教師が心配そうな顔で近寄る。


「ミーヤリアさん? 鑑定がどうかしましたか?」

「あ、えっと、その……」


 うーん……このままだとミリアちゃんが、いきなり大声を出す変な子として見られかねないな。元々は俺の責任だし、俺がどうにか収めよう!

 すぐに【人化】を使用して、発光するマフラーから颯爽と登場する。


「突然、失礼します、私から説明してもよろしいでしょうか?」

「あ、貴女は……! もちろんです! どうぞ!」


 ちゃんと学士院側から話が通っているので、いきなり現れた俺に驚きつつも女教師は丁寧に受け答えてくれた。

 良かった。余計に混乱させるかもって【人化】してから気付いたよ。

 まあ生徒にまでは伝わっていないので、何者なのかと多少騒がせてしまったようだが、こっちは時間の問題だから構わないだろう。

 なお、今回の俺はあくまで聖女という立場で訪れているため、お気に入りの男装の執事服ではなく、清楚な純白のローブ風に形を変えていた。そのせいもあってなのか、何人かの生徒は頬を染めながら呆けたように見つめている。

 ……男子女子を問わない辺り、ミラちゃんの美貌は罪深いね。


 さて、説明するにしても正直に話していいものか。

 別に【鑑定】を使ってはいけないワケじゃないみたいだし、下手に誤魔化すよりは、正直に話したほうが後々のためになるんじゃないかな?

 よし決めた! ここは『ジョージと桜の木』作戦で行くとしよう!


「先ほどのは私が彼女に【鑑定】を使ったため驚かせてしまっただけです。お気になさらず授業を続けてください」

「は? あ、えっと、それは……ええぇぇぇっ!?」


 俺の言葉を理解した途端、女教師は目を見開いてギャグ漫画みたいに叫んだ。

 やっぱり誤魔化すのが正解だったか……もはや後の祭りである。

 見回せば同じように生徒たちも、反応は様々だが驚きを露わにしていた。

 だが危険視されている感じではなく、やはり【鑑定】が使えるのは珍しい、あり得ないといった様子だな。むしろ常識的な知識ですらありそうだ。

 知らないと恥ずかしかったりすると困るので、ここはいつもの『三百年前の者だから現代の常識に疎いです』作戦だ!

 別名、すっとぼけ作戦ともいう。


「ミリア、なぜこんなに驚かれているのでしょうか?」

「あ、やはりクロシュさんはご存知なかったんですね」


 ふう、上手く行ったようだ。

 ミリアちゃんによると、どうやら現代において【鑑定】は、国宝のひとつである宝珠の魔道具によって行えるだけで、スキルを持つ者はいないらしい。

 その国宝とやらも精度は低く、おまけに大貴族でも十年に一度しか使用を許されないほど希少なのだとか。

 だから俺個人で【鑑定】できるのに、ここまで驚いていたワケか。

 かつては冒険者ギルドで楽に鑑定して貰えたというのに、きっと魔法と同じで時代と共に使える者がいなくなったのだろう。


 ルーゲインのやつがそこまで驚いてなかった辺りから考えるに、あいつは他にも【鑑定】持ちの……インテリジェンス・アイテムの知り合いがいそうだけどね。

 ただ俺自身もそうだけど、所持しているスキルを他人に明かす者はあまりいないんだと予想している。

 手の内を知られれば、それだけ対策を練られるだけだしな。

 ひょっとしたら一部のインテリジェンス・アイテムが魔法を使えるのに、人間たちの間で魔法の存在自体が怪しまれているのは、徹底して秘匿されて来たのが一因かも知れないな。

 それは、そこまでの信頼関係を結べるパートナーが過去に存在しなかった証拠でもあり、ちょっとだけ寂しくもあった。

 ……ああいや、パートナーの人間も一緒に口を閉ざした可能性もあるか?

 だとすれば、どこかにひっそりと魔法を継承している人間がいてもおかしくなさそうだな。


 思考が脱線してしまったが、ともかく女教師の驚きようは理解できた。

 彼女からすれば、国宝が目の前で立って話している状況だろう。

 ……あれ? その鑑定できる国宝と、魔導布ってどっちが上だ?


「あ、あの、とても失礼だとは承知していますが折り入ってお願いがあります」


 悩んでいると、少し落ち着いたのか女教師は恐る恐る話しかけてきた。


「よ、よろしければ私も見て頂けないでしょうか?」

「それは【鑑定】で、という意味ですか?」

「ももも、もちろんお嫌でしたら今のは聞かなかったことにしてください! すみません!」

「別に構いませんが……」

「本当ですか!?」

「そのくらいは容易いですからね」


 ただ【鑑定】するだけならMPも消費しないし、むしろ授業を妨害してしまった詫びとしてなら安いものだ。

 そう気楽に考えたのが、大きな誤りだった。

 たしかに、ひとりだけなら簡単だろう……でも、この場には教師の他に、大勢の生徒たちがいるワケで、その生徒たちはハッキリと俺が『容易い』と口にしたのを耳にしていたのだ。


「あのー、僕もいいでしょうか?」

「お、俺もぜひお願いします」

「私も!」

「はいはいはい! こっちもこっちも!」

「い、いいのかな?」

「こんな機会を逃したら一生ないわよ! はーい! こっちもー!」


 ひとりの生徒が手を挙げたら、それに便乗するかのように次々と希望者が現れてしまい、期待の眼差しが突き刺さる。

 女子だけ……というワケにはいかないかな?

 隣に視線を送ると、ミリアちゃんは残念そうに首を振る。

 その意味は、私にはどうすることもできません、だろうか。諦めて【鑑定】するしかなさそうだ。


「わかりました。ですが今は授業中ですので、これが終わった後の休憩時間中であれば承りましょう」

「やったー!」

「すごいぞ! 俺たち鑑定して貰えるんだ!」

「ありがとうございます!」


 まあ結果的に喜んでくれているみたいだし、これでミリアちゃんがクラスに馴染める切っ掛けにでもなればいいかな。




 そうして数十分後。

 俺が【魔導布】であると知った生徒から、本当に魔法が使えるのかと質問されたので『ブルーウィップ』と『アクアバレット』を実演すると、主に幼女たちからの絶賛を受けて調子に乗ってしまい、ついには他学年の生徒まで【鑑定】する事態に発展してしまった。

 ステータスを告げるたびにきゃっきゃっと喜ばれる様子は、さながら占い師になった気分で、水の鞭や水弾を飛ばすと沸き上がる歓声は、もはや手品師だ。

 そんなこんなで無意味に俺の顔と名前が広まっただけな気がするけど、なんだかんだで俺も楽しかったので良しとしよう。


「お疲れ様でした、クロシュさん」

「い、いえ……元を正せば私が迂闊に話したせいですので……」


 ようやく解放されたのは、本日の授業が終わってからだ。

 さすがは貴族の子女で、休憩時間中はひっきりなしに訪れていたというのに、下校時間になると素直に帰路へ着いたのである。

 変なところでマジメというか礼儀正しいというか。

 おかげで助かったけどね。


「ミリアはこのまま屋敷へ戻るのですか?」

「そうですね、今日は特に用事もありませんし……」

「ならば、茶会へ招待しようか」


 唐突に背後から話しかけてきたのは、聞き覚えのない声だ。

 振り返ると、プラチナブロンドの長い髪をなびかせる人形のような幼女が、不敵な笑みを浮かべた端正な顔立ちをまっすぐミリアちゃんへ向けていた。


「まさかミリアは……私の『親友』は断ったりしないだろう?」

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