ぷしゅー
インテリジェンス・アイテムに転生した幼女の救済。
異世界から召喚された幼女の救出。
ミリアちゃんの悩み解決。
資金稼ぎの一環としてトレーディングカードゲーム作り。
……やること多くない?
最初の二つは統合してもいいとして、それでも三つもあるのだ。
ここらで整理しないと忘れっぽい俺のことだ、うっかりやらかしてしまいそうだな。なにせ前世のことも思い出せないほどである。
それに、ラエちゃんが再来するまでにミリアちゃんを強くすると約束していたのを、すっかり忘れていた前科まであった。
どれも軽視できない重要な仕事だから、しっかり把握しておかなければ!
というワケで、ひとつずつ再確認してみよう。
まずはインテリジェンス・アイテム集めに関してだ。
帝国内という制限はあるが、現在はアミスちゃんの父親であるジェノに頼み、各地で販売されている者を購入し、村へと集めている。
俺としては幼女だけで野郎共はどうでもいいんだけど、さすがにイメージが悪いし、大義名分を得るためにも、ここはまとめて回収だ。
いずれは国外へも手を伸ばすつもりだけど、それには多くの人手と、莫大な資金がどうしても必要となってくる。
購入額だけでも尋常ではないお金が動くそうだから仕方ない。今はまだ初期段階として、帝国内での活動に留めておこう。
集められたインテリジェンス・アイテムは城塞都市の東、オーガやワタガシらが棲んでいる森の近くに建設された村へ移送される。
ここはノブナーガ捜索隊の拠点として使われていた場所なので、設備は整っていたし、立地的にも住みやすい。
同時にノブナーガの配下から騎士を借りて、警備として村に常駐させている。
騎士たちは身動きできないインテリジェンス・アイテムたちの話し相手や、時には外へ連れ出して散歩したりと、精神的なケアという割と重要な役割も担ってくれているので、今のところ大きな不満は出ていない。
ただ根本的な問題解決には、やはり装備者となる人間のパートナーが必要だ。
そこでルーゲインを通し、全身鎧のインテリジェンス・アイテムであるゲンブからの情報提供で判明したのが、異世界から召喚された奴隷である。
地球のみならず様々な異世界があって、無作為に選ばれた世界から年齢性別を問わずに無理やり召喚され、奴隷として売られる。
そんな悪逆非道な行為に手を染めているのは、帝国より東の海を越えた先、貿易によって栄えている『自由商家連合』とかいう島国だった。
奴隷制度は大昔に廃止されたとかで、罪人が奴隷にされることはあっても売買はあり得ない。それを秘密裏に行っているのが商家連合というワケだ。
ゲンブは以前にも、そうして奴隷にされた異世界人を助け出しており、同じことが繰り返されそうになっているのを防ぎたいと俺たちに取引を持ちかけた。
成功すれば、助け出した異世界人を村へ住まわせられるし、ゲンブが保護している者たちも村へ移住させる……つまりお互いに利点があるのだ。
なによりも、召喚された中には子供がいる。
そう、やつらは幼女を奴隷として売ろうと言うのだ。
黙って見過ごせるだろうか? いいや許すまじ商家連合!
いずれ天誅を下してやると心に決めつつ、今はまだ救出作戦に集中する。
この作戦は、チームを二つに別けることになった。
というのも召喚する魔道具があるらしく、そいつを破壊しなければ被害者が増える一方だからだ。
俺とルーゲインは、貿易船に乗せられて帝国へ運ばれると予想される異世界人を救出し、ヴァイスとクレハが重要拠点へ潜入して破壊工作をする。
そして商家連合を警戒させないためにも、両作戦は同時刻に決行されると決まっており、あとは作戦決行日まで……残り八日を待つだけだ。
ちなみにヴァイスとクレハは先に商家連合へ入り込んでいるし、ルーゲインもゲンブと打ち合わせしたり、港を偵察したりと忙しく動いていた。
俺のやる気がみんなに伝わったのか、一様に必ず成功させようという気迫みたいなものが感じられて嬉しいね。
特にルーゲインなんかは、少し笑ってしまうぐらいの勢いだ。
あれほど必死に働くのなら、今後はちょっとだけ甘くしてもいいかな?
ともあれ現状においてインテリジェンス・アイテムの幼女と、召喚された幼女に関して俺にできることは、こんなところか。
次はミリアちゃんの悩みについてだな。
その悩みとは、俺という防具【魔導布】に相応しくなること。
より厳密に言えば、もっと強くなりたいって意味だと解釈している。
俺としては現状でも構わないんだけど、ここで問題なのはミリアちゃん自身が納得できるかであって、俺の意志はあまり関係ないね。
優先されるべきはミリアちゃんなのだ。
そんなワケだから、どうにかミリアちゃんを強くしなければならないのだが、はっきり言ってしまうと……これがかなりの難関である。
そもそもミリアちゃんは戦闘タイプじゃない。技術職が向いているのだ。
これはステータスからも判明しており、恐らくレベルを上げても大した強さは得られないのではと予想している。
でも、まったく手がないワケじゃない。
例えば得意な分野である魔道具の研究を極めれば、魔道具使いとして戦う力は手に入るだろう。
現に螺旋刻印杖を独力で扱えるようにしたミリアちゃんの手腕はかなりのものだと思うし、他にも武器となる魔道具を自分用に開発すればいい。
だけどミリアちゃんの望みは、あくまで自分自身が強くなることだ。
道具に頼った強さでは、きっと納得してくれないだろう。
……やはり俺の知恵なんかじゃ解決策は見えそうにない。
となれば誰かに相談するのも手だけど、こういうのに詳しいのは……。
あーあ、きょうも、いいてんき、だなー。
これ見よがしに幼女神様が目の前を通りがかった。
なぜか焦げない鍋と、飲めると印字された石鹸を手にしている。
ふふー、ぷひゅー、ふー。
もしや口笛のつもりですかな?
でも幼女神様、お気持ちは大変ありがたいのですが、これは相談相手を考えることも含めて俺が解決したいんですよ。
そっかー。
あまり残念そうでもないのは、実のところ俺の答えも予想していたりして。
ぷしゅー、ふっふー、ひゅぷー。
謎の吐息音を出しながら幼女神様は去って行った。ヒマだったのかな?
話を戻そう。
ええっと、相談するのに適しているのは知識が豊富で頭も良く、なおかつ俺の事情を知っていて、高レベルでスキルとかにも精通している。そんなやつだ。
……いるのか?
知り合いに限定されるのに、高レベルで頭も良いなんて……あ。
あいつなら、ルーゲインなら妙案を出してくれるかも知れないな。
暴走さえしなければ頭が回るし、魔法にも詳しい様子だった。
すぐに連絡を……と【宣託】を使用する前に思い留まる。
あいつも救出作戦の準備で忙しそうだったから、さすがにジャマをするのは俺の本意ではなかった。
話が長くなりそうだし、ミリアちゃんには悪いけど、この一件は片付いてからにしよう。
最後に資金稼ぎとして打ち出したトレカ計画だ。
若干、無謀にも思えるけどペンコがいたからイケると錯覚してしまった。
そして実際、イケそうである。
というのもペンコのイラストは単純にクオリティが高いだけではなく、イメージ通りに描けるということは画風も自由自在で、可愛らしいアニメ絵から劇画タッチまで可能なのだ。
まあ、どこかで見た覚えがある、という感想は付属するが。
それだけ多くの違いがあるイラスト群が、この世界ではすべてが珍しい。
珍しさから初動で売れれば、あとはこっちのもんだ。
商売敵が現れるまでは時間がかかるだろうし、恐らく数年は市場を独占できる。
それは製造の難しさと、普通に作ったら初期費用の多さがネックとなっているのだが、同時にデザインの面で苦労するからだ。
どう足掻いても、あらゆるプロを模倣するペンコを越えるのは不可能だろう。
だが、ひとつだけ浮上した問題があった。
魔物をデザインしたカードを売っても、果たして大丈夫なのかと。
よくよく考えれば宗教的にヤバい可能性だってある。
そこのところを、ちゃんと確認しておきたいのと、あと単純に人気が出そうかとか……いわゆるマーケティング調査ってやつだな。
これは動けないペンコに代わって、俺が調べなければならないが、チマチマやっているヒマなんてない。
ここはミリアちゃん強化計画と同じく、誰かに相談するのが手っ取り早い。
さて、こういうのに詳しそうなのと言えば……。
「それで、私なの?」
「ええ、そうですミルフレンス」
授業の合間にある、やたら長い休み時間を利用して、俺はミルフレンスちゃんがいる教室を訪れていた。
すでに学士院側には俺がミリアちゃんに同行する許可を貰っているため、こうして【人化】形態で歩き回っても見咎められる心配はない。
あまりにもスムーズに申請が通ったので、きっと聖女パワーが良い方向に動いたのだろう。話が早いので甘受する。
教室の場所に関しては、俺のウワサを聞き付けたソフィーちゃんが、お姉さまをご案内しますわ! と駆け付けたので、せっかくだから案内して貰った。
とはいえソフィーちゃんとミルフレンスちゃんは同学年。つまり同じ教室だったので、案内というより自分の教室に連れ込まれた気分だけどね。
移動中も腕に抱き付いたままのソフィーちゃんは楽しそうだし、俺も心から楽しめているので不満はない。
ただ用事があるからと別行動しているミリアちゃんが、去り際に見せた不満そうなジト目がちょっとだけ不安だ。戻ったら思いきり構ってあげよう。
そんなこんなで二人の教室に入ると、自分の席でぼんやりしているミルフレンスちゃんをすぐに見つけられた。
向こうもこちらに気付いてくれたので早速ながら本題に入ったのだが、どうも反応が薄いと言うべきか、表情が読み辛いな。
「迷惑でしたか?」
「別に、構わない……けど、なにをすればいいの?」
「ひとまず、どこか別の場所に移動したいのですが……」
ちらりと視線を巡らせると、制服姿ではなく、明らかに教師でもない俺の登場に、教室の生徒たちは何事かと注目している。
一応トレカ製作は極秘事項なので、あまり大きな声で話せないのだ。
そんな意図を察したようで、ミルフレンスちゃんは自ら席を立つ。
「わかった。行こう」
「おお、ソフィー……ミルフレンスが動きましたよ」
「お気持ちはわかりますが、猫を被っているミルフィはこんな感じですわ。口調だけはいつも通りですけど」
どうやら見慣れているようだけど、俺からしたらミルフレンスちゃんは常に寝ているイメージだから新鮮だ。
ひとまず先導するミルフレンスちゃんに黙って付いて行く。
なぜかソフィーちゃんも一緒に来ているけど、まあ口止めしておけばいいか。
やがて到着したのは、学士院の二階にあるバルコニーだった。休憩用のテーブルとイスに、日除けのパラソルまで用意されている。
他の生徒も見かけるけど、テーブルの位置感覚が広めに取ってあるので、密談を盗み聞きされるような心配はない。
その内のひとつにミルフレンスちゃんがお淑やかに座ったので、俺は対面席に回り、ソフィーちゃんはイスを動かしてまで俺の隣に腰を下ろす。意地でも離れる気はないらしい。最近あまり構ってないからかな。
ミリアちゃんと遊ぶ。ソフィーちゃんとも遊ぶ。両方やらなくっちゃあならないってのが人気者の辛いところだな。
「それで、さっきの続きは?」
おおっと、今はミルフレンスちゃんに集中しないと。
「先ほども軽く説明しましたが、新しいカードゲームを作るにあたって……」
俺とペンコが懸念している魔物がデザインのカードゲームに問題はないか、そして人気は出るのか、という点を聞いてみた。
彼女が玩具コレクターであることは、ノブナーガ捜索の最中に判明している。
実際に拝見したことはないけど、機関車や城塞都市でも購入していたし、今までもあちこちで買い集めていたに違いない。
となれば自然と、かなりの知識と感性を蓄えているはずだ。
そんなミルフレンスちゃんからの意見なら、参考になると俺は踏んでいる。
「……その絵、見てみたい。ある?」
少し思案する素振りを見せるミルフレンスちゃんは、実際に目にしてから判断したいのか、ペンコのイラストを催促する。
そう来ると思って、ちゃんと用意してあるけどね。
あの戦いで大量獲得したスキルに【収納】という便利なものがあった。説明されなくとも効果はだいたいわかるけど、謎の異次元空間に道具を保存し、自由に出し入れできる優れ物だ。
見た目は懐に手を入れて、普通に取り出しているだけなので、もの凄く地味なのが珠に疵か。
「これがそうです」
数枚の紙を渡すと、食い入るように見つめるミルフレンスちゃん。
もちろん、おかしなイラストは除外しといたので、万が一にも彼女が腐ったりする展開など起こり得ない安心安全なものだ。
じっくりと眺めてから、やがて俺に視線を移す。
二つの紅眼には、どこか呆れの色が混ざっているように思えた。
「これだと、あまりよくない」
「具体的にどこが悪いのでしょうか?」
「描かれている魔物が、わからない」
言われてから、改めてイラストを確認する。
白色の神々しいドラゴンや、手足が生えた毛玉の怪物、ローブをまとった骸骨といった、割とよくあるモンスターらしいモンスターだらけに思える。
向こうとこっちの世界では感性が違うからかな?
俺がピンと来ていないのを察したのか、さらに説明を続けてくれた。
「この魔物の名前は?」
指差されたのは白色のドラゴンだったので、俺の知る名前を伝える。
すると他のモンスターも同様に聞かれたので、同じく答えていく。
「やっぱり知らない。本当に存在する魔物?」
そうハッキリと言われて俺は言葉を失った。
こんなモンスターが現実にいるワケがないのだから。
それは、この異世界においても言えることだった。
「魔物に詳しい人に、これを見せたら笑われる」
きっと正しいだけに、その言葉はグサリと胸に突き刺さった。
つまり、動物のイラストを専門家に見せたら、骨格がどうのと間違いを指摘されるようなものだろう。
骨格程度ならまだいい。架空のオリジナル動物を描いておきながら、動物がメインのカードゲームです、と宣伝したらどうなるか。
まず間違いなく多くの人は実在する動物を想像して購入するだろうし、下手をすれば詐欺になってしまう。
それはそれで需要がありそうではあるけど、ちょっとニッチ過ぎる。
「……ひとつ確認したいのですが、魔物のカード自体は大丈夫なのですか?」
「似たようなのは、あるから」
なんだって!?
いきなり計画が破綻するのかと焦ったが、詳しく聞くと微妙に違う。
それはカードではなく、チェスのようなゲームに魔物をモチーフとした駒があるという話だ。
他にも芸術品として、魔物の彫刻が存在するらしい。
どうやら魔物とは脅威であると同時に、討伐した英雄の勇敢さを際立たせる力強さの象徴として、芸術家の間で定番の題材になっているようだ。
「では魔物の絵を実在する種類に差し替えれば……」
「それなら、この描き方は珍しいから、注目はされる」
おお、ミルフレンスちゃんのお墨付きだ!
ちょっと不安な部分もあったんだけど、これで一安心できる。
さながら真っ暗な大海原をイカダで航海していたら、原子力空母が通って乗せてくれたかのような気分だった。
「でも、魔物だけじゃ、ダメ」
「と言うと?」
「魔物と戦う英雄がいるといい」
冒険者という職業が多くの人の憧れで、ミリアちゃんのような貴族たちにすら高い人気を博しているのは、彼らが現代を生きる英雄だからだ。
聖女の称号を受けたミラちゃんや、勲章を授与されたミリアちゃん自身もそうだったけど、トップアイドルやスポーツ選手に近い感覚だろうと解釈できる。
そんな英雄たちをカードにして売ればどうなるか……。
不意に、俺の写し絵が販売されて賑わっていたことを思い出す。
「いっそ英雄だけでも良さそうな気もしますね」
「魔物と戦うから、英雄は英雄になれる」
なるほど。真理だ。
人間を敵にしても、それではただの戦争になってしまう。
邪悪な魔物を倒すから、正義を掲げる完全無欠の英雄ができあがるのだ。
事実、そういった英雄伝説を元にした芝居や歌、小説は人気があるという。
「方向性が見えて来ました。ありがとうございますミルフレンス」
「本当に作るの?」
「もちろんです。まだミリアには内緒にしていますが、これで資金を得られれば今後はなにかと役に立つでしょう」
「そう……なら、私も手伝う」
「いいのですか?」
「面白そうだから」
そうだろうと思った。
あのミルフレンスちゃんが自分から興味を持って動く理由としては、とても彼女らしくて、つい笑ってしまう。
「……どうしたの?」
「いえ、それよりも、完成したら最初にミルフレンスへプレゼントしますよ。何度か試して調整するので、時間はかかりそうですが」
「ん……期待して待ってる。あと、ミルフィでいい」
え? マジで?
「それはつまり、そう呼んでもいいと?」
「嫌なら、別にいい……」
「むしろ嬉しいですよ。ではミルフィ、これからもよろしくお願いしますね」
「……ん」
照れ隠しなのか、視線を逸らしたまま短く答える様子も愛らしい。
ともあれ……よっしゃぁ!
ついにミルフレンスちゃん、もといミルフィちゃんを愛称で呼べる仲にまで進展したぞ!
まさかトレカ作りに、こんな副作用があったとは嬉しい誤算だった。
ゲームを通せば仲良くなれるとは予想していたけど、効果はばつぐんだ!
これを機に、どんどんミルフィちゃんと仲良くなってしまおうかな!
「お、お姉さま、私もお手伝いしますわ!」
「ええ、ソフィーもありがとうございます。頼りにしていますよ」
対抗するように声を上げるので、ソフィーちゃんの頭をそっと撫でて宥める。
すぐにふにゃふにゃの笑顔になって、ふへへぇと悦楽に浸っていたので、このままそっとしておこう。
ソフィーちゃんには本当に申し訳ないけど、特に手伝って貰うことがないのだ。
……テストプレイくらいならいいかな?
それから後に、ミルフィちゃんから一冊の本を借りることになる。
表紙には『英雄大全』と題され、分厚く古めかしい装丁をしている。中身はタイトル通り、古今東西の英雄をまとめた内容になっていた。
文字だけで挿し絵はなかったけど、これを参考にイラストを描けば大衆がイメージする英雄像からかけ離れない、と助言してくれる。
そこまで考えてくれたことに感謝しつつ、彼女の本気度が垣間見えた。
もしこれで、やっぱり無理そうだから中止しました、なんて言ったらいったいどうなってしまうのか……。
とりあえず、この本はペンコに渡しておこう。メイドさんに頼めば読むくらいは難しくないはずだ。




