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そして布は幼女を護る  作者: モッチー
第3章「スーパー幼女大戦」
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あえー

 授業を終えて屋敷へと帰宅した俺とミリアちゃん。

 ミリアちゃん強化計画については、猶予がある。まだ慌てる時間じゃない。

 そんなワケで、俺はもうひとつの重要な案件に取りかかることにした。

 現状、他にできることがないのも理由のひとつだったが、最近は放置気味だったので、そろそろ計画を進めなければと僅かに焦りが生じていたのだ。

 まあ個人的なものだから、一番後回しでも構わないんだけど、最終的にはミリアちゃんのための備えとなるのだ。手を抜いていいものではない。


 陽が暮れ始めた頃、俺は屋敷の一室に入り、壁際のテーブルへと近付く。

 そこには一本の万年筆みたいなペンが、専用の緩衝材を敷いた箱にすっぽりと納められている。

 装飾もなければ歴史的な価値もない。一見すると普通のペンだ。

 だが、この部屋はそのたった一本のペンのために用意されていた。

 おもむろに手に取って、俺は話しかける。


「なにかアイデアは出ましたか?」

「あえー」


 魂が抜けたかのような声だ。ふざけてるのか?


「呆けてないで、しっかりしてください」

「あへー……んぁ? おわっ!? いつの間に来てたんすか?」

「たった今です」


 それは城塞都市で詐欺の片棒を担がされ、【魔導布】の偽物を演じていたペンのインテリジェンス・アイテムだ。

 名前はペンコ。一応女性らしい。

 ペンだから、ペンコ。なんて安直な呼び方をしているワケではなく、これは本人がそう呼んで欲しいと言い出したものだ。

 前世の本名を使うのも、場違い感がして恥ずかしいのだとか。

 理解できなくもないので、ならば新しい名前を自分で付ければいいと提案したところ、ペンネームとして使っていたというペンコに決まった。

 別にプロというワケではなく、イラストを趣味で描いてネット上に投稿していた程度のものだそうだ。

 だからって、異世界に来てまでペンにならなくてもいいだろうに。

 ちなみにペンコとはペンギンから取った名前で、本人的にはかわいいと気に入っているのは余談だ。


「それで、どうかしたんですか?」


 俺たちインテリジェンス・アイテムは飲食を必要としない。

 逆に言えば、食べたくても食べられず、眠りたくとも眠れないのだ。

 だからこそ暗い倉庫へと転生したペンコは意識を持ったまま長い時間を孤独に過ごし、それがトラウマとなって弱みを握られ、悪徳商人の良いように使われる結果となってしまった。

 現在では安置されている部屋は常に明るくしているし、朝昼晩の日に三回はメイドの手によって散歩に連れて行って貰える。建設中の村と同じような配慮がされているので、精神面での健康状態は安定しているはずなのだが……。

 先ほどの様子からすると、ちょっと心配になってしまうな。


「なにか問題があるなら改善しますよ」

「い、いやぁ、あまりにヒマだったもんで、この時間はメイドさんも来ないだろうから……ちょっと思考回路を溶かしてたんすよ」

「意味がわかりませんが?」

「だ、だから、その、ちょっとした遊び心というか、ひとりでいると無性に奇行に走りたくなる時ってあるじゃないっすか?」

「……ありますね」


 だったらまあ、あまり触れないでおこうかな。

 心配して損したけど、それだけ心に余裕ができたのは良いことだ。以前と違って砕けた口調なのも、本来のペンコに戻った証なのだろう。

 俺はなにも見なかったことにして、さっさと本題に入る。


「例の件ですが、良いアイデアは出ましたか?」

「あー、それなんすけどね。いくつか考えてみました……ってか、メイドさんに協力して貰って実際に描いてみたのが引きだしに入ってるんすけど」

「ここですね」


 ペンコが乗るテーブルに取り付けられた取っ手を引くと、そこに何枚かの用紙が無造作に入れられていた。

 それぞれ片面にだけ、とても流麗な線でイラストが描かれている。


「まだラフ画として描いたつもりなんすけど……」

「あまり詳しくありませんが、すでにペン入れ状態に見えますね」

「いやースキルって便利っすよね」


 これが【描写】の能力ということか。

 本人は軽く描いてみたつもりでも、出来上がるのは緻密に計算されたかのような構図であり、仕上がりも完成度が高くなる。

 それもそのはずで、このスキルの効果を調べると……。



【描写】

 イメージした通りの図を描く。使用中はMPを消費する。



 ……とまあ、要するに思い描いたイラストをそのまま表現できるのだから、ある程度の想像力さえあればプロも顔負けの絵師になれてしまうのだ。

 おまけに一枚描くのに要する時間は、数秒から一分ほどと異常に速い。

 より細かい作業が必要となるほど時間はかかるようだが、魔力が続く限りは大量生産が可能だった。

 さらに見た光景を思い浮かべれば、カメラのように風景を写したり、他人の描いた絵を複製することも可能だ。

 もっとも、細かく観察しなければ曖昧な絵に仕上がるので手抜きはできないようだけど、だとしても破格の能力である。

 さて、そんなスキルを駆使して描かれたイラストだが……。


「なぜ男同士のものが多いので?」

「うぇっへっへぇ、クロシュさんもそういうの、お好きじゃないすか?」

「吐き気がします」

「うえぇぇぇい!?」


 何枚かざっと確認しただけでも、どれもこれも男だらけだ。

 それも筋肉質な美形青年から、渋い表情をしたイケおじに、ちょっとデフォルメされた美少年と……。

 とにかく、そっち方面のイラストに溢れている。

 ミラちゃんの姿をしているから、ペンコも俺を女性だと勘違いしているのは当然だし、今のところ真相を打ち明ける予定もない。

 だけど、これは突飛過ぎないか?

 ペンコがそういう人種なのは察していたし、だからってこの程度で拒絶するワケじゃないが、順序というものがある気がする。


「気に入ると思ったんすけどねぇ……」


 かなりオープンな気質で、人懐っこい性格のようだな。

 まあ、だからこそ俺も気楽に話せるし、相談相手に選んだのだが。

 とりあえず描くならミリアちゃんやアミスちゃん、ソフィーちゃんにミルフレンスちゃんを中心に描くよう伝えておく。


「え? あークロシュさんはそういう……なんでもないっす! うっす!」


 生温かい目で見られた気がするが、まあいいや。


「というかカードにするイラスト案はどうなったのですか?」

「あ、それは後ろのほうにないすか?」


 手前に置いてくれよと不満を口にしたくなるが、とりあえず言われた通りに紙をめくって最後のそれを手にする。

 そこには、これまでと違った画風のイラストが描かれていた。

 上下左右に走る直線で六分割された枠内に白いドラゴンや、黒い魔術師らしき人間に、毛玉に手足と目玉が加わった怪物、角の生えた悪魔、胴長の竜、そしてローブをまとった骸骨が収まっている。

 まるで、日本で大流行したカードゲームのキャラのようだ。


「どこかで見た覚えがあるんですが……」

「そ、そうっすか?」


 しかし俺もカードと言えば、これを一番に思い浮かべるくらい有名だからな。

 やはり、まったくの無の状態から、新しくトレーディングカードゲームを作るのは難しいということだろう。


 そもそも俺の目的がなにかと率直に言えば、金稼ぎである。

 武王国からの賠償金でエルドハート家は潤っているけど、いつまた物入りになるかも知れないし、いざという時に備えて蓄えがあったほうが安心できるからね。

 そこで問題となるのが、どうやって稼ぐかだ。

 方法自体はいくらでもあったけど、どれも手間と時間がかかりすぎる。あまりミリアちゃんから離れられない俺としては避けたいものだ。

 だから誰でも片手間でできる上に、一攫千金という、あまりに都合のいい儲け話でも転がってないか……そんな甘い思惑を抱いていたら、天啓があった。


 かーど、げーむとか、いいかなー。


 まさしく神のお告げだ。

 とはいえ地球産の遊戯なんて、料理と同じように、とっくに勇者が持ち込んだり開発したりで広めて、大儲けしているだろう。

 それでも幼女神様の言う通り、その方向で模索すると意外な事実が判明した。

 市場や店を覗いてみると、有名どころであるチェスやリバーシ、トランプなんかは氾濫していたのに、トレーディングカードゲームは一切なかったのだ。

 あれこそ儲けるには打ってつけだと言うのに。

 だが考察するに、同じカードのトランプと比べて技術的に厳しく、その概念やルールを浸透させるのも当時では難しかったと推測できた。

 なによりイラストが肝心だからな。絵心のある人材を確保できなければ、作ろうという発想すら思い浮かばないはずだ。

 そして幸いにも、俺にはペンコがいたワケである。


 あとはペンコとも相談しながら話を進め、カードのイラストを用意できるかどうか。可能だとして、どんな絵柄にするか。そういった諸々を担当するグラフィックデザイナーを頼んだのだ。

 そのデザインが丸パクリなのはともかく、ちょっと意匠を変えれば十分に通用しそうだとわかったのは大きな収穫だな。

 ……異世界だから著作権とか気にしなくていいのかもだが、転生者にあれこれ口出しされても面倒だし、ここは完全オリジナルで作りたい。


「デザインはともかく、最低限必要なイラストは用意できそうですね」

「ああでもクロシュさん、一番大切なのは絵よりもルールっすよ」

「一理ありますね」


 ゲームである以上、面白くなければ誰も見向きしない。

 目新しさや、イラストで釣っても、すぐに離れてしまうだろうからな。


「とはいえ、ルールはそれこそ既存のものをアレンジした程度でいいでしょう」

「そんなんでいいんすか?」

「ルールに著作権はないと聞いた覚えがありますので」

「へー、そうだったんすか」


 たぶん。きっと。恐らく。

 最悪、間違っていても、この世界で訴えられる可能性はない。

 あくまで、いちゃもんを避けたいだけだからね。細かいことは気にしないでいいだろう。

 なにより素人が考案するものより、実際に売れているもののほうがいい。

 丸っきり同じなのは避けたいが。


「じゃあデュエルするモンスターのアレでいいっすね!」

「……あれもルールが細かいので、もっとシンプルにしたいですね」

「そうっすか? かなりわかりやすいと思うんすけど」

「初めてトレーディングカードで遊ぶ時、いきなりあれこれ言われても楽しめないでしょう。ですが、慣れるとより複雑なルールで遊びたくなるので、最終的には初心者用と熟練者用で、二つのルールを設けるのがいいですかね」

「なんだか難しそうっすね……その辺は任せるっすよ」

「まあ、そうなるでしょうね」


 ペンコがデザイナーなら、俺もなにかしら担当しなければなるまい。

 誰か頭のいいやつに発注するにしても、まずは自分が動かなければ……言わば統括する監督が俺なのだ。

 すると、あとは最低でもルール設計、製造、販売、宣伝の四人は必要か。

 販売と宣伝に関してはノブナーガのツテを使えるからいいとして、イラストと同じくらい重要なのはルール設計と製造の二つだろう。

 細かいことを言えば他にも多くの人材が必要になるのだろうが、素人が製作するのだから、多少は脇が甘くとも仕方ないと妥協しよう。

 草案として積み重ねて、随時、情報を更新するしかない。

 すべては金儲け……ひいてはミリアちゃんのために!


「おっと、それともうひとつ聞いておきたいんすけど」

「なんです?」

「魔物ばっかり描いていいんすかね? この世界って魔物に対して忌避感とかあったら受け入れられるか、ちょっと不安なんすけど……」


 言われてみれば、現実に魔物がいる世界で、魔物をモチーフにするカードゲームはどうなんだろうか。

 魔物を倒すならまだしも、魔物で相手プレイヤーを倒すワケだしな。


「これは調査しておかないといけませんね」

「その間、自分はどうしたらいいすか?」

「とりあえずデザインを考えて、メイドさんに協力を頼んで書き溜めておいてください。これほどの完成度なら、どれも使えないなんてことはないでしょう」

「りょーかいっす! 描くだけなら楽なんで、いくらでもリテイク受けるっすよ」


 生身のイラストレーターに怒られそうな発言だ。


「……いざ話してみると、思ったよりも多くの穴が見えてきますね」

「そのための相談っすから、むしろ見えてオッケーなんじゃないっすか?」

「ええ、おかげ様で計画も前に進んだ気がしますよ」

「いやー、分け前が目当てっすから、そんなに褒められたもんじゃないっすよぉ」


 今回デザイナーを頼むにあたり、成功した暁にはペンコに報酬を支払うことを約束している。

 あくまで成功したらなので、相応にガンバって貰わなければならないが。


「ところで、お金を手に入れてどうするんです?」

「そりゃもちろん、いつか【人化】した時のために貯めておくんすよ」


 ずいぶん先を見据えているな。

 こっそりとペンコのステータスを【鑑定】してみる。



【ペンコ】


レベル:6

クラス:喋る万年筆

ランク:☆☆(アイアン)


○能力値

 HP:50/50

 MP:10/10


○上昇値

 HP:F

 MP:C

攻撃力:F

防御力:F

魔法力:D

魔防力:D

思考力:C

加速力:D

運命力:C


○属性

【紅炎】【黄地】


○スキル

 Aランク

 【進化】【ステータス閲覧】


 Cランク

 【念話】【描写】


○称号

 【転生者】【成長する道具】【インテリジェンス・アイテム】

 【暗所恐怖症】【詐欺師】



 まだ【人化】スキルの取得条件はわかっていないが、少なくとも圧倒的にレベルが足りないのは確実だ。

 目的のレベルに到達するのはいったい、いつになるのか。


「まーでも、それまで持って歩いてくれる人がいると、イラスト描くのも捗るんすけどねぇ」

「それに関しては、ひとつ朗報がありますよ」


 俺はペンコに近々、多くの異世界人が村へ住むことを教える。

 その中に、ペンコのパートナーとなる者がいるかもだ。

 どうなるかは実際に会って話して、ってところから始めないとだけどね。


「おお……期待してるっすよ!」


 その声にはどことなく、心からの喜びが含まれている気がした。

 いくら環境を整えられているとはいえ、この部屋で身動きできないまま過ごすのは精神的に辛いのだろう。

 幼女を救う作戦は、ペンコたち転生者を救うものにもなるようだ。

 ……ミリアちゃんたちや幼女以外は別にどうでもいいんだが、まあついでだ。

 たまには聖女らしく、救える範囲は救ってしまおう。

地味に100話目です。

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