急にどうしたー?
腕がないから正拳突きの代わりに1日1回のお祈りで妥協して貰うと、すでにミラちゃんは俺を装備していた。
こちらも新しい念話スキルを獲得して準備万端だ。いつでもいいぞ。
緊張した面持ちで胸に手をあて、深く息を吸って吐く。
そして意を決したように自身の身体に向かって語りかけた。
「私たちの話を聞いていましたか? よろしければお返事をください」
恐る恐るといった声色に対して、俺は――。
(……肯定します。我が契約者、ミラよ)
きゅうに、どうしたー?
いや、いざとなったら、どう答えたらいいかなーと迷っちゃって……。
ふつうで、いいのにー。
あまり軽い口調でベラベラ話すのは俺のイメージじゃないんですよねー。
そーかなー。
俺をなんだと思ってるんです?
……ひみつー。
妙な間が気になるんですけど、まあいいでしょう。
「き、聞こえました。男の人の声です!」
俺の念話に驚き半分、感動半分で喜ぶミラちゃん。
「私たちは聞こえなかったよー?」
「たぶん装備者にだけ声が届く類なんだろう。なんて言ってたんだ?」
「ええと、肯定します、と、我が契約者ミラよ、って……」
「契約者だと……?」
少し思案するように黙り込んだノット。
「契約者とはどういう意味で、どういう契約なんだ?」
てきとうに言っただけで特に意味はない。って言ったら怒るかな。
しんよう、がたおち、だねー。
うーん、単純に装備してくれているってだけなんだけどなー。
ノットの様子を見るに、危険な契約ではないかと警戒しているようだ。
その不安は取り除いてあげるとして、ちょっと都合がいいようにしておこう。
(契約者とは、私を装備する資格があり、装備することで契約を受け入れた者です。契約とは、契約者に力を与える代わりに契約者は私を成長させる、という内容です。この契約を破棄する場合は新たな契約者へと私を譲渡する必要があります)
っとまあ、こんな感じでいいだろう。
さっきの会話からするとミラちゃんは俺を頼りにしているようだから願ってもない話だろうし、ダンジョン攻略は俺の成長促進に繋がるから良いことずくめだ。
もし俺を捨てようと考えても、その際には新しい装備者を探すようにちょっとした思考誘導をしておいた。しかも資格という曖昧な選択基準によって実際には俺好みの相手を選べるって寸法だ。
少しずるい気もするけど、実質的な害はないはずだから構わないだろう。
ミラちゃんは俺の念話を一字一句違えず、そのまま伝えた。
「……魂を削られる、とかではないようだな」
「そんなのあるの!?」
「昔話に出てくる悪魔とか、たいていはそうだ」
悪魔と同じ扱いかよ……あまり良い印象は持たれていないようだな。
やっぱり契約って言葉がよくなかったか。
その辺はすでに予想済みだし、対処法も検討済みだけどね。
ここはハッキリと言ってしまうべきだろう。
(私は女神の力により、この地へと降り立ちました。契約者を手助けすると共に、使命を果たすことが私の目的です。悪魔と一緒にされるのは不愉快です)
嘘は言っていない。俺の使命は幼女と合体して護ることだからな。
「女神……そういえば加護を持っていたんだったな」
そう言って、ノットは懐から紙切れを取りだす。
「ねえノット、それなに?」
「鑑定結果だ。フィルに書いて貰った」
いつの間にそんなものを……。
順番に見せて回り、ミラちゃんの番になって俺も一緒に覗き込む。
――――――――――――――――――――
【クローク】
レア度:2
○上昇値
HP:3
MP:3
攻撃力:0
防御力:5
魔法力:2
魔防力:5
思考力:0
加速力:0
運命力:4
○称号
【成長する防具】【インテリジェンス・アイテム】【神の加護】【説明不要】
【技巧者】
――――――――――――――――――――
なんだ、これ。
そこには簡素で、あまりにも少ない情報しか書かれていなかった。
レベルや俺自身のHPとMP、それからスキルについては最初からなかったように一切存在しない。
念のためにステータスを確認してみると問題なく表示された。
もしかしたらフィルさんが書き忘れたのだろうか。あのやりとりの中で書いたのだとしたら細かく書き込むような暇は少なかっただろうし、その可能性は高いだろう。
しかし、それは違った。
「あれ、なんで称号があるの?」
最後に紙を受け取ったディアナからの疑問だ。
なんでと言われても、手に入ったのだから仕方ないだろう。
「インテリジェンス・アイテムは生き物と同じように称号を持っているんだ。だからこそ本物と偽物を判別できる」
「へー、じゃあスキルも持って……って書いてない?」
「より上位の鑑定ならともかく、フィルの鑑定じゃここが限界だったようだな」
どうやら書かなかったのではなく、本当にここまでしか書けなかったようだ。
俺の鑑定ですらみんなのレベルからスキルまで丸見えだったというのに。
もしかしてフィルさんの鑑定レベルって低かったりする?
このせかいじゃ、ふつう、かなー。
でもギルドで働いてるプロの鑑定で、この程度って……。
きみの、かんていはー、けっこう、すごいよー。
覚えたてのスキルなんですがねぇ。
より詳しく聞いたところ、この世界の鑑定はほとんどレベル1らしく、そもそも鑑定のスキルを所持している者が少ないそうだ。
そんな中でレベル2の者が僅かにいる程度、レベル3に至っては世界に数人というほどに希少らしい。
俺の場合は称号【説明不要】によって鑑定レベル3にまで上がっているらしいので、この称号がどれほどの効力を有しているのかがわかる瞬間でもあった。
ノリで貰ったようにしか思えないけど腐っても鯛なのか。やはり神様から直々の恵みということなのだろう。
「話を戻すが、この称号【神の加護】があるということは、さっきの話は本当なんだろうな」
疑り深いノットだが、どうやら称号によって俺の話を信じてくれたようだ。
「ええと、では私たちに協力してくれる、ということでいいのですか?」
(その通りです。ミラ、これからもよろしくお願いします)
「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
そう言ってミラちゃんは立ち上がり、勢いよく頭を下げた。壁に向かって。
まあ気持ちの問題だろう。
その後も、様々な話を続けた。
ほとんどは意思を持った防具という珍しさからか、ディアナが興味を示したことで雑談となったけど、おかげでそれなりに打ち解けることができたと思う。
合間に彼女たちや、現在いる場所の情報も聞き出しておいた。
俺はこの世界について知らないことが多すぎるし、今後のことを考えると教えて貰うべきだと判断したからだ。
なにより神様から教わると、理解するのにも一苦労して面倒だからね。
まずは彼女たち冒険者パーティ『鏡の探求者』について。
その成り立ちは驚いたことに、ほんの数か月前だという。ダンジョン内では仲が良さそうな場面を何度も見ていたからもっと長い付き合いだと予測していただけに衝撃も大きい。
そんな彼女たちは一つの共有した目的を持ってパーティを組んでいた。
それはダンジョン『天の宝物庫』の最深部へ到達することだ。
ここでは偶発的に宝箱が出現し、中からは魔法の武具や、高価な魔法薬といった貴重なアイテムが多く手に入るそうだ。
俺が発見された場所でもあるのだが、その性質との関係の疑問はひとまず置いておこう。
最深部の部屋には一枚の鏡があり、覗き込むと少女の姿を映し出され、なんでも一つだけ質問に答えてくれるという。
探し物、未知の技術、過去の真実、未来の災厄まで知ることができるようだ。
つまり彼女らは、その鏡を通して知りたいことがあるってわけだ。
なにを知りたいのか、と聞くのは女の子相手ではちょっと躊躇われたので、俺はそうなのかと納得しておいた。
話してもいい内容ならいずれ教えてくれるだろう。
「私はねー、もっと強くなるにはどうすればいいかって聞くんだー」
その場面を夢想しているのか、にへらっ、とだらしない笑顔であっさり教えてくれたディアナは放っておこう。
うかつに触れると他のみんなが話さざるを得ない空気になるからね。
幸いなことに3人共が同じ考えに至ったらしいので結果として無視されたディアナだが、本人はあまり気にしていなかった。
次に、この辺りの土地や、この世界について聞いてみた。
自分がどこにいるのかくらい把握しておきたいからね。
とはいっても国の名前とか、ナントカ領とか言われても覚え切れなかったから、ここはどっかの王国の端っこにある未開の地で、調査中にダンジョンを発見したからギルドが拠点を作って攻略に乗り出しているってところだけ覚えておいた。
ちなみにダンジョン制覇者は現在一人だけらしい。
あ、だから鏡のことが判明していたんだね。
「本当に、なにも知らないんだな」
(この世界に生み出されたばかりで、情報が不足しているのです)
防具としては生後一カ月ちょっとだから、やっぱり嘘じゃない。
こんな状態で役に立つのかと、少し疑問を持たれてしまったが仕方ない。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というからね。これから挽回すればいい。
他にも知らないと思われた常識的な話を色々と教えてくれた。
例えば冒険者ランクは6段階に分けられていることだ。
下からラビット級、スライム級、ウルフ級、オーガ級、ゴーレム級、ドラゴン級と、それぞれ魔物になぞらえて名付けられている。
ラビットは人畜無害な魔物であることから、最下級冒険者と同義とされる。
スライムは数が集まると手強いが、まだまだ脅威度は低い。
ウルフは単独だと大したことはないが、集団での狩りは侮れない。
オーガはたった一体だけでも脅威となり、危険な魔物として有名だ。
ゴーレムは魔物の大群から村を護った伝説から、単独で防衛力があるとされる。
ドラゴンは国そのものを滅ぼしかねない天災であり、迂闊な手出しはできない。
こういった魔物の評価を、冒険者ランクに当てはめているというわけだ。
たいていの冒険者はウルフ級で、オーガ級は数が少なく、ゴーレム級となると数人ほどギルドに在籍している程度となる。ドラゴン級は過去に一人だけいたというか、ほとんどその人物のために作られたランクらしい。一応その人に続く者が現れるようにとの願いも含まれているそうだけど今のところ芳しくないようだ。
気になる彼女たち『鏡の探求者』のランクはウルフ級だった。
可もなく不可もなく、まあ普通だ。
ついでに冒険者ギルドについても聞いたら、想像と大きな差異はないようだ。
あとは魔王が複数人いるとか、勇者も複数人いるとか、異世界からの召喚者がいるとか、魔法の属性は炎、雷、地、風、水、氷、月、陽の8種だとか、いくつかの神様の名前とか、ちょっと頭が痛くなる領域に突入したところで一息ついた。
忘れてなかったら、その内に整理しておこう。
そして最後に、俺たちは再びダンジョンに潜ることを決めた。
彼女たちの目的はダンジョンの攻略だが、それには俺の協力が頼りになると考えている。
だが今の俺は大した力を持っていない。
そこでモンスターとの戦闘によって装備者と共に成長することを教えたため、俺のレベル上げを優先して行うことになったのだ。
もちろんダンジョンの危険性も考慮された。
現在は出現モンスターや罠の変化が起きており、情報を仕入れるまで下層へ降りられない。
だが、逆に言うと上層に留まるのであれば心配はいらないという。
例の暗殺スライムや、悪魔型のモンスターも、それぞれ10階と7階で出会ったそうなので今回はそこまで降りず、5階を目処にすれば危険は少ないそうだ。
それでも絶対に安全というわけではない。
もし5階以上で奴らが出現するようになっていたら対処できるだろうか。
それとなく聞いてみると、暗殺スライムもそうだが、あの悪魔も完全に姿を見せるまで気配がしないのだという。攻撃される直前までノットや最後尾のレインが気付けなかった理由がそれだった。
せめて不意打ちを防げれば暗殺スライムは余裕で撃退できるし、悪魔からの逃走も容易になるだろう。
俺は、どうにかできないかとスキルを確認してみる。
そうだ、こいつが使えるんじゃないかな?
【察知】(1)
敵意を察する。敵意の定義は装備者の知識に基づく。
【警報】(1)
攻撃の意思を感知すると警報が鳴る。音・振動・報せる人物を設定可能。
どちらも敵の奇襲を防ぐためのものだ。
前はミラちゃんたちと意思疎通をしていなかったから除外したけど、今となっては問題ない。
残りはSP1なので、どちらか片方だけになるが取得しておくべきだろう。
問題はどちらをということだが、攻撃の意思を感知してからでは暗殺スライムの対処に遅れるだろうと考えて、ここは……。
【スキル、察知を取得しました。】
裏目に出ないことを祈ろう。
このスキルについても説明した上で、敵が接近したらすぐに報せることで一応の対策は取れたと判断していいだろう。
斥候役のノットは少し驚いていたけど、それは悪い反応ではなく、むしろ瞳を輝かせて見つめられたので、きっと凄いアイテムに対する興味や好奇心みたいなものだろう……と思う。
話が終わると、ダンジョンへ向かうのは明日からにして、今日のところはゆっくり休むことで意見が一致したところで解散となった。
色々と説明回でした。
次回はミラたち4人の視点で、これまでの回想になります。




