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魔軍征戦記

追想のグリザイユ(若いブラド×前世エレシュ。加筆修正ver2.01)

作者:

(時系列は近い過去→遥かな過去→近い過去。)


 ――大魔王を討ち取ろうとする勇者一行が、先に風帝を倒そうとしていた。

大魔王より先に配下を倒すべきという心がけは悪くない、ブラドは迷わず勇者達の挑戦を、受けた。

悪魔や怪物が跋扈する闇の軍勢を薙ぎ倒し駆け抜けてきた勇者達は、なかなか見所がある。

結果は、ブラドの圧勝。

「……呆気ないことだ」

 聖剣を掲げる勇者も、百戦錬磨の戦士も、叡知溢れる賢者も、鉄壁と謳われた重騎士も、義を貫く武闘家もブラドの魔力の一撃で命を落とした。

「残るは、お前だけだ。聖女とやら」

神に愛されたなど聖女と人間が称賛する、ただの少女を見下ろす。

意志の力か、ブラドの魔力に何とか堪えたものの、尻餅をつき、指先ひとつ動かせずにいる。

純白の法衣も千切れ、血に汚れ、満身創痍といったところだ。

「微弱ながら魔力を使ったのでな。少し食事がしたい」

身を屈め、怯える聖女の肩を捕らえる。

涙を流して震える少女はよく見るとまだ幼く、とても魔王を滅ぼそうとする一団の者とは思えない。

 哀れなものだ、そう同情が湧かないわけでもないが、ブラドとて売られた喧嘩を中途半端に終わらせる気はない。

本気で戦うものには、それ相応の態度であらねば。

数万年王者だった者の、未だに揺るがぬ矜持だ。

人間側に祭り上げられた哀れな犠牲の首に、吸血鬼は顔を埋める。

すぐに死ななかっただけあって、甘く強い魔力の匂いがする。

うら若い娘にしてはたいしたものだ、そう評価しながら聖女の柔肌に牙をたてる。

鋭い牙が、ぷつり、と薄い肌を破れば、紅い雫が滲み出る。

極上、には遥かに及ばないがなかなか美味である。

軽食には丁度良い、そう内心で呟きながら、血を啜る。

「潔白のまま我の餌となることを、誉れと思うが良い」

演技がかった台詞だが、演出は欠かせない。

魔王や風帝として、威厳を保たねば。

その些細な演技も、声も出せず仲間の骸を眺めて泣いている少女には効果がある。

いわゆる聖気とやらも薄れ、ただの生娘の香だけがするようになった。

味が落ちてしまったか、ブラドはそう判断した。

もうこの娘にも飽いたが、夜の王者に善戦した褒美に、至上の快楽と無痛の最期を与えよう。

ブラドは血と砂埃にまみれた床に少女を組敷く。

虚ろな瞳をしている聖女に、真紅の瞳を細めて微笑みかける。

もともと凄絶な美しさを持つブラドだが、念を押すように邪眼の術も使う。

全てを魅了し正気を失わせるだろう紅が、聖女の視線と交わる。




 糸の切れた操り人形のように、静かに倒れた聖女。

いや、聖女だった亡骸。

うつ伏せに崩れた少女の衣服は無惨に乱れ、晒された尻からは白濁を滴らせている。

純潔を保ったまま、不浄の穴を貫かれたようだ。

それでいて、惚けたように口を開いて舌を出したまま笑んでいる死に顔である。

涎を垂らしたその情けない骸を片付けるように大地から生える暗黒の手に呑み込ませ、己以外に誰もいなくなったそこでブラドは佇む。

「聖女とは人柱を指す言葉になったのか。……人間の考えはわからぬものよ」

ブラドは、聖女という称号の似合う存在をふと追想する。

古の時代、心をくすぐるような女がいた。

今しがた息を引き取った犠牲者とは似ても似つかぬそれを思い出して、ブラドは曇った夜空を見上げる。




 ――若い頃、というべきか。

齢四桁に差しかかるか否かほどの頃。

同胞もいて、まだそれほど力のないただの吸血鬼だった。

魔王もいないし、勇者もいない。

当時は人間など見かけなかった、あるいは存在していなかった。

ブラドもまだ今のような口調でも性格でもない。

仲間と喧嘩したり、飲み明かしたり、そういう遊びを楽しんでいた年頃だ。

ブラド達の種族を目の敵にする種族がいて、それは翼が生えていた。

今ほどの落ち着きも冷静さもなかったブラドは、翼の種族と争うことにあけくれた。

若気の至りというべきか、敵を一人討ち取るたびに喜び勇んでいた。

 そうしたある日、翼の者に不意をつかれ、意識を失った。

そのまま崖から突き落とされ、流水に飲まれた。

水の冷たさに意識を取り戻した。

しかし流れは早く、岸に上がろうと手や脚を動かすものの、意味をなさなかった。

戦場で体力を使いすぎたか。

死を覚悟したところで、再び気を失っていた。

「おはよう、吸血鬼さん」

 鼻腔をくすぐる、甘い香がすぐ側にある。

真紅の瞳を開けば、そこにいたのは若い女。

陽射しでよくその姿は見えないが、背から伸びる翼が目立つ。

背丈ほどもある豊かな白い翼。

「……お前は!」

「駄目。あなた、怪我してたから」

助かったのは幸いだが、その女は敵の種族。

若きブラドは、その娘を睨む。

一方、何を考えているかわからない笑顔を浮かべ、吸血鬼を見つめる女。

ブラドはそれが気にくわなくて、視線を逸らした。

辺りを見渡せば、何処かの河辺のようだとわかる。

小さな川の回りには草花や、樹木。

季節の花が咲き誇る穏やかな河川の傍らだった。

先程まで戦っていた男には似合わないだろう、ブラドは内心でそう自嘲する。

「……ここは?」

「アムシュトラの森」

戦場からは随分離れている。

確か、魔物も羽族も少ない地域だったか。

羽族というのは通称で、本当は何か別の名前がある。

この時のブラドは知らなかったし、今となっても確信はない。

「……好機だったはずだ。私は、お前達の敵だろう。何故、助けた?」

「倒れていたから」

そこ、と川辺を指している。

馬鹿、あるいは度を越えたお人好しか。

敵対種族の男を拾った翼の女は、ただただブラドを眺める。

珍しいのか、面白いのか。

紅い瞳を細めて不愉快そうにするブラドとは異なり、空色の瞳を丸くしている。

「……お前は阿呆だ」

「よく言われる」

「私がお前の血を吸って、殺したらどうする気だったのだ」

「仕方ないから諦める。弱肉強食だもの」

淡々と返す翼の女。

吸血鬼を怖れず、にこにこしているこの女とのやり取りに頭が痛くなる。

ブラドが表情を変えるたび、この娘は嬉しそうに大きな翼を揺らしている。

その純白の翼がある以外は、自分達吸血鬼にも似た容姿。

戦場では気づかなかったが、これほど似た外見の者同士が殺しあっているのだろう。

どこからが魔物で、どこからが人なのか。

それすらわからなくなる。

「吸血鬼さん?」

「……うるさい」

恩人だというのに、冷たい返事をしてしまった。

他種族に戦以外で接したのは初めてで、どうしていいかわからなかったのだ。

困惑をまぎらわせるよう、しばらく話をしてみる。

どうやらこの娘は、はみ出し者か。この風変わりな気質ゆえに同族に馴染めぬだろう。

自覚があるかどうかは怪しいが。

「……吸血鬼が怖くないのか?」

「怖くないよ。鏡を見て、怖れないことと同じ」

翼がぱたぱた、と空を掻いている。

羽の一枚一枚は細かく、鳥にも虫にも似ている。

「おかしな女だ」

これ以上、この女の側にいてはいけない。

立ち上がろうとして、ブラドは顔をしかめる。

右足が動かない。

そうだ、怪我をしているとこの娘が言っていたか。

ただ、外傷はない。

敵に斬られたはず。

腱まで斬られたのか、歩くことすらできなかったはずだ。

しかし、その痕はない。

この娘が、治してくれたのか。

動けないのは、きっと反動のようなもので、もしかすると疲労かもしれない。

何にせよ、足に問題はなかった。

痛みを誤魔化すように座り直せば、翼娘が近寄ってきた。

「……食べる?」

白金の髪を少し腕であげ、滑らかな首筋をブラドの眼前に差し出している。

「……阿呆! 何故、敵に血を飲ませる?」

「お腹空いてるよね?」

見抜かれていた、悔しくなる。

それにしても、本当に掴めない性格だ。

まるで全てを見透かしているような、あるいは噛み合っていないような。

「大丈夫、エレシュはユニコーンに会えるから」

にぃ、と翼女は微笑んだ。

ブラドが餌を前に動かないことをどう勘違いしたのか、処女だから飲んでも大丈夫という意味か。

味に違いが出るとはいえ、別に処女の血でなくとも問題ないのだが。

「……お前、エレシュというのか?」

ブラドが問えば、翼娘は癖の強い白金を揺らして首を縦に振る。

どうして敵に名乗るのやら、呆れているとまた右足に鈍く広がる痛み。

このわけのわからない女を殺したくても、痛みが邪魔をしている。

「飲んで。今のあなたは戦えない」

微笑んでいたはずの美貌に、凛とした強さが浮かんでいる。

翼娘のエレシュは真っ直ぐにブラドを見据えている。

次から次へと表情の変わる娘だ、そう感心したくなる。

「大丈夫。ほら、食べて」

悔しいから、エレシュの首筋に歯を立てる。

エレシュの白金が顔にかかってくすぐったい。

きめ細やかな肌に牙が刺されば、じわり、と紅が沸き上がる。

それに舌を這わせながら飲んで、時にはまた噛む。

「吸血鬼さん、元気になってね」

毅然とした姿はどこへやら、エレシュは吸血鬼の頭を撫で始める。

さすさす、と銀色の髪を撫でる手には暖かい魔力が込められているのか。

癒術のせいか、甘酸っぱく飲みやすい血のせいか、右足の痛みがましになってきた。

「……この借り、いつか返そう」

敵とはいえ、恩人。

ブラドは律儀な一面もあるので、この娘を殺すことなどできなくなってしまった。

恩を仇で返すのは信義に反する。

「いいえ。これはエレシュの偽善」

「……ほう、偽善か」

エレシュの首から牙を抜き、空色を見据える。

真冬の空と同じ色の瞳。

偽善、いったいどういう意味やら。

 どこまでも会話が噛み合わない娘だ。

しかし、この娘――エレシュに、興味が湧いた。

それに恐ろしく美味だから、殺さずに味わいたい。

餌というべきか、女というべきか。

とにかく、極上の味だ。

他の翼持ちの女の血を啜ったこともあるが、エレシュの味は異常なほど甘美である。

この血を毎日飲みたい、そういう欲望がブラドを支配している。

「今夜から夕食にどうぞ」

「……そう、だな」

回りくどい言い回しをする翼娘は、空色を伏せて呟く。

明日の夜も、という意味だろう。

ブラドは、その変な娘に不敵な笑みを向けると、漆黒の翼を生やす。

魔力で構成した闇色の翼。

エレシュとは真逆の色の翼を見せつけるように、飛翔した。

痛みも治ったので、仲間のもとに戻る帰路につき、羽ばたいていく。




 ――訪れるたび、その血を啜る。

戦場で暴れた帰りや、夜に出歩いたついで、はたまた修行途中の休憩時間。

隙さえあれば、エレシュを探して森に立ち寄った。

居場所は、匂いですぐわかる。

同族への裏切りかも知れない、それでもエレシュの血が欲しい。

「……今宵は、私だけか?」

「戦も事故も起こらなかったよ」

このエレシュという娘、魔物やら動物やらも介抱している。

ブラドが訪ねた時に、魔物を治療している時もあった。

エレシュは羽族でも稀有な治癒魔法の使い手らしい。

この娘は森を徘徊しては、傷ついた者を助けるのが趣味のようだ。

種族問わず、ただ癒す。

その在り方を知れば、異種族を抹殺しようと戦う者達が愚かに感じた。

どうして、自分が戦っているのかわからなくなる。

この娘は魔女か。

他者の在り方すら惑わすような、それほどまでに妖しい魅力がある。

「私以外の者にも血を飲ませるのか?」

「あなただけ」

どうやらエレシュの血を独占しているらしい。

この極上の血を知らぬ同族に、優越感を抱ける。

月明かりの森でエレシュが薬草を摘もうと屈む背後に移動し、捕らえた。

「そうか。お前の血は私だけのものか」

「晩酌代わりにどうぞ」

相変わらず遠回しな応答。

月明かりの森でエレシュが薬草を摘もうと屈む背後に移動し、捕らえた。

夜食に自分の血を飲んで、そういう意味かもしれない。

言われなくても実行する。

むしろ、拒まれないことが恐ろしいほど。

ブラドは、柔らかな首筋に、牙で傷をつける。

 あの出会い以来、何度かエレシュの血を飲んできた。

しかし、それ以上のことはしていない。

ブラドは女と閨を共にしたことは少なくない、むしろ好色な部類だと自覚している。

エレシュにだけ手を出せないでいる理由は、ブラドにもわからない。

吸血の際にあまり傷をつける必要もないのだが、この翼娘の艶やかな肌に痕を残したかった。

首筋や肩口に歯形がつくたび、身をよじり白金と翼を震わせている。

真っ白な翼の根本に手を伸ばし指を這わせてみると、エレシュのしなやかな身体がぴく、と跳ねる。

餌とはいえ、若く美しい女。

食欲以外の欲が下半身から込み上げてくるが、汚してしまえば味が変わる、そう自制して堪える。

エレシュの首筋を伝う紅い雫を掬いとり、傷口を舐める。

もう少し密着したいのだが、豊かな翼がブラドとエレシュの接近を邪魔している。

小柄な体躯だというのに翼は巨大だ。

他の羽族と比べても雄大で壮麗だろう。

その翼ごと押さえ込むように、背後から強くエレシュを抱き締める。

力加減ができず、苦しめたかもしれない。

はふ、とエレシュがか細い吐息を漏らした。

白い羽が擦れるたびにエレシュは身動ぎしている。

「……翼、弱いのか?」

エレシュは俯き、そのまま何も答えない。

やはり翼の付け根が弱点、それも急所ではなく快感を得やすい場所ということで間違いないだろう。

翼の付け根を指先でなぞる。

自分の種族には無い不思議な器官を確かめるように、何度も。

エレシュの呼吸は乱れており、生娘だというのに淫靡な声をあげている。

翼を弄びながら、勢いよく吸血すれば、エレシュが仰け反る。

白い羽がいくらか抜け落ち、握っていた薬草も地に落ちた。

エレシュが腰だけ反らすせいで、その尻とブラドの股間がぶつかる。

華奢な者が大半を占める羽の種族らしくない肉の詰まった柔らかな尻の感触が心地好く、衣服越しにでもわかるほど張りつめた逸物を擦り付ける。

このまま貫き、汚してしまいたい。

しかし。

「……ん。今日は、ここまでで良い」

「また、明日も飲みにくる?」

 エレシュのきめ細やかな肌から牙を抜き、身体も解放する。

自由な状態のエレシュはブラドに向き合い、見つめている。

かなり身長差がある、黒衣の男と白衣の女。

見上げてくる空色をちらりと眺めて、その女の感情を窺う。

二重瞼で縁取られた空色の瞳に、恐怖やら驚愕やらはない。

だから、こう告げる。

「当然だ。味が変わるほど啜ってやろう」

どうして素直な言葉が出ないのだろう。

エレシュも、明日も来て、と直に言っていないのだから互角かもしれない。




 ――飽きることなくエレシュの血を食事にして、どれぐらい月日が過ぎたか。

たまに返り討ちにした羽族の女を辱しめ餌にするが、エレシュを前に楽しむときほどの高揚感は得られない。

エレシュの味が良い、ブラドはあの翼娘に病みつきだった。

「吸血鬼さん、四食目だよ」

どうやら道中で間食をしたのを悟られてしまった。

「それでも腹が減った」

「……欲は尽きないものだね」

食欲か肉欲か。

何が言いたいか依然としてわからないが、その発言はブラドを惑わせる。

悔しい、逢瀬を重ねれば重ねるほどこの女のことを知りたくなる。

わけのわからない言い回し、その真意が知りたい。

 一瞬でエレシュを組伏せた。

森の茂みに白い翼が広がる様が美しい、ブラドを白と緑の境界を眺める。

夜であろうと目立つ純白の翼の綺麗なこと。

自分の身体と地面に挟まれた翼を、エレシュがふわり、と動かした。

ブラドは翼が生えたしなやかな背に手を回し、根元を掴む。

「誰のせいだ?」

「宵が酔いをもたらしているだけだよ」

言葉遊びか。

意味を考えるのも煩わしく、ブラドは尖った牙をエレシュの肌に突き刺す。

味も良いが、香も良い。

白金の髪から漂う甘い香は花か、果実か。

どちらかというと、瑞々しい果実のよう。

吸血鬼だけでなく、男を誘うような香を持ちながら潔白である女。

これを放っておく羽族の男の正気を疑いたくなる。

味も香も肉も良い女が、森に隠れているとは思わないだろうから、仕方ないか。

 羽を撫でながら、血を舐める。

エレシュが苦しくない程度に体重をかける。

胸板に当たる柔らかな双丘に理性が吹き飛びそうになるが、食事にありつく。

首筋から溢れる紅を口内に流し込み、味わう。

翼の根元を引っ掻けば、ぱたぱた、と宙を扇いでいる。

そうしていたら、いつのまにかその大きな翼でブラドを包んでいた。

「あなたの欲はエレシュが受け止めたいの」

「……勝手にしろ」

子供のように気まぐれかと思えば、空色に慈愛を浮かべている。

血を飲みに来たはずだが、豊かな肉塊に気を取られてしまった。

尻もだが、胸もなかなか。

腕や脚のしなやかさとは随分印象が異なる。

例えば、蔓と実ほど。

ブラドは身を起こすと、エレシュの巨乳を鷲掴みにする。

柔らかな果肉に、男の指が沈む。

そのまま揉めば、様々な形に歪んでいく。

白い衣服の下には何もつけていないらしく、豊かな塊の頂点に可愛らしい桜色の突起がうつっている。

そこを意識して触れてしまえば、この羽娘を乱暴に抱き壊してしまいそうなほど。

だから、首筋に視線をやり、噛みつく。

「ん、吸血鬼さん……っ」

鈴を転がすようなエレシュの声が、耳元にかかる。

喘ぎ混じりの吐息が耳を掠めるたび、ブラドは首筋に牙を刺す。

エレシュの白い肌が噛み傷だらけになっている。

噛みつきでもしなければ、肉欲に負けそうだ。

劣情のままにこの娘に白濁を撒き散らしても構わないのだろうが、清らかなままのエレシュを味わうことが好きだ。

こうして適度に触れあうと色々な味になる最高の血液を、いつまでも飲んでいたい。

翼や胸を苛めてやると、その血はさらに甘く芳しい味になる。

「お前の血は美味い……っ」

血だけではない魅力があるが、伝えられない。

血液だけが目当てなら、危険を覚悟してまで敵勢力の娘と逢い引くものか。

エレシュも、吸血鬼の背に腕を回して、身を寄せている。

小さな手が、さす、とブラドの銀糸を撫でた。

このまま夜更けまで、エレシュの血を舐め、肌を重ねていよう。




 ――白翼のエレシュに助けられてから、どれほどの月日が過ぎたか。

吸血鬼族と羽族の争いは激化している。

ブラドも、羽族の者を多数手にかけてきた。

それでもエレシュのもとを訪れる。

「エレシュじゃない血の匂いだね」

「……ああ」

「別に平気だよ」

仲間を殺されたことか、他の女の血を吸ったことか。

どちらにしろ、その言葉はブラドの不安を吹き飛ばす。

血の匂いを漂わせ険しい表情をしているブラドの口元も、エレシュにつられて緩む。

敵との逢瀬だというのに、いつもこの娘は和やかでいる。

危機感が足りないのか、あるいはそれすらも受け入れているのか。

エレシュが湖の傍に腰かける隣に、ブラドも座る。

「……そのうち、お前の住処も私の仲間に気づかれるはずだ」

「そう。その時は飛ぼうかな」

飛んで逃げるつもりらしい。

ただ、神癒の使い手と謳われるエレシュだが、抵抗の手段は何一つとして持っていない。

攻撃する能力はない。

逃げ損ねたら、正当防衛すら叶わないだろう。

「殺されたらどうする?」

「おしまい」

「犯されたらどうする?」

「……あなた以外は嫌」

命より操を奪われるのが怖いようで、空色を伏せて俯いている。

エレシュの髪と同色の眉毛は整っていて、睫毛は長い。

吸血鬼も羽族も美形が多いが、この翼娘はその中でも群を抜いて端麗である。

もしかすると、この娘に惹かれたブラドの贔屓目によるものかもしれないが。

「安心するがいい。けして他の吸血鬼にお前の命も血も渡さぬ」

「ありがとう。あなたにしか、あげない」

直接的ではないが、愛の言葉。

好き、とは言えない、言わない。

むしろ、安易な言葉にしたら二人の関係が壊れてしまいそうなほど。

 にこ、と微笑む娘の羽を何枚か摘まむ。

くすぐったそうに小さく羽ばたくそれを捕まえるように、時々引っ張ってみる。

たまに、ぷち、と純白の羽がちらほら抜けてしまうが、エレシュは痛がることも嫌がることもしない。

エレシュの翼を根元から引き寄せて、口づける。

鳥の羽より細かい羽毛を唇に当て、擦る。

羽をふさふさと触っていると、ブラドの肩にエレシュが頭をもたれさせた。

癖毛の髪を耳にかけ、首筋を露出させている。

白金の髪がブラドの首を掠め、甘い香りが鼻を擽る。

「はい、昼ごはん」

「……頂こう」

かぷ、とかぶりつく。

毎日のように血を啜られるせいで、エレシュの白く瑞々しい肌は噛み痕だらけ。

ブラドはそれを醜いとは思わない、それどころか白金の羽娘を独占しているという支配欲に満たされる。

自分の歯形のみがつく首筋を指の腹でなぞりながら、甘美な血で喉を潤していく。

反対の手は、エレシュに引かれて口に誘導される。

エレシュは小さな両手でブラドの片手を包むようにして持つと、軽く口づけた。

「……エレシュ」

エレシュの口内に潜り込む、自分の指。

熱く湿った唇に指を挟まれ、舌先で指関節をつつかれている。

それだけのことだが、ブラドの背筋に電流が走るような衝動を与える。

エレシュの舌が蠢くごとに、ブラドの吸血が停滞してしまう。

他の女になら指だけでなく、逸物をくわえられたこともある。

しかし、エレシュの一挙一動がブラドにもたらす悦びはその比ではない。

指を一本ずつ丁寧に舐められるだけで、身体の中心が熱を帯びる。

駄目だエレシュは汚したくない、理性と本能の狭間で葛藤する。

「あなたの色になら染まってもいい」

崩れかけの意識を破壊する、エレシュの台詞。

しかし。

「阿呆! お前は、白いままで良い!」

興奮を誤魔化すように大きな声を出して、エレシュを翼ごと強く抱き締める。

エレシュに阿呆と吐くのは口癖になっている。

彼女もそれを不器用な愛の言葉だと何となくわかっているだろうか。

ブラドの口から阿呆、と飛び出すたびにエレシュは柔らかく微笑むのだから。

「……いつか、黒くしてやる。この私が、お前を染めてやる。それまで、待っているがいい」

「勿論。だから、吸血鬼さんも約束して?」

「……何を約束させる気だ」

「何でもいい。あなたの夢、それを叶えればいいの」

「阿呆」

紅い瞳を細めて、苦笑するブラド。

約束をねだる翼娘に、近頃思い付いた壮大な野望を語っていく。




 食事の名を借りた逢瀬、硝子細工より繊細な関係、敵対する種族同士の恋愛。

その終わりは唐突だった。

「エレシュ! どこにいる!?」

二人で他愛ないやり取りをしたアムシュトラの森を駆け、変わり者の翼娘を呼び続ける。

戦の終わりが近づいていた。

どちらの種族も被害は甚大。

勝敗はついていないが、両種族とも撤退を決めたらしい。

終戦の混乱の最中、あの娘は吸血鬼に害されたかもしれない。

己の仲間を疑うのはおかしな話だが、ブラドはエレシュ探す。

「……お前達は?」

「ああ、ブラドか! この辺りに翼の聖女がいると聞いたんだが……」

「見かけなかったか?」

翼の聖女、確かそう呼ばれているとエレシュが呟いていたか。

『まあお前のような阿呆に似合わなくもない称号だ』と、エレシュに意地悪を言い返した日が懐かしい。

同族達が聖女を捜索している。

つまり、エレシュは吸血鬼に捕まったわけではないのか。

ひとまず安堵するが、まだ緊張は解けないまま。

「羽族がいれば、とうに殺している」

仲間達から視線を逸らして、嘘をつく。

エレシュのことを気づかれたら厄介だから、持てる限りの力でその辺りを見回す演技をする。

「そりゃそうだなぁ」

「ここにはいないだろ、他に行こう」

「またな、ブラド」

背に黒い翼を生やし、森から飛び去る仲間。

それらが何処か遠くに飛んで行くのを確認してから、また森中を走り、飛ぶ。

 何度も陽が昇り沈む。

数日は探した。

同族の大半が何処かに去ったが気にしない。

エレシュの残り香を頼りに動いても、いつも川辺に出てしまう。

毎夜啜り、舐め、嗅いだあの香に辿り着けない。

「私の餌でいろ、そう言っただろう……っ」

白金の翼娘を思い浮かべ、踞る。

意味もなく地面を叩きつける。

その時、滲んだ視界に見覚えのある風景が映る。

この川辺は、エレシュと出会った場所。

前と異なるのは、地面に木の枝で置かれた、言葉。

『あなたの黒に、染まれ我が白。死が二人を別つとも』

この理解不能の怪文を書く者は一人しか想像できない。

血の紅と瞳の空以外は白い、翼の聖女。

「阿呆、阿呆……! お前は、やはり阿呆だ……!」

最後の文が、あの変な娘がこの世にいないことを暗示している。

最初の文が、純潔のまま最期を迎える覚悟だと悟らせた。

「世界征服、それを隣で眺める気なら、死ぬな……!」

約束を願うエレシュに世界を征服するなどと軽々しく口にしてみたら、空色の瞳が微笑んでいた。

何故にあの羽娘がいなくなったかはわからないが、会えぬことはわかってしまった。

きっともう、この世にはいない。

――死んだ。

種族問わず癒し、敵を助け、愛しい男に毎日血を捧げた娘。

聖女、そう称される理由はわからなくもない。

しかしブラドは知っている。

自由気儘で天真爛漫、抽象的な台詞ばかりの変な女だと。

だからこそ好きだった。

ああ、今も愛しているのか。

遠くで戦の終結の合図が鳴ったが、ブラドはその川辺から離れることができなかった。




 ――遠い夢だ。

それほど長い時間、立ち尽くしていたわけではないが、僅かな間で過去を振り返ってしまった。

古の時代、聖女と呼ばれた白い娘。

それが輪廻転生し、現世にあることを望んで人界の聖女達を屠ってきたが、未だに目当ての娘に出会えない。

あの白金の娘との約束のためか、はたまた向かってくる刺客を全て迎撃した結果のためか、魔王になった時代もある。

大魔王に敗北の味を教え込まれるまで、とても長い期間だった。

また、数万、数十万、その歳月の間に他の女にも手を出してきた。

つい最近も、宿敵が寵愛するスライムに悪戯をしてみた。

宿敵達の情事を覗いた際に、つい本音が出てしまった。

『その娘、けして手離すな』と、その言葉は過去の自分にかけたものかもしれない。

睦みあう二人に、己が目を離した隙にいなくなった聖女を重ね合わせてみたのかもしれない。

「私は追う恋を好むのかもしれん。天上の果実を望むとは」

変な言い回しも誰に影響されたやら。

気の遠くなる月日を重ねてなお愛しい女を忘れられず、あの口から溢れた言葉の数々を思い出す。

また嗜好について考えてみると、大きな尻に惹かれるようになったのもあの翼娘のせいだ。

「……エレシュ。まだ、お前を黒に染めていないな」

吸血鬼王の傍らに聖女がいても良いだろう、大魔王の傍らにいるのはスライムなのだから。

エレシュが隣に帰ってくるまでに、大魔王に勝たねば。

戦乱の魔界を制した闇の覇者として、返り咲こう。

 その時、瓦礫を揺らし砂埃を起こす風がなびいた。

ブラドの白銀の長髪が揺れる。

髪を束ねていた紅い紐がほどけて何処かに飛ばされていった。

「……阿呆。お前が持ちかけた約束だろう?」

少し前に勇者一行を虐殺した吸血鬼とは信じられぬほどの穏やかな表情で、どこともとれぬ虚空に真紅の瞳を向ける。

夜風に愛しい女を思いだす。

いつの日か再会することを夢見ながら。

麗しの吸血鬼が、真紅の瞳で雲の晴れた夜空を見上げる。

月明かりと、あの聖女の髪色はよく似ているかもしれない。

さて、古の恋人との小さな約束のために、人生最高の戦友に挑みに行こうか。




【終】

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