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1:そして天使は召喚されるⅧ

 意識してみれば、自分の中でいつもと違うことが認識できる。不動たちの動きを遅く感じてしまっただけじゃない。


 眼鏡をしていないのに、やっぱり視界は子供の頃のようにはっきりしているし、体育のバスケでもあまり疲れを感じなかった。まぁ、もともと球技なんか出来ないから、走っていただけで活躍は出来なかったけど。



 どちらにせよ体は羽が生えたように軽いし、視力が突然回復したからか、自分の世界が違って見える。出来るだけ関わらなかったクラスメイトたちが何を話しているかとか、それ以前にクラスメイトの顔を初めてちゃんと確認したんじゃないだろうか。


 何となくで認識していた存在が明瞭になり、色んな意味で視野が広がった。まるで生まれ変わったような気分だった。



 とはいえ、クラスの輪の中に入っていくようなことはない。周りから見れば俺がただ眼鏡を外しているだけだ。そもそもそんな些細なことにも気付いてもらってないかもしれない。俺の存在は空気に等しいし、大人しくゲームに興じるほうがやはり俺には合ってると思えた。


 休み時間の度に「M.A.O」を起動していたが、やはりセレナちゃんは黒い影のままだ。公式からも何も通知はない。


 不可思議ではあるが、ゲームをやるのに支障はないのでいつも通りの日常を過ごすことにした。

 いつもと違うのは放課後になってからだ。


チャイムが鳴り、帰宅準備をしているところに再び不動たちが現れた。別のクラスからわざわざご苦労である。だが、扉の淵に寄りかかるのは変わらないものの、不穏な空気を纏う不動たちを見ると、呼び出しに対して俺は何も返せないでいた。首を縦に振ることが精一杯だった。



「よお」


 軋んだ黒い扉を開け、俺は朝と同様に屋上へと赴く。屋上まで呼び出した不動たちは既にスタンバイしていたようで、屋上の真ん中で円陣を組んで屈んでいた。


「来たな」


 紅い夕陽が沈みかけており、明るい空は黒く染まりつつあった。ゆっくりと腰を上げて、不動たちが距離を縮めてきた。


「……な、何?」


 何とか絞るように、か細い声を発する。


「何じゃねぇよ。昼は舐めた真似しやがったからな。ちぃとばかし、立場を弁えてもらおうと思ってよ」

「ひははっ、可哀想に」


 不動が前に出る。俺がビビっている状況を沢木と根岸が面白おかしく眺めていた。

 改めて敵意を見せられると竦んでしまう。が、昼間と一緒だ。勝てなくても、躱すんだ。そうすれば痛い思いはしなくていい。


「くっ……」

「ふらふらしやがって」


 不動の拳を何とか避ける。痛い思いをしたくない一心で避け続けようとしたところ、俺の体はガシッと捕まえられて動けなくなってしまった。


「なっ……」

「ざんね〜ん。逃げるの禁止」

「おらっ」


 不動が拳を構える。殴られたくない思いで、何とか拘束から逃れようと力を込めた。


「うおっ」


 せめて拳の軌道から逃れたかったのだが、思いがけず羽交い絞めをしていた沢木を弾いてしまう。勢いのまま、沢木はよろけて尻餅をついていた。


「何やってがる。ちゃんと捕まえとけよ」

「……。あ……いや、おかしいな……」


 不動たちが戸惑っているなか、一番驚いているのは俺自身だ。けど、今がチャンスだ。今のうちに逃げないと。この場から逃げ出したい思いが強い分、不動たちより早く足を踏み出す。


「あ、てめぇこら」


 当然すぐに気付かれるが、このまま一目散に逃げればいい。脇目も振らずに屋上の扉に向かって走り出した。


「……っ!?」


 すでに辺りは暗くなり始めている。そのせいで少し気付くのが遅れたが、扉の前に何かがいるの分かる。その黒い影がいきなり飛び掛かってきた。


「う、うわ、うわっ!」


 慌てて跳ねて躱す。一体何だ。よくよく見れば、それは黒い犬だった。何故、こんな学校の屋上にいるのか分からない。

 いや、犬と一言で片づけてしまうわけにはいかなかった。頭は胸元の高さにまで及んでいる。普通の犬よりは明らかに大きい。そして、気のせいか鋭い眼光は蒼く、半開きした口から鋭利な牙を何本も覗かせていた。どう考えても、俺を獲物として見ている。


「おいおいおいっ! 何だこいつはっ!」


 学校の屋上に黒い獣が紛れている。日常とかけ離れた現状に、さすがに不動たちも驚愕していた。


「馬鹿か。たかが犬だろ。ちょっとデカいだけだ。ビビんな」

「いやいやいやデカいで済ませるには異様だぞ」


 根岸のその意見には俺も賛成だと思った。

 そして、黒い獣は不動たちをも視界に留めて襲い始めた。


「ちっ……。犬ってのは鼻が敏感なんだろ。だったらよ!」

「ギャンッ!」


 大きく牙を見せて飛び掛かる犬を、何と不動は蹴り飛ばしてしまった。


「どうだ? 鼻に蹴りでも入れてやれば……ぐっ……」

「おい、どうした?」

「この犬……」


 悲鳴のような声を発した獣だったが、確かに不動の蹴りは喰らったのだろう。だが、同時に不動の上履を噛み千切り、まずいと言わんばかりにその上履の残骸を吐き捨てたのだ。


「やべぇぞこの犬っ……!」


 沢木が僅かに焦りを含んだ声で荒げる。その時、犬はやはり蹴られた仕返しのように、不動たちに狙いをすませた。


「ちっ……」


 不動が大きく躱す。飛び掛かる獣は、再度切り替えして方向を修正する。その時、黒い獣から僅かに蒼い光が零れた。あまりにも一瞬で確認はできなかったが、暗い空を灯すぼやっとした光だった。いや、光というよりは……。


「火……?」

「おい、こいつまさか……M.A.Oのヘルバウンドじゃねぇのか」

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