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1:そして天使は召喚される

「バッキュ~ン」

「かっ……は……」


 腹部に大きな衝撃を受けて転倒した。とても耐え切れず、吹っ飛んだと言ってもいい。


「げほっ、ごほっ……」


 一瞬呼吸が止まり、地面を滑った俺は、僅かに顔を上げて咳き込んだ。そのまま動けずにいた俺に向かって、飛び蹴りをかました不動大貴(ふどうだいき)が罵声を浴びせる。


「おいおい、軽すぎだろ。折角俺が鍛えてやってんだから、もう少し踏ん張れよ」

「全くだな。さすがキモオタ。超弱いわ」

「次、俺な。俺がやる」


 誰も頼んでねぇし。

 俺は内心で吠えて、黒縁眼鏡の奥から睨みを利かす。それが俺に出来る精一杯の抵抗だった。

 髪を金に染め上げて、いかにもって外見の不動。その取り巻き、根岸と沢木が同じようにはしゃいでいた。

 腕を掴まれて、再び中庭の中央に立たされる。ふらつく足は、立ってるだけで動けそうになかった。


「よし、行くぜ。俺ならもっと吹っ飛ばせるからな」

「お前には無理だ」


 いつの間にか、俺をどれだけ飛ばせるかのゲームにシフトしたようだ。このくそ野郎ども。


「あ? お前何睨んでんの?」

「え、い、いや、別に……」


 これから蹴り飛ばそうと、助走の分距離を空ける沢木に感付かれてしまう。ツンツンに逆立った頭。俺なんかには真似出来ない鋭い眼光に、俺はどもってしまう。


「何か文句あんの? 折角俺らが鍛えてやってんのに」

「い、いえ文句なんて……」

「だよな。じゃあ行くぜ。逃げんなよ」


 沢木が飛ぶ。俺は目を瞑って腹にめいいっぱい力を込めて耐えるだけだ。


「っ……、が、あ……」


「おい、何やってんるんだ」


 地に伏せる俺には、誰なのかすぐには分からなかった。よろよろと顔を上げると、校舎の角から出てきたのは体育教師の岡田だった。


「此処で何をやっている」

「別に。ただ遊んでただけっす」


 口の上手い根岸が前に出て弁明する。岡田はというと、ギロっと目を光らせて不動、沢木、そして転んでいる俺に目を向けた。


「本当か?」

「もちろんす。ちょっとはしゃいでたぐらいっすね」


 岡田は俺に尋ねたようで、根岸を無視していてた。


「たまたま神楽が転んだだけだって。先生。なぁそうだろ?」

「ぁ……」


 不動に引っ張られて起き上がると、俺の肩にポンポンと肩を置かれる。馬鹿でも察する。余計なことは言うなって脅迫だ。そんなものに屈する必要などない。言えばいい。そうすりゃこうやって影でやられることも……。


「……そうだろ?」


 唾を飲み込む。何だこれ。何で俺の方が辛くなっているんだろう。構わず言えばいい。言えばきっと……。


「……そ、そうです」


 結局、意思とは別に口から出たのは、不動たちに屈したものだった。


「そうか。昼休みももうすぐ終わるからな。そろそろ戻れよ」


 岡田はそれだけ言うと、踵を返して去ってしまう。何事もなかったように、あっさりと。残された俺は、不動にそのまま肩を組まれて耳打ちされる。


「おう、よく分かってるな。神楽」

「けど、もう少し早く察しろよな。岡田ちょっと怪しんでたんじゃね?」

「いやあの筋肉馬鹿なら大丈夫だろ。こいつが何も言わなければな。そうだろ?」

「あ、ぅ……は、はい……」


 情けない。足が竦む程にビビってしまい、告げ口すりゃ出来ないなんて。けど、やはり俺には無理だった。


「そろそろ行こうぜ。俺腹減ってきたし」

「そうだな。そうするか」


 そう言って不動たちは、垣根の上に置いてあったビニール袋を手に取る。中には、俺が走って買ってきた購買のパンが入っていた。焼きそばパンやBLTサンドの為に、昼休みが始まった瞬間、買いに行かされたものだ。


「あ……」

「何だよ」

「そ、それ、俺の……」


 ビニール袋は二つある。一つは不動たちの分。もう一つは自分の昼飯の分だ。不動は両方を手に取っていた。


「さっき運動したから腹減ってよ。何か問題あるか?」


 あるに決まってる。ただでさえこっちが金を払っているんだ。自分の分まで取られるわけにはいかない。


「な、ない……です」

「じゃあ貰ってくわ。サンキュな」


 不動は好きなパンを食べられることに上機嫌のようである。二つのビニール袋を持った右手を、背中越しに高く上げて、珍しく不動は礼を口にした。いや、とても礼と言えるものではないが。


「俺だって、腹減ってんだよ……」


 不動たちが見えなくなると、俺はどさっと土の上にも関わらずに座り込む。腹の痛みは残っているけど、空腹は収まりそうにない。

 くそっ。殴られて蹴られて、パシリにされて。悔しい思いはあるものの、今はもう行ってくれたことにホッとしていた。何も言えない自分にも、何もやり返せない自分も、安心している自分も、俺は嫌いだった。

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