1:そして天使は召喚されるⅩ
にわかには信じられない光景だった。夢でも見てるんじゃないだろうか。二次元だからこそ可愛いと何処かで思っていたところもあったかもしれない。それでも、心酔するように目を離せないでいた。
学校のグランドにたどり着いたあと、ゆっくりと降ろしてくれる。そのあと、信じられない光景にどうも思考が鈍る。
「綺麗だ……」
目を離せないままについ呟いてしまった言葉。セレナちゃんにも聞こえてしまったようで、セレナちゃんは照れたように返した。
「あ、ありがとうございます」
「あ、いや……ごめん」
何てことを言ってしまったんだ。そんな後悔をする間もないうちに、上方から獣の声が轟いた。
「ガアアアアァァァァ!?」
「なっ……」
屋上で襲ってきたヘルバウンドが、大きく口を広げて同じく飛び降りてきた。長い舌も鋸のように並んだ犬歯も零れるようにむき出す。俺には反応する間もなかった。
「ギャァァウっッッ!」
喰われる。そう確信した刹那に、またもや黒い犬が吹き飛んだ。一直線に落下していたところをセレナちゃんの光の矢が撃ち抜いたようだった。
「エヴァルさま。このまま待っていてください」
「え?」
その言葉を皮切りにセレナちゃんは駆ける。不意に呼ばれた名前に俺は戸惑ってしまう。何故、その名を知っているのか。
止める間もなく、セレナちゃんとヘルバウンドが衝突する。ヘルバウンドの攻撃は変わりなく突進するのみだ。対してセレナちゃんは、光の矢で射抜く。ヘルバウンドに命中して勢いを殺す。弾かれたヘルバウンドだが、慣れてしまったのか後方に滑りながら怯みを最小限に抑えてしまった。
ヘルバウンドの眼が蒼く光る。同時に身体を蒼い炎が覆った。とても普通の犬に出来る芸当を遥かに超えてしまっている。構わず光の矢を撃ち込むが、蒼い炎に遮られてしまっているのか。ヘルバウンドは怯むことなく突き進んできた。
たまらずセレナちゃんも高速で移動を始める。距離を空けてヘルバウンドに捕まらないように試みる。もはや二人の動きを眼で追うのもしんどい。不動たちの動きはゆっくり感じたくらいなのに。
旋回するようにしてセレナちゃんは距離を空けようと、ヘルバウンドの隙を窺っていた。だが、なかなか思うようにいかないようで攻撃の隙を見い出せないでいた。黒い獣は、ぴったりと追いすがるようにして怒涛に攻め込む。
「くっ……」
背中の翼を展開して、セレナちゃんが飛ぶ。低空飛行を行い、より細かな方向展開も可能にした。走りながらでは弓を引く時間が稼げないが、翼で飛びながらだったらそれも容易い。後ろを向きながら飛行する。そのまま真っ直ぐに迫り来る獣を迎撃を開始した。
だが、根本的な問題として光の矢を撃ち込んでも無効化されてしまう。光の矢はヘルバウンドの蒼い炎に当たった瞬間に消し炭となる。
力を溜めて強力な光の矢でも効かない。連続射撃でも通じないともなると、セレナちゃんには打つ手なしのようだった。
「これでも効かないなんて……やっぱりパワーが……」
戦況は良くないようだった。もしこれがいつもやってるゲームのM.A.Oだったなら、俺にとってヘルバウンドなんて大した相手でもないのに。
「いや、そうか」
日頃からゲームでやっていることを思い出す。まだこれが現実だなんて信じられないし、ゲームと同じに考えるなんて自分でもどうかしている。でも、もしかしたらと閃いたからには伝えないといけないと思った。
「後ろだ。ヘルバウンドの炎は前方は強力だけど、後方はとんでもなく脆い。後ろから攻撃するんだ」
「……!? 分かりました。やってみます」
セレナちゃんの瞳に光明が差す。勝ちを得る可能性とを得た光だ。
だが、ヘルバウンドの動きはとても背後を取れるものではない。依然、距離を空けるだけで精一杯だ。
「光の軌跡を辿る。神蛇の光矢」
風が舞う。反転したセレナちゃんが宙を舞う。白い翼を広げ、めいいっぱい白い腕で光弓を引く。先程までと何かが違う。一気に射出された一本の矢は真っ直ぐヘルハウンドに向かっていく。炎を掠めたが威力が殺されることなく、獣とは真逆に突き進む。
外したのかと危惧した瞬間、高速で飛ぶ矢は急転換してヘルバウンドを追う。その異様な様に獣で本能で気付いたがもはや遅い。ヘルバウンドの動きをあざ笑うかのようにヘルバウンドへと狙いを定める。ギリギリを見極めて跳躍して躱すが、それでも矢の動きが獣を翻弄していた。躱せたのはたったの一度だけ。
まるで意思を持つかのようにあっさりとヘルバウンドの背後を取り、蒼い炎ごと丸ごとその神聖な光の矢が丸ごと呑み込んでしまった。
「ギャッウ……!?」
矢の一撃。貫通してその勢いごとヘルバウンドは吹っ飛んでしまった。あれほど凶暴だった黒い犬はあっさりと大人しくなってしまう。震える足で立ち上がろうとするも、やがて地面に沈んでしまう。そして、驚くことにその黒い毛並みの躰は星屑のように消え去ってしまった。
「な、何だったんだ……」
驚くことばかりだ。ようやく危機を去ったと感じると、緊張が一気に抜けてしまい腰が抜けてしまった。バサッと羽音が起こると、セレナちゃんが俺のもとへとふわりと浮遊しながら近付いてきた。
「ありがとうございます。大丈夫でしたか」
「いや、何とか……、てかそれより、君はその……」
「セレナです。エヴァルさま」
「その、本当に?」
「はい。ゲームの世界から来ました」
屈託のない笑顔。嘘だろと出かけた言葉を呑み込んでしまった。さっきまでのことを思い出したからじゃない。あまりにも可憐な笑顔に、俺は何も返すことができなかった。