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1:そして天使は召喚されるⅨ

 根岸が叫ぶ。そうだ。確かにこの気味悪い犬は、『M.A.O』に出て来るヘルバウンドにそっくりだった。

「そ、それはいいだろ」


 何だかんだ人気のゲームを根岸もやっていたのか。いや、確かに今はそんなことはどうでもいい。黒い犬は問答無用で襲い掛かってきた。


「何だよそれっ!」

「お前もやってたのか」


「くそっ!」

「舐めんな」


 不動たちは慌ただしく散り散りに分かれていく。その後を、獣らしい俊敏さで犬は後を追う。不動の腕を狙い跳ね上がる。噛み砕かんとばかりに、その鋭利な牙と大きな顎は恐ろしいものがあった。辛うじて避わす不動はそのまま、屋上の扉へと非難した。出口は唯一そこしかない。根岸と沢木も見習って駆け抜けた。当然俺も追いすがる。


「早くしろバカ」


 不動たちが出口へとたどり着く。その前には黒い犬が走る。そして、出遅れた俺の目の前で扉を閉めやがった。


「なっ、ちょ、ちょっと……」


 犬は扉を開けられない。行く道を失った黒い犬は立ち止まると、俺の方へとゆっくりと振り返る。裂けた口から銀の牙を見せつける。涎を垂らしながら唸る獣が、学校の屋上にいるというだけで十分異質だった。

 眼が蒼い。鋭く向けられた眼光は間違いなく俺を獲物として見定めていた。とりあえず、俺も扉に周り込まないといけない。だが……。


「こ、こんなの……」


 どうすれば……。

 絶望の中に放り投げた問い。返す者など当然いなかった。


「ガアァッ!」


 短く吠えると、俊敏な動きで強大な犬は飛び掛かる。あまりに速い。が、やはり今日の俺はどこかおかしい。しっかりと目標の動きを目で捉えながら体を捻る。


「くっ……」


 横っ飛びで躱したけど、喧嘩で避けることができたのとは違った。黒い影は一瞬で方向転換して牙を向ける。明らかに初動からスピードの質が全く異なっていた。躱せない。やられる。


 その瞬間、俺の前に、光が生まれた。一瞬の爆風とともに、屋上のコンクリートに光の紋様が描かれる。まさにゲームでよくある魔方陣だった。

 直径二メートルほどの大きな黄金色の魔方陣。そこに、眩い光を発したあとに、ゆっくりとせり上がるように姿がはっきりと映し出される。


 日本人離れした髪色。真っ白い服で包んだ白い肌。腕は黄金の光で輝き、背中には信じられないことに白い翼を有していた。


「お、女の子……?」


 内から外へ吹き出す風が、まるで神聖なものであると示すかのように近付くをさせないでいた。もともと座り込んで、この世と思えない光景に見惚れることしかできないわけだが、獰猛な獣も動きを封じられているかの如く、ただ唸るだけでその場に戸惑っていた。


 やがて全身が浮かび上がると、徐々に魔方陣の光と不自然な風がようやく治まり始める。だが、女の子の右腕は変わらず眩い光を発していて、俺は風が止んでもやはりその場から動けないでいた。


「グオオオォォアアアァァ!」


 ヘルバウンドの標的は、突然現れた女の子へと向けられた。 


「あ……あぶないっ……」

「大丈夫」


 女の子が突然その場から消える。牙を向けて突進する獣は方向転換をした瞬間に弾き飛ばされた。

すぐに立ち上がる黒い犬。俺よりも早く、怒りに満ちた視線を向けた。俺も倣って視線を動かす。



 よくよく見ればそこには、光り輝く女の子が、眩い黄金の光に包まれた弓をその手に携えて、細いフェンスの上で直立していた。今日は風もある。今にも吹けば落ちるような場所に、それでも女の子は全くその素振りを見せずに威風堂々と君臨していた。


「君は……」


 そう呟きかけたと同時に俺は口を噤んだ。あることに気が付いたからだ。そんなバカなとも思った。『M.A.O』に出て来る黒い犬がいるからだろうか。


 けれど……俺の目に映る女の子は、薄い紫の髪をしていて、羽衣のような和風の服に身を包み、何よりその手に持つ光弓は、まぎれもなくゲーム内に出て来る『エギュレット』だった。つまり彼女は……。


 ひとつの回答が導き出される中、黒い犬は瞬間的に駆ける。光の矢を打ち抜かれ、完全に目標を女の子へと移したらしい。


「あっ!」


 女の子は不安定な場所から跳びあがる。ふわりと宙を舞い、屋上の内側へと華麗に着地した。思わず見とれてしまいそうな動きで、暴力的な犬の突進を見事に躱した。だが、犬にとっては獲物が舞い降りたことにより、狙いやすくなったとも言える。女の子の動きを追い、鋭利な牙で攻撃の意思を見せつけた。


「ここは狭すぎますね」

「え?」


 女の子はいつの間にか俺のそばに移動していた。一体どうやって。そんな疑問を浮かべた頃には、俺は女の子に持ち上げられていた。まるでヒロインかのように、お姫様だっこと呼ばれる持ち上げられ方だ。


「ちょ……なに……まさか……」


 抗議するのも束の間、女の子は犬の追撃を避けながら、大きく跳躍してしまう。それは、屋上のフェンスを悠々と飛び越えるほどのものだった。

 俺の嫌な予感は的中した。まさか飛び降りるなんて。


「舌噛まないようにしてください」

「うわ、わわっ、わあああぁぁぁあ!!」


 当然重力に従い、真っ逆様に落ちてゆく。どんどんとスピードをあげて、一気に地面まで最短距離だった。死を確信して、落下した衝撃を覚悟した時、バサッと広げた音とともに、あれだけ急直下だったスピードは嘘のようになくなった。気付けば、ふわふわと地面スレスレで浮いていた。


「な、それ……」


 俺は目を見張った。抱えらえた状態で、女の子の様子を見れば、その小さな体躯の背中からは、白く大きな翼が立派に広がっていた。


「エンジェルウイング。天使の羽です」

「じゃあ、君はやっぱり……」


 地面に着地できたと同時に女の子は俺を地上へと降ろしてくれた。とても非現実だ。夢じゃないかと思う。それでも、俺のなかで僅かに嬉しいという気持ちが湧き起こっていた。


「セレナちゃん……なのか」


 下手すれば笑われてしまうような質問だ。ゲームのキャラクターなのかと尋ねているわけだから。だというのに、女の子は一片の曇りもない笑顔でこう答えた。


「はい。そうですよ。セレナ・ミルウッド・エンジェルリンク。天の使いのセレナです」 


 名乗った彼女は満面な笑顔を飾る。それはいつもながらに見慣れた光景。俺がいつも、画面上から眺めていた彼女そのものだった。

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