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天使と悪魔を見た

作者: 保坂隣人


タイラーは執念の捜査でついに

最愛の娘であるアマンダを誘拐し、

その幼い命を殺めた犯人を見つけた。

気づかれぬよう距離をとり最大限注意を払っていたはずだ。しかし、タイラーの隠すことの出来ぬ殺意を感じ取ったのか尾行に気づいた奴は路地を

右に曲がったところで急に走り始めた。

離されぬよう必死に食らいつきながら、

同僚であるケイトに電話をかける。


「奴を見つけた。今鬼ごっこの最中だ」


「今どこなの!?」


「ムートン通りにあるグランドパームホテルの辺りだ」


アマンダの誕生日に泊まったことのあるホテルだったが今は感傷に浸っている時ではない。記憶の沸き上がりを抑える。


「すぐに向かうわ!私が行くまでおかしな真似はしないでね!」


それは犯人を殺害することだけを胸に生きてきたタイラーにとって出来ない相談だった。


「わかった」とだけ答え、電話を切る。

おそらく今の嘘はケイトには明らかだっただろう。

タイラーの一番の理解者であるケイトには。

妻に捨てられ自暴自棄になったタイラーを救ったのはアマンダとそして、ケイトだった。

彼女を愛していた。

だがアマンダを奴に奪われ

想いを伝える機会は失われていた。

奴を殺せば永久に失われることになるだろう。

だが大切な事は復讐を遂げること。


ならば、何故ケイトに連絡をしたのか。


復讐の妨げになるだけのはずである。

タイラーにはほんの僅かな迷いがあった。なぜなら、

アマンダがそれを望んでいないことに気づいていたからだ。

これはただの自己満足に過ぎない。それでも構わなかったが、小さな迷いは徐々に大きくなっていった。

そしてタイラーは思考を放棄した。


復讐を遂げるのか。


それともケイトが間に合い、法の裁きを下すのか。


タイラーは運命に身を任せることにしたのだった。




数時間の逃走劇の末に

奴が逃げ込んだのは老朽化のため閉鎖された遊園地。

暗闇から奴がこちらをうかがっている。

気配を感じたタイラーは拳銃を取りだし、ライトで先を照らしながら注意深く辺りを散策する。


緊張とストレスからだろうか先程から頭痛がひどい。

そして、そんな時には決まってある兆候が現れる。


そう、それは今まさに射撃屋で

テディベアに狙いをつけていた。


「クマさんは私の家に来るのよ」


アマンダは最後の弾を発射した。

しかし、弾はわずかに横に逸れ、

猛獣を仕留め損ねてしまった。


「あーもう!ねぇパパお願い、クマさんとって!一緒に寝たいの」


アマンダがタイラーを誘う。

わかっている、これは幻覚だ。

だがその嘘の現実に浸りたくなっている、どうしようもない自分もいる。タイラーは溢れ出る涙を気にする余裕もなく、懸命に幻を振り切る。


売店が見えて来た。側に女性が立っている。

女性はタイラーを見るなり、鬼の形相で叫び出す。


「あなたに任せるんじゃなかった。私が引き取ればよかったんだわ。そうすればあの娘が死ぬことはなかったのよ!」


止めろ。今は出てくるな。タイラーは恐怖による混乱により、かつて愛した女性に向かって二発の銃弾を撃ち込んだ。だが銃弾は彼女をすり抜け売店の窓を割っただけだった。

そこにはもう何もいない。安堵の息を吐きかけた時、


突然遊園地中の照明が灯った。


そして遠くの方で何かが作動し始めた。


趣向好きな奴の仕業。


歩を進めると朽ちた馬が駆ける

メリーゴーランドが回っていた。

奴は一頭の馬にまたがり、不気味な笑みを浮かべている。

逃げられないと悟ったのだろうか、

奴は完全に無防備だった。


「出来心だった、もう二度とアマンダのような過ちは犯さない、といえば許してくれるか?」


「まさか。それにお前はまた繰り返すよアイザック」


そう言い放ちタイラーは彼の右足を撃ち抜いた。

アイザックは馬から落ち、猛烈な痛みにうめき声をあげている。だが笑みは絶やさない。


「今の俺は誰よりもお前を知っている。もしかすれば、お前以上にかもしれない。殺人の旨味を知ったお前はもう戻れないんだ」


次に左肩を狙ったが服をかすめるだけだった。

頭痛に顔を歪めるタイラーをよそにアイザックはこの状況を楽しんでいるようだった。


「まったくその通りだ。君は私の良き理解者なのだな。嬉しいよ。始めての友人が出来た。本当に嬉しい」


タイラーは地面に倒れた彼のすぐ側まで近寄り、

額に銃口を当てた。

ケイトは間に合わない。

運命は復讐に味方をしたようだ。

この引き金を引けばようやくすべてが終わるはずだった。


だがここで邪魔が入る。


「お止めなさい。その復讐には何の意味もありません」


天使がタイラーを引き留める。その声は慈愛に満ちていた。彼女の名はリディア。いつも決断に迷うタイラーの前に現れる存在。温かみを感じさせる肌はすべて露出されている。衣服は彼女の魅力を半減させるだけだ。美しいとは彼女の為にある言葉といえよう。神聖さが溢れ、背中に生えた真っ白な翼にすべてを投げ出し抱擁を乞うほどだった。


「あんたは俺に残された最後の良心というところだな」

なおも天使は続ける。


「あなたにはまだ大切な人がいる。それには意味があるとは思いませんか?」


「わかっている。だが、こいつを殺さなければ俺は前に進めないんだ。永久に止まったままさ」


別の新しい声が加わる。その声は悪意に満ちていた。


「それはいけない。それはいけないなぁ。人間は絶えず前に歩き続ける生き物だろう?ならばやるしかない。ないなぁ。フヒハハハ」


リディアと対となり必ず現れる悪魔。シディアスだ。ひどく痩せて黒い肌から所々骨がつき出している。細かくある牙はすべて欠け、黒翼が特に禍々しさを醸し出していた。


「人差し指をこう、チョチョイと動かすだけさ。それだけでお前に待つのはハッピーエンドさ。そうだろ?タイラー」

下卑た笑いが響き渡る。


「アマンダ・・・アマンダ、アマンダ!もう帰ってこないアマンダ!フヒハハハ、こいつが食べた、こいつが!」


シディアスはタイラーの扱い方をよくわかっている。少し揺さぶるだけでタイラーの憎悪が呼び起こされ、

指にかかる力が強くなり、今にも引き金を引きそうになる。


「正しい決断をタイラー!」

リディアが力強い声で呼び掛ける。


ダメだ。もう止まらない。


「そう、そう、そう!フヒハハハ、フヒハハハ!それがアマンダの願いさ!」

狂喜する悪魔。すべてはシディアスの思いのまま。


すまない。アマンダ。

すまない。ケイト。


その瞬間、世界は白一色となった。




アイザックがいない。


天使も悪魔もいない。


なおも拳銃を構えたタイラー以外すべてが白と化した。


そして次に襲ったのはとても懐かしい匂い。


タイラーは目を閉じた。


ラベンダーの香りのするシャンプーが好きだったよな。


いつもシャンプーが目に入り、痛い、痛い泣いてたよな。


ふと、右手に温もりが宿る。


小さな小さな手。

冬の日。学校の帰り道。私の大きな手がとても暖かいと笑っていたよな。


目を開くとそこには永久に失われたはずの笑顔があった。


拳銃を投げ捨て抱き締める。


失った時を取り戻すかのように。


抱き締める。


現実でなくてもいい。

すべての涙が枯れてしまったとしても。


抱き締める。


世界中の誰よりもお前を愛している。


愛している。


お前が私の人生にいたことが

私の生きるすべての意味だった。


さようなら。


きっとまた逢えるから。


さようなら。

ありがとう。


彼女の姿が白に溶けていく。屈託のない笑顔のままで。



Ⅳ(fin. )


駆けつけた警官や救急車、どこから嗅ぎ付けたかマスコミやらなんやらで廃墟となった遊園地はまるで往年の賑やかさを取り戻したようだった。

アイザックはパトカーに連行される際、ふとこちらを向いたが、興味をなくしたおもちゃかのようにふんと、鼻を鳴らし

さっさとパトカーに乗り込み署に運ばれていった。

それと入れ違いにケイトが駆け寄って来る。


お互い強く抱き合う。


「無事で本当によかった・・・本当に」



「だが無抵抗の犯人を撃ったんだ、こりゃただじゃ済まないかもな」


「よくて停職かしらね。でもこの機会に

少し休んだ方がいいわ。ひどい顔してるわよ」


ケイトの言う通り体が悲鳴をあげていた。だがそれと同時に心はすごく穏やかだった。久しぶりにぐっすり眠れる気がする。


すべてに終わりが訪れたのだ。

おそらく私の前にもう天使と悪魔は現れないだろう。

そしてアマンダも。



もし生まれ変わりがあり、アマンダが別の家族の元に生を受けたのなら。


精一杯愛して欲しい。


どんなに辛い出来事があったとしてもそれを一瞬で吹き飛ばしてくれる笑顔を兼ね備えた、

あなたの幸せを約束する

素晴らしい神からの贈り物なのだから。


最愛の娘は永久に失われてしまったが

タイラーは自分に寄り添う女性を見て、まだ自分には生きなければならない理由があると感じた。

いつも支えてくれていたその顔を眺め、それにつぶらな瞳が答える。


彼女の唇にキスをした。


そして止まっていた時が動き出した。


Fin.












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