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Ep.1-07 門と聖女




 フェリ、ヘル、しんがりにアリアという順番で、三人は雪道を歩いていた。雪以外にこれと言ってみるもののなかった景色に、黒い壁が見える。セツナの町の門が近くなってきたところで、不意にフェリが「あ」と声を上げた。


「ヘル、あなた、身分証明になりそうな物……ないわよね」


 そもそも彼は、荷物らしい荷物を持たずに倒れていたのだ。追い剥ぎにでも遭ったようなほど何もなかったが、魔法のかかっていると思われる剣と鎧に手がつけられてない。だからこそ、状況が不可解だった。

 町に入るためには、何か身分証明になるものの提示と門で魔力を測定される必要がある。犯罪歴の有無を調べ、町に入れても問題ないのか確認するのだ。ヘルがいっそ犯罪者ならそこで身元が分かるのだろうが、そうだとも限らない。


「……アレを使うのは、最終手段にしたいんだけれど」


 フェリはため息をつきながら、夕暮れの橙色に染まった雪を踏みしめる。変にごたついて町に入れないようなことは、なんとしても避けたかった。


師匠(せんせい)、普通に身元不明の行き倒れを拾ったって言ったら通してくれますかね?」


「うーん、少し微妙だから……まずは、ヘルに犯罪歴がないことを祈るしかないわね」


 師の言葉を受けたアリアは少し走ると、何やら緊張し始めているヘルの前に来て「だーいじょうぶですよっ!」と明るく笑う。


師匠(せんせい)には必殺技があるんです。ヘルさんが悪いことしてても……はわかりませんけど、身分証明がなくてもそこまで酷くならない……はずです、うん」


「アリアさんに止めを刺された気がします……」


 ヘルの沈んだ声に、アリアは「ふぁっ!」と奇声を上げて項垂れた。どうやら、上手く元気付けた気でいたらしい。


「二人とも、もう門に着くわよ」


 後ろも見ずに言ったフェリの言葉に、「「はーい」」と返事をする声が期せずして重なった。


「ぷっ……あははははっ!」


「ちょ、ちょっとヘルさん! そんなに大声で笑うことないじゃないですか!」


 どちらからとなく顔を見合わせ、笑いだしたヘルにアリアが抗議の声を上げる。やっと笑いが収まったヘルは、町が見えた時から感じていた不安が楽になったのを感じた。




◇◇◇




 セツナの町の門は、重い黒石でできている。この辺りでよく採れる上に重く丈夫で、狼や魔物からだけでなく雪からも町を守るのに一役買っていた。防護の術を刻んだ門扉は、門番の一言で迅速に閉じ侵入者を許さない。


「……身分証明は」


「私たちはギルドの冒険者よ。依頼を終えて帰って来る途中、彼を保護したわ」


 ギロリと威圧的にフェリを睨む門番は、彼女より頭一つ大きい髭面の威丈夫だった。


「保護? 追い剥ぎにでも遭ったというのか? なら、そいつは最後だな」


 門番はフェリとアリアから小さなカードを受け取ると、その一枚重く黒い樫の木の机の上に置かれた水晶玉にかざした。子供の頭ほどもあるような大きな水晶玉が、まず冷たい水色の光を放つ。フェリが水晶玉に触れると、水色の光の奥から白い光が沸き上がって柔らかく部屋を満たした。


「フェリアンヌ・ウィルヘイミアを確認」


 そう言って、門番は先ほどかざしていたカードをフェリに返した。魔術語らしい言葉を口の中で呟くと光が消え、今度はそこにもう一枚のカードをかざす。淡い赤の光を放つ水晶玉にアリアが手を触れると、こちらも白い光が沸き上がってきて赤を塗りつぶした。


「アリア・ヘイルズも確認」


 身分証明ができたということだろうか、とヘルは光が収まった水晶玉を見ながら考える。自分があの水晶玉に手をかざしたら、何が起きるのだろうか?


「……名前は」


 感情の読めない赤い目で、門番の男はヘルに聞いた。


「ヘル。名字は知らない……過去の記憶も、何もない」


 その言葉と黒い瞳に門番は目を少し見開くと、水晶玉に手をかざすように言って魔術語を呟いた。数歩の距離を長く感じながら、ヘルは水晶玉の前に立ち手をかざす。水晶玉から溢れる光の色は、黒だった。黒い光を光と言っていいのかは議論の余地があるが、少なくとも黒い色が溢れたのは確かである。


「魂の記録を精査ーーー名前はヘル、犯罪歴はなし」


 門番の言葉にふっと息を吐いて初めて、彼は自分が息を止めていたと気づいた。二人へと顔を向ければ、フェリは小さく笑みを浮かべアリアはガッツポーズをしているのがわかる。犯罪歴があれば、町に入るのは難しくなる。第一関門突破、と言った所だろうか。


「住民記録照会……該当者なし。セツナの町の過去1年の出入者記録と照会……該当者なし」


 門番が次に呟いた言葉は、ヘルという少年が少なくとも過去1年、セツナの町には立ち入ってないという事実だった。勿論、住人でもない。


「あ、あの、俺……町には入れますか?」


 一番大事なことを聞くヘルを手で制し、門番は懐から出した水晶玉に魔術語を呟いた。通信系の魔法なのだろう、そこに人がいるように門番は話す。

 町に入ろうとしている三人のこと、内二人は冒険者で身分証明も犯罪歴も問題なかったこと。最後の一人は記憶がないと語っていて、犯罪歴はないが身分証明もないこと。そして、黒い瞳と光の持ち主であること。

 門番が誰に話しているのかも、相手が何と言っているのかもヘル達にはわからなかった。しばらくして、話を終えた門番が魔法を切り三人を見る。


「彼が町に入れる人間か否か、ウィブロトル様にお伺いを立てて決めることとなった」


 そして、深々とフェリに頭を下げる。


「つきましては、“銀の智聖女”様にご助力いただきたいとの町長からの依頼です」

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