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Ep.1-06 白い朝

祝! 初のお気に入り登録!

これからも拙作を応援してくださると嬉しいです。


 ―――ふっ、と意識が浮上する。何か夢を見たような気がするが、思い出せなかった。


「俺、は……」


 見上げた枯れ草色の屋根を見ながら、ヘルは緩慢な思考を回していく。昨日の夜より前の記憶は相変わらず思い出せず、どんなに思い出そうとしても全く浮かんでこなかった。考えすぎたためか少し痛む重い頭を抑えながら、ゆっくりと身体を起こす。


「……どうやら俺は、寝起きが悪いようだな」


 ふわ、と欠伸をしながらテントを出ると、冷たい空気が強制的にヘルの頭を起こしていった。段々と意識が覚醒して、落ち着いて自分のいる場所を見回すこともできた。

 夜の間も音を立てずに降り続けて、雪雲は去ったらしい。白銀の雪原は、低い日の光にその肌を輝かせていた。雪原の向こうには黒々とした針葉樹の林があって、太陽はその向こうから霧を貫き雪原へ光を投げているようでたる。ブーツを包む冷えた感覚が、彼には心地よかった。屈んだその手が雪を掬えば、柔らかく雪原を抉る。


「あ、ヘルさん。起きてたんですね」


 声に振り返ると、黒い髪に赤い目の少女がこちらに微笑みかけていた。一拍遅れて、彼女がアリアという名前だと思い出す。彼女の赤い左目はくりくりと大きく、小柄な体格もあってやはり小動物の印象が強かった。


「ふっと、目が覚めたんで。……ここは、綺麗な場所ですね」


 ヘルは黒い森の向こうを見ようと目を凝らす。けれど、日の光に切り裂かれる朝靄以外は見えなかった。


師匠(せんせい)が起きてくるまでもう少しあります、朝ごはんを食べたら町に行きますよ」


「町かあ……大きいんですか?」


 なんとなく、いつもこうしていた気がする。アリアと話しながら、ヘルの身体は自然と拳を握り円を描くようにゆっくりと動かしていた。

 水中にいるか、錘でもつけられてるような緩慢な動き。けれど時として拳や脚は鋭く閃き、烈帛の風を纏って空を切った。


「ヘルさんは、拳で戦うようなお仕事だったんですかね?」


「そう、かも、しれま……せんっ!」


 最後に脚を蹴り上げて、ヘルは動きを止めた。毎朝今のようなことをしていたのだろう、とぼんやり考える。自分は二人と同じ、冒険者だったのだろうか?




◇◇◇




 パンとスープの朝食を終え、テントも畳んだ三人は歩き出していた。


「森とは反対側、こっちにセツナの町があるわ。歩いて大体……半日から1日くらいね」


 出発前、そう言ってフェリが指差したのは新雪が眩しい雪原だった。当然、道も全て埋もれている。


「……遭難しません?」


「大丈夫よ。ギルド……冒険者の元締めをしている組織があるんだけど、そこが地図を貸してくれたから」


 アリアが「これです」と言って出してきたのは、一枚の地図だった。触ってみた感触で、それが薄い革でできているとわかる。


「〜〜〜〜〜、|《案内》(ナビゲート)」


 魔術語で何事かを呟いたアリアの手元で、地図の一点がぼんやりと光った。<セツナ雪原>という文字の下にある桃色の光点から、<セツナの町>まで線が伸びていく。


「これで、セツナの町まで迷わず辿り着けるわ」


 地図を持たせてもらったヘルが森の方を向くと、それまで線に向かっていた小さな矢印が反対側を向いた。地図を見る限り、あの森は<セツナ魔境林>という名前らしい。


「なるほど、面白いですねこれ」


「ええ。これで町に戻れるわ」


 その後、町まで歩く道なりでヘルは魔術語の概要だけ教えてもらいながら歩いた。一度昼食のために休憩する頃には、簡単な《白》の魔術の使い方は分かるようになっていた。


「魔術語に必要なの、はー……分類と、消費と、座標、魔術名。ですよね?」


「ええ」


 アリアが出した火で、三人が座り焚き火を囲めるだけの広さの雪を溶かす。なるべく弱い火を指定範囲に広げる、というのは、あまり簡単ではないことだった。

 ヘルが教えてもらった魔術は、小さな火をつけるための魔術である。「どういう用途の魔術なのか」を指定し、「どれだけ魔力を使うのか」と「魔術の範囲と位置」を決め、最後に「どの魔術を使うのか」を指定することで、魔術が現実に顕現するのだ。


「ええっと……【生成/最低消費/一点指定】、|《点火》(イグニス)!」


 なめらかな詠唱とは言い難かったが、それでも焚き火の上に火がついた。木の先端につけるはずの火がなぜか真ん中についたりしたが、まあご愛嬌だろう。


「やった! ついた!」


 基礎の基礎ではあるものの、魔術を使うだけの魔力はあると安心したヘルが、だらしなく頬を緩ませる。その後はヘルがつけた火でパンを焼き、お茶を淹れて休憩した。

 魔術を使えば魔力を消費すると聞いていたが、そのような感覚もない。午後は普通に歩いていた三人に―――夕暮れに変わろうかという頃、そこが見えた。

 ヘルさん、とアリアが丘の向こうを指差す。そこには雪の白とも、木々の緑とも違う、人工物の茶色があった。さすがに、動く影は見えない。


「あれが、セツナの町です」


 その言葉に沸き上がった感情は、希望と不安のないまぜになった物だった。



次も早めに書きたいです

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