Ep.1-05 魔術の色彩
気づいたら半年近く放っていました…
三度目の正直、今度こそは続けられますように。
狼との戦闘を終え、討伐証明の右耳を集めに行ったアリアと《氷槍兵》を見送った後。ヘルとフェリは焚き火に当たろうとして、火が消えていることに気づいた。
「消えてますね……アリアさんを待つしかないんでしょうか」
確かフェリは、火の矢や《氷槍兵》はヘルに扱えない、と言っていたはずだ。火と氷では真逆もいいところだということは、名前以外の記憶を無くしている自分にも分かる。
「いえ、焚き火に火をつけるくらいは《白》だからできるわよ」
そう言って、フェリは小鳥の囀りに似た詞を唱える。|《点火》(イグニス)と最後に呟くと、火がついて赤々と燃え出した。
「温かいですね……ところで、《白》というのは?」
焚き火の上にやかんを引っ掛け、雪を入れていたフェリが「そうだったわね」と言ってヘルの向かいに座る。
「まず、あなたは魔術をどこまで知ってるかしら?」
彼女の言葉に、ヘルは自分の中のほとんどない記憶を探った。すると少しだけ、本当に少しだけの知識なら思い出せる。けれど、いつ誰にどうやって教えてもらったのかはわからなかった。
「えっと、魂が持つ世界への干渉力が魔力で……それぞれの魂の方向性が属性。大きく分けて四系統あって、目の色でそれが分かる。火の《赤》、水の《青》、風の《緑》、土の《黄》……そこまでしか思い出せません」
そう、とフェリは頷いた。基礎の基礎ならあるらしいと判断して、それより上の話をすることにする。
「師匠、ただ今戻りました」
「お帰りなさい、アリアさん。《氷槍兵》……さん? も」
「お帰り、アリア。今から《白》の説明をする所だったから……そうだ、説明して頂戴。お茶なら今淹れるから」
話そうとした所で、革袋を持ったアリアと《氷槍兵》が戻ってきた。アリアは吹雪をもろに受けたようで、着ていたも外套も雪だらけだ。
「温かいですぅ」と焚き火に手をかざすアリアの近くへ、フェリは雪を溶かして作ったお茶を出す。ヘルには予備の食器からコップを出して、それでお茶を淹れた。じっとその後ろに佇んでいた《氷槍兵》は、主が手の一振りと共に紡いだ囀りによって消えた。
「《白》の説明ですか? 魔力の概念とかは?」
「そこは思い出せたみたい」
なるほどなるほど、と言いながらアリアはお茶を飲む。ヘルも息を吹いて冷ましながら飲むと、渋みの中に果物のような甘味が広がり身体を温めていった。
ヘルが着ていた柔らかい生地の黒い外套は、どちらかと言えば薄い。その見た目の割には暖かかったが、やはり紅茶の温かさは別格だった。
「《白》は厳密には無属性魔術といって、属性に関わらないほどのちょっとした魔術系統です。小さな火や少量の水を出してみせたり、土や風をちょっとだけ操ってみせたりします。だから、生活魔術なんてあだ名がついてるんですよ」
「|《火灯》(ライト)とか、今の|《点火》(イグニス)みたいな?」
「ですです」
アリアがそう頷いて、またお茶を飲んだ。ヘルの舌には冷ましても熱く感じたお茶を、彼女はそのまま飲んでいる。
「後は何か、聞きたいことがあるかしら?」
「えっとじゃあ、あの鳥の囀りみたいなのは何ですか?」
何を指しているのかすぐには分からなかった二人はしばらく首を傾げていたが、やがてアリアが「ああ、魔術語のことですか」と納得した。
「けれど、もう夜も遅いわ。魔術語は、明日私たちが町に戻る道すがらで説明するから、今日はもう休みましょう」
見上げた空の高くで、白銀の月が光を投げかけている。それに気づいたフェリの言葉に、アリアは「そうでした」と言ってから「……彼をどうします?」と師に聞いた。
「予備のテント、あったでしょう。あれを使いましょう」
例えかさばっても、いざという時に雨風を凌げないよりは遥かにマシである。小さい物であったが、一応は二人が眠れるくらいのテントを持っていた。
「明日……町に行けば、俺を知っている人がいますかね」
三人で建てた予備のテントに入る直前、ヘルがそう呟く。
「きっといますよ、町に寄らずにこの雪原に入るようなことは、自殺志願も同然ですから」
「ええ、きっといるわ」
二人に励まされて、ヘルの顔にちらりと笑みが浮かんだ。お互いにおやすみなさい、と挨拶をしてテントの中に入る。
一人になれば、吹雪が荒れ狂うように心に様々な感情がよぎった。町に行っても、誰も自分を知らないんじゃないか。そもそも自分は、どこの誰でもないんじゃないか。あるいは、とんでもない悪事を犯した賞金首なんじゃないか。
不安に無理に蓋をして、瞼を閉じ丸くなった。そしていつの間にか、意識を失うように眠りに落ちていた。
続きは1月以内には投稿したいと思っています。